逆光
「"遺跡"に…?……わかった」
せっかくエレジアのみんなで準備したライブも、"外"から来た海賊たちのせいでぶつ切り。全員楽譜にしてあげたつもりだったけど、他にもまだ邪魔者が居たみたい。
海兵さんたちからの連絡で遺跡に入ったことは分かってるから、追いかけるなら私がやらなきゃ。
だって、”麦わらの一味"はとっても、とっても手強くて怖い海賊だもの。
「みんなー!!またまた海賊がライブを邪魔しにやって来たみたい!」
本当は私一人で行きたいけど、会場のみんなを残していけない。
もしかしたらまだ海賊が紛れてて、私がいなくなったら暴れ出すかもしれないから。
「私といればみんな最強!一緒に悪い海賊をやっつけちゃおう!」
ねえルフィ、私との約束、まだ覚えてるかな。
もしもルフィが忘れてたって、私はずっと覚えてる。だから。
「造るよ。私、新時代を」
一隻の軍艦がエレジアに流れ着いて、しばらく。
いつもの海が見える灯台岬で歌う時、世界のどこかから船が迷い込むようになった。
力が正しさになる世界にへとへとに疲れて、暗い目をした人たちばかりを乗せた船が何隻も何隻も、最後の力を振り絞るみたいにしてエレジアの港に辿り着いていた。
最初は偶然だと思ったけど、どこから来た船だって第一発見者はいつも私で、しかも岬で歌うときに限って現れるなんておかしい。
迷い込む船も北や西の海からだったり、偉大なる航路からだったり、それこそ世界の反対側から急に霧を抜けてエレジアに辿り着いたりしてて、変なことが起こっているのが私にだって解った。
「君…その歌、その声!間違いない!!」
船が霧を越えてくるようになって半年くらい経った頃、慰問コンサートを終えた私にそういって話しかけてくれた人がいた。
霧の外にいた頃にある日映像電伝虫から唐突に流れ出した歌声が、私の歌にそっくりだったって。
砂浜と海が映ってるだけの映像に、私の歌が流れるだけのおかしな現象。世界中で起こっていたらしいそれを、流れ着いた人たちはみんな知っていた。
ずっと平和で平等だったエレジアに、最近は変なことばっかり起こってる。
もやもやした気分のまま、月の照らす岬に向かう夜道を歩いて、足が、縫い付けられたみたいに止まった。
気付きたくないって大声で喚く自分の中に、ぽつりと幼い私の声が落ちる。
私の能力で、なんでも叶う夢の世界に連れて行ってあげる。
出口のない海。霧の中で10年以上経ってるのに、子どもの増えない街。
無我夢中で岬への道を走った。疲れなんて少しも気にならなかった。
走って、走って、信じられないくらい軽い動きで岬から砂浜に滑り降りて、そこで、私が見つけたのは。
「……映像電伝虫」
暗い砂浜を這いまわり、どこか霧の外の街を波に映す、奇妙な映像電伝虫だった。
歪んだ殻にはびっしりと、白く光る花のようなものが生えている。
にょきにょきとあちこち伸びた目玉は、ずっとずっと走ってきたのに息ひとつ切らしていない私を映していた。
そっか、私は、"この世界"は最初から―
「久しぶりだね、ルフィ……ううん、今は"麦わらのルフィ"…かな」
遺跡から出てきた一味を、能力で作り出した乗り物の上から見下ろす。
「ウタ!!」
大海賊、"麦わらのルフィ"。
ドクロの旗にも掲げられたその帽子の元の持ち主を知ってる人は、きっと少ない。
「…ウタ、お前なんでおれたちを呼んだんだ?」
「ルフィたちを選んだわけじゃないよ。世界中のみんなをこの夢に呼んでるだけ」
できるだけ多く、できるだけ広く。
「世界中の!?じゃあ、"あいつ"の言ってたことはウソじゃなかったのか…!」
「ねえウタ、本気で世界中の人を悪夢に閉じ込めるつもりなの!?」
「悪夢?なにそれ?」
「この世界の…あなたの"夢のエレジア"のことよ」
ルフィの仲間たちは、口々に勝手なことを言ってる。
ここが悪夢なんて。誰が言ったのか知らないけど、本当なんにも解ってない。
「たしかにここは夢の中だね。それで?」
私の後ろに続くのは、私を信じてくれた優しい人たち。
血を流す体のある世界ではどうしても満たされない、可哀想な人たち。
「みんなから聞いたよ、外の、悪夢みたいな世界のこと」
そこでルフィたちがしてきたことも。
「奪い合って生きるしかない"外"なんかじゃなくてさ、夢の中で幸せに生きようよ。昔みたいに一緒に歌を歌って、楽しく暮らそ?」
「…駄目だ」
真っすぐ私を見据えるルフィの目は、真剣だった。
麦わら帽子を被った姿が、懐かしい日のシャンクスに重なる。きっと傷だらけになりながら、何度も何度も死にかけながら、どうしてそんな目ができるんだろう。
「…じゃあさ、ルフィは何が欲しくって海賊やってるの?この世界なら何でも叶えてあげられるよ?お肉?お宝?それとも力とか?」
「自由だ」
「………"自由"?」
自由。自由って、なに。
「そんな…そんなものの為に!!人を不幸にしていいはずない!!!!」
「ウタ!!!おれは…!」
「言い訳なんて聞きたくないよ!!!」
流れ着いた人たちから、ルフィが外で何をしてきたのか私は聴いた。
頂上戦争からおかしくなった海で、必死に戦った海兵さんたちの弔いの歌を私はもう知ってる。
インペルダウンから逃げ出した囚人に国を襲われて、焼け出された赤ちゃんを抱えたまま逃げてきたお母さんの泣き叫ぶ声を知っている。
「みんなが望む平和も平等もここにある!!そんな新時代を壊す悪い海賊は……」
もう、外に戻りたいなんて望まない。自由なんていらないから。
みんなの夢よ、どうか私に力を頂戴。
「私が絶対に許さない!!!!」