遠い家路
※介錯ifローの概念をこねくり回しでできた『喝采の日』のラミちゃん視点です。散文ポエム調。
撃たれた。
そう気付いた時にはもう、身体に力が入らなかった。
何とか動く目だけでお兄様の姿を追おうとしたけれど、遠くて見えない。
ああ。
やはり、お兄様は変わってしまったのだろうか。バケモノに、なってしまったのだろうか。
息が出来ない。こんなときはどうするんだっけ。傷を押さえて、それから。思い出せない。
近付いてくる気配。重い衣擦れの音。消毒液と血の匂い。お兄様の香り。
視界の端で、お兄様が能力を展開するのを見た。
まずい。きっと、あれは内部を透かし見るためのもの。秘匿文書を探しているのだろうか。このままでは、お養父様に宛てた手紙も、箱の中に隠した彼も見つかってしまう。
ああ、でも、もう身体が動かない。
ドフィ。ごめんなさい。私が甘いばかりに、貴方を危険に晒してしまった。
瞼を閉じる力もない私を、お兄様が覗き込む。
どうして。
お兄様。
どうして、そんな顔をしているの?
虚に鈍っていた金の瞳に、うっすらと涙の膜が張っている。瞬きすらせず私を見下ろし、微かに震えて。噛み締めた唇から血が溢れ、こみ上げる何かを堪えるように喉仏が上下している。
お兄様。
泣いているの?
ああ、そうか。
ふと、思い出す。
私の話に首を傾げていたお兄様。怖い夢をみて泣く私を、ぬいぐるみごとぎゅっと抱きしめてくれたお兄様。歯が抜けた私を見て笑ってしまい、謝ってくれたお兄様。
人混みではぐれた私を一生懸命に探してくれたお兄様。
私を見つけて、ちょっと泣きそうになっていた、優しいお兄様。
お兄様は、あの頃とおなじお顔をしていた。
そうだ。
お兄様は変わってなんかいなかった。
ちょっと、いいえ、随分と間違ってしまったけれど、取り返しのつかない過ちをたくさんおかしてきたけれど、それでも、お兄様は変わってない。
やさしい、私のお兄さまのまま。
良かった。
本当に、良かった。
お兄さまなら、わかってくれる。
ちゃんとはなせば、わかってくれる。
ドフィのことだって、きっと。
それに、お兄さまはちゃんとごめんなさいができてえらいねって、お母さまもいっていたもの。
手を伸ばす。お兄さまがおみみを寄せてくれた。内緒話みたい。おかしいね。
聞こえるかな。
お兄さまは、私のお話を聞くのが得意だったもの。大丈夫だよね?
ねえ、お兄さま。
ここ、寒いね。雪が強くなってきたみたい。ドフィは大丈夫かな。一応、私のコートも一緒に入れたんだけど、風邪とかひいちゃわないかな。私がわるいんだけど、心配だな。
そうだ。お兄さまが治療してくれたんだよね。もう全然痛くないよ。お兄さまはすごいね。さすがはお父さまの弟子だね。
だけど、なんだかすごく眠いの。今、寝ちゃったら、お兄さま、私をおぶって帰ってくれる?
昔みたいに、お家までおうたを歌ってほしいな。
お兄さまは悪いことをいっぱいしちゃったから、帰ったら、お父さまとお母さまにごめんなさいしようね。大丈夫だよ。私も一緒に叱られてあげる。
だから、お兄さま、泣かないで。
あのね、お兄さま。
あいしてるよ。
(蛇足)
トレーボルが『あの子供はいずれ若の右腕になる男』とか言うのを小耳に挟んだラミちゃんが慌ててドフィを連れ出した的な、ふんわりした設定で書いてました。
ちなみに、ラミちゃんを撃ったのもトレーボルによって配置された狙撃部隊員ですが、彼ら自身は愛する主君を守りたい一心でした。
ifローは悪逆無道の男ですが、それはそれとして、とりあえずトレーボルを憎まれ役にしておくとベタベタにまとめてくれるなって。
お姫様抱っこの方が絵になるよな、と悩みつつ、兄妹だしおんぶの方がいいか、と思ってこんなラストになりました。
『喝采の日』でifローが頚椎脱臼というか圧潰による安楽死を決断する直前、ラミちゃんの口がはくはくしてるところがこの話の最後の部分です。