遠景から見るアプーちゃん
スレ主が勝手に作った概念を使っているのでクッション用意しておきますね
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ナルコは弾けるように、太陽のように、汗まで光らせながら笑う。長い腕をウェーブのように振って、ツマミを弄る。曲のムーブメントに操られるように体を揺らす。幸せの定義はナルコ、誰もが信じて疑わないはずのこの異質な場所に腫れ物がいる。
私はこの女がコールを煽る姿を立ったまま見ている。調子づいたオーディエンスの体がこっちにぶつかってきて、気持ち悪、とクルクル回るライトから目を逸らす。
スクラッチメン・アプー、女海賊、億越えの賞金首、この界隈ではそんな肩書きよりもナルコという名前が通る。
今日はこの濁り切ったヘドロみたいなクラブの女王で、明日も何処かのクラブで女王になる。
私は…女王が嫌い。
「お兄ちゃーん!好きーー!」
「ヒューッ!」「ウオー!!!!」
だって、なんかキモいじゃん。
「ナルコまだまだ頑張っちゃうよぉ!」
一人称が名前なのって本当、典型的なぶりっ子って感じ。それに、キラキラの目も、やけに若作りしたメイクも本当に嫌。別に海兵も好きじゃないけど、こんなの、さっさと捕まればいいのに。
あの人を返して。
人がたくさんで何処にいるかわからないけど、きっと終わった後、出て行く時に見つけられる。私はナイフをバッグに入れている。
かっこよかった頃のあの人はもう、戻ってこない。コイツに全部盗まれた。だから…幸せの絶頂で叩き落としてやる。
染めた髪も、このだっさい服装も、これからの私を彩る前座。生まれ変わった私を最後くらいは見てよね。
突然、曲にポーズが入った。観客のざわめきの中、しゅた、と人の群れの隙間に何かが入り込む。静かな足音と共に、ふわりと香水の匂いが鼻を突く。
「Hey!YO!お姉ちゃん♡盛り上がってる〜?」
スポットライトが私に襲いかかってきた。歓声が上がる。
「あーんダメダメ♡ナルコはお姉ちゃんとお話ししたいんだからお触り禁止!ね、お姉ちゃん♡」
伸びる手をサラサラと払い除けたり躱したり、そうまでして私の方まで来る理由は何?
「ナルコが元気にしてあげる♡リクエストCome on〜!!」
昔破れてからそのまま捨てられずにいたボロボロのスニーカーを貫く、その派手な声、もうなんだか嫌気がさしてきた。帰りたくなってきた。気持ち悪い、馬鹿馬鹿しい、こんなことして恥ずかしくないの?
色んな言葉が巡り、ぎろ、とフードの中から恨みと怒りのエネルギーに満ちた目を向ける。
選び取ったのはとびきりマイナーで誰も盛り上がらない、バラード。無理でしょ、ライブでしか聴かせないやつだし、作った人ももうとっくの前に首吊って死んじゃったのよ。
観客達、ピンとこないよね。もう冷めかけてる。良い、私にヘイトが向かっても女王にも出来ないことがあるって思うだけで、なんだか安心する。
「やった〜!!ナルコそれ大好き♡」
明るい口調に思わず吹き出してしまった。白々しいにも程があるでしょ。
「お姉ちゃんはとっても趣味が良いね!ありがと♡」
ほら知らない…そういう好かれ方が嫌いだったから死んだのよ。ナルコはターンテーブルの方に飛んでいく。
「リミックスを10年前に作っておいて良かったなぁ!みんなーチルってこ〜!」
…リミックス?思わず顔を上げて、落ちるフードをもう一度かけ直す。真っ直ぐに私を見る目、しまった、すぐに逸らす。
もう一度見たくなる…怒りを叫びたくなる、何…あの、舐め腐った顔。それ、客に向けていいやつじゃないよね。
流れる曲。
何…これ。
全部、違う。
良さが潰されて、心を動かしてくる部分はずらされて、この曲にいらないものばかり増えて、無駄に速くして、全部、全部、全部、全部…!
「神曲」「誰のだ?名前知りて〜」「ナルコちゃんサイコー!!!」「えっも」
殺していい?ごめん、無理、彼氏だけじゃ足りない。こいつら全員殺したい。ほんと、最悪すぎ。早く終わって…終わって、終われ!!!!
…。
「みんなありがとー!!それとリクエストくれたお姉ちゃんもありがとー!!!グッドなブレイクタイムだったね〜♡さあ次からどんどん上げていくよ!!」
歓声も、流れる音楽も、耳に入らない。溢れていく言葉と言葉と言葉と言葉。
何もかも終わった後、見送り。
バッグをぎり、とシワになるくらい握って、あの人を探す。
声…、
「ナルコちゃん、大好きだ」
「あたいも♡」
声…!
「ナルコちゃん、君のために曲を作ったんだ。お家で聴いてくれ」
「お兄ちゃん凄い!セットリストにいれちゃおっか〜」
バッグを開ける。
今まで私のためだけに作ってきた。あんたの音楽は全部私のものだった。
殺してやる、みんな殺してやる。
ぎらり光る。魂、全身全霊そこに取り込まれていく。ナイフが私を動かす。
人の海を掻き分け、まっすぐ。
「ダメ!」
私を見た忌々しい女は叫ぶ。後ろに男が2人…取り押さえられた。
「離して!離してよ!」
女は氷のように冷徹な目で、女性にしては角張った手でナイフを取り上げる。
「まだライブの邪魔するつもり?」
何…怒ってるの、何でよ。私が悪役みたいじゃない。
「…PAやってた頃、仲良しだったの。売れ線の音楽が作れなかったことをずっと悔んでいた。きっとヒットになる、と藁にもすがる思いで作った1曲は、観客を飽きさせた。なんとなく作った1曲の反応の方が良くて、落ち込んでた」
静かな口調で語る。不気味なまでに誰も声を出さない。静かな群衆の中、この女の声だけがその海を鳴らす。
「アイツ、泣いてた。観客の女がずっと欠伸してたって…お姉ちゃんのことだよね。ナルコ知ってるよ」
そうよ、だってあの曲以外つまらなかったし、仕方ないでしょ…と、不満を露わにしようとすると、ナイフの柄にビキ、と亀裂が入る音が聴こえ、私は何も言えなくなった。
「アイツが時間かけて作った曲の名前、どうせ知らないくせに。『おれには無理だ、才能があるお前なら多分これだけでも、どうにか出来る』って、ナルコに託したのがこの曲…みんなが元気になってくれて、とっても嬉しかったなぁ」
鋭い眼光はまばたき2つで、明るく光を取り戻させた。
「みんな!スペシャルサービス!もう一曲行っちゃおっか!」
上がる歓声。
「音楽は誰のものでもないの!どんな理由であれ、ぞんざいに扱う奴を」
顔を近づけられ、小さな声で囁く。
「おれは許さない」
女とは思えないくらい低い声、すっと離れ、
「みんな聴いて♡"戦う音楽"♫」
どこからか鳴り響く、ディスコティックな音楽。腕が異様な形に変わり、鳴り響くトランペットの音、口の中に生え揃うピアノ、何故、と理由を聞くまでもなく、
「チェケラッ!!"爆"♪」
その音を聴いた瞬間、目の前が真っ暗になった。
「え〜〜!彼女ちゃんだったの!?」
「昔の話だよ、僕はナルコちゃん一筋だ!」
男は何故か焦った口調で、早口で言う…まるで、浮気がバレた時のように。
「ありがと〜♡ナルコ嬉しい!」
夜が明ける。朝が来る。
「お兄ちゃん!!今日のライブ楽しかった〜〜!??」
歓声。
「みんな、これからもずぅっと、ナルコのお兄ちゃんでいてねっ♡」
歓声、歓声、
「これはお前への声でもあるからな」
アプーは空に、誰にも聞こえない音を語る。
「あの女に言われるまで忘れてたのは悪かったなァ〜、でも、見ろよ。盛り上がっただろ?アッピャッピャ」
腕を組み、少し自嘲するような笑みを浮かべた。
「まぁ今回きりだぜ。お前の曲はあの女の言う通り…クソつまんねー。売れたいのか自分の音楽性を出したいのか、最後まで絞りきれずにそのまんま消えちまったからなァ…だから、おれが代わりに選んでやったぜ」
観客の方に向き直り、登り始める太陽の光を背に、ナルコは、ライブ終わりの疲れを弾き飛ばすように笑う。
「明日もよろしくね!!お兄ちゃん♡」