過去編その5
・・・
「はぁ、……はぁ、は……ふぅ」
「お疲れ。ほら、タオルとドリンク」
「ぁ……ありがとうございます」
「どうだった? 普段と違う環境で走ることになっちまったけど」
「はい……やっぱり、身体が軽いです。力も湧いてきて、すごく……走るのが楽しい、って感じました」
「そりゃよかった。わざわざ車走らせた甲斐があったな」
「本当に、ありがとうございます」
午後の授業が終わって、それからのこと。
俺たちは車で走って1時間程度にある山にいた。
結局、トレセン学園でのトレーニングは今日は諦めたのだ。
グラウンドが使えないからだろう、どこの屋内施設も超満員。
トレーニングジムもプールも体育館も全て予約でいっぱい。
少しでも今の自分を確かめたいというミヤコの願いを聞いて、俺は方々を駆け回ったが、結局予約待ちすらできない状態でなす術がなかった。
それで成瀬先生に相談して紹介されたのが、山にある、この大きな公園だった。
比較的斜面の少ない山……丘、と言った方がいいのか?
そんな感じの場所にある公園だが、意外と走るための環境は整えられていた。
まず人間もウマ娘も走れるような、未舗装の道が公園の外周をぐるりと囲んだ簡素なランニングコース。
それとウマ娘が走れるような、実際のコースっぽく楕円形に作られた、これまた未舗装の競技場チックなコース。
もしかしたら他のウマ娘もいるかも……と思いながらミヤコを乗せて車を走らせたが、意外なことに利用者はおらず、貸切だった。
おかげでミヤコも満足いくくらいには走ることができたようだし、数日前とはタイムも走りの質も見違えるほどに変わっていることがすぐに見てわかった。
「なるほどな……これが本格化と、そうじゃない場合の違いか」
タブレットのフォーマットに記入したデータを眺めながら呟く。
本格化前からできるトレーニングを積んでいたためか、走りの能力が開花したばかりにしてはかなりいい内容に思える。
「これ……本当に、私の走ったタイムなんですよね……?」
「ああ、もちろんだ。信じられない?」
「はい……書き換えたり、してませんよね?」
「んなことしねーよ。紛れもない、ミヤコが走ったタイムだ。ほんとにおめでとう」
「……、……」
素直な感想を口にしたら、タブレットを覗き込んでいた顔を離し、うつむいてしまった。
また照れてるのかな、と思って覗き込むと、口元が動くのを隠そうとしていた。
それくらい嬉しかったんだろうなと、俺も嬉しい気持ちになる。
トレーナーになって、トレセン学園に来て、成瀬先生のチームに入って、5ヶ月ずっと近くで見ていたから。
ようやく彼女のレース人生が始まったのだと思うと、本当に嬉しくて仕方がない。
だから調子に乗って、こんなことも言ってみる。
「デビューも目前かもなー」
「ぇ、えっ! で、デビュー……!?」
「まだ9月だぞ? 年内……遅くても年明けにデビューって可能性はあるだろ?」
「で、でも、ぇ、デビュー……私が……?」
「なにかおかしい?」
「……いえ、おかしく、ないです……ね。うん、本格化が始まれば、デビュー、だもの、ね」
「だろ」
「昨日まで走ることばっかり考えていたから……急にデビュー、なんて言われても……どうしていいか……」
「真面目だなぁ、ミヤコは。デビューしたくないの?」
「むぅ……新海さん、たまに私のことそうやってからかう……」
「悪い。でも良かった、これでほんとに俺の出番も無くなりそうだ」
「えっ……」
「だって俺がミヤコを見てたのは未デビュー組だったからだろ? ミヤコの本格化が始まってデビューを目指していくなら、俺じゃなくて成瀬先生が見るわけだし」
「……ぁ」
「流石にちょっと寂しいけどな。これだけずっとやってきて、急に離れ離れ……とまではいかねぇけど、話す機会とかも減っちまうかもだ」
「……」
「一緒に雑用しながら喋るの、楽しかったんだけど」
「……」
「ミヤコ?」
「ぇ……?」
「疲れた?」
「ぁ、い、いえ、その……いえ」
「?」
「なんでも、ないんです。ちょっと考え事しちゃって……ごめんなさい」
「いや、いいけど……」
「……はい」
なんだか、気まずい空気。
変なこと言っちまったのか、俺……?
それとも昨日までの自分と比較して考え込んでいたのか……はてさて。
チラリと腕時計を確認。
時刻は17時過ぎ。
そろそろ帰った方がいいかもしれない。
今から戻ると渋滞に引っかかりそうだが……まぁ、19時までには帰れるだろう。
それにあまり遅くなるほうが良くない。少しでも早く帰らせてやるべきだ。
「そろそろ帰ろう。結構いい時間だ」
「ぁ……はい、わかりました」
またしても考え込む顔のミヤコ。
俺はよくわからないまま、ふたりで駐車場へと向かった。
「ぁ、少しだけいいですか?」
「ん? うん」
「ちょっと、お手洗いに……」
「ぁ、悪い。車で待ってるよ、エアコンつけて冷やしとく」
「ごめんなさい、すぐに戻ります」
「荷物預ろうか?」
「いえ、大丈夫」
ぱたぱたと駐車場近くのトイレへ走っていくミヤコを目で送り、車へ。
キーを回してエンジンをかけ、エアコンを強めに入れて車内の空気を冷やす。
9月半ばの夕方。
この時間帯になると多少涼しくなるか……と思ったが、結局この時期になっても暑いまま。
毎年暑い暑いと言ってるが、今年は特に暑い気がする。
……これも毎年言ってるな、多分。
そろそろ過ごしやすい季節になってほしいもんだが……。
「あ、そうだ」
思い出したようにカバンから汗拭きシートを取り出し、首や腕を拭いていく。
女の子と車という密室に入るのに、汗臭いのはまずい。
特に男の汗は臭いからな……ミヤコに不快な思いをさせて、もう2度と乗りたくないとか思われたらショックで寝込む自信がある。
一応無香料の、あまりきつい匂いのしないタイプ。
男物はただでさえ匂いのきついものが多く、車でそれを使うとその匂いで充満してしまう。
なので多少マシなやつを選んでいるのだ。
気にさせたら嫌だなーと、とにかく少しでもミヤコに快適に過ごしてもらうために配慮しまくったわけで。
「……ぁー、涼しい……」
それでもひんやりしてくれるので、大変ありがたい。
汗もひいて、匂いも気にならなくなって、迎える準備は完璧……いや、なんか気持ち悪いな俺。
アホかよ。
「ごめんなさい、お待たせしました」
そんなことをしているうちにミヤコが合流。
ドアを閉めると同時に、ふわりと甘い香りが漂う。
「……?」
「? 新海さん?」
「ぁ、いや」
それで気づく。
ミヤコも俺と同じだったのか。
あえて言う必要もないだろう。
なんだか照れ臭い気持ちになりながら、俺は車を発進させる。
「コンビニとか寄るか? 俺、アイス食べたい」
「アイス、いいですね〜。ぁ……でもコンビニのアイスって高かったような……」
「それくらい奢るよ」
「えっ!? ダメですよ、高いのに」
「1番高いの食っても300円くらいだろ」
「300円もするんですよ……?」
「いやいや……」
「いやいやいや……」
「それくらい気にしなくていいんだぞマジで」
「駄目っ、お金は大事にしないとっ!」
グッと拳を握り締め、力説。
「お爺様がね、よく言ってるんです。お金は贅沢するとすぐなくなっちゃうから、日頃から節約を心がけるべきだって」
「新海さんのお金の使い方を見て、びっくりしちゃったもん。コンビニで1000円近く使ってるし、食費だけでもバカにならないでしょう?」
「こういうところを少しずつ切り詰めていくだけでも、ずっと浪費を抑えられるんですから」
「お、おぅ」
どんどん熱の入っていくミヤコの話に、半ば呆気にとられながら、半ば気圧されながら耳を傾ける。
ミヤコレガリア。
大企業飲料メーカーのご令嬢。
趣味、節約と貯金。
一般人が描くお金持ちの真逆をいくのが、ミヤコレガリアの本当の姿だって。
むしろ超庶民はすぎるってくらい。
今朝のコンビニで呪詛のように値段を読み上げていたのもこれが原因。
自販機で180円のお茶を躊躇いなく買った俺に『やっぱりブルジョアジー……』とこっそり呟くほど金の使い方には慎重。
ガチのセレブにブルジョア扱いされるのがすげぇ変な感じするけど、とにかくそれがミヤコレガリアという人物なのだった。
「じゃあ、お疲れ記念ってことで」
「記念……?」
「ずっと悩んでただろ、本格化。で、今日はそれがようやく始まって気持ちよく走れた。だからその……なに? 記念」
「そんな、祝ってもらうようなことじゃ……」
「いいからいいから。お、コンビニ発見」
「ぁ、ちょっと……」
「入りまーす」
「ああぁぁ……っ」
ミヤコの悲鳴を無視してコンビニへ入る。
ふたりで入店し、アイスクリームのコーナーへ。
目の前まで連れてくればようやく観念したのか、値段の書かれたPOPを眺めながらミヤコはぶつぶつとなにやら呟いている。
「せめて1番安いものを……」
「俺はこれ」
「……! 311円……」
「また値段読み上げてる」
「ぁ、ごめんなさい……つい」
「好きなの選んでいいよ」
「はい……じゃあ、これ」
「52円」
「あっ、新海さん、76円を強調した……!」
「ミヤコの真似してみた」
「むぅ……いじわるですよ」
「悪かったよ。ほんとにそれでいい?」
「はい、これで」
「じゃあカゴ入れて」
「失礼します」
「よし。他の、なにしようかな……」
「え……まだ買うの……?」
「考え中。ミヤコ、どれ好き?」
「え?」
「値段関係なく好きなやつ。味とか」
「んー、と……好き嫌いはないけれど、強いて言えばバニラ……かなぁ?」
「じゃあミヤコのアイスはこっち」
「えっ!」
「バニラの方が好きなんだろ?」
「そ、それは強いて言えば、だから……!」
「バニラの方が好きなんだろ?」
「むーっ……」
わかりやすくむくれるミヤコ。
少し押し付けがましかったか……ちょっと反省。
でも流石に76円のアイスはなぁ……奢りがい無いよなぁ。
「あ〜……ほら、せっかく奢るんだし、ほんとに好きなもの選んでほしいだろ?」
「……わかりました。でも、こっち」
はぁ、と息を吐いて引き下がったミヤコが手に取ったのはバニラのアイス。
148円のビスケットで挟んだやつ。
結構うまいやつ、俺も好きだ。
「うう、とんでもない贅沢を……」
「まあそれなら妥協ラインか」
「ぇ、これで……?」
「飲み物は?」
「それは自分で払います!」
「え、でも」
「払います!」
「……わかった。じゃあアイスだけな」
「お願いします。……もう、すぐ新海さんはお金使っちゃうんだから」
「学生んときは500円すら使うの躊躇ってたけど、社会人になると変わるもんだ」
「私には、で、できない……」
弱々しい声ながら、確固たる自分を持っているミヤコなのだった。
・・・
「ごめんなさい、私のわがままで……あんなところまで」
「わがままなんかじゃないさ。ウマ娘の希望はできるだけ叶えてやりたいから」
「本当にいつも、ありがとうございます」
「どういたしまして」
「それじゃあ私、裏から入りますので」
「おう、また中で」
「はいっ」
ミヤコを車に乗せて、ナインボールへ。
帰りにお爺さんに用があるそうで、愛用の自転車を店に置いていたのだ。
ちょうど到着したのが18時半だったので、せっかくだから夕飯を食っていくことに。
パーキングに車を停めて、店内に入ると────
「……あ」
中にはまさかの人物が。
「……」
俺がいつも座る、窓際の席。
そこでパフェをつつきながら小説を読む、小さなウマ娘。
パフェクイーンこと、ノアドパルフェ。
そういや選抜終わったんだっけ。
いつもいる時間よりも遅いが……頑張った自分へのご褒美、といったところだろうか。
声をかけるべきか迷っているうちに店員が席の案内にくる。
「いらっしゃいませ。おひとり様ですか?」
「あ、はい」
「空いているお好きな席へどうぞ」
「はい」
そんなやりとりをしていると、ノアドパルフェが視線を上げてこちらを見る。
俺が小さく手をあげると、彼女は居住まいを正した。
座ってもいい、ということなのだろうか。
なら、遠慮なく。
「お疲れさん」
ノアドパルフェの前の席に座らせてもらう。
もし違う意味だったらどうしようかと一瞬不安になったが、嫌な顔せず受け入れてくれた。
どうやら選択は間違っていなかったらしい。
「奇遇ね」
「ここで会うのは、なかなかレアだな。お疲れ」
「ええ」
……沈黙。そして小説へ目を落とす。
うん、いや……うん。
俺も話すのあんまり得意じゃないけどさ?
ぶった斬るような返事はどうかと思うよ、パルフェくん。
仕方ない……話題を振ろう。
といっても触れる話題なんてひとつしかないわけで。
「ぇ〜……と、選抜、どうだった?」
「……」
ぴくりと眉を動かし、無表情で無言。
……え、返事なし? え、無視?
なんかまずかったか……?
「え、と」
「負けた」
「……え?」
「負けた。12人で出走して、7着だった」
「ぇ……マジ、で……?」
負けた? 選抜にレースに、負けた?
俺の確かめるような問いかけに、ノアドパルフェは静かに頷く。
「……群れに飲まれた。位置取りがうまくいかなくて、せっかく貯めた脚を使う間もなく終わった」
「だから担当のいないトレーナーたちに声をかけられることもなかった。それだけ」
「それだけ、って……」
吐き捨てるように言うパルフェに、俺は何も言えなくなった。
なんと、言葉をかけてやったらいいのな。
成瀬先生なら、うまく茶化すなり真面目に返すなり、この場で詰まることなく続けられたのかもしれない。
だが俺にはまだ、彼女の気持ちに対する言葉を持っていなくて。
言葉を、失ってしまった。
ただ、漠然とした悔しさだけが俺の胸に去来する。
「そ、れは……なん、ていうか」
「いい。無理に慰めようとなんてしなくて」
「……悪い」
「私の判断ミス。ずっとひとりだったから、レース勘を養えていなかった」
「パルフェ……」
「私は気にしていない」
「……でも」
「レースは甘い世界じゃない。わかっている、大丈夫」
そんなの俺だってわかってる。
勝つ者がいれば負ける者だっている。
レースで勝てるのは常にひとりだけなんだ、当然だ。
でも……。
気にしていないなんて、そんなわけあるか。大丈夫なわけあるか。
毎日遅くまでひとりで走って、あんなに頑張っていたのに。
俺が声をかけてからは、もっと頑張っていたのに。
どうしようもないやるせない気持ちになってしまう。
選抜に勝ててトレーナーと契約できていたら、気持ちよく話ができたはずなのに。
ここで出会わなければ、明日ならもう少しマシに会話できただろうか。
わからない。
でも、明日だったとしても、まともに言葉をかけてやれる自信は、なかった。
「あ、お待たせしまし……ぁ、れ? ぇと」
そんなタイミングでミヤコ登場。
ものすごく戸惑っていらっしゃる。
当然だ、まるでお通夜のような雰囲気なのだから。
……俺だけが。
「そう、彼女と一緒だったのね」
チラとミヤコの顔を見て、ノアドパルフェ。
「……そういえば彼女のいるチームのサブトレーナーだったわね、あなた」
「ぁ……ああ」
「ぁ、すみません。私は────」
「ミヤコレガリアさん」
「え……、私のこと……」
「え、あれ、知り合いだ、っけ……?」
「話すのははじめて。けれど、この店を利用している客なら知らない者はいない」
「あ〜……そうか、それもそうだな」
「……」
「今俺のこと、ちらっと見ました?」
「ご、ごめんなさい……」
視線が言っていたのだ。
お前は気づかなかったくせに……と。
俺は確かに気づかなかった。
ここで働く可愛い店員さんが、まさか自分が出入りするチームにいることを。
……気にしてたんだな、ミヤコ。
ほんと、すまん。
「座ったら?」
「ぁ、はい。……え、と……」
どちらに座ろうかと少し迷って、ミヤコは俺の隣に腰を落ち着けた。
注文を済ませてから、改めてふたりが自己紹介。
「私はノアドパルフェ。見ての通り、トレセン学園の生徒。学年はあなたと同じ、クラスが遠いからすれ違うこともほとんどなかったわね」
「よろしくお願いします、ミヤコレガリアです。……ぁの、ごめんなさい」
挨拶を終えて、すぐにミヤコが頭を下げた。
それと同時に注文した飲み物が届き、少しだけ待ってから続ける。
「……さっきの話……聞こえて、しまって」
「別に隠し話をしていたわけじゃないわ。気にしないで。次の選抜に挑戦するだけ」
「……選抜」
「あなたは選抜には?」
「私は……今日、本格化が始まったばっかりで」
「そう。本格化が始まる前から担当トレーナーがいるのね。つまり選抜にも出たことはない、と」
「ぁ、でもそれは、その……ちょっとした縁があった、だけで」
「運が良かった、と」
「運だなんて……いえ、そう、かもしれません。私はたまたま、運が良かっただけで」
「どういうことだ?」
そういえば、と気づく。
ミヤコの本格化が始まっていないのに、成瀬先生とトレーナー契約を結んだ理由を、知らなかったのだ。
「私は……その、ぇえと……」
「話せない?」
「ぁ、いえ……そうでは、なくて……」
パルフェの問いかけに、答えづらそうにするミヤコ。
何かを迷っているのか、それとも俺に聞かれたくないとか……。
「……」
小さく咳払い。
意を決して、口を開いた。
「1年前の、話なんですけど……」
「……この店の前で、酔っ払って倒れていた成瀬トレーナーを介抱したら……担当になりました」
言い終わると同時に、申し訳なさそうな顔でミヤコはうつむいた。
……。
「……」
パルフェは目を大きく見開いてぱちくり。
俺は急に頭が痛くなった気がしてこめかみを抑える。
はぁ〜〜〜……………………。
わかった。ミヤコが迷ってたのは俺やパルフェに対して気を遣ったのではなく、サツキちゃんに気を遣ったのだ。
あのヒト、ほんと、マジで……。
「その時に、初めて会ったんですけど……その、飲み会の帰り道だったみたいで……」
ぽつりぽつりと、話を続けるミヤコ。
ようは、だ。
飲み会帰りに自宅に帰るつもりが、ミスって学園に帰ろうとしてしまったサツキちゃんがこの店の前でぶっ倒れていたところを、バイト上がりで帰ろうとしていたミヤコが発見。
そのままお爺さんと共に店で介抱しているうちに、気がついたサツキちゃんが、自分がトレーナーであることを明かす。
そこでミヤコがウマ娘であることに気づき、まだ担当がないミヤコを介抱してくれたお礼でスカウトしたのだという。
本格化が来てないことも伝えたらしいが、飲んだくれ酔っ払い野郎のサツキちゃんがそんなことを覚えているわけもなく。
翌日、店で目を覚ましたサツキちゃんは大慌て。
しかし自分の置かれた状況を確認し、一度口にした事だからと改めてスカウトし、本当に契約を結ぶに至った────ということらしい。
あのヒト、マジでいい加減で適当だな……。
「……つまり、成り行きということね」
ミヤコの話を聞き終えて、パルフェも頭が痛そうにする。
「……はい。だから、私は運が良かっただけ……なんです。トレーナーさんに担当してもらう実力なんて、まだなくて」
「あなたの走る理由は?」
「……え?」
「走る理由。あるんでしょう?」
「……走る、理由」
「私にはある。走る理由……志す目的、成すべき野望が」
「野望……」
「あなたには、それがある? 聞かせてほしい」
「私、には……そんな、大きな夢はありません」
「……」
「ただ、ウマ娘として生まれたからには……走りたい。走れる身体を与えてくれたお父様、お母様、家族……そして支えてくれるみんなに、応えたい」
「これじゃ……駄目、でしょうか」
「いい、聞かせてくれてありがとう」
「……はい」
「十分な答えは得られた。あなたの志、私は敬意を表する」
「ぇっ……そ、そんな……そんなにすごいことじゃ……」
「構わない。私の野望も、あなたと似ているから」
「え……?」
「歓迎するわ、ミヤコレガリアさん。ようこそ、我がヴァルハラ・ソサイエティへ」
「はい、ありが────え? ばる、……え? ……ばる?」
え? なんて?
「ヴァルハラ・ソサイエティ。私たちのチームの名前」
ひとり満足そうに頷くノアドパルフェ。
さすがに、あの、ちょっと俺も口出しさせてください。
「あの……チームって?」
「チームはチーム。私とあなたと、レガリアさん。3人のチーム」
「……なんでチーム?」
「選抜にも勝てない未熟者。本格化が始まったばかりの初心者。まだまだ見習いのサブトレーナー」
「小さな力しか持たぬ者が集まり団結することで、大きな力を打ち砕く……それがヴァルハラ・ソサイエティ」
「いやチームの存在理由とかじゃなくてな? なんで俺たちをその数に含められてるの?」
「組織はひとりでは結成できない。最低でも3人はほしい」
「いや、だから」
「世界の悪を滅する秘密結社。それがヴァルハラ・ソサイエティ」
ダメだこいつ、話聞いてねぇ。
っていうか言葉の言い回しとか雰囲気とか、ちょくちょく感じてたが……こいつ、重度の厨二病患者だ。
しかも邪気眼系のステレオタイプの厨二病だ。
ミヤコも混乱して固まってしまっている。
なんとかしなくては……。
「あの、俺たち、チーム入ってるんですけど。成瀬トレーナーの」
「知っている。けれど、それとヴァルハラ・ソサイエティは別」
「はあ?」
「我々は表の世界ではなく、裏の世界に生きる秘密結社」
「秘密結社」
「そう。あなたは表の世界ではサブトレーナーとして腕を磨きながら、裏の世界ではヴァルハラ・ソサイエティ所属のウマ娘を鍛える」
「なに言ってんのお前……」
「黙って聞いて」
「……はい」
パフェにぱくついていた手を止め、スプーンを置く。
紅茶の入ったカップに口をつけ、一息ついてまた話し始めた。
「ヴァルハラ・ソサイエティは我々が世界を変えるまで続く。私とレガリアさんがデビューし、トゥインクルシリーズの歴史を変える、その時まで」
「あなたには私たちがデビュー……ひいては選抜を勝てるように指導してほしい。私も彼女も、まだ未熟。この過酷な世界を生き抜くための力を持っていない」
「それを引き出すことができるのは……トレーナーのあなただけ」」
「ウマ娘だけでは勝てないのが、走りの世界。それはひとりでもふたりでも同じこと」
「人間とウマ娘の力が合わさって、初めてウマ娘は勝利への道を駆け抜けることができる……トレーナーならば、知っていることでしょう」
「だから結成した。レースの世界へ殴り込むための組織を」
カップを持ったまま、キメ顔。
……。
はっは〜ん……さてはこいつ、アホの子だな?
クールに物事を俯瞰してます的な雰囲気出してるが……実はノリで生きてるな?
とはいえ圧倒されている……というか、困惑しているのも事実。
急に秘密結社とかチームとか言われてもついていけるわけがない。
「とりあえ、だ」
「ええ」
「もう少しわかりやすく言ってくれ……」
「端的に換言すれば、彼女を鍛えるついででいいから私も見てほしい」
「……」
「それっ、て……うちのチームに……?」
「あなたたちのチームには入らない。私は成瀬トレーナーに誘われたわけじゃない」
「……そ、う……ですね……」
チームにウマ娘をスカウトする場合、チーフトレーナー……つまりそのチームで1番偉いヒトにお伺いを立てる必要がある。
俺がパルフェをスカウトしたいと思うのなら、まずはサツキちゃん……成瀬先生に許可を取らねばならないのだ。
俺が独立したトレーナーなら誰の許可もいらないが、今の立場上、そういうわけにはいかない。
正式な手続きが必要になるのだ。
「でも俺はまだサブだぞ? お前も言った通り見習いだ」
「だから気に入った」
「……は?」
「貧弱な装備で少しずつ強くなっていく方が、それっぽい」
それっぽいって……RPGかなんかですかね。
「ミヤコのついでにお前を見るって言われても……サブの俺にそこまでの権限はないしな……」
成瀬先生はなんも言わんだろうが、他のチームメンバーはそうはいかないだろう。
それなら正式に手続きをしてチームに入れた方が話が早い。
が、それはパルフェのプライドの問題か。
スカウトは選抜を勝ってから、という決まりを自分の中で付けているのだろう。
「今まで通りでも構わない。少しだけでもいい、グラウンドで会った時に、アドバイスや指導をしてもらえれば、それで」
「……」
「次の選抜は3ヶ月後……必ず勝ちたい。私は友達も知り合いも少ない、頼れるヒトがいない。だからトレーニングもひとりでしていたし、走る技術だってまだまだ浅い」
初めてパルフェと会った日の走りを思い出す。
かなり雑で、フォームもお世辞にも綺麗とは言えないものだった。
俺が見て気になった部分を指摘し、軽く教えただけでグンと良くなった。
確かに……光るものはある。
有望なウマ娘とは、こんな子のことを言うのだろうな……と思ったもんだ。
「お願いします」
手にしていたカップを置き、居住まいを正してパルフェは頭を下げる。