過去編その2
・・・
「は〜いみんなお疲れ〜、挨拶は省略〜」
「ありがとうございましたー」
「はいお疲れ〜」
「トレーナーさん、ちょっとだけ聞きたいことが」
「おう、どしたどした」
「あ、私もちょっと!」
「はいはいー」
2時間の指導はあっという間に過ぎ去り、夕方。
未デビュー組はそれぞれトレーニングで気になったことを質問したり、グラウンドを後にしたりと好きに行動を始める。
それを眺めながら、俺は道具の片付け。
コーナリングの練習に使った赤コーンやら、ミニハードルやらを集めていく。
「あ、新海さん、手伝います」
そこへ近づいてくるウマ娘がひとり────ミヤコレガリア。
いつも俺が片付けをしていると必ず手伝いに来てくれるんだが……。
「いいのか? お前も色々と質問とかあるだろ」
「大丈夫です。私、まだ本格化もしてないですから。デビューが近そうな子たちの方が、色々聞きたいこともあると、思うし」
「優しいな、レガリアは」
「そんなこと……、……でも、私も早く本格化が来てほしいなって思います」
「ああ、そうだな……」
なんだかしんみりした空気……若干の気まずさを感じる。
お互いそんなつもりはなかったはずなのだが、本格化というデリケートな話題につっこみかけてしまったことで、ちょっと話しにくいムード。
あぁ〜…………俺ってマジでこういう時に気の利いたことができない人間なんだよな……。
友達もいねぇし、彼女だってできたこともない。
難しいな……女子って。
だがここは大人として、なんとかせねば。
「さあ片付けするぞ! レガリアもさっさと片付けて帰らないと、な!」
「ぁ……は、はい、そうですね、はい!」
沈んだ空気を振り払おうと、ちょっとだけ声を張り上げる。
彼女もそれに乗っかってくれたおかげで空気は和らぎ、テキパキと片付けを進めることができた。
「それじゃあ、お疲れ様でした、新海さん」
「ああ、手伝ってくれてありがとな。おかげで早く済んだ」
「どういたしまして。それでは、また明日」
「ああ、また明日」
片付けを終えて解散。
カバンを手に更衣室の方へ歩いていくミヤコを眺めていると、背後から足音が近づいてくるのが聞こえた。
「新海く〜ん」
「はい」
成瀬先生だった。
足音で気づいてなかったら死ぬほど驚いてたわ今の。
「ちょっと、業務連絡っていうか、お話」
「はい」
「まだトレーナーになったばっかりのキミに頼むのは心苦しいんだけどー……お願い、聞いてくれる?」
「無理っつっても聞くしかないんでしょ。なんですか?」
「話が早くて助かる〜。でね、チームの練習のことなんだけと」
「はい」
「クラシック始まったのは、わかってるよね」
「わかってます。結構ピリピリしてるの、未デビュー組にも伝わってますよ」
「でしょ? んでしばらくそっちの方に時間割きたいから、こっちはちょっと時間短くなるかも」
「ぁー……そうっすね、日本ダービー終わるあたりまではそうなりますよね」
「そうだねー。だからまあ、まずは手始めに新海くんにはトレーニングメニューの作り方から覚えてもらおうかと」
「え、もうですか? 早くね……?」
「週末は桜花賞に行くし、これからほぼ毎週レースがあるじゃん? 私ひとりじゃ全員分見てらんないんすよ〜」
「今までどうやってたんですか……」
「シニア期に入って余裕のある子に見てもらってましたね、はい」
「……」
「仕方ないじゃ〜ん! うちのチーム結構人数いるけどトレーナー私だけだったんだもん」
「なんで今までヒト導入しなかったんすか」
「結構デリケートな問題なんだよね〜、サブトレーナーって。私との相性もあるし、ウマ娘たちとの相性もあるし」
「俺なら大丈夫と?」
「まず私との相性はバッチリでしょ? 小さい頃から知ってる弟みたいなもんだし」
「まぁ……そうですね」
「ウマ娘との相性は……まあ、これも小さい頃から知ってるから大丈夫でしょ。ウマ娘の妹を大事にしてるお兄ちゃんだし」
「……あいつをぉ?」
「なんだいその目は。師匠に向ける目じゃないよ、それ」
「はい、すみません。……でも俺、トレーニングメニューなんて作れるほどまだ仕事について理解できてるわけじゃないですよ?」
「新人でいきなりウマ娘担当する奴もいるしなんとかなるでしょ」
「どんなバケモンだよ……」
「実際にいる以上、新海くんもうかうかしてらんないよー? 追い抜かれちゃうかも」
「サブトレーナーなんですけど、俺」
「サブでもトレーナーでしょ、キミ」
「……。わかったわかりましたやります、やりますよ」
「よく言えました、それでこそ男の子だ〜」
「……」
「ま、新海くん飲み込み早いしあんま不安には思ってないけどね」
その信頼はありがたいが、まだトレーナー初めて2週間も経ってないド新人にウマ娘達の世話を見させるのもどうかと思いますよ、先生……。
「私が去年作ったメニューを雛形にしてくれたらいいから、とりあえずちょっと時間ある?」
「あ、はい。それは大丈夫です」
「んじゃトレーナー室……いや、だるいな。ここでやろ」
「うそだろ……」
「だって私、部屋に帰るつもりなくて荷物全部持ってきてんだも〜ん。タブレットにデータあるからそれ見ながらやろ。ほらさっさと座りなさい」
「うす……」
それから30分ほどトレーニングメニューの作り方をみっちり教わり、なんとなく流れを理解できたところでお開きとなった。
「これから終わってからちょっとずつメニュー作りとからさせてみるから、そのつもりでね」
「わかりました」
「んじゃお疲れ〜。私帰る〜」
「はい、お疲れ様です」
「新海くん帰らないの?」
「帰りますけど……トレーナー室に荷物置いてきちゃって」
「帰るのめんどくさいのに〜……。まあいいけど、戸締まりちゃんとして帰ってねー」
「はい。また明日、よろしくお願いします」
「は〜い」
後ろ手を振りながらグラウンドを出ていく成瀬先生を見送ってから、俺も手荷物を担いでトレーナー室へ向かう。
トレセン学園はめちゃくちゃ広い。
広すぎて壁の中に街があるような感じ。大学でもここまでデカいところあんまりないだろ、って思う程度にはデカい。
そのため、グラウンドからトレーナー室のあるトレーナー棟まで歩くとそれなりの距離があるし、時間もかかる。
適当でいい加減な成瀬先生が嫌がるのもめちゃくちゃよくわかる。
俺も明日から荷物全部グラウンドに持っていこう……と思うくらいには、遠い。
さっさとトレーナー室へ行き、荷物を取って家へ向かって帰路へ着いた。
・・・
「……ん? あ」
帰り際にグラウンドの近くを通りかかった際に、少し気になったことがあった。
そういやグラウンドになんか置きっぱなしにしていたような……気がしてしまったのだ。
「やべぇやべぇ……」
チームの荷物忘れたってなったら成瀬先生に怒られちまう。
けっこう怒るとおっかねぇんだよな、あのヒト……。
階段を登り、グラウンドへ。
そして────
「……なんだ?」
「はぁ、はっ……はぁっ……」
ひとりで走るウマ娘の姿が、ターフの上にあった。
小さなウマ娘だ。
周りに他のウマ娘の影も、トレーナーらしき人物の影もない。
正真正銘、たったひとり。
夕日が逆光になって顔はわからないが、ともかくうちのチームのウマ娘ではない。
時間も遅いし声をかけてやるべきかと思ったが、頑張ってるのに余計なことをするのもな。
とりあえず俺は邪魔をしないよう、忘れ物だけ確認して今度こそ本当に家に帰った。
ちなみに忘れ物なんかなんもなかった。ひとっつもなかった。
喫茶店────
今日も今日とて夕食はナインボール。
流石に連日通いすぎて、レガリア以外にも顔馴染みの店員ができてしまった。
誰も彼も優しくて気さくないいヒトたちなのだが……毎回『ハンバーグセット?』と聞いてくる店員はちょっとめんどくさい。
だから最近ハンバーグセットは食べないようにしているのだが……さて。
「いらっしゃいませ〜」
いつものレトロなドアを開けると、奥から店員────この店の制服を纏ったレガリアが登場。
どうやら例の店員は、今日はシフトじゃないようだ。
「おひとり様ですか?」
「はい」
「窓際のお席ですよね、どうぞ」
事務的な所作でいつもの席へ案内してもらい、そのまま注文。
「ハンバーグセットをライスで」
「かしこまりました。ハンバーグセットをライスですね」
「はい」
「いつもありがとうございます」
にこっと俺に微笑みかけてから厨房へ。
やべぇ……ちょっとドキッとしたぞ今。
とはいえ、多分いまのは知人に向けられる愛嬌のようなもの。
それ以外は事務的に処理される。
別にそれは構わない。
俺もただ夕飯食いにきてるだけだし、店員と客が仲良く会話ってのも、他の客やスタッフからしたら気持ちいいものでもないだろう。
しかし最近、通いすぎな気はしている。
チームのウマ娘たちとの会話でポロリとナインボールにかなり通っていることがバレてしまったのだ。
いや、それだけなら別に構わないんだが……『レガリアさん目当てでしょ〜!』などと言われているのだ。
マジでそんなつもりはなく、単純にうまくて安くて量が多いというポイントが気に入って通っているのだと弁明したが……女子たちの噂好きは面倒なもんで。
未デビュー組のみならずデビュー組のみんなたちからもちらほら噂されかけているのだ。
実は今日も来るかどうか迷ってたんだけどな……食いたかったんだから仕方ない。
ふと不安になり、周囲を確認────うん、知人はいないな。
さっきの見られてたら絶対面倒臭いことになってた。
「お待たせしました。ハンバーグセットです」
程なくして料理が届く。
「ごゆっくりどうぞ」
テキパキと配膳し、トレイを抱えたままぺこりと頭を下げてレガリアは去る。
やっぱうまそう。いや、うまいのは知ってるんだけど、ほぼ毎日食えるくらいうまい。
「いただきます」
手を合わせて箸を取り、食事開始。
やっぱりこのハンバーグは不動の1位だ。そもそも俺がハンバーグ好きってのもあると思うが、マジでうまい。
ほんとこのお店には感謝しかない。
こちらこそ、いつもありがとうございます。
・・・
「ありがとうございました〜」
レガリアにごちそうさまを伝え、会計をして店を後にする。
ちょうどいい感じの腹8分目。
時間はまだ19時か……帰って寝るにしても早いし、少し散歩でもして帰ろう────と思っていると。
「ん?」
ポケットの中でスマホが震えた────電話か。
通話ボタンを押して耳に当てる。
「もしもし?」
『やっほ〜、カケル』
スピーカーから聞こえてきたのは少し高めの男の声。
「おぅ」
『いまって暇?』
「あん? 特に用事はないけど」
『お、ラッキー! じゃあさ、いま駅前なんだけど迎えに来てくれない? 車買ったって言ってたし』
「駅前? なにしてんだよ」
『お茶してたんだよね、可愛い子と』
「……ナンパかよ」
『ナンパなんて失敬な、道を聞いてただけだよ。で、そのお礼にお茶をご馳走したの』
「職場近くの駅前でか?」
『そう、職場近くの……って、やめなさいよカケルくん。そういうこと言うのはよくないよ』
「まあいいけど、いま飯食いに出てたからちょっと時間かかるぞー」
『いいよいいよ〜。お喋りしながらゆっくり待ってるからさ〜』
「……お前まだ途中かよ」
『もうお別れの時間っぽいからさ。トイレ行ってくるね〜って支払い済ませて、いまカケルに電話してるとこ』
「その手口まだ使えるんだな」
『手口なんて物騒な言い方やめてよ。昔から使われてるかっこいい作法だよ』
「へ〜へ〜。時間は?」
『いつでも』
「じゃあ出るときLANE入れる」
『ありがと〜、カケル。お礼にお茶ご馳走するよ』
「いらね〜よ。じゃあな」
『はいは〜い』
通話を切る。
さて……ちょっとめんどくさいことになったが、まあ……いいか。
確かに先週車買ったとこだしな、中古の軽だけど。
せっかくの自分だけの車だ、乗らなきゃ損だろう……いや、乗れば乗るほど損かもしれんが。
ガソリン代とかバカにならんし……でも買ったばかりだし乗り回したい気持ちはある。
駅前なんてすぐ近くだが、まあ、ドライブがてら迎えに行くくらいいいだろ。
足早に部屋に帰り、車のキーを持って駐車場へ。
愛車に息を吹き込んで友人の待つ駅前へと急いだ。
府中駅前────
「ありがとう、助かったよカケル」
「おぅ」
駅前のロータリーに車をつけて待つこと数分。
ナンパしたらしき女性と別れて姿が見えなくなると、幼い顔立ちの男がこちらへと歩いてきた。
ドアを開けて、今のひとこと。
我が物顔で助手席に収まった。
────深沢ヨイチ。
トレセン所属前、トレーナー試験の時に知り合った友人。
その中性的な見た目と愛嬌のある性格で、同期の一部やウマ娘たちからは王子様なんて呼ばれていたりもするが……。
「今日はなんて声かけて釣ったんだよ」
「釣りなんて失礼だな。トレセン学園のセキュリティを管理するエンジニアって言ったらすぐ釣れました」
「めちゃくちゃだな」
「給料よさそうなこと言えば、お茶くらいはしてもらえるよ。あと、あわよくば連絡先も」
「バレたらトレーナーやめさせられんじゃねぇか?」
「大丈夫大丈夫! ……多分」
「ほどほどにしとけよ……」
「まあ平気でしょ。ボクだって足のつくような情報は出してないし、名前も偽名だし」
「……」
「あ、写真見る? 可愛かったよ、あとスタイル抜群。めっちゃエロい」
「いや……いいです」
「え〜? ウマ娘じゃないのにここまでのスタイルってなかなか見ないよ? すっごいよ?」
「マジで、いいです」
「そう? 勿体無い」
友人の口から飛び出した言葉に、思わず半眼で見つめてしまう。
見た目は純真無垢な王子様。
中身は……この通り、色欲の権化。
『自分の見た目なら女湯入ってもギリ許されるんじゃないか』などと本気で相談してくるヤバいやつなのだ。
そのギャップのなんと恐ろしいことか、夢見る女子も目眩を起こすこと必至である。
まぁ……実際、見た目通りの純真無垢な王子様なら友人になることもなかっただろう。
イカれてるくらいが面白いのだ。
「彼女作ってそいつにぶつけりゃいいのに、その欲望」
「それはめんどくさいじゃん。ボクは縛られたくないんだよ」
「へいへい」
「じゃあよろしく、かっけるちゃ〜ん」
「おぅ」
キーを回してエンジンを起動し、車をゆっくりと発進させる。
さて……。
「お前は寮だっけ。途中どっか寄るか」
「? なんか買い物?」
「なんか奢ってもらおうかと」
「ああ、そのことね。どこ行く? なんでもいいよ」
「つっても、飯食ったしなー。普通に腹一杯であんま入らん」
「それはボクもだね。さっき出先で食べてきた」
「……そういやヨイチ」
「なに?」
「なんで駅前でナンパしてたんだよ。仕事だったろ今日も」
「その仕事で出かけてたんだよ。だからもう足がくたくたでさ〜」
「ああ……なるほどな」
「カケルの方はどうなの? サブトレーナー、うまくやってる?」
「全然だ。ほぼ雑用ばっか」
「あははっ、なんか似合いそう」
「失礼なやつだな」
「ボクは結構うまくやってるよ。年内にはチーム離れてひとりで始められそう」
「マジか。すげぇな、お前」
「ま、なんでも要領よくやれちゃうからね、ボクって」
「そこに努力が重なったらもっとすげぇんだろうけどなぁ」
「努力、ボクの1番嫌いな言葉だね。トレーナーになったのだって、高収入だし可愛くてエロいウマ娘をたくさん眺められるからだし」
「流石に生徒に手出したりしないだろうな」
「しないしない。担当できたらデートくらいはすると思うけど」
「……」
「担当のメンタルケアの一環で一緒に出かけたりするらしいし平気でしょ」
「まあ……そうか、そうだな」
「さあ未来のボクの担当ウマ娘ちゃん。可愛い子だといいな〜」
「ウマ娘ってマジで美人しかいねぇよな」
「お、カケルでもそう思うんだ」
「俺をなんだと思ってんだよ」
「あんまり女の子に興味ないのかと思ってた」
「んなわけねぇだろ。めっちゃ興味あるわ」
「じゃあ今度一緒にナンパする?」
「しね〜よ」
「つまんないなー。同期の女の子たちと飲み会とか」
「大人数って好きじゃないからなー」
「せっかく出会いのチャンスなのに」
「チャンスって言われてもな」
「ふむ。カケルはウマ娘にしか興奮しない変態野郎ってことか。だからトレーナーになったんだ!」
「ちげぇよ」
「じゃあなんで?」
「ん?」
「なんでカケルはトレーナーになったの?」
「……俺は、なんだっけな。忘れた」
「その顔はちゃんと覚えてる顔だよ」
「……」
「ボクに誤魔化しは効かないよカケル」
「……妹がいるんだよ」
「え、妹?」
「ああ、ウマ娘の妹」
「紹介して!」
「断る」
「いいじゃん、お義兄さん!」
「お前に兄と呼ばれる筋合いはない。絶対紹介しない」
「ちぇ〜。……で? 妹さんがウマ娘で?」
「で、まあ……あれだ」
「はは〜ん? わかっちゃった、わかっちゃったよボク」
「じゃあそれで」
「まだ答え合わせもしてないのに切らないでよ」
「いいだろ、だいたい想像通りだわ」
「ほんと? ウマ娘の妹さんを自分の望み通りのウマ娘に仕立て上げて好き放題しちゃうってことで」
「バッカじゃねぇの」
「違うんじゃん! じゃあやっぱり答え聞かせてよ!」
「マジでそうだと思ったのかよ」
「もちろん嘘だけど」
「お前ね……」
「で、なんで?」
「……ぁー……、まあ、あれだ。小さい頃の、約束みたいな」
「トレーナーになるって?」
「……うん。トレーナーになって、妹を担当してトゥインクルシリーズで走るって約束」
「へぇ……カケルって意外とそういうとこあるんだ」
「んだよ。ただの目指すきっかけだよ」
「でも実際、その通りトレーナーになったわけでしょ。妹さんは?」
「地元の中学。今年入学する気だったらしいけど、本格化もまだだし試験にも落ちた」
「じゃあそのうち会えるわけだ、妹さんに。アプローチ考えとかないと」
「お前には絶対会わせん」
「シスコンなんだねカケル」
「ちげーよ」
「でも、なかなかないよ? 妹との小さい頃の約束を果たそうって、中央のトレーナーにまでなっちゃうなんて」
「別に……妹のためだけじゃないよ。目標になるヒトが身近にいただけで」
「それって誰?」
「うちのチームのトレーナー」
「ああ、成瀬トレーナー」
「地元一緒なんだよ。ってか、昔からの知り合い」
「へ〜。世間って狭いもんだね」
「だな。俺もトレセンで再会してビビった」
「あ、そこのコンビニでいい? ボクも買いたいものある」
「ああ」
「さてさて……週末からクラシックかぁ」
「だな」
「カケルのとこは誰か出るの?」
「ああ、出る。俺は留守番だけどな」
「あらら。ボクのとこは全員で応援だよ」
「人数多いからな、うち。俺は特に未デビュー組の世話とかあるから」
「なるほどねー」
「……っし、ついた。さっさと買い物して帰ろうぜ。明日も早いだろ」
「だね。お互いがんばりましょー」
「おう」
そんな感じでゆるいやり取りをしながらコンビニで買い物。
俺は高いアイスを3個買い、ヨイチから冷たい視線を送られた。
最初な個数と種類を指定しなかった方が悪いんだ。
そのあとは寮へ送り届け、俺も自分の部屋に帰ってアイス食って寝るだけ。
ここ最近、マジでそんな日々だ。
仕事もだんだん忙しくなってきたし、気合い入れねぇとな。
トレセン学園、グラウンド────
俺がサブトレーナーになってから4ヶ月が経ち、8月も後半戦。
未デビューだったウマ娘たちが続々とデビューし始め、サブトレーナーの俺が管轄する子たちはどんどん少なくなり────
「あと1本で終わりにしよう」
「はぁ、はぁっ……、……、はいっ……!」
残る未デビュー組は、レガリアただひとりとなっていた。
レガリアはまだ本格化が始まらず、俺と共に雑用とトレーニングを続ける毎日。
今まで一緒に行動していたウマ娘たちに離されていく現実に少し焦りを感じているのだろう。
トレーニングに力は入っているが、どこか精彩を欠いている。
本人はその焦りを見せないように振る舞ってはいるが……それでも、走る姿を見ていると気づいてしまう。
「……焦る必要はないって言っても……そりゃ無理だよなぁ」
成瀬先生も心配していたが、あまりいい状態とは言えない。
どうしてあげるのがいいのかと訊ねると、
『そういう部分をケアしてあげるのもトレーナーの仕事だよー』
『私も気にかけてるけど、あと半年ちょっとしたら独立なんだから、そろそろ新海くんも覚えていこうね〜』
と、ほぼ丸投げに近い状態で任されてしまった。
……マジかよサツキちゃん。
それを信頼と取るべきか……わからねぇ。あのヒトまじで適当なとこ適当だからなぁ。
……しかし、確かにサブトレーナーの俺が相手をする未デビュー組はレガリアひとり。
もうほとんど専属みたいなもんで、最近は成瀬先生よりも俺と一緒にいる方が時間が長いぐらいだ。
ただ困ったことがあると、頼るのはやはり成瀬先生なわけで────
俺もこの4ヶ月でかなり厳しく仕込まれたおかげで、指導の方法はそれなりにわかってきたつもりだ。
まだまだ知識や経験だけじゃどうにもならない部分はあるが、それでも……もう少し頼ってもらえるようにはならなくちゃいけない。
あくまで俺は先生のチームのサブ。
チーフトレーナー……1番偉くて能力があるのは成瀬サツキ先生。
俺が出しゃばるわけにはいかない……が。
「……はぁ、はあっ……はあ……」
辛そうに走る彼女を見るのは、俺も辛い。
しかし本格化が始まる前に無理をして、デビューすらできないなんて事になる方が尚更辛い。
だから、今は……。
「お疲れ」
「ぇ、あ……ご、ごめんなさい、やっぱりあと1本だけ……」
「もう膝震えてる」
「ぁ、う……」
「無理をしてもダメだって先生にも言われてるだろ?」
「は、はい……ごめんなさい、ちょっと……頑張りすぎちゃった、かも」
「大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「ほら、ドリンクとタオル」
「ありがとうございます」
ボトルとタオルを受け取ると、ストローに口をつけつつ顔の汗を拭き始める。
その仕草が少し色っぽくて、俺は目を逸らした。
こんな時になに考えてんだよ俺は……アホかよ。
邪な考えを吹き飛ばすようにかぶりを振って、俺はレガリアに向き直る。
「片付けは俺がやっとくから、お前はもう帰っていいよ」
「ぁ、でも……」
「今日はいつもよりいっぱい走ったからな。疲れてるだろ」
「そんな、大丈夫です! お手伝い、させてください」
「……なら、頼もうかな」
「はい、お願いします!」
ここまで強く出てくるのは、いつもより居残りした負い目からだろうか。
もう少し走りたいというわがままに付き合わせたと、そう思っているんだろうか。
気にしなくてもいいのに……まあ、これでレガリアの気が晴れるなら、手伝ってもらったほうがいいだろう。
「新海さん、これ先に持っていっちゃいますね」
「ああ、ありがとう」
ふたりで片付けを始める。
走った直後で膝が震えているものの、手際はいつも通り。
あまり重たいものは持たせないようにだけしておけば、怪我とかもないだろう。
……レガリアの悩みは理解できる。
周りがデビューしていく中で、自分だけ置いていかれているのだから。
先生の話によれば、家族や周りから期待を寄せられているとか、デビューを急かすようなことを言われているとかではないらしいが……。
本格化はかなりデリケートな問題だ。
ヒトによって異なるのはもちろん、年齢も時期もバラバラ。
中等部で本格化を迎えてGⅠを勝ちまくってるウマ娘もいれば、高等部になっても本格化が始まらないウマ娘も当然いる。
レガリアは後者の方で、それだって別に焦ったりするほどのことではないのに……。
……かなり真面目な性格だ、気になって仕方がないのだろう。
だから俺がいくら気にするなと言ったところで無理な話であるし、俺だって言葉よりも行動で示すというタイプ。
なら、元気付けたり希望を与えるのは、俺の役目だ。
成瀬先生は可能な限りウマ娘の夢に寄り添い、果たせるように尽力する。
俺もそんなトレーナーになりたいし、こんなに頑張ってるレガリアがデビューしてレースを走るところが見たい。
まだデビューすらしていないところで挫けるなんて、勿体無いじゃないか。
「悩んでるねぇ、若者」
「ぅぉっ!!?」
「まーだ居残りしとるかこいつめ」
「サツキちゃんか……驚かすなよ」
「成瀬先生でしょ」
「ぁ、やべ……すみません」
いつの間にか隣に成瀬先生がいた。
マジでビビった……くそ、音立てずに近寄ることを覚えやがったなこのヒト……。
「レガリアさん、どう?」
「……悩んでますね、かなり」
「だよねぇ……思い詰めても仕方ないことなんだけどね」
「だとしても、焦っちまうのは仕方ないですよ」
「うんうん。難しいところだ」
「なんかいい方法ないですかね……気持ちを切り替えさせるような」
「出かけたら?」
「へ?」
「担当のケアといえばおでかけでしょ〜」
「え……俺と、あの子で?」
「だって、いま1番あの子見てるのは新海くんでしょ?」
「でも、何かあったら頼ってるのは先生でしょ……」
「新海くん、いつもあの子にどんなこと聞かれてる?」
「え? ぇ〜……走りのフォームとか、初歩的なことばっかですけど。あとは本格化が来るまでにできることって何かあるだろう〜みたいな」
「そっか。じゃあやっぱりそれは新海くんの勘違いだろうね〜」
「え? どういうことっすか」
「私に聞いてくるのも大差ないよ」
「……え?」
「それに、今日はあれしたいこれしたいって新海くんにしか言ってないし。私、相談されたことない」
「なんで……」
「信頼されてるんじゃない? それか未デビューだからって遠慮してるって可能性もあるけど」
「……」
「とりあえず〜……悩みの種、流石に少し突っついてあげないとね」
「え……?」
問い返そうとしたところに、レガリアが戻ってくる。
さっきまでいなかった先生の姿に、首を傾げた。