逃亡海兵ストロングワールド㉒─1
最終話 “麦わらのルフィ” 前編
“ごめんなさい”
“とりあえず謝っておけばいいと思っていないか?”
廊下で偶然出会った青年──ルフィに対し、センゴクは呆れた調子で言葉を紡いだ。珍しく一人で歩いていたルフィであるが、彼はセンゴクと会うととりあえず謝罪から入ることを習慣にしている。全く、とセンゴクは息を吐いた。
“今日は何をやらかした?”
“いや何もしてねぇ”
だったら最初の謝罪は何だったんだと思うが、センゴクはスルーした。ルフィの祖父とは随分長い付き合いだが、とても残念なことにこの青年はその祖父に随分と似てきている。問題ばかり起こすところが特に。こういう手合いは考えるだけ無駄だ。
ちなみに余談であるが、この後ルフィが祖父と共に訓練場を半壊させたと報告を受けて改めて呼び出すことになる。つまりちゃんとやらかしていたし謝罪の意味はあった。センゴクの怒鳴り声が響くのも日常である。
“まあとりあえず信じよう。……しかし一人とは珍しいな。あの子はどうした?”
“いやそれがウタと訓練場で勝負してたらじいちゃんが来てよ。逃げてきた”
“ああ、うん。なるほど”
何をしとるんだあの男は、とセンゴクは呆れた表情を浮かべた。『孫が嫁を連れて海軍に入ったんじゃ』と満面の笑顔で語った友人はことあるごとにその二人に絡もうとする。そしてその手段に鍛錬を選ぶせいで逃げられるを繰り返しているのだが、そろそろ本気で説教した方がいいかもしれない。
“そんでよ仏のおっちゃん。逃げてるうちに逸れちまったんだけど、ウタを見てねぇか?”
“いや見てないな”
“そっかー。どこ行ったんだ? 大声出すとじいちゃんに見つかるしなー”
腕を組み、うーんと唸るルフィ。ちなみに現在、ウタはルフィを囮にして女子寮に逃げ込んでいた。流石のガープも女子寮には入らない。というか入った日には張り倒された上で洗濯される。同期の女性中将に。
“まあ、ほどほどにしておけ”
この一族に付き合うと胃にダメージが入る。悪い人間ではないのだが、それが余計に性質が悪い気がする。
と、そこでセンゴクはとあることを思い出した。
“そういえば、あの子の正義について話を聞いたぞ”
“え、誰からだ?”
“ガープが嬉々として喋っていたが”
“あー……”
なんともいえない表情をするルフィ。孫にこんな表情をさせる祖父もどうなのだと思う。
“まあ別に隠すようなもんじゃねぇだろうし、いいか”
“その辺りは人それぞれだろうな。……あの子は立場もあってどうしても注目を浴びる立場にある。わざわざ私が言うまでもないと思うが”
“大丈夫。わかってる”
言い切る前にそう返された。そうだな、とセンゴクも微笑む。彼に対してこんなことを言うのは本当に今更のことだ。
自分が知るよりも遥か以前より二人は一緒にいるのだ。そこに口を出す必要もない。故にセンゴクはもう一つ気になっていたことを口にする。
“お前の方は見つかったのか?”
“……正直、わかんねぇ”
彼にしては珍しく、考え込むような表情だった。
一部では“新時代の英雄”とまで呼ばれる彼はしかし、明確な“正義”の形を決めることができないでいた。つい先日に彼の幼馴染がそれを定めたということもあり、気になっていたのだ。
“まあ、焦って決めるようなものでもない。じっくり探せばいいと思うが”
センゴクはあくまで“正義”とは“価値観”であり、個人の思想による部分が大きいと考えている。模範となるべき──というより規範となるべき概念はあるが、それが正解というわけでもないのだ。
その出世スピードと実績のせいで混乱するがまだ十七歳の青年である。すぐに決められるようなものでもないだろう。
“ヒーローってのもなんか違うしなァ……”
頭を捻り続けるルフィ。そんな彼に対し、ならば、とセンゴクは言葉を紡いだ。
“目標はないのか?”
“目標?”
“ああ。海兵として何がしたいか、という根本的な部分だ。あの子は“赤髪”を捕らえることが目標だろう? お前にはないのか?”
今や“四皇”の一角たる大海賊、“赤髪のシャンクス”。それを捕らえるというのは目標としてはあまりにも大きな話であるが、彼女の背景を考えると否定もできない。
その彼女を誰よりも身近で見てきているのがルフィだ。最初は彼の目標も同じだと思っていたが、どうにも違うとセンゴクは感じていた。
“あれはウタの目標だ。協力はするつもりだけど、おれの目標かっていうとそれは違う”
“ふむ、であれば……夢、と言い換えようか”
目標と夢。そこに含まれるニュアンスには僅かであるが確かな違いがある。
“夢かァ……”
“大海賊時代を終わらせるとか、大将になるであるとか”
“大将についてはどっちが先になるかでウタと勝負中だけど、それが夢かっていうと違う気がする”
彼がここまで悩むのも珍しいな、とセンゴクは思う。祖父に似て動いてから考えることが基本の彼は悩む姿を見せることが少ない。もうちょっと落ち着けと思うが、その辺りは幼馴染の彼女がカバーしているのでいいのだろう。多分。きっと。あの子もあの子で割と暴走気質なのでセンゴクはちょっと自信がなくなってきた。
“子供の頃の夢はどうだったんだ?”
“んー、海賊王になることが夢だった”
センゴク以外の者がいたらギョッとする発言であった。彼の祖父から『孫が海賊になりたいなどと言っておる。けしからん』と毎日のように聞かされていたせいではあるが、それがなかったら彼も驚いていただろう。
海軍が誇る“新時代の英雄”にして“麦わらのルフィ”とまで呼ばれる海兵。その男の夢が“海賊王”になることだったとは。モルガンズ辺りが聞けばスクープにしそうである。
“その夢は諦めたのか?”
“諦めたんじゃなくて変わったんだ”
被っている麦わら帽子を手に取るルフィ。その表情には様々な感情が込められていた。
変わった──つまり、“夢”そのものはあるということだ。しかし、容易に踏み込むべきでないのだろう。故にセンゴクは彼が話さないならそれでもいいと思った。
“話したくないならいいが”
“いいよ。仏のおっちゃんなら”
そして、その青年は笑みと共にその答えを口にする。
“おれの夢は、ウタと一緒にいることだ”
それはあまりにも純粋で、ささやかで、しかし……切実だった。
齢17の青年とは思えぬほどの覚悟が込められた──“夢”。
“おれの夢は……半分叶ってるんだ”
麦わら帽子を被り直しながら言うルフィ。その彼に対し、そうか、と小さな笑みと共にセンゴクは頷いた。
“大変だぞ”
“知ってる”
いい笑顔だった。そんな彼に更に言葉を重ねようとしたセンゴクの耳に聞き慣れた声が響く。
“──見つけたぞルフィ!”
“げっじいちゃん!?”
“げっ、とは何じゃ!”
向こう側から突き進んでくる“海軍の英雄”。彼の姿を見ると他の海兵たちもすぐに道を空ける。慣れた様子だった。
そしてルフィが反対側へと駆け出していく。全く、とセンゴクは息を吐いた。その彼の側をガープが一目散に駆けて行く。
“もうちょっと上手くやれんのか”
相変わらずの友人に対し、そんなことを呟く。
──今日も、海軍本部は平和だった。
◇◇◇
マリンフォードへとゆっくりと移動を開始するメルヴィユ。側から見る速度は決して速くはないが、それでも質量が質量である。その島は凄まじい揺れに見舞われている。
だが、空にはその揺れは関係ない。浮島の上空には二つの影があった。
一人は、“麦わらのルフィ”と呼ばれる“新時代の英雄”。両腕と両足が巨大化し、更に“武装色の覇気”を纏う姿は歪であり異形。
一人は、“金獅子のシキ”と呼ばれるかつての“四皇”が一角。その両足はかつて脱獄する際に切り落とし、己の愛刀を脚としている。かつて“海賊王”とも渡り合った“伝説”だ。
この戦争における最終決戦。最早その戦いに介入できる戦力を互いに用意することはできず、この戦いが戦争の決着となっていた。
「どうしたルフィ!? さっさとおれを倒さねェとマリンフォードが滅びるぞ!」
「言われなくても!」
自由自在に空を飛ぶシキに対し、モンキー・D・ルフィは跳ねるようにして宙を舞う。
六式の一つである“月歩”を使っての空中移動にゴムの弾力を加えることで速度を上げているが、それでもシキに比べると自由度が低い。
「“ゴムゴムのォ”!!」
文字通りの全身全霊。今のルフィにとってその一撃全てが魂をかけた一撃だ。
「“JET巨人の回転弾”!!」
拳に回転を加え、威力を上げた一撃。その一撃をシキは受けて立つ構え。
「いい覇気だ。だが──まだ足りねェぞ!!」
シキの両足の刀、“桜十”と“木枯し”。“武装色の覇気”を纏ったそれが、黒刀に至る。
そしてシキは自分自身の体を横向きにし、薙ぎ払うようにして両足を振る。
「「────ッ!!」」
衝突の直後、轟音が響いた。大気が揺れる衝突は一瞬だけ拮抗するが、すぐに天秤が傾く。
「ぐッ!?」
押し負けたのはルフィの側だった。その巨大な黒腕から血が流れる。
深い傷ではない。だが、重要なのはそこではない。互いに“武装色の覇気”を纏った渾身の衝突。そこでルフィが押し負けたという事実が重要だ。
そしてその事実を受け、“金獅子”が吠える。
「どうしたモンキー・D・ルフィ!? おれに勝つんじゃねェのか!?」
「“ゴムゴムのォ”!!」
ルフィは言葉で応じない。その一撃を持って解答とする。
「“JET巨人のスタンプ”!!」
正面に蹴り飛ばすような足裏の一撃。それをシキは両腕を前に出し、“武装色の覇気”を纏って受け止める。
再びの轟音。骨が軋むような音がシキの腕から響く。
こちらもまた、拮抗は一瞬。堪えきれず後方へ吹き飛ぶシキはしかし、自身の能力によって体勢を立て直す。
「やるじゃねェか……! つくづく海兵にしとくのが惜しい男だ!!」
「うるせェ!! おれは海兵だ!!」
空中を蹴り、こちらへと迫ってくるルフィを待ち構えるシキ。両手を広げ、彼はメルヴィユの大地から己の武器を作り出す。
「知ってるさ……! だから惜しいと言ってんだ!!」
シキの周囲に浮遊する無数の岩が形を変え、その姿を形作る。
「ここで殺すのがなァ!!」
現れたのは無数の獅子の頭であった。数は最早わからない。次から次へと出現する岩の獅子はまるで咆哮するかように地鳴りのような音を上げる。
「“獅子威し・万雷”!!」
そして、その獅子たちが一斉にルフィへと襲いかかった。まるで空を埋め尽くすかのような岩でできた獅子の群れ。対し、ルフィは退かない。
ここで退けば待っているのは敗北であると、彼の本能が告げていた。
「“JET巨人の銃乱打”!!」
獅子と拳の激突。轟音が響く中で獅子たちが打ち落とされていく。
容易く壊せるような獅子たちではない。それを拳の一撃で粉砕するのは見事であるが、しかし、純粋に手数が足りない。
「──惜しいなァ、ルフィ」
シキの呟き。その直後。
無数の獅子が、“麦わらのルフィ”を飲み込んだ。
◇◇◇
その戦いの光景はマリンフォード中に──そして、シャボンディ諸島にも届けられていた。先程まではウタの姿を映していた映像電伝虫の視点が変わり、メルヴィユの上空で行われる戦いを映しているのだ。
それをマリンフォードに用意した高台から見つめるセンゴクはただ無言で腕を組んでいた。彼の周囲では──いや、マリンフォード中で海兵たちが息を呑んでその戦いを見守っている。
この戦いの結末によってこの戦争の勝敗が決まるのだ。見ないでいられるわけがない。
「元帥殿。どうやらシャボンディ諸島の避難民の方にも映像が。止めさせますか?」
腕を組み、黙して見守っていたセンゴクにそう声をかけてきたのはブランニューだ。その彼に対し、いや、とセンゴクは言葉を紡ぐ。
「必要ない。……見ておくべきだ。この戦いの結末がどうなろうと」
──いずれにせよ、明日の世界は変わる。
そう呟くと、センゴクは拡声器を手に取った。彼は既に覚悟を決めている。だがそれは他の海兵たちに強制するようなことではない。
「見ての通りだ」
誰もが海軍本部大佐、“麦わらのルフィ”の戦いを見つめる中。海軍本部元帥の言葉が響く。
「シキはあの浮島──メルヴィユをこのマリンフォードに落とすつもりだ。それを止めるためにあの場で戦っているのがルフィ大佐であり、現在の我々にあの島が落ちる前にあの場所へ送れる戦力はない」
時間さえあれば戦力を送ることはできる。だがそれはシキもわかっている。だからこそのこの強硬手段だ。
「私はこの戦争の責任者としてこの場に残る。だが皆にそれを強制するつもりはない。……よく戦ってくれた。戦争は我々の勝利だ。しかし、シキは最後の悪足掻きでそれをひっくり返そうとしているだけに過ぎない」
あの島はシキの計画にとっても重要な存在であるはずだ。それをマリンフォードに落とすことは考慮はしていただろうが文字通り最後の手段であったはずだ。
その言動で大物ぶっているが、追い詰められているのは向こうの方だ。だがその足掻きを馬鹿にはできない。
「それを止めるために戦っている我々の戦友を……私は、信じたいと思う」
──信じるぞ、ガープ。
お前ではなくルフィをあの場所に立たせ、シキと相対させた。そこに賭けたお前の意志を私も信じる。
「まあ、あいつなら大丈夫でしょ」
センゴクの持つ拡声器によって響く声に割って入ったのは、どこか緩い調子のそんな声だった。センゴクが振り返ると、そこには海軍本部最高戦力の一角である大将“青雉”の姿がある。
「クザン。お前も残る気か?」
「逃げるのは性に合わないもんで」
肩を竦める彼はそのままその場に座り込んだ。何の緊張感もない様子で、しかし、確かな信頼を込めた言葉を紡ぐ。
「なんだかんだでいつも勝ってきた男だ。あの場にいた奴らがルフィに任せる判断をした以上、こっちがドタバタするもんじゃないでしょ」
いつも通りの彼の口調に、センゴクも小さく笑う。
海兵たちは動かない。ただ黙し、その映像に映る自分達の戦友の戦いを見守っている。
──声が上がった。
それはまるで伝播するように他の者たちへと伝わっていく。
押し潰されるようにして獅子たちに喰らい付かれた青年が、そこから姿を現したのだ。
(信じるぞ)
散々手を焼かされた問題児だ。だが同時に多くの功績を上げた期待の星でもある。
誰が最初に呼んだのか。“新時代の英雄”という名は決して冗談で与えられた名前ではないのだから。
◇◇◇
獅子たちによる濁流とでも呼ぶべき攻撃を受けたルフィの姿を見て、揺れる大地に立つオリンが息を呑んだ。部下として長い付き合いだ。いつだって奇跡のような勝利を掴んできたルフィの強さを彼女はよく知っている。
砂の国を乗っ取ろうとした“七武海”が一角、サー・クロコダイル。
天国に最も近い場所を地獄にしようとした男、神・エネル。
金こそこの世の全てと叫び、何もかもを支配しようとした“怪物”テゾーロ。
それだけではない。いつも命懸けでモンキー・D・ルフィは戦い抜いていた。
だから信じなければならない。信じたい。なのに。
「……ルフィ大佐……!」
今ルフィと戦っている大海賊、“金獅子”の力は圧倒的だ。その能力の規模がそもそもあまりにも強大に過ぎる。島一つを動かし、更にあれだけの規模の攻撃手段を持っているとは。
これが、“伝説”。
かつて世界の頂点たる領域に君臨していた化け物の力。
「そんな顔しない」
こちらに背を向けているウタがそんな言葉を紡いだ。思わず視線を向けると、振り返らないままに彼女は言う。
「ルフィがシキに勝つって言ったなら、それはもう決まった“未来”。……むしろこの後の方が大変かな。戦った後のルフィはよく食べるし」
呑気な口調と台詞であった。一瞬強がりかと思ったが、すぐにそうではないと気付く。
その横顔には笑みが浮かんでいた。そこにあったのは全幅の信頼だ。
「……強いんですね」
「それはそうでしょ」
ウタが振り返る。直後。
「ウオオオオオッッッ!!」
轟音と共に、獅子たちを吹き飛ばしてルフィが姿を現した。だがウタはその姿を確認しない。まるで当たり前だと──確認など必要ないとでもいうかのように。
「私は海軍本部准将、ウタ。そしてルフィの幼馴染で、オリンたちの上官で」
一息。
「──平和を届ける女だよ?」
揺れる島の上にありながら、必死に立っているこちらと違い余裕の表情を浮かべるウタ。そのまま彼女は振り返ると、麦わら帽子を押さえながら声を張り上げた。
「ルフィ!! あんまり時間がない!! 急いで!!」
「おう!! わかってる!!」
島が動いているこの状況、凄まじい轟音が響いている中で二人の声はやけに響く。
どこまでも頼もしい。何度目かもわからない感覚をオリンが覚える中、“金獅子”の笑みが響く。
「ジハハハハ! やっぱりいい女だなベイビーちゃん! 今からでも遅くはねェ! おれのところに来い!」
「お断り。それよりいいの? 前見なくて」
ルフィに対するそれとは違い、冷たい声色でウタが言葉を返す。直後、凄まじい衝突音が空気を揺らした。
思わず身震いしてしまったオリンとは違い、ウタは麦わら帽子を押さえてこそいるがそれだけだ。視線の先ではルフィの拳をシキがその右足の刀で受け止めている。
「ウタは渡さねぇ!!」
「前にも言ったがな、ルフィ。こんな女に手ェ出すなって方が無理だ」
互いが相手を弾くようにして距離を取る。シキがその両手を広げて宣言した。
「守りてェんなら守ってみやがれ!! ベイビーちゃんも!! マリンフォードも!! 東の海も!! この世界さえもだ!!」
対し、“麦わらのルフィ”が吠える。
「全部守る!! そのためにここにいるんだ!!」
◇◇◇
海軍内におけるモンキー・D・ルフィの評価は様々だ。
優秀である、問題児、ガープそっくり、目を離すな、人気者、頼りになる、食い過ぎ、超自由、マイペース……色々な意見が出るが、誰も彼も最後には『しょうがない奴だ』と言いたげになるのは彼の才能であるのだろう。
だが一つ、まず意見が一致することがある。
“戦闘におけるセンスについては抜群じゃな”
そう言ったのは彼の祖父であり、“海軍の英雄”とまで呼ばれる人物だ。それを聞いた者は全員が同意したという。
緻密に考えて戦うタイプではない。かといって何も考えていないわけではないが、どちらかというと本能で戦うタイプだ。しかしそのセンスがずば抜けている。
何をすべきか、どうしたらいいのか。本能で彼はその最適解に辿り着く。その彼が辿り着いた結論、その一つ目がこれだった。
「あの刀が邪魔だな」
その言葉には多くの意味が込められている。純粋に斬撃がゴムの体のルフィと相性が悪いこともあるし、“武装色の覇気”で黒刀となった刀の威力の危険さを先程身を以て理解したところだ。
そして何より。
あの刀が纏う“覇気”を上回らなければ、シキには勝てない。
「おれの半生を支えた愛刀たちだ。容易く折れると思うんじゃねェ」
シキがその足を振るう。ルフィは受けるか避けるか、判断は一瞬だ。
「“獅子・千切谷”!!」
放たれたのは無数の斬撃であった。宙を舞うそれに晒され、ルフィの体に無数の傷が走る。鮮血が舞った。
受け切れない。そう判断し、ルフィは行動に移る。
「っ、この!」
ルフィは上空へ飛び上がっていく。やはり“覇気”、そして相性が問題だ。
見下ろす側と見上げる側。互いの視線が交錯する。
「おれの愛刀たちが鬱陶しいようだな。──だったらそれで貫いてやる」
シキの体の上下が反転した。更に両足を合わせ、その切っ先を上空のルフィに向ける。
対し、ルフィも構えた。右拳を引き、打ち下ろしの構え。
「おいおめェ。その構え」
シキが何かに気付いた。だが、ルフィは応じない。
「まあいい。──“獅子・地獄独楽”!!」
シキは自身の体を高速で回転させながら空へと突き進む。自身の回転と黒刀と化した両足の刀。更に最大速度で突き進むそれをまともに受ければ体が消し飛ぶ。
「“ゴムゴムのォ”──」
しかしルフィは避けない。ここでシキの“覇気”を上回ると覚悟を決める。
その脳裏に浮かぶのは、祖父との会話。
“まあ、最後は根性と気合いじゃ”
“そうなのか?”
“今から鍛える時間もない以上、精神の話しかなかろう。何、大丈夫じゃ。負けなければ負けん。そういうのは得意じゃろう?”
“まあ得意だけどよ”
無茶苦茶な理論である。だがそれがしっくり来る辺り、似たような思考回路なのだ。
──そう、気合い。そして根性。
何もかもを込めた渾身の拳を、ルフィは放つ。
それは、奇しくも。
彼の祖父と同じ構えの一撃。
「──“拳・骨・弾”!!!」
先程までとは大きく違う、天を揺るがすような衝突だった。
その衝撃で大気が震え、島にさえも影響を及ぼす。
大海賊時代が始まってから生まれた男と。
大海賊時代より前の時代を生きた男。
二つの意地がぶつかり合い、拮抗する。
「「────!!」」
最早、そこには外聞も何もない。互いにあらんばかりの咆哮を上げ、激突し。
そして。
──砕けたのは、“金獅子”の“誇り”であった。
金属の砕ける音が響く。
長き時を“金獅子”と共に駆け抜けた二振りの名刀が、その生涯の幕を閉じる。
「ぐ、お」
そして、そのままルフィの拳はシキへ到達し。
──その体が、遥か上空から地面へと叩きつけられた。
「……ゼェ……ゼェ……!」
拳を振り下ろした体勢のままに、ルフィが荒い息を吐く。
やはりその構えは、彼の祖父とそっくりだった。
そんな彼の脳裏に、幼い頃の記憶が蘇る。
“じいちゃん。なんで“拳骨”なんだ?”
“何じゃいきなり。知らんわ。わしが自分から名乗ったわけでもないしの”
“ふーん”
“しかしまあ、悪いことをすれば“拳骨”と決まっておる。そう考えれば格好いい名前じゃろう?……何じゃその顔は”
ああ、そうだなじいちゃん。あの時は言えなかったけど。
──格好良いよ。