透明な時間
「ねえジャック」
ジャックは漏れそうになった溜め息を飲み込んだ。
実の父といがみ合い、父に従う者達にもいい顔をしないヤマトだが、同い年のよしみかジャックには当たりが柔らかい。
ジャックとしては距離感に悩むので、正直ヤマトのことは苦手だった。
「何です、坊ちゃん」
「変な頼み事なんだけど、君の牙に乗せてくれる?」
「は……?」
押し隠す間も無く、ジャックの口から困惑が転げ落ちる。ヤマトは慌てて手を振った。
「ごめん、やっぱり変だよね!その、なるべく高い目線で鬼ヶ島を見渡してみたくて」
「はァ」
奇妙な頼み事ではある。
だが、カイドウに挑む訳でも、脱出を試みる訳でもない。ここで付き合ってやれば、ヤマトが無駄な足掻きをする時間も減る。
そのような打算から、ジャックは頷いた。
「……」
マンモスの姿になったジャックの牙に、ヤマトが腰掛ける。
ヤマトが溢す息に込められた感情は分からない。ジャックの目線からはヤマトの顔は見えない。
ただ、伸びた背筋に真剣さを感じ取りながら、ジャックはゆったりと歩を進めた。
「ありがとう、ジャック」
礼を告げて、ヤマトは軽やかに飛び降りた。
「気は済んだのか坊ちゃん」
「うん……うん。目線が高くなれば、アイツと目線が近くなれば、何か見え方が変わったりするんだろうか、なんてね。気の迷いだったよ。付き合わせてごめんね」
ぽつぽつと語るヤマトは、透明な表情をしている。
「そんなことで坊ちゃんの気が変わるなら、カイドウさんは苦労してねェだろうな」
「くっ、言うじゃないか」
ヤマトは軽く歯噛みしたが、すぐに溌剌とした表情に切り替えて「今日はありがとう、またね」と立ち去った。
「…………」
何度牙に乗せてやったところで、ヤマトは変わらないし、ジャックも変わらないだろう。
それでも、百獣海賊団への反感も従属も無いあの透明な時間が生まれるのなら、また乗せてやるくらいは構わないとジャックは思った。