逃亡海兵ストロングワールド⑰─2

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第二十話 背負った想い 後編





世界政府の“殺戮兵器”ロブ・ルッチ。その戦闘能力は噂以上であった。

司令室の場所をCP9である二人はきっちりと調査済であったらしい。先導すると言ったルッチが現れる海賊たちを次々と瞬殺していく。援護する暇さえない。


「……強い」


思わずウタも呟いてしまう。何よりも動きに無駄がないのだ。“六式”をここまで完璧に、そして見事に使いこなしている者を彼女は知らない。

どうしても“六式”はその性質上得意不得意が出てしまう。特に“鉄塊”と“紙絵”などは顕著だ。両方の性質が逆方向であるため、片方は上手くできるがもう片方は……という者は多い。ちなみにウタは“紙絵”が得意で“鉄塊”は苦手である。ルフィはルフィだ。

だが、ロブ・ルッチにそういったものはないように思える。いや本当はあるのかもしれないが、そんなものは一切感じさせない練度だ。


「どけ。──“嵐脚”」


振り抜かれたその一撃で、待ち構えていた海賊たちが薙ぎ払われた。ブルーノも十二分に超人と呼べるだけの実力を有していたが、ルッチの場合はその更に数段上の次元の実力を有している。

ただ、とウタは思った。彼女の優秀な観察眼。ライブを始めとして人を観察する機会に多く恵まれた彼女は、普通の人間よりも他者の状態や調子に対して鋭敏な観察眼を有している。

その観察眼が伝えてくるのだ。ロブ・ルッチは体を庇いながら動いている。最小限の動きも洗練されているということもあるが彼自身の状態もあって負担をかけないようにしているのだ。


(やっぱりみんなどこか無理してる)


この案を出したのは自分とはいえ、やはりリスクは大きいと改めてウタは思う。ウタ自身も腹を刀で貫かれた傷は応急処置しかしていないし、いつ開くかもわからない。

だが、だからこそ前に進むのだ。ルフィだって頑張っている。ここで自分が引くことはできない。


「止まれ。……あれだ」


廊下の影からルッチが示す方向を見る。すると、二名の海賊が巨大な扉の前に立っていた。思わず眉を顰める。


「二人だけ?」

「お前たちが乗り込んだ時、奴らは盃を交わすために主要な人間をあの場に集めていた。その後すぐにこの状況だ。シキがああして“麦わら”と相対している以上、あの場から司令室に戻った人間はいない可能性がある」


ウタの疑問に答えたのはブルーノだ。なるほど、とオリンが頷く。


「そうであれば中の制圧も簡単でしょうか?」

「事前の調査では元々司令室には非戦闘員が多いようだったが……この状況だ。おそらく最低限の守りはある」

「最低限で済むのであれば何の問題もないが。今のところ一人だけ動向が把握できない幹部がいる」


ブルーノの言葉を引き継いだルッチが言う。一人とは、とオリンが問うとルッチが頷いた。


「“毒蛇のカガシャ”だ」

「……カガシャ」


その名を聞き、思わずウタも呟く。あの日、シキの襲撃を受けた時に現れた女海賊だ。ウタの能力を考えると天敵ともいえる相手である。


「シキは“七宝剣”という高額賞金首による幹部集団を組織している。その中でもカガシャは古参だ。ただ、奴らは少々特殊な海賊でもある」


言葉を引き継ぐブルーノ。彼は更に言葉を続ける。


「元々は非加盟国に長く存在し続けてきた暗殺者集団が母体だ。様々な事情により海に出ることになったようだが、長く蓄積されてきた暗殺者としての技術は決して軽視できない」

「この状況で暗殺者というのはゾッとしませんね」


たしぎが言う。ただでさえ少数、そして敵の本拠地その中核。そんな場所にそんな暗殺者たちがいるというのか。


「中の状況もここからでは流石に読めん。こちらは少数だ。電撃戦しかないが」

「──17人」


ウタが呟くように告げた。右手で軽く頭を押さえながら、彼女は言葉を続ける。


「外の二人と合わせて19人。強い気配は感じない」

「……わかるのか?」


ルッチの問いかけに対して頷きを返す。あの壁の向こうにいる気配を確かにウタは感じ取っている。

ウタの“見聞色の覇気”はルフィのそれよりも強力だ。それこそ絶好調の時のライブでは観客全体の気配の把握さえ可能である。

だが、この距離で扉の奥の気配を把握できるような状態になっているのは初めてだ。


「どちらにせよ行くしかないだろう。強い気配がないならこちらにとってありがたい話だ」


ブルーノのその言葉に全員が頷いた。ルッチが改めて扉の方へと視線を向ける。


「時間もない。……おれがあの扉を破壊する。一気に雪崩れ込み、制圧しろ」


言うと、ルッチがその姿を変えた。

動物系悪魔の実、ネコネコの実モデル“豹”。人獣型に姿を変えた彼を見て、他の者たちが驚愕の表情浮かべる。


「いくぞ」


だが、彼らに対してルッチは何も説明することなく廊下から飛び出した。

見張りの海賊二人がそんな彼の姿を見て反応する。だが既にルッチの行動は終わっている。


「“嵐脚・乱”」


一瞬で放たれた複数の飛ぶ斬撃。それにより見張りの海賊たちが倒れ、更に背後の扉も切り裂かれる。

扉の奥には驚愕した様子の白衣を着た者たちがいた。ルッチは速度を緩めることなく中への突撃を敢行する。

彼は決して油断などしていなかった。むしろ気を張っていたといってもいい。

──故にそれは、その“二人”が異常であったのだ。



「危ない!!」



響いたのはウタの声であり、同時に金属音だった。

ルッチの頭上。そこから音もなく気配もなく彼を狙った暗殺者の一撃を、ウタが弾いたのだ。


「中はお願い!」


誰かが何かを言う前に、ウタがその暗殺者の前に立ち塞がる。

そこにいたのは、踊り子のような衣装とマフラーを身につけた女。

──“毒蛇のカガシャ”。

海軍の誇る“歌姫”にとっての天敵が、そこにいた。



◇◇◇



どういうことだ、とルッチはその光景を前にして彼としては非常に珍しく動揺していた。

油断はなかったし、慢心もなかった。“毒蛇のカガシャ”については海賊というよりも暗殺者としての性質が強いこともあって特別警戒していたのだ。しかしそれをあの暗殺者は超えてきた。今でも注視しなければならないほどに気配が薄い。

先程の死闘──“海災”アルキディクスとの戦いの影響は確かにある。誤魔化してはいるが、内部を貫かれたダメージはすぐに抜けるものではない。だがそれを加味してもカガシャの動きは見事であった。


(なるほど、暗殺者としては一定のものがあるらしい)


対面してなお捉えきれないほどに薄い気配。これがあの女の本領ということだろう。

だが、なればこそわからない。ウタはその存在を捉えていた。彼女の“見聞色の覇気”の能力の一端は見せられたが、それであの気配を捉えることができるのか?

だが、思考する暇はない。ここに来たのはカガシャ一人ではないのだ。


「ブルーノ、中を制圧しろ。おれはこいつらの相手をする」


ウタとカガシャが向かい合う脇を抜けてこちらへと走り込んでくるブルーノへ告げる。


「“飛ぶ指銃・撥”」


ばら撒くようにして弾丸になった“指銃”が放たれた。直後、それを受け切る金属音が響く。

いつの間にここに現れたのか。取り囲むようにしてカガシャと同じような格好をした集団がいた。


「奴らを殺せ。“歌姫”は私が殺す」


静かに指示を出すカガシャ。ルッチはふん、と鼻を鳴らした。


「舐められたものだ……!」


まずはカガシャを殺す。そう決めたルッチはしかし、直後の光景で方針を変えることになる。


「させないよ。お前は私が倒す」


正面の海賊に対し、“歌姫”が言い切った。直後、カガシャが動く。

両手に持ったナイフを振り、床へと斬撃を走らせたのだ。応じるように前に出たウタの拳を受け止め、更に床へ斬撃を走らせる。

何をする気なのかをルッチはすぐに悟った。同時、二人の立っている場所の床が抜け、階下へと落ちていく。


「……方針を変えるしかない」


こちらへと迫り来るカガシャの配下たち。それらを迎え撃つ構えをとりながら、ルッチは呟く。

最速でこの暗殺者たちを殲滅し、“歌姫”のところへ向かう。それが最適解だ。


司令室前の廊下と、司令室内部。

激戦、開始。



◇◇◇



階下へと落下したウタは一度上を見上げた。落ちたのは一階分だけだ。

眼前にいるのは“毒蛇のカガシャ”。三億を超える賞金首に対し、ウタは言葉を紡ぐ。


「お前だけは、私が倒さなくちゃいけないって思ってた」


周囲に視線を向ける。何人か倒れた海賊がいた。歩み寄り、倒れている海賊から刀と長銃を失敬する。

基本的にウタの戦闘は幼馴染と同じ素手によるものであるが、武器を使えないわけではない。海軍式の基本戦闘技術はちゃんと収めている。


「奇遇じゃな。お主だけはこの手で殺そうとつい先程決めたところじゃ」


対し、両手のナイフを構えるカガシャ。彼女はしかし、とウタの姿を見て言葉を紡ぐ。


「何とも無様な姿じゃ。親分の与えたドレスはボロボロ。更にはみずぼらしい麦わら帽子。それがあの子の憧れた“姫”の姿とは」


吐き捨てるように言うカガシャ。そんな彼女に対し、ウタは小さく笑う。


「そんな格好をしてる割にセンスがないんだね」


背中に回していた麦わら帽子を被りながら、ウタは言う。


──ごめん、ルフィ。

ちょっとだけ、力を貸して。


今も別の場所でシキと戦う彼へと告げる。

いつだってそうだった。この帽子を被るあなたの背中を、私は。


「この帽子は、世界で一番格好良い男の子の帽子なんだけど?」


ピクリと、カガシャの眉が跳ねた。直後、ウタの音が消える。

カガシャの持つナギナギの実の能力だ。こうなってしまった以上、彼女を倒さない限りウタの声はどこにも届かない。

故に倒すと決めていたのだ。襲撃を受けたあの時から。


「口を慎め。──その言葉が、お主の今生最期の言葉じゃ」


それに対し、音のなさない言葉をウタはぶつける。


──やってみなよ。



海軍本部准将、“海軍の歌姫”ウタVS“毒蛇のカガシャ”。

戦闘、開始。


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