逃亡海兵ストロングワールド㉑─2

逃亡海兵ストロングワールド㉑─2



第二十四話 “彼女の正義” 後編



通信を終えたセンゴクは息を吐いた。ここから先は賭けだ。いくつもいくつも越えなければならない壁がある。

まず第一に、ウタの歌声を正しく届けることができるかどうか。ありったけの手段を用いて繋いでいるが、どんな不測の事態が起きるかわからない。

第二に、彼女の歌をどこまで『聴かせる』ことができるか。センゴクは彼女の歌を好ましく思っているが、今回の相手は殺気立つ怪物たちと海賊だ。その耳にどこまでその歌声が届くか。

第三に、能力の制御がどこまでできるのか。万全のコンディションと状況さえ整えばウタは彼女の能力の適用対象を制御できる。狙った相手だけを眠らせ、彼女の世界へと誘うことができるのだ。しかし戦場においてはそこまでの精緻なコントロールはできない。どうしても味方を巻き込むことがあり、海楼石を利用したイヤーマフラーはその対策のために彼女の部隊の部下は常備している。ある程度は制御できるようだが、戦闘という状況では完璧な制御とはいかないらしい。


(だが今から海兵たち全員で対策をする余裕はない)


センゴクはイヤーマフラーを装着しているが、海兵たち全員に今からそれを徹底させ、その後からウタが歌うというのは現実的ではない。可能な限り対策はしたが最後は彼女の能力の制御次第。

最悪の場合怪物たちに歌声が届かず、海兵たちが沈黙するという事態もありうる。故にこそセンゴクは問うたのだ。


──できるか、と。


そして彼女はそれに対してできると答えた。ならば後は信頼するだけだ。


(何、大丈夫だ)


普通に考えれば分の悪い賭けである。しかし彼は勝利を確信していた。

彼女の背負う“正義”は“平和を届ける正義”。それを背負い、事実それを成し遂げてきた者を信頼しない理由はない。


「任せるぞ」


上空、浮かぶ島を見上げる。“歌姫”はそこにいる。彼が信頼する海兵たちもまた。


「元帥殿! 繋がりました!」


報告に対して頷きを返す。マリンフォードの各地に設置されている電伝虫が起動し、その歌声を届けようとしていた。

センゴクの近くに設置された映像電伝虫からも“歌姫”の映像が映し出された。随分とボロボロだ。だが、と思う。だからこそ信頼できる。

この戦争の最前線で戦い抜き、そして歌うからこそ。

彼女の歌声は、きっと全てに届くのだ。



──平和を届ける歌声が、響き渡る。



何度も何度も聞いた歌声だ。相変わらず──いや、いつも以上に力のある、誰もが聞き入ってしまう歌声。

戦場に響くにはあまりにも場違いな歌声に、センゴクの周囲の海兵たちも思わず動きを止める。


(音が止んだ?)


ふと、センゴクは気付く。

あれほどまでにうるさかった戦場の音が止んでいる。まるでこの歌声の邪魔をしたくないとでもいうかのように。


海兵たちは手を止めて、まるで仰ぎ見るように天を見上げた。

怪物たちはゆっくりと地面に横たわり、夢の世界へと誘われる。


いつしか。

戦場に響くのは、歌声だけになっていた。

あれだけ降り注いでいた隕石も止んでいる。

ただ、わかるのは。


──彼女の歌は、確かに届いているということだけだった。



◇◇◇



島中に──戦場に響く歌声。“大地の王”と呼ばれる海賊は、己の意識が閉じつつある事実に気付いた。

事前の話によれば、ウタウタの能力は『聴かされる』ことで取り込まれるという。つまり聞こえなかったりそもそもその歌を何とも思わなければ取り込まれることはないのだ。

だから万が一の時があっても大丈夫だと、その男──ラウンドは思っていたのだ。


(政府側の人間の歌を、私は)


どれだけ素晴らしい歌であろうが“歌姫”は世界政府の側の人間である。その歌を受け入れるはずなどないと、そう思っていたのに。

彼女の歌声で、心を動かされた。どこまで……浅ましいのか。

世界政府を認めないと宣っておきながら、何と無様な。


「……どこまでも、私は。政府側の人間の歌などで」


呟き、膝をつくラウンド。その彼に対して声をかけたのはドーベルマンだった。幾度となく戦った宿敵とも呼べる男は、真剣な表情で言葉を紡ぐ。


「──それを、本物の“音楽”というのだそうだ」


刀を下げ、そんな風に言うドーベルマン。彼に似つかわしくない言葉であるが、だからこそ本気なのだとラウンドには伝わった。


「だから……恥じる必要はない」


チラリとラウンドは周囲を見た。一人、また一人と海賊たちが倒れ込んでいく。だがその表情は安らかで、苦しみはない。

荒くれの、自分のことしか考えていないような。他人を慮るようなことなど決してないような。そんな者たちでさえ“歌姫”の歌声に心を揺らされているのだ。


「こんな感情は……忘れたと、思っていたが」


──奴隷として生きたあの娘が、この歌声を愛した理由。

それを、ここでようやくラウンドは理解した。


「安心して眠れ。起きた頃には全部終わっている」


ドーベルマンのその言葉が切欠となったわけではないが、ラウンドが地面へと倒れ込んだ。瞼が落ちていく。

だが、完全に落ち切るその刹那。

彼は、その姿を見た。



“ラウンド様。私は奴隷なのです。……だから、あなたと共には生きられません”



遠い記憶の彼方。最大の後悔にして、彼の理由そのもの。

嗚呼、とラウンドは吐息を零した。



──何故、私は。

あの時、そんなことは関係ないと……たったそれだけを、言えなかったのだ。



そして、彼は“歌姫”の世界へと誘われた。

その表情はしかし、どこか安らかであったという。



◇◇◇



ドーベルマンの正面で倒れたラウンドを見て、スモーカーが息を吐く。この戦場における最大の脅威はここで倒れた。凄まじい能力だ、と改めて思う。


(こいつの言う通り歌声に心を動かされなけりゃ無意味というが。……まあ無理だろうな)


その辺の人間ではなく、“歌姫”の歌声だ。伊達や酔狂で名乗れる異名ではないし、その力が偽りであるならそもそも彼女は今こうして歌っていない。

問答無用で相手の心を揺さぶる歌声。故にこそ彼女は“歌姫”なのだから。


(海賊共も眠った。後は)


歌声に聞き入り、思わず動きを止めている海兵が多い中スモーカーは冷静に思考を働かせる。こういうところは彼の真面目さが表れていた。

だが、そんな彼の耳にその声が届く。


『クソが! どいつもこいつも!』


巨人の中から声が聞こえた。そちらへ視線を向ける。

鎧のほとんどを砕かれ、内部の機械の一部を露出させながらも未だ動く趣味の悪い巨人。その巨体がゆっくりと足を踏み出すところだった。


『このスーツには海楼石を使ってんだ! 歌声なんか聴いてられるかよ! 行けフランケン部隊! お前らは死体だ! 歌声なんざ聴きやしねぇだろ!』


かつては世界政府に所属し、しかし追放された賞金首“墓荒らしのレムナント”。彼のその言葉を聞き、舌打ちと共に十手を握り直すスモーカー。死体を改造するという倫理観の欠片もない外道行為をするその男が最後の敵だ。


「待ってスモーカーくん」


だが、そんな彼にヒナが声をかけた。見て、と彼女が視線で示す先。そこには。


『お、おい!? どうした!?』


レムナントの焦る声。それもそのはずだ。彼の操るフランケン部隊──死体によって構成される兵士たちが全て沈黙しているからだ。

つい先程まで自爆を命じられようと忠実に動いていた兵士たち。だからこそ厄介であったそれらはしかし、今は一歩も動かずに静止している。


「……何らかの“奇跡”を想像してしまうわね。ヒナ感傷」


彼女の言葉に対し、スモーカーは何も言えなかった。焦った様子のレムナントの声。そこへ一人の海兵が歩み寄る。


「──ようやく空いたようだ」


ヒッ、という小さな悲鳴。その直後に。


──何もかもを貫くような、破壊するような衝撃音が響き渡った。


レムナントは粉砕されたスーツから吐き出されるようにして放り出されると、そのまま地面へと叩きつけられる。既に意識はなかった。


「……やり過ぎたか? だが、仕方ない」


たった一本の竹竿でそれを成した男は、土の壁の向こう側を見つめて呟く。


「この歌声を聴きたいのに……耳障りだ」



◇◇◇



誰もが声を出せずに、ただただ無言で聞き入っていた。

海兵たちも、海賊たちも、怪物たちも。

その歌声の前には全てが平等であった。


「……何度聴いても、いい歌声じゃ」


呟くのは“英雄”だ。彼としては珍しいほどに小さな声。思わず溢れてしまったようなその呟きは、彼自身が何度も彼女の歌声を聴いてきたからだろうか。

その場にいる他の者たちも同じ感想を抱いている。それでも誰一人として言葉を発さないのは、自分の声でこの歌声の邪魔をしたくなかったからだ。

拍手の音も声援もない。ただただ、その歌声だけが響いている。

数多の無法者たちと戦い続け、臆することなく声を上げ続けてきた“正義”を背負う者たちはしかし、たった一人の“歌姫”によって動きを止めていた。


(なるほど、平和か)


彼女が背負う“正義”について、ガープはちゃんと知っている。それは美しいものではあるが理想論だ。血さえ流れなければ平和だとガープは思っているが、それは彼なりの妥協点でもある。

この大海賊時代において──いや、時代は関係ないだろう。あまりにも多くの人が生きるこの世界において、正しい意味での“平和”も“平等”も存在しないのだから。

その上で思う。彼女の掲げる正義にはきっと妥協がない。それを若さ故、世界を知らぬが故と断じるのは簡単だ。

しかし、とも思う。

この歌声を聴いていると、その果てには真の意味での“平和”があるのではないかと。

そう思わせるような『何か』が、彼女の歌声にはあるのだ。


(見事じゃ)


──一人、また一人と海賊たちが倒れていく。

だが、そこには苦痛はない。あるのは安らぎだ。


戦争が終わろうとしている。

残る敵は、後一人だけ。



◇◇◇



一体、どれだけの数の歌を紡いできたのだろう。

最早思い出せない。古い始まりの記憶では既にもう、この口は歌を奏でていた。

波に揺られ、麦わら帽子のあの人の──海賊の下で。


“なあウタ。この世界に平和や平等なんて存在しない”


ふと、その言葉が蘇った。


“だけどお前の歌声だけは、世界中の全ての人を幸せにすることができる”


あの人の言葉を、なんで今更。

……いいや、わかってる。わかっているのだ。

全ての原点は、あの人で。

ウタという人間は、そこから始まったのだから。

だけど。


“──私は、この歌声と一緒に平和を届ける。それができる海兵になる”


そう決めたのは自分自身で。


“どう? 似合うかな?”


彼と共に在る未来を願ったのもまた、自分自身。


だからこそ歌うのだ。

この歌声で。彼が愛してくれているこの歌で。

──世界に、平和を。

全てに届けと、祈るようにして歌うのだ。



「────」


歌が終わる。拍手も歓声もない。賞賛の言葉もない。

だが、知っている。この沈黙こそが何よりの誉れであるのだと。

静寂の中、ウタの口から漏れた白い吐息が宙に溶けていく。

──そこで、彼女は“視た”。



「“獅子威し・御所地巻き”!!」



響き渡る声と同時。城の周囲に降り積もった雪が突如動き出し、獅子の形を作った。それらはまるで咆哮のような地響きの音を立て、ウタとオリンのところへ迫ってくる。

声を上げようとするオリン。それをウタが手で制する。


「大丈夫」

「──“ゴムゴムの”!」


二人の言葉は同時だった。地上から突き破るようにして上昇する一筋の軌跡。そこから一人の海兵が空へと飛び出した。



「“JET銃乱打”!!」



ウタたちへと襲いかかる雪の獅子たちを、無数の拳が打ち砕いていく。

獅子を形作っていた雪が砕け、宙を舞う。幻想的な光景の中、その海兵は一羽の鳥を抱えながらこちらへと後退してきた。


「ありがとうなビリー。お前のおかげで何とかなりそうだ」

「……クオ……ッ」


優しくテラスへと降ろされるのは、黄色い翼を持つ鳥だった。ビリー、と彼──ルフィが名付けたその鳥のそばに歩み寄ると、その体をウタは優しく撫でる。小さくビリーが鳴き声を上げた。


「悪い、ウタ。ビリーを頼む」

「うん、わかった」


振り返らないままに言うルフィに対し、頷きながら言葉を返す。そして何かを言おうとしたウタを遮るように、空から声が届いた。


「大した歌だなベイビーちゃん。思わずおれも聴き入っちまった」

「どうもありがとう。そのイヤーマフラーがなければもっと聴きやすいと思うけど?」

「ジハハハハ! そいつはできねェ相談だな!」


笑うのは“金獅子のシキ”。この戦争の元凶だ。

既に彼の陣営はほぼ沈黙している。残るは彼一人だけだと言うのに、随分と余裕だ。

まだ何かあるのか──そう思うウタの視線の先で、シキが笑みと共に言葉を紡ぐ。


「しかし、本当に凄まじい能力だ。──なあ、ベイビーちゃん。もう一度改めて言うぜ? おれの仲間になれ。その力は世界さえも支配できる力だ。この海を、世界を支配できる力を海軍なんざに置いておくのは勿体ねェ」


冗談のようでいて、冗談ではない台詞だった。誰が、とウタが言いかけたところで、静かな声が響く。



「──本当に何もわかってねぇんだな」



感情のこもっていない、あまりにも淡々とした言葉だった。ウタでさえルフィのこんな口調はほとんど聞いた記憶がない。

ルフィは感情表現については非常にストレートだ。その彼がここまで無感情な言葉を吐くのはほとんど記憶にない。

──ただ。

その僅かしかない記憶の中の彼は、誰よりも。


「わかってねェだと?」

「ウタは平和のために歌ってるんだ。支配のためじゃねぇ」


それは彼女の背負う“正義”だ。しかしシキは一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに笑い声をあげる。


「ジハハハハ! 言うに事欠いて“平和”だと!? くだらねェ! そんなもんこの世界にあるわけがねェだろう!」


大声で笑うシキ。そのまま彼は言葉を続ける。


「この大海賊時代に“平和”なんてありはしねェ! ロジャーの馬鹿が始めたこの時代! そんなもんは消え去った! そしてお前ら世界政府はそれを防げなかった能無し共だ!」


彼の“海賊王”の処刑より始まったこの大海賊時代。それにより“平和”という概念がいかに脆く、そして儚いものであるかを世界は知った。そして未だ世界政府はこの時代を終わらせることができないでいる。


「……いや、待てよ。考えようによってはおれの支配する世界は“平和”だぞ? おれという絶対者の下でなら全員が平等で平和だ」


響き渡る笑い声。一歩、ルフィが前に出る。


「それのどこが平和だ」

「なら平和なんてものはどこにもねェなァ」


肩を竦めるシキ。いいや、とルフィは言った。

チラリと、ウタの方を振り返り。



「──ここにある」



そう、宣言した。

ほう、とシキは笑みを深くする。


「ご高説は結構だが。ここでおれに勝てねェようなら結局同じだ」


言うと、シキはその両手を広げて何かを掴むような動作をした。

直後、世界が揺れる。

凄まじい轟音が響く中、思わずよろけたウタをルフィが支える。


「まさか」


揺れる地面。シキの能力。そして彼らが今いる場所。

それが指し示すのは。


「ベイビーちゃんは気付いたようだなァ」


空に浮かぶ“伝説”の大海賊。その規格外の能力が牙を剥く。


「そうだ、このメルヴィユをマリンフォードへと落とす。残念ながらおれの部下たちは全滅しちまったようだからなァ。これはもう、最後の手段に出るしかねェ」


どうした、とシキは笑みと共に首を傾げる。


「その歌声でおれを止めればいいじゃねェか」

「…………ッ」


思わず拳を握り締めるウタ。しかし、その彼女の頭を麦わら帽子の上から優しく押さえる手があった。

ルフィだ。彼はシキを見据えながら言葉を紡ぐ。


「それはおれの役目だ」

「しつけェなァ、ガープの孫。散々遊んでやったんだ。それが無理なことはわかったんじゃねェか?」


呆れた様子のシキ。ルフィはそんな彼には答えず、オリンの方へと振り返った。


「オリン。ウタを頼む」

「は、はい」

「ルフィ?」


ウタの問いかけに、ルフィは小さな笑みを持って回答とする。


「ビリーのおかげだ。ようやくじいちゃんの言う戦い方を形にできる」


激しく揺れる地面。その中でウタは目撃する。

最大の信頼を置く彼の、更なる姿を。


「──ギア、4」



◇◇◇



“人間というのはある日突然強くなることなどない。いきなり強くなったように見えても、それは元々持っておった力を発揮しただけに過ぎん”


己の祖父からの言葉を思い出す。この場所に来るまでの短い時間で教えられたのはシンプルなことだけだった。


“ギアといったな? 無茶な戦法じゃが有効ではある。しかしそれでは届かんじゃろう。奴も歳じゃ。衰えてはおるじゃろうがそれでも今のお前では届かん”


じゃあどうすりゃいいんだ。

その問いに対し、祖父はため息と共に言葉を紡いだ。


“全てを同時にこなせ。それでようやく勝負の場に立てる”


無茶な話ではあった。ただでさえ負担が凄まじいギアを同時になど。


“勘違いしておるようじゃがな。ギアだけではない。お前が今まで積み上げてきた全てを同時に出せとわしは言っておるんじゃ”


積み上げてきた全て。これまでの戦いで培った全てを。

だが、頷いた。そうしなければ勝てないとこの祖父が言うならきっとそうなのだろう。

──それに。

どんな手を使ってでも、彼女を取り戻すと決めていた。命を懸けるくらいは前提条件だ。


“以上が海兵としての意見じゃ。……家族としては、そうじゃな”


一瞬、ほんの一瞬だけ。

迷うような表情を見せた彼はしかし、こう言った。


“取り戻せ”


その言葉に。

当たり前だ、と応じた。



「ギア、4」


必要だったのは、どうやって安定させるか。

身体能力を極限まで上げるギア2と体を肥大化させて攻撃力を上げるギア3。それの同時使用は凄まじい負担を体に掛けることになるが、それはこの際どうでもいいことだ。問題はその持続方法である。

ギア2はともかく、ギア3が問題だった。元々瞬間的な威力増加のための戦術だ。長時間の持続を考えていない戦術なのである。空気が抜けてしまうのだ。

それを持続させる手段を、シキと戦いながら色々と考えた。そしてその結論がこれだ。


──それは、異形と言ってもいい姿であった。


巨大な腕と脚。それに対し、胴体は元のまま。彼が“巨人”と命名したその腕と脚は“武装色の覇気”を纏い、黒く染まっている。それだけではない。部分的に六式の一つである“鉄塊”を用い、萎むことを堪えている。


「ぐ、ゲホ」


苦しい。保つだけで相当な精神力と体力を消耗するそれを見て、シキが僅かに表情を変えた。


「まるでバケモノだなァ、ガープの孫。随分苦しそうだ」


その言葉に答えることはせず、ルフィは床を蹴る。


「“ゴムゴムのォ”──」


凄まじい移動速度であった。一瞬でその場の者たちの視界から消えたその異形は、いつの間にかシキの正面。空へと上がっている。

そこは射程圏内だ。──互いにとっての。


「“斬波”!」


それは反射的な行動であった。両足の刀を振るうことによって放たれる飛ぶ斬撃。二筋の刃がその異形を目指して宙を飛ぶ。

対し、異形──ルフィはその右拳を臆せずに放つ。



「──“JET巨人の銃”!!」



まるで空を吹き飛ばすような一撃だった。シキの放った斬撃を容易く蹴散らし、その拳が対象へと直撃する。

鈍く、重い音。吹き飛ばされたシキが宙を舞う中、ルフィもまた再びテラスへと戻ってくる。


「クソッ……ふん!」


萎みかけた体にもう一度力を入れ、ルフィはその形を保つ。空ではシキが体勢を立て直し、ルフィの方へと視線を向けた。

口元の血を拭うその表情は真剣だ。先程までの侮りなど微塵もない。


「効いたぜ、ガープの孫。だが随分と苦しそうだ。一体何分……いや、何秒保てる?」


問いかけ。それは確認するような言葉だった。

──お前はおれの敵として相応しいのか。そんな問い。


「お前に勝つまで!」


そして、“新時代の英雄”は叫んだ。

それは、彼自身が定めた覚悟。


「上等だ」


シキが両手を構えた。名乗れ、と重い覇気の込められた言葉をシキが放つ。


「この“金獅子のシキ”が! お前の名を覚えてやる! 名乗れ! ガープの孫!! いや──“新時代の英雄”!!」


一度、大きな深呼吸。

その青年は、真っ直ぐにシキを見据えて名乗りを上げる。


「おれは海軍本部大佐! モンキー・D・ルフィ! お前を超えて──」


その名乗りを、覚悟を。全ての者たちが見たという。

背負った“正義”と共に。新たな世代の“英雄”は宣言する。



「──平和を届ける男だ!!」



彼が今背負っているのは、彼にとって最も大切な人の“正義”。

踏み躙られそうになった、彼女の誇り。


「この島がマリンフォードに落ちるまでそう時間はかからねェ! 決着といこうじゃねェか海軍! モンキー・D・ルフィ!! おれはこの戦争に勝ち!! ロジャーを超え!! 世界を支配する!!」


大海賊、“金獅子のシキ”。その堂々たる宣言。


「させねぇ!! マリンフォードも!! 東の海もおれたちが守る!! 勝つのはおれだ!!」


対し、“麦わらのルフィ”も臆さない。



マリンフォード上空、メルヴィユ。

そこで、世界の命運を懸けた戦いが始まった。





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