(剪定済み)過去編その4

(剪定済み)過去編その4



数日後────


ノアドパルフェが出ると言っていた、選抜レース当日の朝。


前日は遅くまで宿題(菊花賞の情報収集)をしていたため寝不足で。

仕事行きたくない病と起きたくない病が併発してしまっていたが、気合いを振り絞ってなんとか身支度を整える。


冷蔵庫からゼリー飲料を取り出し一気に飲み干して、朝飯はおしまい。

元気全開、とまではいかないが、外に出る気にはなった。


洗面台で寝癖だけ簡単にチェックして、部屋を出る。


まだまだ日差しが暑い。

朝6時だってのにもう気温は30度近い。

いつまで暑いんだよちくしょう。


歩いているだけで汗が吹き出しそうだが、朝練もあるし、ウマ娘たちのためを思うなら文句など言っていられない。


学園に向かう途中のコンビニに寄って昼飯に弁当かパンを買わなくてはいけない────のだが。


ぼさっと歩いていたせいか、後ろから自転車のベルを鳴らされた。


「ぁ、すんません」


そんなに道の中央を歩いていたつもりはなかったが、微妙に邪魔だったのかもしれない。

軽く謝罪して端に寄り、通ってもらおうとしたのだが、自転車はそのまま俺の隣でブレーキをかけて止まって。


なんだよ、朝から文句言われるとかめちゃくちゃ嫌だぞ……。


若干ムッとながら顔を上げて、俺はその表情をすぐに崩した。


「おはようございます、新海さん」

「あぁ……レガリアか」

「ごめんなさい、びっくりさせちゃいましたね……」

「いや、大丈夫」


びっくりしたというか、なんというかアレだが……知り合いなら問題ない。

きっと歩いてる俺を見かけたからだろう。


レガリアは自転車を降り、押して俺と一緒に歩き始めた。


「別に合わせなくていいんだぞ? かっ飛ばしたほうが速いだろ」

「いえ、まだ時間もありますから大丈夫ですよ。……ぁ、カバン入れます?」

「ぉ、じゃあお言葉に甘えて」


教え子の自転車にカバンを入れさせてもらうのってちょっとアレな気はするが、せっかくだしお言葉に甘える。

リュックサックと手提げカバンの2刀流のため、手提げだけ入れさせてもらった。


「朝から暑いな」

「そうですね……自転車だと風を感じられて気持ちいいのだけど、歩いていると、ちょっと……」

「グラウンドはさらに暑いだろうな……芝があるからここより照り返しはマシだろうけど、光を遮るものがなんもないから」

「ふふ、トレーナーさんは今日も日傘を手放せませんね」

「だなぁ。日傘にサングラスにマスク、あとアームカバー……完全装備だもんな、成瀬先生」

「私もアームカバー、しようかな? ……日焼け、してきちゃって」

「え、そう? 全然気づかなかった」

「春の頃に比べたら全然違いますよ」

「まあそれはなぁ……。日焼け止め、塗ってるんだろ?」

「塗っているからこれで済んでる、のかもしれないけれど……やっぱり女の子だし、気になっちゃいます」

「健康的でいいと思う……ってのは、男のアレだな。皮膚にはあんま良くないっていうし、いいんじゃないか?」

「今度のおやすみ、見に行ってみようかな……可愛いの、あるといいのだけど」

「先生のやつ、めっちゃシンプルだもんな。真っ黒のやつ」


「フリルは付いてますけどね、大人っぽくて可愛いけれど、走るのには不向きかも」

「だな。長袖のコンプレッションとかでもいいかもな、ほら、触ると冷たいやつ」

「なるほど……それも調べてみよっと」

「あ、悪い、コンビニ寄っていい?」

「はい、大丈夫ですよ」


歩いているとちょうどコンビニが見えてきたので、ひと言断って入店。

レガリアもそばに自転車を停めて着いてくる。


「お昼、いつもコンビニなんですか……?」

「まぁ……な」

「学食、トレーナーさんたちも使えますよ?

お金は、かかっちゃいますけど」

「トレーナーとか教員は金かかるんだっけな。まあコンビニ弁当よりは栄養も取れるけど……学食まで行くの、めんどくさくて」

「そんなに遠くないのに……」

「ぉ、なんか新作出てる。うまいんかな」

「……チョコデニッシュ? えっ……200円!?」

「みたいだな。パンなら駅前の店が1番うまいんだけど」

「ぇ、ああ、あのお店のたまごサンド、すっごくおいしいですよね……1回だけ、食べたことあります」

「だよな。マジで人気商品なんだよなあれ、開店に合わせて走らねぇと秒で売り切れる」

「そういえば友達も朝から行った、って言ってたような……」

「話してたら食いたくなってきちまうな、やめよこの話。あ、ハムサンドもいいな」

「……320円」

「あとこれと、これ」

「360円……250円……」

「……あの」

「へ?」

「値段読み上げるの、やめてもらっていいですか……」

「え? ぇ、ぇ、ごめ、……えっ」

「え、無意識?」


「ぁえ、ご、ごめんなさい、えと……ぇ、私……え?」

「いや、いいけど……めっちゃ読み上げてらっしゃったので……」

「……ほんと?」

「ほんとほんと」

「……。ごめんなさい、本当に、無意識でした……」

「普段、コンビニって行かないんだよな?」

「はい……お買い物にしても、スーパーとかばかりで……」

「じゃあコンビニの飯、ちょっと高く感じるよな」

「そう、ですね……かなり高く感じます……」

「まあ……うん、あとは飲み物買ったら終わるから」

「ぁ、はい」

「コーヒーと……あとお茶か」

「合わせて366円……」

「レガリアさん?」

「ぁっ……ご、ごめんなさい……」


そこで会話を一旦区切り、俺は会計のためレジの列へ。

その背後で、レガリアが小さく何かを呟きながら、1番安いパンを手にしていた。


コンビニでの買い物を終えて。

また学園への道をふたりで歩く。


「贅沢しちゃった。108円のパン……」

「レガリア、朝飯食ってなかったの?」

「いえ、ちゃんと食べましたよ? むしろ、いつもよりたくさん……その、なんだかお腹、空いちゃって」

「食欲あるなら平気そうだな。夏バテであんまり食えてないやつ、いたろ」

「そうですね……ナツメちゃん、大丈夫かな」

「ちょっとずつ回復してるって言ってたし、涼しくなれば多少はマシになると思うんだがなぁ」

「早く戻ってくることを祈るしか、ありませんね」

「ああ、そうだな。無事に帰ってくることを祈ってよう」

「はいっ。……ぁ、ごめんなさい、食べながらでもいいですか?」

「ああ」

「すみません。……、コンビニのパンも意外と美味しい……」

「そのパン、俺も結構好き。安くてうまいんだ」

「私にはなかなかできない贅沢ね……」

「……ちょっと気になったんだけどさ?」

「ふぇ? ……、はい、なんでしょう」

「贅沢って?」

「ぁー……その、ごめんなさい、さっき読み上げたりして」

「いやそれはいいよ。コンビニ滅多に行かないんだろ?」

「それはそうなんです、けど……そうじゃ、なくて……」

「え?」

「ね、値段が……」

「値段?」

「はい……値段が……」

「え、値段が何?」

「高くて……」

「……」

「新海さんってブルジョワジーね……」

「まぁ、うん……うん?」

「だってさっきのお会計……1000円、超えちゃってたから……」

「あ、うん、そう……だな?」

「……」

「……あの」

「やっぱり新海さん、ブルジョワジー……」

「……」


まあコンビニで買うには色々金かけすぎてる気はするけど……そう、だろうか。

社長令嬢にそう言われるってことは、そうなのだろうか。

コンビニ程度で1000円も使うなと、そういうことだろうか。


自分の金の使い方が悪いのかどうなのか、しばし考えながら歩いた。

レガリアはもくもくと108円のパンをうまそうに食べていた。


トレセン学園────


学園へ到着。

俺は一旦トレーナー室へ行って朝練の準備、レガリアはグラウンドに行って着替えて集合だ。


「それじゃあまた後で、カバン、ありがとな」

「ふふ、どういたしまして。いつもひとりで登校してるので、新海さんと一緒で今日は楽しかったです」

「ぁ、……おぅ」

「では、また」


チリンとベルを1度だけ鳴らし、レガリアは自転車を押して駐輪場まで歩いて行った。


「……一緒で楽しかった、って」


なんだそりゃ、なんだよそりゃ。

くそっ……ちょっとドキッてしたぞ……。

マジでちょろいな、俺。


気を取り直してトレーナー室へ。

鍵を開けて入室────しようとしたが、どうやら中に成瀬先生がいるようで、そのままドアを開けて突入。


「おはようございます」

「おはよ〜」

「朝からエアコン付けてるんすか……」

「だってあっついんだも〜ん」

「いやわかるけど、わかりますけども」

「今日の朝トレめんどいな〜……ほんっと暑いし」

「なに言ってんですか。早く行きましょうよ」

「新海くん連れてって〜」

「アホなんすか」

「アホじゃないよ。めんどくさいだけですよ、歩くのが」

「ほら行きますよ」

「くっそ……師匠に対する扱いがなってないぞ弟子……」

「いいから歩いてよサツキちゃん」

「先生でしょー……」


グラウンド────


「みんなおはよ〜。挨拶は省略〜。点呼しま〜す。まず新海くんね」

「はい」

「次、────」


グラウンドの一角に集まって出席確認をし、朝練を開始。

といっても朝から本気でやるわけではなく、身体を動かして運動できる状態を作っておくことがメイン────なのだが。


今日の朝練は午後のトレーニングと同じくらいにハードでしっかりとしたものになる予定だ。なぜかというと、今日は午後からトレセン学園における一大イベント、選抜レースがある。


選抜レースはこのグラウンドを使用するから、今日は始業までの朝練だけ。

午後からは各自、自主的に屋内でできるトレーニングをするようにと命じられている。


ので、うまくいけば午後の選抜レースは俺も見に行こうと考えていて……正直、ちょっと楽しみだ。


ノアドパルフェとは、あれから昨日までちょくちょくここで会っては走りの様子を見ていた。


気づいたことがあれば軽く伝え、向こうも俺に質問してくるからそれに答えたりして、選抜で勝てるように色々と策を練っていた。


ノアドパルフェの選抜にかける気持ちはとても強い。

当然、他のウマ娘も同様……誰もがそこに強い思いを抱いて出場する。


デビューのために。

担当のいないトレーナーに、自分というウマ娘を知ってもらうために。

世界に自分の実力を示すために。


「よし、全員いるね。それじゃあ今日は短いけど、8時までみっちり動かしてこうね〜」


「「はい!!!」」


点呼を終えて、先生の言葉に全員が強く返事。

ここから各自に別れて指示をもらいつつ、トレーニングを始めていく。


「新海さん、ラダー持ってきました!」

「サンキュー。ワールドに渡してきてくれー」

「はーい!」


「新海くんパイロン!」

「いま持って行きます!」


俺とレガリアは道具を手に、右へ左へ。

その後はドリンクと紙コップ、洗濯した全員分のタオルを配置していく。


全ての準備が終わって完了しデビュー組がトレーニングを開始したところで、ようやく俺たちの時間が始まる。


「お疲れ。俺たちも始めるか」

「はい、よろしくお願いします!」


軽い準備運動とアップを済ませて、トレーニング開始。


デビュー組と違い、レガリアはまだ本格化も来ていない。

走りの才能が現れ始める前から過度なトレーニングをさせると、本格化が始まる前に壊れてしまう。


だからレガリアは今日もいつも通り、軽い運動。

いつ本格化が始まってもいいように基礎練習を積んでおくのみにとどめる。


「レガリア、腰上がってる」

「は、はい……っ」


特に大切なのは体幹……らしい。

ここが出来ているのといないのでは、いざ本格化が始まって走ることになった時に大きく影響が出るようだ。

フォームの形や腕の振りにも必要なもので、本格化が始まる前から鍛えておいて損はないとのこと。


むしろ本格化が始まれば、走るためのトレーニングに時間を割くことになるため、それ以外のところは前もってやっておくに越したことはないのだ。


……しかし。


「ふ、っ……、……ふぅ、っ……」


今日はいつもよりも調子がいいように見える。

プランクもヒップリフトも、決められた秒数を繰り返すのだが……普段よりも苦しそうには見えない。


体幹が出来上がってきて、余裕が出ているってことか?

だとしたら、いい兆候だ。

これなら本格化が来たとき、すぐに走りのトレーニングに入っていける。


ほんと、楽しみだ。


・・・


「はいみんなお疲れ〜。挨拶は省略〜。今日は昼からは各自で自主トレしといてね。私と新海くんはトレーナー室にいると思うから、何かあったら連絡することー」


朝のトレーニングが終了。

連絡事項の伝達が終わると、ウマ娘たちはそれぞれの荷物を手にグラウンドを出ていく。


その場に残された俺とレガリアと先生で片付けをしていく。


「レガリアさん、今日すごい張り切ってたみたいだね〜」

「そ、そう……ですか? でも、なんだか今日は調子がいい、っていうか……確かに、張り切っちゃってたのかも」

「珍しい……夏はみんな暑くてやる気起きないのに」

「ナツメちゃん、早く帰ってこれるといいですね」

「来週には復帰できそうって言ってたから、もう少しね〜」

「ほんとですか? よかったぁ」

「……それで?」

「へ?」

「どうなの、新海くんと出かけたりしたの?」

「ぇ……いえ、してませんけど……」

「はぁ?」


いや、なんでそこで俺を睨むんだよ。


「出かけてないぃ〜? あんなに言ったのに〜?」

「おかしいでしょ、サブトレーナーと出かけるの。普通はメンタルケアすんの先生でしょ」

「私、言ったよね。そろそろウマ娘のメンタルケアも覚えなきゃダメだよって」

「言ってましたけども」

「誘えよ。育めよ恋心、刻めよ青春の1ページ」

「おかしいだろ、だから……」

「それでやる気満々なのかと思ったのに……チッ、予想外したか」

「先生」

「なによ」

「俺たちで遊ぶの、やめてください」

「遊んでませんよ。本気ですよ」

「尚更やめてくれよ……」


「ぁ、あの……」

「あぁ、ごめんごめん。でも朝から調子いいって、何かあったのかな」

「いえ、特には……ぁ、でも今日は朝ごはん、たくさん食べちゃいました」


「言ってたな。来る途中でパンも食ってたし」

「……ん? いつもそんなことしてた?」

「いや、してないみたいですけど」

「……」

「先生?」


「レガリアさん、ちょっと聞いていい?」

「へ? はい」

「身体、軽かったりする? なんか調子いいとか、お腹減るとか……なんかこう、なんでもできそう〜って感じとか」

「ぁ〜……、はい、そうかも……? 今日のトレーニングも、いっぱい頑張れそうって」

「……」


「先生? どうしたんすか」


「レガリアさん……あの、ちょっと、ちょっと……いい?」

「は、はい」

「……本格化では?」

「えっ」


「……」

「新海くん、これ、本格化かも」

「……」


んっ、ん、んっ?

え、本格化?


え、え? そんな唐突に?


「え、マジ?」


「本格化かもしれません……」

「え……マジで? レガリア、マジで?」

「ぇ、ぇ、ぇ、ちょ、ぇと、えっ」


「朝からすごく調子が良くって……身体も軽いし、気分も……って、確かに本格化の……兆候……?」

「一応聞いておくけど、彼氏と出かけて朝帰りしてツヤツヤ〜的なちょっごめん冗談やめるからやめて痛いごめん新海くんごめん!」


「真面目にしてくださいよ」

「はい、すみません……ちょっとびっくりしすぎて……」

「で……マジでレガリア、本格化?」

「新海くんも信じてないじゃーん!」

「いや、だって……こんな急に始まるもんなんすか……?」

「急に始まるもんなんですよねー。ほんと、ウマ娘の身体って不思議」


「……ほん、とに……本格化……?」


1番信じられていないのは、本人のようで。

先生の言葉をぶつぶつ繰り返しながらあたふたと左右を見回して、俯いて、耳と尻尾を忙しなく動かして……。


やばい、めちゃくちゃ混乱してる。


「よ、よし、レガリアさん! とりあえず新海くんに付き添ってもらって保健室行こう! 保健の先生、もう来てたから、あのヒトなら診てくれると思うから!」

「ぁ……は、はい、えと……はい!」

「それじゃあいってらっしゃい。新海くん、よろしく」

「あ、うす。了解です!」


とにかく保健室に行って診断してもらおう。

ウマ娘自身が漠然と理解するしかない本格化を、保健の先生がどう判断するのかは分からんが……。


「よし、行こう」

「ぁ、はい、よろしくお願いします」


成瀬先生を置いて、ふたりで連れ立ってグラウンドを出て保健室へ向かった。


・・・


「失礼します」

「ありがとうございました〜」


保健室での診断を終えて、外へ。

扉を閉めて、ふたりで息を吐く。


「……本格化、って」

「ああ、本格化って言ってたな」

「……本格化、始まったって」

「ああ、本格か、始まったな」

「新海さんっ! 本格化、したよっ!」

「やったなレガリア!」


なぜだろう、めちゃくちゃ嬉しい!

あんまり嬉しくて抱きしめそうになったが、興奮を抑えて右手を挙げ、興奮しまくってるレガリアへ掌を向ける。


「? はいっ」

「いや、なに手振ってるんだよ。違うよ」

「え、な、なんですか?」

「ハイタッチハイタッチ」

「あぁっ!」


ようやく理解したようで、バシッ! ……という小気味良い音は鳴らず、ペタリと俺の手に自分の手を重ねた。


「タッチ!」

「……もしかしてレガリア、ハイタッチしたことない?」

「え、は、はい。え、違う?」

「手、そのままにしてて」

「はい」

「ほいっ」

「っ」


パァンッ! と、ようやく心地よい破裂音。


びくっと目を見開き、レガリアが手を引っ込める。


「い、いたぁい……」

「あはは、悪い。でもハイタッチならそんくらい強くやらないと」

「ほんとに?」


「その方がスカッとするだろ?」

「じゃあ……新海さん、手、手」

「よし、来い」

「えいっ」


ペチッと気の抜けた音。

ちょっと物足りないが、レガリアは満足げ。


「ふふ〜、初ハイタッチ」

「なんか……すげぇ嬉しい」

「え?」

「いや、悪い。ずっと悩んでたろ? だからさ……なんか、めっちゃ嬉しくて」

「ふふ……勢い余って私のこと、ミヤコって呼んじゃうくらい?」

「ぁ……ごめん、それは、あの」

「いいですよ」

「えっ」

「ミヤコって呼んでくれて、いいですよ?」

「……いや、でもほら、先生はレガリアさん、だし、俺、男だし」

「……?」

「ぁ、ほら、あの、嫌じゃ……ないか? 男から名前、その、ほら」

「新海さんなら、いいですよ」

「……えぇ?」


キョトンとした顔のレガリア。

なんでかよく分からんが……うん、よくわからんが……。


「……ミヤコ?」

「はいっ」


……めっちゃ恥ずかしい。

なんだこれ、やべぇ……急に顔熱くなってきやがった。


「……」


だが、なんだろう。

すげぇ……青春してる気がする。

遅いだろってか、遅すぎるくらいの青春だが……すげぇ、いまめっちゃ青春してるわ、俺。


教え子のウマ娘だけど、変なことしたらやばいんだけど……なんか、仲良くなってる感じだ。


……ちょろいな、俺。

めちゃくちゃちょろいわ、俺。


でも、いまはこの感動を噛み締め────


「ちょっとあんたたちいつまで騒いでんの」


「うぉっ!?」

「ひゃっ!」


背後から養護教諭の、苛立った声。

どうやら俺たちは相当騒いでいたらしい……まあまあキレていらっしゃる。


「……すみません、すぐ行きます」

「ごめんなさい……」


ぺこぺことふたりで頭を下げ、その場を去った。


・・・


「え、ほんとに本格化だったんだ。よかったね〜!」

「ありがとうございますっ」


グラウンド戻り、すぐに成瀬先生に報告。

先生もミヤコの本格化に大喜びだ。


「ほんとによかったね〜! ずっと悩んでたもんね、ようやくだね〜!」

「はい、はいっ」

「ほらほら、私の見立て通りでしょ? 褒めなさい新海くん、ほら褒めなさい」


「うわーすげー」

「その雑な扱いで傷つきました。あなたはクビです」

「さすが先生、目の付け所が違うな〜!」

「よろしい」

「……」


「それじゃあ今日……は午後はないんだったね。せっかくだけど、走りを見るのは明日になりそうかなぁ」

「そう、ですよね。グラウンドを使えないんじゃ、走れませんし……」

「でも自主トレもいつも以上に気合い入れてできると思うから、やれるところをしっかりとやりなさいね」

「わかりました。ありがとうございます」

「じゃ、私はトレーナー室で涼んでます。待っててクソ暑かった」


「最初からトレーナー室で待っててくれたらよかったのに」

「気遣いでしょー! 保健室からはこっちの方が近いんだから」

「そういうことにしときます。終わったらトレーナー室行きますね」

「はーい。レガリアさんもすぐ授業いきなさいねー


「はい、ありがとうございました!」


グラウンドを出ていく先生を見送り、それから。


「あの、新海さん」

「どうした?」


くいくい、と俺のジャージの裾を引っ張った。


「ごめんなさい、その……今日の午後、時間って、ありますか?」


午後……午後か。

午後といえば選抜レースがあるから、それを見に行きたい気持ちはあったんだが……。

まあ、それよりもレガリア……じゃない、ミヤコが俺に用があるなら、それのほうが大事だ。


ノアドパルフェには悪いけど……ってか、勝手に悪いって思ってるだけで、見にいく約束したわけじゃないしな。


「ああ、構わないよ。仕事はあるけど、先生に押し付ける」

「そ、それならまた明日に、しますから」

「いいっていいって。ミ、ヤコは……うん、俺が見てるわけだし、相談に乗るよ」

「……ごめんなさい、わがまま、言っちゃってもいいですか?」

「ああ、いいよ」

「午後……見てもらえませんか? 私の、トレーニング」

「そりゃもちろんいいけど……でもグラウンド、選抜に使うしなぁ」

「あ、そんな本気じゃなくても……えと、どうしようかな……」

「走り以外は今日取るか? もし選抜終わって余裕があれば、夕方くらい……あ、でも今日バイト?」

「あ、いえ、バイトはなくて」

「じゃあそれでいい?」

「はい、大丈夫です」

「おっけ。んじゃ、授業終わったらトレーナー室に集合で」

「はい、わかりました。よろしくお願いします」


そんなやりとりをして、ミヤコはグラウンドを後にする。

その脚取りはどこかふわふわしていて、多分、内心めっちゃ浮かれてるんだろうなと思う。


その気持ちはわかるし、俺もなんか嬉しくて飛び跳ねてしまいそうだ。

よかった。ほんとに、よかった。


「さて、俺も────……あ」


この状況は、前にもあったような気がする。

ミヤコとグラウンドで別れて、ターフを見上げたら……いるんだ。


ひとりで走る、小さなウマ娘────ノアドパルフェが。


噂をすれば影と言うが……まさか本当にいるとは。

せっかくだし声くらいかけとくか。


「おう」


ターフを回って、こちらに近づいてきたのを見計らって声をかける。

すると気づいたノアドパルフェがこちらを見て澄まし顔。


「おはよう」

「授業はどうした?」

「選抜、今日だから」

「いいのかよそれ」

「許可は取ってある」

「そか。調子はどうだ?」

「ええ、問題ない。絶好調ね」

「そりゃよかった。頑張れよ、応援してる」

「……あなたも来るの? 選抜」

「行きてぇけど……うちのチームに、今日本格化が始まった子がいてさ。その子のデータ取らなきゃなんだ」

「そう。さっきの?」

「そう、さっきの」

「理解した。選抜が終わって契約できたら、ここでトレーニングする予定。その時にあなたがいれば報告するわ」

「そんなたいしたことしてねーよ。毎日頑張ったノアドパルフェの実力だろ」

「……まるで、もう契約できたみたいな言い方ね」

「ぁ、悪い、そんなつもりじゃ」


「わかっている。冗談を言ってみただけよ。通じなかったみたいだけど」

「……」

「なに?」

「……ほんと悪い、冗談とか言うタイプに見えんかった」

「……。失礼なヒトね」

「悪かったって」


わかりやすくため息。

マジでそう見えなかったんだ、仕方ないだろ。


でも調子は良さそうだ。

これなら選抜も大丈夫そうだろ。


「頑張れよ」

「ええ、当然。それじゃあ私、もう少し走るから」


淡白にそう言って、ノアドパルフェはコースを走り始めた。

お堅い感じでとっつきにくいところもあるが、意外と話してくれるいいやつだ。


このまま勝って活躍してくれることを祈るばかり。

俺は走り続けるノアドパルフェを横目に見ながら、グラウンドを後にした。

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