遅咲きの春
柔らかく細い指先が勇気を振り絞ったように己の手にのばされたとき、ローは覚悟した。これ以上の深入りは危険だと。それでも、らしくもなく帽子を深くかぶりなおし、同じようにして握り返した。考えてみれば、それが彼の答えだったのだろう。
まるで十代のようなやり取りに苦笑しつつ、実は彼女のその仕草は助けを求めるものだったと気付いたのはポーラタンク号に到着してからだった。彼女は風邪気味で熱を出しており、ローは渋ったが船員の後押しで付きっきりで看病することになった。
「……隣、寝てもいいか」
何を口にしたんだろうおれは、とローはベッドで伏せている彼女を見下ろした。息苦しそうに真っ赤な顔のまま、夢と現実の境目でこくりと頷いてみせる。それを合図に腹を括り、彼は潜水艦に見合う狭いベッドに潜り込んだ。
上がり続ける体温にかなり体力を消耗し、悪夢にうなされていた。それでも顔が怖いと思っていたローが傍らにいると不思議と落ち着けた。そのうち彼女は安らかな寝息を立て始め、小さく「ろーさん」と呼んだ。
(ああ、駄目だ)
参った。ローはそのまま小さくため息をつき、最初に手を繋いだ時のように彼女を見習って目蓋を伏せた。こんなにも彼女が自分の名前を呼んでくれたのがうれしいなんて。こんな気持ち、二十六年間生きてきてうまれて初めてだった。