過去編その3
「お待たせしました〜……、あれ、トレーナーさん……?」
「ぉ、やっほ〜レガリアさん。頑張ってるね〜」
「あぁ……すみません、居残りしてしまって……」
「いいのいいの。こいつ、もうレガリアさん専属だから」
「……へっ?」
は? なんて?
「ところでレガリアさん、本格化のこと、まだ悩んでる?」
「ぇ、……え?」
え、ちょ、なに言い出してんだこのヒト!?
「不安だよね。みんなデビューして行ってるし」
「そ、れは……、……そ、そんなこと、ありませんよ。本格化はヒトそれぞれで、私はまだ、それが始まっていないだけで……」
「でも焦りはあるでしょ。トレーニングしてても、集中しきれてない」
「…………、……」
「先生!」
「新海くんは黙ってて」
「む……」
「ワールドアイっているでしょ? 1番年長の」
「ぁ、……はい。ワールド先輩……よく声かけてくれて、お世話になってます」
「でしょ? あの子ね、今のレガリアさんと同じで本格化が結構遅かったの」
「……ぇ」
「中等部から入学して、本格化が始まったの……確か高等部に上がって、2年くらいしてからだったかな」
「ぇ、えっ……」
まじか……。
「あの子も相当悩んで苦しんだけど……ちゃんと本格化は来るの。そして必ず走ることができる。だからレガリアさんにも、その時は必ず来る」
「みんながデビューしていって不安なのはわかるけど、私が保証します。レガリアさんもいつか本格化が始まって、必ずデビューできる時が来ます」
「だから、いまは気楽にやりなさい」
「……」
「そう、ですね……。わかりました。ありがとうございます、トレーナーさん。様子を……見てみます」
「はい、よろしい。また不安になったらいつでも新海くんを頼りなさい。私でもいいけど、男の子は可愛い女の子に頼られたらめちゃくちゃ頑張ってくれるから、頼ってあげて〜」
「ぁ、ぇ、と……は、……はい」
「先生? ちょっと、先生?」
「なので新海くん」
「あ、はい」
「レガリアさんを送ってあげなさい」
「はい?」
「不安がってる女の子をひとりで帰らせるなんてひっど〜い」
「えぇ……いや、大丈夫でしょ、寮だし」
「えと、だ、大丈夫です。自転車ですし、ウマ娘ですしっ」
「え、自転車?」
「え? はい、私、実家暮らしで……」
「え……知らんかったそんなん……」
「ぁ、れ……そう、でしたっけ」
「自転車とかウマ娘とか関係ないから。こういうときに青春したらいいじゃん。恋心とか育んだらいいじゃん」
「恋心って……」
「そんでトレーナー会議の話のネタにさせて。あいつら付き合ってるみたいっすよ〜。けしからんっすな〜」
「ほんとダメだこのヒト。俺たちをおもちゃとしか思ってない」
「えっと……あは、あはは……」
「と・に・か・く。送ってあげなさい。レガリアさんは自転車の準備して校門で待機」
「あ、は、はい」
「新海くんは片付けとかいいからダッシュで帰って車用意して戻ってくること」
「あー、はい」
「それでデートっぽくふたりでドライブして朝帰りして噂されてしまえ」
「なんなんすか。先生は俺らをどうしたいんすか」
「若いってだけで妬ましい」
「えぇぇ……? いや、待ってちょっと、俺、トレーナーですよ? 担当に手出したみたいなこと言われたら終わるでしょ」
「師匠命令」
「……」
「はい、じゃ〜ね。私は新海くんの代わりに後片付けがあって忙しいので。また明日〜」
パチンと手を叩いて話を打ち切ってから、俺が片付けようとしていたタブレットや書類やらを抱えてグラウンドを出ていく。
……今に始まったことじゃないが、ほんとわけのわからんヒトだな……。
「えっと……」
レガリアも先生の気まぐれに対応できず、困り果てている。
「悪いな、あのヒトいつもあんなんで」
「あ……ううん。新海さんって、先生と幼馴染、なんですよね?」
「幼馴染って言うには歳離れてるけどなぁ。小さい頃からよく遊んでくれた姉ちゃんだ。いや、遊ばれてた」
「ぁ〜……そんな感じの距離感、かも……?」
「そ。俺はあのヒトにとってはおもちゃなんだ」
「あ、あはは……」
「じゃあ、校門集合で。車取ってくる」
「え?」
「あそこまで言われて無視するわけにもいかないしな」
「あ〜……」
「必要ないなら遠慮なく」
「……。ごめんなさい。甘えちゃっても……いいですか? バイト先まで……」
「あぁ、そっちね。了解」
「ありがとうございます、ごめんなさい」
「いいって。俺、レガリアの専属だしな」
「ぇ、ぁ……」
「俺も最近、そんなつもりでやってた……けど、迷惑だった……よな」
「いえ、そ、そんな……新海さんが、独立したら寂しくなりますね」
「はは、そうだな。なら……一緒にやるか? 俺とふたりで」
「えっ……!」
「……なんて、悪い。急がないとな」
「ぁ、はい……でも、まだ時間はあるので」
「いいよ。すぐに車用意してくるから、校門で」
「……はい、分かりました。ありがとうございます」
「いいってば。んじゃ……、……ぁ、あいつ」
ひと足先にグラウンドを出ようとして、チラとターフに向けた目が、ひとりのウマ娘を捉えて止まる。
あの時の、ウマ娘だ。
グラウンドに忘れ物がないか取りに戻った時に、走っていた。
あのウマ娘はあれ以降、ほぼ毎日、この時間でもグラウンドを走っているところを見かけるようになった。
俺も特に話しかけるでもなく、走ってんなー、くらいにしか思ってないんだが……。
「……?」
「あ、いや、あのウマ娘……いつも走ってるな、って」
「ぁ……あの子……」
「知り合い?」
「あ、いえ、その……話したことは、ないんですけど……見かけたことは、何度か」
「同じ学年?」
「いえ、それも……ごめんなさい、わからなくて」
「そ、か」
「でも、うちのお店にはよく来てくれますよ」
「え……そうなの?」
「はい。新海さんが食べに来てくれる、少し前くらいまで……いっつもパフェを食べてます」
「パフェ……」
「ぁ、あんまりお客様のこと話しちゃダメですね、プライバシーがありますし」
「あぁ……まあ、そうかもしれん」
「それじゃあ……ぁ、……、……」
「? どした?」
「……ごめんなさい、シャワーだけ浴びても、いい……?」
「ああ、もちろん。バイト行くのにそのままはまずいよな、飲食店だし」
「ごめんなさい、汗だけ流したらすぐに行きますから……!」
「いいって、ゆっくりで。俺こそ急ぐわ、多分20分くらいで戻るから」
「はい、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げてシャワールームへ走るレガリアを見送り、俺もグラウンドを去る。
噂のパフェ少女はまだ走り続けていた。
・・・
ダッシュで家に帰り、車のキーを握りしめて駐車場へ。
愛車に息を吹き込み、いざトレセン学園まで。
到着したのは、宣言通り20分ほど経った時間。
レガリアはもう校門の前で俺を待っていた。
ハザードランプをつけて目の前に停め、降りる。
「悪い、お待たせ。意外と時間かかった」
「ううん、本当にごめんなさい。余計な手間をかけさせてしまって……」
「いいっていいって。ウマ娘のことを第一に考えるのはトレーナーの役目だからな」
「ぁ……それ、トレーナーさんの……」
「受け売り。でも、俺もあんな風になりたいと思ってるから、本心」
「ふふ……はい、ありがとうございます」
むしろ、悪いのは俺だ。
先生よりも一緒にいる時間が長いのに、何もしてやれなかった。
経験も知識も何もかも足りない俺じゃ、まだ、この子の助けにはなれない。
誰かの助けにも、なれない。
先生の話を聞いて少しすっきりしたレガリアを見て、俺はそう実感させられた。
俺はまだまだだ。
もっと頑張らないと。
もっともっと頑張って、胸を張れるトレーナーにならないと。
妹が……ソラが来た時に胸を張って迎えてやれるトレーナーになってないと。
じゃないと、あいつに笑われちまう。
いつかレガリアにも、行動で示せるようにならなくちゃ。
……専属だからな、俺は。
「さ、行こう。自転車、後ろに乗せるよ」
「ぇ……と、乗ります、か?」
「平気平気。後部座席倒せば余裕」
後部座席のレバーを倒して平らにし、そこへ自転車を横に倒して乗せる。
「……悪い、そっちちょっと持ってくれる?」
「あ、はい」
「……っしょ、と。おっけ、乗った乗った」
「ごめんなさい、ありがとうございます」
「さ、行こうか」
「はいっ」
助手席にレガリアを乗せて、俺は運転席。
ドアを閉じた風でふわりと流れてくるシャンプーの香りにドキッとしたのは、内緒。
まさか初めて乗せる女性がレガリアになるとは……どう受け止めたらいいのやら。
気恥ずかしさがすごい。
トレセン学園からナインボールまでは歩いても15分もない。
短いドライブだが、せっかくだし楽しもう。
スマホとカーナビを繋いで、適当に音楽をかけて運転開始。
「家までどれくらいかかるん?」
「ゆっくりこいで……20分くらいかな?」
「結構かかるなぁ」
なんてことない会話。
盛り上がってはいないが、盛り下がってもいない。
言ってみれば普通の雰囲気だ。
ここ3ヶ月でよく話すようになったおかげだろうな……最初の頃は会話4沈黙6くらいのかなり気まずい時間をよく過ごしたもんだ。
「新海さんは? トレーナー寮ですか?」
「んや、マンション借りてひとり暮らし。寮だと門限あるって聞いて、窮屈そうでさ。こっから歩いて10分くらいだよ」
「そうだったんですか……。だから、いつもうちに来てくれるんですか?」
「だな」
「外食ばっかり?」
「自炊はしないなぁ。めんどくさくて」
「やっぱり食費とか、それなりにかかっちゃいます?」
「まぁ……かかるっちゃかかるんかなぁ。けどひとり暮らし始めた瞬間は、ちゃんと料理しようって頑張ったんだ」
「ふんふん」
「そしたら肉が……ってか、野菜も意外と高いしなぁ。ちゃんと食おうって思うと、自炊でもそれなりにかかるんじゃねぇかな」
「ぁ〜……」
「だから、ナインボールの値段と量はすげぇありがたい」
「お爺様が趣味でやっている店だから、儲けはあまり考えていないみたい」
「だからか……。お爺様って呼び方、なんかすごいな。気品があるって感じ」
「そ、そうですか? 昔からそう呼んでいるんですけど……」
「うちは普通にお爺ちゃんだ。なんもおもろくない」
「ふふ、面白さなんて……でも、それが普通なのかも……」
「ヒトによって普通なんていくらでも変わるしな。俺はいいと思うよ、レガリアのそのお爺様って呼び方、綺麗だし」
「綺麗……?」
「言葉遣いも雰囲気も、優しくて俺は好きだよ」
「……ありがとう、ございます」
急に沈黙。
なんかまずいことを言っただろうか────と視線をそちらへ移し、気づく。
レガリアのウマ耳がへにゃりと折れ曲がり、少し俯いていた。
……ああ、照れてるのかと気がついた。
髪の隙間から見えた頬が少し朱に染まっていたから。
あまり変につっこんでもなおさら恥ずかしがらせてしまうだろうし、俺もあの顔を見てちょっとあれだ……うん、照れてる。
だからまあ、今はこの沈黙に甘えさせてもらおう。
どうせもうすぐ着くわけだしな。
・・・
で、到着。
任務完了だ、時間は18時前。
そろそろ日も短くなり始める時期か……夕陽が眩しい。
「自転車、ここに降ろせばいい?」
「はい、すみません」
「……っ、しょ……と。ほい、あとは頼んだ」
「はい、ありがとうございました」
「どういたしまして。よかった、事故にならなくて」
「へ?」
「いや、こっちの話」
「ぁ、はい」
「ぁ……新海さん、もしよかったら、お店に寄って行きませんか?」
「へ?」
「送ってくれたお礼、させてください」
「いや、いいよそんなの。仕事だろ、こんなの」
「でも1度家に帰ったらお仕事じゃないでしょう? 飲み物だけでも、よかったら。これから用事とかじゃなければ……ですけど」
「……、じゃあ1杯だけ」
「はい。中で待っていてください、私は裏から入りますから」
「わかった」
車を近くのパーキングに停めて、店内へ。
店員さんに案内してもらい、空いている席へ座る。
やっぱりこの時間は制服姿が目立つな。
といっても寮の夕飯もあるだろうし、そろそろ減り始める頃合いだとは思うが……。
俺が来るのは結構バラバラだけど、だいたい20時前後が多い。
その頃になればヒトも少なくて快適なんだが……休日はちょっと待ったりもするから、大変だよなぁ。
俺がバイト始めたのって大学生になってからだし、高校生でバイトしてるレガリアまじで偉い。
水を飲みながら、ぼーっとそんなことを考えてレガリアを待つ。
……と。
「お待たせしました」
「おお、……あれ?」
正面に腰掛けたレガリアは学校の制服姿のままだった。
「バイトは? え、座っていいの?」
「……今日じゃなかったんです」
「え?」
「バイト……今日じゃ、なかった」
うつむいて、もじもじ。
ああ……なるほど、勘違いか。
「そういうの……よくあんの?」
「……初めてやっちゃいました」
「……」
相当悩んでいた、ってことだろうな。
せっかくすっきりした顔をしてるのに、蒸し返す必要もないだろ。
だから、茶化してみよう。
場が和めばいいな、ってくらいの気持ちで。
「こんなことを言われたら、怒るかもしれないけど」
「はい?」
「最初さ、レガリアって、もっとこう、すげぇ隙のない感じかと思ってた」
「ぁ〜……」
よく言われるのか、レガリアは苦笑した。
「冗談とか通じなそう?」
「社長令嬢って聞いて、俺が変なイメージ膨らませてたんだろうな。悪い」
「いえいえ。でも、ふふっ、新海さん。来てくれるようになってからしばらく、ここの店員の女の子と私を繋げられてなかったですもんね」
「あぁ……いや、どうでしたっけね……」
「覚えてますか? あの地震のあった日……夜、食べに来てくれた新海さんに、怪我のことを聞いたの」
「ああ、覚えてる。手当てしてくれたよな」
「それで、声をかけたあと、新海さん、一瞬変な顔したんです」
「え、変な顔?」
「はい。なんだこいつ〜? みたいな」
「し、してないだろ……多分」
「しましたっ。それで私、あ、私って分かってないな、って」
「そ、かぁ……」
「私の名前、恐る恐る口にするから、やっぱり気づいてなかったんだ、って」
「……いやあ、ほら、あの時って確か……まだトレーナーじゃなかったしさ? まだみんなの顔と名前、あんま覚えれてなくて」
「もう、覚えてくれましたか?」
「当たり前だろ。毎日一緒にいるんだから」
「ふふ、そうでした。私の専属、ですもんね」
「……おう」
にこっと笑ってそんなことを口にするレガリア。
さっきは自分で冗談めかして口にしたが、いざ相手から言われると照れてしまう。
めちゃくちゃ恥ずかしいこと言ったんだな、俺……。
「……まあ、あれだ。とにかくこの店には本当に助けられてるんだ。このあたりじゃナインボールが1番うまいと思ってるくらい」
「ふふ、ありがとうございます。お爺様にも伝えておきますね」
「ぁ……ごめんなさい、注文ってしました?」
「あ、いやまだ」
「好きなの選んでください。お礼にご馳走させてくださいね」
「そんな気にしなくていいのに。むしろ生徒に奢ってもらうなんて……」
「どんな小さな恩にも報いるべし。我が家の家訓なんです」
「すげぇな、家訓って。うちにはそんなのなかったぞ」
「そうなんですか?」
「せいぜい、好き嫌いはしちゃダメくらい」
「あ、うちにもありますそれ、ふふふっ」
道中よりもいい雰囲気な気がする。
普段もよく話すが、ほとんどはトレーニングについての内容がほとんど。
お互いのこととか、個人のこととか、雑談はあんまり多くない。
だから、まあ、ここでレガリアの為人を知れたのはよかった気がする。
そういえば先生におでかけしろとか言われたっけ……。
どこ行けって話だよ、って感じだが……まあ、この子の気分転換になるなら別に行ってもいいが……。
迷惑じゃね? サブトレーナーからお出かけ誘われるの、しかも男だぞ、俺。
だから、まあ……今はとりあえず、そのままで。
もし今後も悩んでいるようなら、声をかけてみるか────
そう決めて、今日のところはこの雰囲気と会話を楽しむことにした。
数週間後────
9月に入ったことで、まだ残暑厳しい時期ではあるが空の色は確かに秋に向かっていた。
うろこ雲が多く見られるようになり、日も少しずつ短くなってきている。
レガリアもあれから深く悩むことはなくなり、トレーニングと雑用を一緒にこなす毎日。
そろそろクラシック組の最後のレース……菊花賞と秋華賞が近づいている。
また成瀬先生は忙しくなるし、俺もそのサポートや情報収集の手伝いなどで慌ただしい日々が始まる予感がしていた。
「お疲れ様でした〜」
「ああ、お疲れー」
トレーニングを終えて帰っていくチームのウマ娘たちを見送る。
レガリアもその中に混じってグラウンドを後に。
今日もバイトらしい。ほんと働き者で、すごいもんだ。
俺はいつも通り片付け。
ラダーやミニハードルを集めて用具入れに戻し、タブレットを始めとした小物をカバンに詰めて。
さあ帰ろうと────して。
ふと顔を上げてターフを見ると、小さなウマ娘がひとり、走っている姿が見えた。
いつものあのウマ娘だ。
パフェクイーン……俺が勝手にそう呼んでるだけだが
ナインボールによくいる、パフェをよく食べてるウマ娘。
遭遇したことは数えるほどしかないから、声も知らないけど。
そういえばちゃんと走ってるところを見るのははじめてだ、が。
……フォームもあまり綺麗とは言えず、それほど速くもない。
まだ本格化が始まっていないんだろうか……かなり小さい。
全体的に、こう……小さい。
「……ふっ!!」
「ぁ」
そうこうしているうちにパフェクイーンは脚に力を込め、ターフを駆け始める。
しかしやはりその姿は危なっかしい。
身体が出来ていない証拠だ。
まさかあれで今までずって走ってきていたのか? 誰の指導もなく?
あのまま走らせるのはあまりよくない気がして────俺は、声をかけた。
「おーい、あんまり本気で走らない方がいいぞー!」
声に気づいたのか、そのウマ娘は俺の前まで来て、立ち止まる。
「……何?」
俺を警戒している、尖った声音。
まずった。後のことを考えずに声かけちまった。
なんと言ったもんか……。
「いや、ぁー……、走る姿が気になって、つい」
「トレーナーバッジ……、……もしかしてスカウト?」
「あ、いや……俺はまだそんなスカウトできるほどのトレーナーじゃない。チームのサブトレだよ」
「なら放っておいて」
「ちょ、待ってくれって」
話はこれで終わり、と言わんばかりに走り続けようとするウマ娘を無理やり引き止める。
「……何? スカウトじゃないなら、あなたに何かを言われる筋合いはないわ」
「それは、そうなんだが……」
くっそ、めちゃくちゃあたり強いなこいつ。、
なんと言ったもんだろう……。
多分素直に話しても聞かなそうなタイプだろうしなぁ、この子。
なら、いっそ……。
「ぁー……そう、フォーム」
「え?」
「走りのフォームが乱れてた。だから気になったんだ」
「……」
「……ぇ〜、っと……」
「……どう?」
「え?」
「どう、乱れていたの?」
「ぁ、ああ……まず肩に力が入りすぎてるように見えた。腕の振りがぎこちない」
「……それから?」
「それから上体がブレてる。腕の振る力に、身体が振り回されてるような印象を受けた。これも肩の力が入りすぎが原因」
「……」
「あとは脚の接地かな……もう少し脚の爪先で走るイメージをしながら……」
見ていて思って所感を伝えた。
出来る限りわかりやすく、簡潔に。
長々と説明していたらこの子は嫌がって離れてしまいそうだったから。
「……」
「え、と」
……なのだが。
「……」
なんか言ってくれてもいいんじゃないのか……。
「ウォッチは持っている?」
「え?」
「指示通りに意識して走ってみるから、タイムを測ってほしい」
「ぁ、ああ、構わないよ。1周だよな」
「ええ、よろしく」
短く口にして、パフェクイーンはスタートを切った。
1度教えただけの問題点を、彼女はその場で拭い去ってターフを駆けていく。
まだフォームは少し粗いところがあるが、さっきまでとは見違えるほどだ。
俺の指導……と言えるほどではないかもしれないけど、伝えた内容でこれだけ変わると、知らないウマ娘だとしても嬉しいものがある。
そのまま無理のない走りで1周を終えて、そのタイムは────
「……すごい、縮んでる」
掲げたウォッチに刻まれたタイムを見て、黒鹿毛のウマ娘は大きな瞳をぱちくりさせる。
真紅の瞳に輝きが満ち溢れているようだ。
俺のこの4、5ヶ月がちゃんと身についていることを俺も実感できて、少し得意げになってしまう。
「だろ? 崩れたフォームはそれだけ走りを遅くするし、身体への負担だってすごい。さっきより身体も楽だろ?」
「ぇ、ええ……そう、ね」
「どうする? もう一本走りたいなら付き合うけど」
「なら、お願い」
「じゃあ……フォーム、もう少し形を意識してみてくれ」
「形?」
「まだ上体がブレてた。目に見えてわかるほどだから、それが無くなればさらに縮むと思う」
「……わかった。行ってくる」
続けて、もう1本。
今度の走りは……すごいな、指摘した部分が改善されてる。
しかし走りを見てる感じ、本格化は……まだっぽい。
本格化はある日突然、急に始まるらしいから、わからないが……年内のデビューは厳しいだろうな。
奇しくもレガリアと同じ状態か。
ちゃんとしたトレーナーがついている分、レガリアの方がフォームは綺麗だしタイムも短い。
が……こっちはこっちで飲み込みの速さがある。
というか、理解力がすごいのか……1を聞いて8くらいで理解してるような印象。
才能に溢れてる……としか思えない。
俺もこんなウマ娘を担当にできたら、箔も付いたりすんのかなぁ。
「……はぁ、はぁ……はぁ……」
「お疲れ」
「……タイムは?」
「ああ、これ。さらに短くなった」
「……」
「すごいな。1回言っただけでこんなに変わるなんて」
「そうね」
「……」
「……まだお礼を言っていなかった。ありがとう」
「いいって。ずっと見てて気になっただけだし」
「ずっと……?」
「ああ。【ノアドパルフェ】だろ?」
ぴくりと眉が動く。
俺を見上げる視線────その瞳には、警戒がありありと浮かんでいた。
まずい、名前を口にするのはやばかったか……。
慎重にしないと絶対面倒になる。
「……どこかで会った?」
「いや、初対面。話すのもちゃんと顔を見るのもな」
「なぜ私を……あなた、どこのチームのトレーナー?」
「俺は成瀬トレーナーのとこのサブだよ」
「……。なるほど、いつもここで練習してる……」
「そういうこと。で、うちの成瀬がキミのことを知っててさ」
「ヒトの名前をペラペラと話すのは誉められた行為ではないけれど」
「……悪い、うちのトレーナー、お喋り好きで」
「まあ、いいわ。おかげで私の走りも矯正できたし」
「役に立てて良かった」
「あなたのチーム、レベルが高いのね。サブでもちゃんと指導ができてる」
「そうか? 俺自身、まだまだダメダメだと思ってんだけど」
「そうでもない。最初は疑い半分だったけれど、タイムは嘘をつかない」
「……だな」
「今日はこれで満足した。帰るわ」
「ああ、お疲れさん。選抜、頑張れよ」
「……そこまで知っているのね」
「あ、いや……悪い、これは予想。トレーナーがまだいないっぽかったから、目指してるんじゃないかと思って」
選抜レース。
年に4回行われるそれは、トレーナーに師事していないウマ娘たちが自分を正式にアピールできる場。
近々その選抜レースが行われるから、それを目指しているんじゃないかと思ったのだ。
「……あっている。確かにまだトレーナーは付いていない。前回の選抜ではたいした結果も残せず、声すらかけられなかった」
「そうか……」
「次は必ず選抜で活躍して、スカウトを受ける。それが私の目標」
「……頑張れよ」
「ええ。ありがとう、走りに指導をもらえて助かった」
「いいって」
「それじゃあ私はこれで。さようなら」
「ああ、さよなら」
ノアドパルフェはターフから出ると、カバンを持ってそのままグラウンドを去った。
……そうか、選抜か。
成瀬先生は選抜どうこうじゃなくウマ娘をスカウトしたりするからなぁ……。
俺は来年、独立したら選抜見てウマ娘を選ぶことになるのか。
どうなることやら……。
にしても、ノアドパルフェか。
……次の選抜で活躍できたら、きっと強いウマ娘になるだろう。
せっかくだし俺も見に行ってみるか、選抜レース。
そんなことを考えながら、俺も荷物を抱えてグラウンドを去った。