過去編その6

過去編その6



「お、おい……」

「頼れるのは、あの日、声をかけてくれたあなただけ」

「……」


ああ、そうか。そうだったんだ。


パルフェは、大丈夫なんかじゃなかった。

気にしていないなんて、そんなことなかった。


なんだよ、悔しかったんじゃねぇかよ。

悔しくて仕方がなかったんじゃねぇかよ。


当たり前だ。そんなの、当たり前だ。


だから、こうして……。


「パルフェ、ひとつ聞きたいことがある」

「……なに?」

「俺にメリットはあるか?」

「え……?」


「新海さん……?」


「トレーナーとウマ娘の契約は、言ってしまえば利害の一致だ」

「ウマ娘は走って勝ちたい」

「活躍すればレース人生において名声を得られるし、勝てばヒーローだ。その後の生活だって、保証される」

「トレーナーは契約したウマ娘が勝てば給料が増えるし、有名になれば今後のウマ娘も才能のある者と契約を結びやすい」

「でもこの……バル、なんなっけ……」


「ヴァルハラ・ソサイエティ」

「そう、それ。これは正式な契約でも、チームでもない。俺がお前の面倒を見て、勝たせることにメリットはあるのか?」


「新海さん、そんな……」


ミヤコが少し慌てて俺を見る。

わかってる、俺らしくないって言いたいんだろう。


俺だって別にそんなのどうでもいいし、パルフェとはもう見知った仲だ。

トレーニングの合間に走りを見てやったりするくらい、全然構わない。


でも、はいわかりました、と簡単な口約束で引き受けていい問題でもない。

形だけでも契約として結んだ方が、パルフェも分かりやすいだろう。


それに……こっちの方がパルフェは好きそうだ。


「契約の条件、ということね」

「そういうこと」


パルフェの目の色が変わった。

やっぱりこいつ……厨二だ、間違いない。


「契約というならば、未来のウマ娘の指導に活かせる……経験を得られる、というのは?」

「経験、か」

「私を選抜に勝てるよう指導する……ということは、未来でウマ娘がレースで勝てるように指導することと同義」

「だな」

「そのための予行演習を本番に近い形で行える。その経験を得られる」

「……」

「それでも、足りないなら……払える範囲で、契約金だって……」


少し不安そうな顔のパルフェ。


隣のミヤコは少し口元を緩ませ、俺を見ている。


「いや、十分だ」

「……!」


表情を明るくさせ、俺を見上げる。


「契約は成立ってことで」

「いいの……?」

「ああ、いいよ。金もいらん。

「ええ……ありがとう、っ……ぁ、名前」

「え?」

「そういえば、私……あなたの名前、知らない」

「ぁ……そっか、確かに」


「俺は新海カケル。よろしく」

「ええ、よろしく。新海トレーナー」

「……むず痒い」

「え?」

「いつも新海さんとか言われてるから、めちゃくちゃむず痒い……」


「ぁ……そういえば、私も新海さんって呼んでますもんね。チームのみんなも、トレーナーさんって呼んでるの、見たことないかも」

「それって、どうなの? 先生を名前で呼んでいるようなものよ」

「あ、あはは……です、よね。ごめんなさい、私もこれからはトレーナーさんって呼ばないと」


「いいって、好きに呼んでくれ。今更ミヤコたちからトレーナーって呼ばれてもなんか恥ずい」

「……じゃあ、新海さんで。ごめんなさい」


「なら、私は新海くん」

「……なんと?」

「新海くん」

「あの……さん付けですらないんですが」

「その方が呼びやすい」

「嘘だろ……」

「好きに呼んでくれ、と言ったのはあなたよ」

「……それはそうだが……ああ、いや、いい。言ったからには好きにしてくれ」

「冗談よ」

「……」

「これからよろしくね、トレーナー」

「……うん、よろしく」


「パルフェさん」

「ええ」

「次の選抜、応援しています。私も……負けないように頑張らないと」

「ありがとう、レガリアさん。でもあなたにも協力をしてほしい」

「え?」

「私と走ってほしい。ひとりでは培えない鍛錬を、学ばせてほしい」

「ぇ、と……」


「つまり併走トレーニングの相手になってほしい、って言ってるんだと思うぞ」

「端的に換言すれば、そう」


「わ、私はでも……まだ本格化が始まったばかりで、レースなんて……それに私も誰かと走るのは……」

「……ううん、やらせてください。役に立てるのなら、がんばりたい。私もやっと本当に走れるようになったから……一緒に走ってくれるヒトがいてくれるのは、心強いです」


「ようこそ。ヴァルハラ・ソサイエティへ」

「あ、はい。えと、ヴァルハラ・ソサイエティ……。はい、覚えましたっ」

「8歳の時に作った組織が……今、現実となった。感無量ね……」

「8歳……。じゃあパルフェ先輩は、その頃からトレセン学園を目指して?」

「そういうわけでもない。あと先輩ではないわ」

「え?」

「さっき話したけれど、同い年。クラスは離れてるけど、同じ学年よ」


「……」

「……ぇ、あ、ごめんなさいっ。無意識に先輩って呼んでました……!」

「パルフェさん、すごく落ち着いてるから……、ご、ごめんなさいっ」


「……別に、謝る必要はない。その方が呼びやすいなら……先輩でもいい」

「い、いえ……すみません、気をつけます……!」

「……」


「なんでちょっと残念そうなんだ」

「別に……」


分かりやすく耳がへにゃるパルフェ。


「すみません、気分を害してしまって……」

「そういうわけでも……」


「……」

「背が小さくて、年下に間違われることは多いから……」


「ああ、年上に間違われて嬉しかったのか」

「…………」

「よかったな、パルフェ先輩」

「う、うるさいっ」


「ぁ、えと、やっぱり私も呼んだ方が……」

「呼ばなくていいっ」


顔を赤ながら、必死の否定。

まだ知り合って間もないはずなのに、ふたりの関係は良好のようだ。


その後は和気藹々と歓談し、20時になる少し前。


「それじゃあ、私はそろそろ帰るわ。寮の夕食がある」

「ああ、お疲れ。今日はお疲れさんだったな」


「お疲れ様でした、パルフェさん。これから頑張りましょうね、お互い」

「ええ、お互いにね。あなたとはいつか本当のレースでぶつかることになるでしょうけれど」

「でも、いまはお友だちですから」

「……友だち。……。そうね、仲間ね」

「あ、そうだ。パルフェさんは、朝練とか……してますか?」

「? ええ、時々。曜日を決めているわけではないけれど」

「うちのチーム、明日は朝練があるんですけど……どうですか?」

「え……?」


「ああ、いいな。明日、もし朝練やるつもりなら一緒にしないか?」

「ぇ、でも私、あなたたちのチームでは……」

「どうせデビュー組と未デビュー組は別メニューなんだ。俺とミヤコだけのトレーニングだし、パルフェがいても問題ない」


「はい、私たちバルハラ・ソサイエティだけでトレーニングできますし」

「“ヴァル”ハラ・ソサイエティ」

「ぁ……ご、ごめんなさい……」


「細けぇよ……」

「間違えることは許さない」

「へいへい」


「……それじゃあ今度こそ、これで。遅れると夕食が無くなる」

「あ、悪い。んじゃ、また明日」


「また明日に。パルフェさん」


「……ええ、また明日。パフェと紅茶、ごちそうさま」


薄く笑って、ノアドパルフェは店を出て行った。

さて、俺も夕飯を食わないといけないんだが……。


「ミヤコはどうする? 夕飯、家にある?」

「あ、はい。そうですね……実は、本格化したことを伝えたら、お赤飯だ〜、って」

「赤飯か……しばらく食ってないなー」

「あ、新海さん、好きなんですか?」

「俺好き嫌いあんま無いしな。だいたいの食い物は好き」

「じゃあ明日、持ってきますね」

「……ん? え?」

「車の中でもお話しましたけど」

「はぁ……え、え?」

「食費たくさんかかってるんでしょう? なら、少しでも抑えられるなら……」

「いやいやいやいや」

「ぁ、ご迷惑でしたか……?」

「いや迷惑かけてるの俺の方! さすがにそんなの家族のヒトが驚くだろ……」

「そう、かな……そんなことないと思いますけど……」

「流石に担当トレーナーでもないのにな……」

「むぅ……」

「気持ちだけありがたくもらっとく。今日はゆっくりお祝いしてもらいなさい」

「わかりました……それじゃあ、ここは私が」

「ダメ」

「そんな……」

「学生に奢られるわけにはいかん」

「でも、今日はアイスもごちそうになったし、車だって……」

「俺が奢るのは別」

「新海さん……ほんとに、もう……」

「ほら、ミヤコも帰りな。俺もさっさと食って帰るし」

「……わかりました。では、また明日」

「ああ、また明日」

「今日は本当にありがとうございました。またこれからよろしくお願いしますね、新海さん」

「おぅ」


ぺこりと頭を下げて、ミヤコも退店。

それを見届けてから店員さんを呼び、いつものハンバーグセットを注文した。


自宅────


夕飯を終えて帰宅すると、時刻は20時半だった。

そこから風呂に入って明日からのトレーニングメニューと内容の精査を成瀬先生とメールでやりとり。


ようやくオーケーが出たのは22時。

最後の方はめちゃくちゃ適当な返事だった。多分眠いからといい加減に決めやがったな、あのヒト。


ついでにパルフェのことも伝えると、こちらには二つ返事のオーケーだった。

ライバルができるのはいいことだ、とのこと。


やることを終えて俺もそろそろ寝るかー、と思ってPCの電源を落としたところでスマホが震えた。


「ん?」


ロック画面に表示されたのはLANEのメッセージ。

差出人は────


「……はぁ」


『電話してもいい?』

『なんでだよ』

『元気かなーって』

『もう寝るとこ』

『ちょっとだけ! お願い!』

『明日でいいだろ』

『じゃあ明日もするから!』

『おやすみ』

『おい!』


スマホをベッドに投げてトイレと歯磨きを済ませる。

戻ってくるとピコピコ音が鳴り続けていた。


あのクソ野郎……スタ爆しやがって……。


スマホを拾ってすぐに返事。


『ぶっ飛ばすぞ』

『あ、起きてた。なんだよ起きてるのかよ無視するなよ』

『いい加減にしろよお前』


『にぃにの文章怖い……』

『もっとやさしくてかわいい文章にしてよ』

『愛嬌あるやつにしてよ』


ったく……めんどくせぇやつだな。

マジでめんどくせぇなこいつ……。


『寝るまでだぞ』

『え、いいの?』

『じゃあ寝る』


メッセージを送るとすぐに電話がかかってくる。

部屋の電気を消してベッドに寝転がり、通話ボタンを押してスピーカー状態にする。


「にぃやん?」

「んだよ」

「やば、本当ににぃやんだ! 元気してた〜?」

「ァ?」

「ちょ、いきなりその声怖いからやめて。顔見えないとほんと怖いからやめて」

「……なんかあったのか? ソラ」

「ううん、なんもない。元気かなーって」

「あぁ、なんとかやってる」

「そっか」

「……マジでそれだけ?」

「え? うん」

「じゃあ切るぞ」

「なんで!?」

「なんもないんだろ」

「用事がないと電話しちゃダメなのかよ」

「……ダメとは言わねーけど」

「じゃあいいでしょ。へへ、にぃにの声聞くの久しぶり〜」

「だな。いつ以来だっけ」

「いつでもいいよ。昨日でも、一昨日でも」

「何ヶ月ぶりだろ」

「いやぁ……出て行く時はめっちゃ嫌でしたね、あたし」

「大学の時な」

「あの時あたし小学生ですよ」

「今もあんま変わらないだろ」

「変わりますよ、変わるに決まってるでしょ。もう輝かしき中学生ですよ? 大人の第一歩進んでますよ」

「ほぉ。彼氏でもできたんか」

「そんなもんいらん」

「いらんてお前、そんなもんてお前」


「にぃやんこそできたん? トレセンってウマ娘ばっかりなんでしょ、美少女の宝庫じゃん」

「できるかよ。毎日先輩についてくので大変だ」

「へへ、そっかそっか」

「なんで嬉しそうなんだよ」

「がんばってんだな〜、って思って」

「そりゃがんばってるよ。新人のうちにがんばらなきゃ意味ないしな」

「はぁ〜……トレセン学園いいなぁ……」

「お前も2年後、がんばれよな」

「もちろんですよ。その時までちゃんとやっててよね、トレーナー」

「どうかな。来年あたりクビになるかも」

「いやマジでやっててもらわないと困るんすよ兄上。あたし行く意味なくなりますからね兄様」

「別にわざわざ来てもらわなくてもいい」

「なんでだよっ! そんなこと言うなよ、泣くよあたし! いいのか泣くよ!?」

「電話口で流れても困るわ」

「じゃあ泣かすなよ。優しくしろよ。めいっぱい甘やかせよ」

「はぁ?」

「甘やかしてよ! 大切な妹でしょ! 可愛がってよ!」

「お嬢様、お口を閉じてくださる?」

「ええ、よくってよ♪ ……っておい!」

「元気そうでよかったよ、ソラ」

「……」

「なんだよ」

「あたしをいじって元気かどうか判断するの、趣味悪い」

「お前が無駄な話しなきゃもっと普通に話せるんだよ。全部お前のせいだ」

「久しぶりの会話なんだから色々喋りたいじゃん!」

「叫ぶなうるさい」

「はい、すみません」

「おとんとおかんは?」

「リビング。テレビ見てる」


「お前は?」

「あたしは自分の部屋。電気消して布団に寝転んでる」

「俺と一緒か」

「もう寝るの?」

「明日も5時半起きだしな」

「え、めっちゃ早起きじゃん。やばぁ」

「朝練があんの。6時半から」

「いやマジで早いな。健康的すぎるだろ」

「だからもう寝れるなら寝たいんだけどな」

「残念だったな。あたしと喋ってるからにはあたしが寝落ちするまで電話してもらうぞ」

「切るぞ」

「ぁぁぁ〜! やだやだ、ごめんなさい! もっとお兄ちゃんと喋りたいの!」

「……」

「ため息やめろよぉ……」

「仕方ねーなぁ」

「いいの?」

「今日だけな」

「明日も電話していいって言ったじゃん」

「あ?」

「いいって言ったじゃん!」

「ふざけんなよお前」

「電話するの! にぃにの選択肢をあげます」

「は?」

「嫌々許可する、仕方なく許可する、渋々許可する。以上3つです」

「全部許可じゃねぇか……」

「さぁ、どれ!」

「はぉ……ったく」


dice1d3=

1.嫌々許可する

2.仕方なく許可する

3.渋々許可する


「……わかったよ、仕方ねぇな」

「え、いいの? ほんとに?」

「明日の夜もできそうだったなら」

「へへ、やった! 絶対する!」

「俺が忙しくてできなかったら諦めろよ」

「嫌です。します」

「あのなぁ」

「お兄ちゃん……お願い」

「……わかったよ、なんとかする」

「へへ、やった〜! ちょろいっすわ」


ぷちり。

電話を切った。


即座に電話が鳴る。

通話ボタンを押してスピーカー。


「なんで切った!?」

「テメェで考えやがれクソ妹」

「えぇ〜? ソラわかんなぁい」

「ひねり潰すぞ」

「電話で言われても怖くないです〜」

「あ? 電話すんのやめるか?」

「ごめんなさい本当にごめんなさい調子乗りましただからやめてくださいあたしから幸せを奪わないでください」

「めっちゃ早口だったな今の……」

「必死でしたね。切られたくない一心でしたね」

「アホかよ」

「アホじゃないですぅ! にぃにと電話したいだけですぅ!」


「なんでそこまでしたがるかねぇ……」

「兄を心配する妹の心遣いでしょうが。たまには家族の声聞いたほうがいいよ、特に妹の声」

「なんでだよ。普通は親だろ」

「妹に決まってるでしょうが。妹以上に兄を癒せる存在なんか居てたまりますか」

「はあ……」

「癒されてるでしょ? いま」

「めっちゃ疲れてる」

「ぇ、うっそだろまじで!?」

「妹がお前じゃなきゃ癒されてたかもな」

「はぁ〜〜〜〜〜? そんなこと言います? あたしほど兄想いな妹は存在しないと言っても過言ではない」

「それは言い過ぎだわ。過言すぎるわ」

「うっわぁ……なんだこの兄、マジで言ってるのかよ。あたしはこんなに想っているというのに」

「わかったからそれやめろ、背中が痒くなる」

「嬉しくて?」

「気持ち悪くて」

「ひどい!」

「頼むから静かに電話してくれ。お前のうるさいやり取りマジで疲れる……」

「はぁい……」

「……」

「……」

「寝ていい?」

「ダメ」

「なんか話すことあるのかよ」

「え〜、と……ぁ、担当できた?」

「まだ。先輩のとこでサブトレーナー……えー、研修中」

「見習い魔女って感じ?」

「だな」


「お前の口から見習い魔女とか出てくるとは思わんかったわ」

「友達がカラオケで主題歌? よく歌うから」

「なるほどな」

「でさでさ、ウマ娘と喋ったりする?」

「するな。チームの所属の……デビューしてないウマ娘とトレーニングしたり雑用したりしてるからよく喋る」

「へ〜。……可愛い?」

「あ?」

「可愛い? チームのウマ娘さん」

「あぁ……まぁ、うん。可愛いな」

「手出すなよ〜? 生徒のウマ娘に〜」

「出さねーよ、アホか」

「わかりませんよ? たまにニュース出るし。生徒に性的行為を強要して解雇されるやつ」

「お前、俺のことそんな風に思ってんのか」

「思ってないけど釘だけ刺しとこうと思って」

「やるわけねーだろ。お前が来るまでトレーナーやってなきゃならねーんだから」

「へへ〜。ちゃんと待っててよねっ」

「待たされる方のこと考えて、せいぜいがんばてくれよ」

「男は待つより待たせるほうがいいって聞きました」

「恋愛の駆け引きかよ」

「そうとも言う」

「アホなこと言ってないで勉強したらどうだ? もうやってんの?」

「やってるわけないでしょうが。中学生ですよ? 高校受験までまだまだありますよ」

「結構むずいぞ。面接もあるらしいからな」

「ぇ」

「お前、知らんやつと話すの苦手だろ。ちゃんと対策しとけよ」

「……」

「ソラ? 聞いてんのか?」

「聞いてます。聞いてるけど……」

「なんだよ、ビビったのか?」

「…………はい」


「……」

「ため息やめろよぉ……え〜? 面接あるの聞いてない……うそでしょ、えぇ〜……?」

「がんばれ、な」

「うん……」

「じゃないと俺、待ち損だぞ」

「がんばりますよ……」

「お前、根性ないからなぁ。心配だわ」

「お兄ちゃんの権限でなんかこう、いい感じにしてもらえません?」

「アホか。俺なんか下っ端も下っ端だわ。権限なんがないに等しいわ」

「くそっ、使えねぇ」

「みんな同じことやって入学してんだよ。自分だけ楽しようとかすんな」

「ちぇ〜、ちぇ〜」

「そろそろ寝ないか? もう30分は喋ってる」

「あたしは足りない」

「なんでそんな喋りたいんだよ」

「にぃにの声聞きたいって最初に言ったでしょ」

「じゃあもう聞いてんだろ、30分も」

「足りないじゃん! ずっと会ってないんだよ?」

「遠距離恋愛してる彼女かよお前」

「遠距離家族してる妹だよ」

「めんどくせぇな。なんだよそれ」

「遠く離れた土地で暮らす兄と妹だよ」

「普通じゃねぇかよそれ」

「あともうちょっと!」

「はぁ……」

「ねぇにいやん」

「あん?」

「今どっち向いて寝てる?」

「なんで?」

「いいからいいから」


「えー……右向いてるな」

「じゃああたし左向こーっと」

「一応聞くけど、なんで?」

「一緒に寝てる気がする」

「ばっかじゃね〜の」

「昔はそうしてくれたじゃん」

「それはお前、背中向けると泣くからだろ」

「いまも泣くかも」

「うそつけ」

「うそだけど。それはそれとして左向く」

「……あっそ」

「へへ〜」

「ひとり暮らししてでも妹に寝るまで話に付き合わされるとは」

「逃げられると思うなよ〜? このおソラちゃんから〜」

「迷惑なやつだなお前は本当に」

「にぃににしかかけないよ迷惑なんか」

「おとんとおかんにもかけんなよ」

「それはまあ……かけてるけど、見てわかるくらいの迷惑はにぃやんにしかしませんよ」

「お前ほんとにムカつくなぁ……」

「なんだよじゃれてるんでしょ! 兄なら広い心で受け入れろ、むしろ受け止めろ!」

「もっと可愛い妹ならなぁ」

「おにいちゃんちゅきちゅき⭐︎」

「すり潰すぞ」

「あの、ほんとマジトーンで言うのやめてもらっていいですか。部屋真っ暗で目も閉じててその声だけ聞こえるとめっちゃビビるんですよ」

「……」

「舌打ちもやめろってぇ!」


「……。……まだまだ暑いね」

「急な話題転換だな……。暑すぎて今日も死にかけたわ」

「え、にぃやんなんかしてたの?」

「山行ってた」

「……? 山? え、山? なんで山?」

「うちのチームのウマ娘が本格化してな。で、グラウンド使えなかったから山のほうにある公園のコースで走ってた」

「え、すごー」

「山だから多少涼しいかと思ってたんだが、全然だ。クソ暑かった」

「うわぁ。あたし行きたくない」

「お前もこっち来たら連れてってやるよ」

「大丈夫です間に合ってます」

「地獄を味わわせてやる」

「このクソ兄貴め……」

「アスレチックとかも色々あって遊べそうだった」

「あ、それなら行ってみたいかも」

「アスレチックはいいかもな。鍛えられるし」

「遊びじゃないんすか兄上……」

「遊びもトレーニングのうちと思え。トレセン学園の校則だ」

「え、うそ!?」

「うそだよ」

「も〜!」


「まあ、とにかく俺はなんとかやってるよ。飯も食ってるし、仕事もやってる」

「うん、毎月なんかにぃにならお金振り込まれてるから生きてる、ってことだけはお母さんから聞いてるけど」

「伝え方適当すぎだろおかん」

「たまには帰ってきたらいいのにって」

「帰っても寝るとこないだろ」

「リビングで布団敷いて寝たらいいじゃん」

「なんかそれ、めっちゃ虚しくないか? 自分ちなのに他人の家みたいで」

「もうにぃにの部屋ないしね。あたしのになったから」

「追い出されたようなもんだろ俺」

「仕方ないな〜。寝ます? あたしの部屋で」

「無理」

「うわぁ、クソ強い否定ですよ。嫌になっちゃいますねほんと」

「お前と同じ部屋で寝るなんざ片腹痛いわ」

「くっそこいつ調子乗りやがって……いつか絶対仕返ししたるからな」

「やってみろよ。どう足掻いても俺とお前が同じ部屋で寝ることはない」

「旅行でも?」

「あ?」

「家族旅行なら同じ部屋でしょ。それともにぃには廊下で寝るんすか」

「それは……あれだよ。違うじゃん、話がさ」

「うわぁ、ざっこ。すぐ折れたよざ〜っこ」

「特殊な状況出してくるお前が悪いだろ。揚げ足取んなよめんどくせぇ」

「ばーかばーか!」

「お前がバカだバーカ」

「にぃになんか暑さにやられて倒れてしまえ」

「残念だったなアホが。熱中症対策は万全だわ」

「くっそ……」


「……ってかさ、そろそろマジで寝ようぜソラ。俺もう眠い」

「え〜……?」

「お前も結構眠そうな声してんぞ」

「ん……なことない、ですよ」

「してる」

「いけるいける。お兄ちゃんともっと喋りたい」

「明日も学校だろ」

「それはそうだけど」

「明後日土曜だしさ、明日ゆっくり話そう」

「わかった……寝る」

「おやすみ」

「お兄ちゃん」

「ん?」

「たまには帰ってきてね。元気な顔、見たいから」

「……ああ、帰れそうならな」

「約束ね」

「約束はできんが、まあ、がんばるよ」

「ん……じゃあ、おやすみなさいお兄ちゃん」

「ああ、おやすみソラ」

「……」

「……」

「早く切れよ」

「そっちが切ってよ。あたしもう目閉じてるから開けたくない」

「俺も閉じてる」

「じゃあもうこのままでいいや」

「あのなぁ……」

「充電器さしてる?」

「さしてる」

「じゃあ寝落ち電話ね」

「アホかよ」


「真面目な話はおしまい。あとはなんか、眠くなりそうなことゆっくり話そ」

「はあ……マジで寝る方向に行くからな、俺」

「うん、あたしもそうする。だからのんびりしとこ」

「はいよ」

「……そういえば、今日ね。学校で〜」


ぽつぽつと、毒にも皿にもならないしょうもない話をソラとした。


俺が眠気に負けて、落ちるまで。


意識が遠のく瞬間に、ソラから何かを聞かれた気がしたが……なんだったのだろう。

大切なことを言われたような気がしたのだが、思い出せない。


多分、ソラもそれを見計らって口にしたのだと思う。

俺の意識がほとんど消えかけて、記憶に残らないと確信して、そう聞いたのだ。


だから知ろうとしないまま、俺は意識を手放す。

あえて聞き返すこともしないまま、眠った。


「おやすみなさい、お兄ちゃん」

「……お兄ちゃんがいなくて寂しいのは、ほんとだよ」

Report Page