逃亡海兵ストロングワールド㉑─1
第二十四話 “彼女の正義” 前編
マリンフォードには海軍本部の海兵たちとその家族が暮らす居住地がある。基本的には世界で最も安全な場所という認識であるが、今回ばかりは違った。
表向きは伏せられている“金獅子のシキ”によるマリンフォード襲撃。そこから海兵の家族を避難させる先として選ばれたのがシャボンディ諸島であった。マリンフォードで戦う海兵たちは襲撃者について知っているが、この件については緘口令が敷かれている。そのため避難者たちは詳しい事情の説明もないままに避難させられ、更にそれを聞きつけた記者たちが集まってくるという状態になっていた。
「マリンフォードはどうなってるんですか!?」
「主人がいるんです! 教えてください!」
「海軍本部への襲撃があるというのは本当ですか!?」
とある海兵に詰め寄るようにして複数の市民や記者たちが集まっている。両手を前に出しながら、詰め寄られている海兵は何度繰り返したかもわからない解答を口にした。
「落ち着いてください。こちらにも連絡はないのです。何かしらの進展があり次第、あちらの電伝虫が起動して皆様に状況をお知らせしますので」
彼がいるのは避難者たちように貸し切られたホテル前の広場だ。巨大な電伝虫がスクリーン前に設置されているのだが、現在は沈黙している。
それぞれの家族に割り当てられているのだが、ほぼ全員が広場に出てきていた。彼らは一応事情を知らないはずだ。だが人の口に戸は立てられないし、状況証拠もある。マリンフォードで大規模な戦い──それこそ戦争と呼ぶべきものが起こっているのは明らかであったのだ。
ただ、相手は不明だし現在の状況も不明である。故にこそこうして彼らは集まっている。
「本部からの連絡はないんですか!?」
声が上がる。見ると、手にメモ帳を持った男だった。
「いえ、ですので──」
「確認しろ!」
「何も教えずにいつまで待たせる気だ!」
再び静止しようとした海兵に市民たちが声を張り上げる。彼らの不満は既に爆発寸前だった。
だが、ここにいる海兵たちも本当に何も知らないのだ。開戦の連絡こそ彼らには行われたが、その後は決着の後にセンゴク元帥がこの一連の戦いについて説明する手筈となっており、それまで一切の連絡がないことになっている。
むしろ海兵たちも心配であるくらいなのだ。間違いなく戦場となっている場所で戦う戦友たちがどうなっているのかが。
「少佐殿! 流石に限界です!」
部下の一人が言う。だがこの場の責任者である男は首を左右に振った。
「しかし、我々さえも状況は理解できていないんだ。むしろ知りたいくらいで」
不満だけが溜まっていくが、この場の者たちではどうしようもない。そもそも彼らは本当に何も知らないのだからどうにかできようはずもないのである。
どうにもならない停滞感だけがこの場を支配していく。そんな時だった。
──突如、電伝虫が起動したのは。
眠るようにして俯いていた巨大な電伝虫が起き上がり、スクリーンに映像を映し始める。思わずこの場の責任者である少佐は電伝虫の近くにいる部下に声をかけた。
「おい、どうした?」
「わ、わかりません、突然動いて」
海兵たちの間にも困惑が広がる。事前の話では映像を映す際は事前に連絡が入り、それを受けてから避難者たちを集める予定だったのだ。そこでセンゴクから今回の件で開示できる部分を発表する予定だった。
何かトラブルだろうかと海兵たちが思う中、逆に市民や記者たちは電伝虫が起動したことによって何かが始まるという期待を抱く。
しかし、映し出された人物を見て困惑が広がった。
「あれって、ウタだよな?」
「“歌姫”がなんで……?」
「なにか様子がおかしくない?」
電伝虫によって映し出された映像の中心にいたのは、“歌姫”と呼ばれる人物だった。海軍の中でも屈指の知名度と人気を持つ彼女を知る者は多い。いやむしろいつも隣にいる麦わら帽子の青年と合わせて知らない者の方が少ないくらいだろう。
だが、その“歌姫”の様子がおかしかった。普段の彼女はどちらかというと白を基調とした服装であることが多い。しかし画面に映る彼女は黒いドレスを着ており、更に何故か麦わら帽子を被っている。その背には正義のコートを着ているが、そのコートは明らかに血とわかるものでまだらに染まっていた。
「怪我してない?」
「血塗れじゃないか……?」
「何があったんだ……?」
呟きが伝播し、困惑が周囲へと拡大していく。
顔こそ綺麗にしているが何箇所も包帯が巻かれており、更にドレスの上から腹部に巻かれた包帯からは見てわかるほどに血が滲んでいる。出血が止まり切っていないのだとすぐにわかるほどだ。
満身創痍。一目でそうとわかる状態だった。
普段の彼女を知る者──それこそライブを行う際の彼女を知る彼らにしてみれば、その表情も見たことがないものだった。いつだって笑顔で楽しく歌うのがウタという“歌姫”だ。だからこそ愛されているのだし、人々は彼女を応援する。
しかし、画面の中にいる彼女の表情は真剣そのもの。思わず気圧されてしまうほどの意志をその表情と瞳に宿している。
「おい、本部からの連絡は!?」
「何もありません! それどころか繋がらないんです!」
「何だと……!? 何が起こってる!?」
少佐も部下たちも状況がわからず困惑している。何が起こるのか、起ころうとしているのか。それがわかる者はこの場には誰もいなかった。
『──オリン。始めるよ』
『はい』
何の説明もないままに、画面の中のウタがそう言った。彼女の背後から応じる声。見ると、正義のコートを羽織った女性海兵がギターを手に立っている。
彼女が誰かわかる者は何人かいた。いつもウタのライブで楽器を演奏している海兵だ。どんな楽器でもこなす彼女はウタの部下でもあると共に演奏者として常にライブにいるため、実はそれなりにファンがいる。
しかし、彼女もまたボロボロの状態だった。服装には血が滲み、包帯を巻いた状態で立っている。だが彼女もまた強い意志をその表情と瞳に宿していた。
状況も何もわからない中、“歌姫”がゆっくりと口を開く。
そして、市民たちは耳にする。
──世界にその名を轟かせる“歌姫”、その魂を懸けた歌声を。
◇◇◇
まるで全身が焼かれているかのようだった。気を抜けばその場に倒れ込んでしまいそうなくらいに意識が揺れている。
(倒れるのは、もうちょっと我慢)
血を流す腹部を押さえながらウタは内心で呟いた。上を見上げる。そこにはカガシャが空けた穴があり、その向こうからは戦闘の音と気配が伝わってきていた。
行かなければ、と思ったウタは一度大きく深呼吸をした。それだけで苦痛に顔を歪めてしまう。
だが、駄目だ。
──耐えろ。
己に言い聞かせる。そのための訓練だ。そのための日々だ。そのために死に物狂いで生きてきたのだ。
それに。
ここで倒れたら、“彼”の隣に立つ資格なんてない。
「…………ッ!」
歯を食い縛り、床を蹴ってウタは上へと飛んだ。衝撃で痛みが走るがそれを堪えて宙を蹴り、上階へと駆け上がる。
六式の一つ“月歩”だ。そうして階下から姿を現した彼女を見て海賊たちが驚愕する。
「嘘だろ」
「カガシャ様が……!?」
カガシャの配下でない海賊も彼女の配下であった海賊も等しく驚愕していた。
三億を超える賞金首であり、音に聞こえた暗殺者にして海賊。その彼女が一対一の戦いで敗れたという事実に海賊たちに動揺が走る。
だが、誰もが止まっているわけではない。
「撃て! 奴は手負いだ!」
声を張り上げたのはカガシャと同じような格好をした女海賊であった。おそらく彼女の部下なのであろうその海賊の号令を受け、慌てて海賊たちが銃を構える。
(来る)
誰が撃つのか、銃弾がどこへ飛んでくるのか。今のウタにはその“未来”が視えていた。だが。
「…………う」
動こうとした瞬間、思わず膝を折った。まずい、と思うと同時に銃声が響く。
「“鉄塊”!!」
だが、それは巨大な狼によって防がれた。何者かはわからない。だがウタを庇うようにして立ったその狼の体に当たった弾丸は、金属音を響かせながら床へと落ちていく。
その大きな体でウタを庇った狼は、ゆっくりと構えをとった。前方に対して睨みを効かせながらこちらへと声をかける。
「無事か?」
「あ、ありがとうございます。えっと」
「無事ならいい」
背中越しの問いかけに対して礼を言うと、狼は素っ気なく答えた。そのままその狼が動こうとした瞬間、凄まじい怒声が響き渡る。
「貴様らァ!! 今誰に向かって銃を撃ちおった!?」
それは“海軍の英雄”の声だった。その声の主は近くにいた海賊の頭を掴むと、渾身の力で投げ飛ばす。
投げ飛ばされた海賊はウタに向かって銃を撃った者たちのいたところに着弾した。そう、着弾である。最早人間が飛んだとは思えない速度で投げられた海賊は十人単位で他の海賊を巻き込み沈黙している。
「……今飛んでったのはボールじゃねぇよな?」
「……人間、ですね」
「……だよな」
狼とウタの間に妙な会話が交わされた。だがそんなことはお構いなしに、その老兵が海賊たちの集団の向こう側から声を張り上げる。
「勝ったんじゃな!?」
それは確認の言葉だった。ウタは自身の体に気合を入れ、立ち上がる。
「──はい」
大声は出せなかったが、確かにそう答えることができた。笑い声が届く。
「見事じゃ。──強くなったなウタ!」
それは、間違いなく心の底からの賞賛だった。
幼少期から自分を知る人だ。ルフィと共に散々酷い目に遭わされたし、今でも少し苦手意識がある。だがそれでもこの人の実力は本物で。そして、ずっと自分達を見てくれていた人が言う『強くなった』という言葉の意味はあまりに大きい。
「ここはわしらに任せろ!」
「──そうだな。適材適所だ」
空を駆けるようにして海賊たちの集団から移動し、近くに降り立ったのはモモンガだ。既に彼もボロボロだが、その口元には珍しく小さな笑みが浮かんでいる。
「カガシャを単独で討ち取ったか。……見事だ。教育係として誇りに思う」
「……モモンガ中将」
ウタがルフィと共に海軍で最も世話になった人物の言葉に、何かが体の奥から溢れてくる。
「早く行け“歌姫”。お前の役目はここからが本番だ」
「悪いが急いでくれ」
言ったのはルッチとブルーノだ。その二人に頷きを返すと、ウタは司令室へ向かって走り出す。
不思議だと思った。今にも死にそうなほどに苦しかったのに、彼らの言葉を聞いてから体に力が溢れている。
(今ならできる)
体調は最悪。機材だってない。準備なんて何一つしていない。
でも、それでも。
──今までで一番の歌声を届けられる。
そんな確信が、胸にあった。
「准将! やはりご無事でしたか!」
司令室に入ると真っ先にオリンがそんな風に声をかけてくれた。中を見回すと、他の部下たちもこちらに親指を立てて笑みを浮かべている。
この修羅場にありながら頼もしいものだ、とウタは思う。
「やはり、って。……信じてくれてたんだ?」
「当たり前です」
即答されてしまった。随分信頼されているな、と少しだけ苦笑する。
けれど、また一つ覚悟が定まった。彼らの想いに報いなければ。
「あそこのテラスに場所は用意しました。いつでもいけます」
指し示された場所を見ると、幾つもの電伝虫がテラスには設置されていた。オリンが言うのであれば大丈夫なのだろう。彼女のことも他の部下たちのこともウタは全面的に信頼している。
後はそう、自分自身の歌がどこまで届くかだ。
頷き、テラスに向かおうとするウタ。だがそれをオリンが制止する。
「ただその前に準備します。人前に出るのに顔が血塗れなのはアウトです。後そのお腹の傷と左手も。……応急処置しかできませんけど」
言いつつオリンが簡易な応急処置の道具を取り出し、ウタの傷の手当てを始めた。その様子を見て、ポツリとウタは呟く。
「……お母さんみたい」
「せめて姉って言いません?」
こちらの腹に止血用の布を当て、包帯を巻きながら言うオリン。年齢的には数歳違いだ。流石に母親というのはおかしいか。
だが、どうにもこういうところがあの人に重なるのだ。山賊のくせに妙に世話焼きだったあの人に。
「うーん。あんまり姉っていうのがよくわからなくて。母親ならちょっとはわかるんだけど」
実の母親というものをウタは知らない。だから彼女にとっての母親像はどうしてもあの山賊になる。
「なんかちょっと似てるんだよね、オリン。その人に。お世話焼きなところとか」
「准将と大佐を見てると放っておけないんですよ。放っておいても死にはしないんでしょうけど、色々と心配にはなります」
呆れた調子で言うオリンは一枚の布を取り出した。それをこちらに手渡してくる。
「顔を拭いてください。あと痛むので我慢を」
渡された布で顔を拭いながら治療によって走る痛みをウタは堪える。だが手際のいいその応急処置で血は止まった。
自分の体を見下ろす。随分と傷だらけだ。
(こんなんじゃルフィのこと怒れないなぁ)
いつもいつも無茶ばかりする幼馴染を怒るのは日常の光景だ。しかし、自分がこんな有様では彼のことをとやかく言えない気がする。……いや、やっぱり言おう。それはそれ、これはこれだ。
改めて視線を立ち上がったオリンへ向ける。そこでふと、ウタはとあることを思い出した。
「オリン、私のコートは?」
ルフィがシキによって貫かれた際、彼の血を止めるために巻き付けてそのまま放置していたウタの正義のコート。オリンのそれが目に入り、そのことを思い出したのだ。
この黒のドレスと麦わら帽子で歌うのも悪くはないが、正義のコートがあるならそれを着たい。そこにはウタの“正義”が込められている。
だが、オリンは申し訳なさそうに首を左右に振った。
「すみません。准将のコートはその、大佐が」
「……そうなんだ」
言いつつ、やっぱり、とウタは思った。あの場所に殴り込んできた時に見た背中。血に塗れたコートはしかし、“正義”の文字が貫かれていなかった。ルフィのそれは確かにあの時シキに貫かれていたから引っかかってはいたのだ。
ルフィがどういうつもりで自分のコートを着ているのかはわからない。時々、あの幼馴染はよくわからないことをする。
しかしそこで、あることに思い至る。
「じゃあオリン、ルフィのコートはある?」
「え、あ、はい。あります。ありますが……その」
言いつつ、オリンがその布を取り出した。それを見て彼女が言い淀んだ理由をウタは理解する。
ルフィが着ているウタのそれよりも更に血に塗れたコートであった。更に背中の“正義”の文字を貫くようにして一筋の切れ目が入っており、とてもじゃないがこれを正義のコートだと──海軍将校の誇りであるとは言えない状態だ。
「准将。もし必要であれば私のコートを」
「オリンのは借りられないよ。それはオリンの“正義”でしょ?……これでいい。ううん、これがいい」
背負われるのも、背負うのも。
私にとっては、“彼”のものだけでいい。
「“海軍の歌姫”が歌うのに、正義のコートもなしじゃ格好つかないしね」
コートを広げ、そのまま羽織る。少し大きい。
……そういえば、とウタは思う。
ルフィとの最初の勝負は『身長』だった。あの時は自分の方が背が高かったが、今では逆転している。
(いつの間にか抜かされちゃったなぁ)
こうして彼のコートを着ると実感する。あの日々から随分と時間が過ぎたものだと。
「……准将?」
「なんでもないよ。──じゃあ、始めよう」
黒いドレスの上に血塗れの正義のコートを羽織り、麦わら帽子を被って。
海軍が誇る“歌姫”が、ステージに向かう。その後をついてくるオリンに対し、様子を見ていた部下の一人が声をかける。
「中尉! これを!」
「……ギター?」
彼女に渡されたのはギターだった。持ってきた海兵が頷く。
「電伝虫探してたら奥の倉庫で見つけたんです。准将の歌に何の伴奏もないとか、うちの部隊の恥でしょ。電伝虫の操作は自分がやりますんで」
「……そうね。うん、確かに。私たちは准将の部下なんだもの」
ウタの部隊に所属する者のうち、半数以上が何かしらの楽器の演奏ができる。その中でもオリンはほぼ毎回ウタのライブでは楽器演奏を務めてきているのだ。得意なのはバイオリンであるが、楽器類全般ができる彼女は指導役もしている。
そんな部隊の中心である“歌姫”が戦場で歌うのだ。そこに何の楽器演奏もないというのは彼らのプライドが許さない。
「オリンが演奏してくれるなら安心だね」
ウタが悪戯っぽく笑う。戦争を終わらせるための歌──周りから見れば滑稽な、まるで夢物語のような話。だがそれをここにいる“歌姫”は実現しようとしている。
──“平和を届ける正義”。
かつて彼女が背負うと決めたその“正義”を、この場所で成すために。
「プレッシャーですね」
オリンが微笑んだ。だがその言葉に反し、その表情には自信がある。
そんな彼女にウタが頷きを返すと二人はテラスへ出た。この妙な気候の島において、シキの居城が建てられているのは雪の降るエリアだ。気温も低く、刺すような感覚が肌を貫く。
だが、丁度いいとウタは思った。これぐらいの方が気合が入る。
大きく深呼吸をする。冷たい空気が肺を満たし、思わず身震いする。
(ルフィ)
ふと、彼のことを思った。どこかでシキと戦っているはずの彼。世界で一番大切な人。
この歌声を誰よりも愛してくれているあの人の力になれたらいいと、そんな風に思った。
「──准将、元帥からです」
即席のステージを用意していた部下が電伝虫を持ちながらこちらへと歩み寄ってきた。彼に対して頷きを返し、受話器を持つ。
この歌声は島の中だけでなく、この戦場全てに届けなければならない。故に本部との連携は絶対条件だ。
「すみません」
第一声をどうするかべきかと考えが、相手のことを考えるとこれが一番だとウタは思った。何かしらの騒動を起こす度にセンゴクに呼び出しを受けていた彼女たちはまず謝罪から入るという習慣を身につけている。この場で説教されることなどないだろうが、だからこそこの一言が相応しいと思ったのだ。
ちなみにルフィの場合は赤犬と会った時の第一声も謝罪である。ファーストコンタクトがそうであったせいで習慣化したらしい。ただまあ赤犬がルフィのところへ来る時は大体が説教なので間違っていない対応ではあるのだが。
そして案の定、向こう側からは苦笑する気配が伝わってきた。
『無事なようで何よりだ。状況については既に報告を受けている。その上でまず一つ。──歌えるんだな?』
「はい」
即答した。それに対し、了解した、とセンゴクは応じる。
センゴクのことだ。こちらが満身創痍であることぐらい察しているはず。それでもそう言葉を返してくれたのは、確かな信頼があるからだと思う。
『お前が歌えるというのであれば信頼する。それだけのことをお前は成し遂げてきているからだ。だがその上でもう一つ。──できるか?』
問いかけの意味について、わざわざ確認する必要はない。わかり切ったことだ。
「はい」
だからそう応じた。今まではできなかったこと。でも、今ならできる。いや違う。やらなければならない。
そうでなければ、この“正義”を背負うと決めた意味がない。
『ならば任せよう。何、心配するな』
小さな笑み。
『──責任は私が取る』
そして通話が切れた。電伝虫を部下へと渡すウタの背中へ、オリンが声をかける。
「曲は?」
その問いかけに対し、決まってるでしょ、とウタは微笑む。
それだけで彼女には伝わった。きっと互いに同じことを考えている。それだけの信頼を抱くだけの時間をちゃんと過ごしてきているのだ。
「繋ぎます!」
部下の一人が電伝虫を繋いだ。心臓が一度、大きく跳ねる。
ライブの時はいつも緊張する。だがそれはどこか心地よいものだ。しかし今日は違う。
「──オリン。始めるよ」
「はい」
両手を広げ、空を見上げる。
背負ったものの重さに押し潰されそうになりながら、それでも“歌姫”は歌うのだ。
……そういえば。
あの日も、こんな空だった。
この背の“正義”を決めた日。あの時も、こんな風に空を見上げていた。
“ねぇルフィ。私、決めた”
そうして、彼に告げたのだ。
己の背負う、“正義”の形を。
全ては偶然だった。いつも通り無茶をする幼馴染を追いかけ、部隊から逸れて。ある意味いつも通りと二人で流れ着いた島を探索して。
──辿り着いたのは、貧しい村だった。
今日食べることが精一杯。そんな小さな村。だけど。
“ウタだ!”
“歌姫だ!”
“何でいるの!?”
その村の子共たちは、自分のことを知ってくれていて。
“大変でしたなぁ。あまりもてなしはできませんが”
“我々は直接聞きには行けませんが……あなたのファンなんです”
“偶然でもこうしてお会いできて嬉しいです”
大人たちはなけなしの蓄えを、分けてくれて。
──だから、歌った。
それぐらいしかできなかったから。持っていないから。
だけど、私の歌声を彼らは笑顔で聞いてくれた。涙さえ流して。
“一生の宝物です”
そんな風に言う人までいた。
わからなかった。何故、どうして。
ただの歌に、こんなにも。
“ウタの歌はよ、聴いてると元気になるんだ。力が貰える。──昔からそうだった”
困惑する私に、幼馴染はそう言って笑ってくれた。
“ウタの歌はみんなを幸せにできるんだ”
誰よりもこの歌声を愛してくれている人の言葉。
そこで、ようやく見つけたのだ。
“──私は、この歌声と一緒に平和を届ける。それができる海兵になる”
背負う“正義”の形。それは、あの時に決まったのだ。
幼馴染の彼は、それを聞いて頷いてくれた。
“おれも手伝う。ウタの歌はできるだけ大勢に聴いて欲しいからな”
あの時、何と答えたのだろう。
ただ、嬉しかったことだけは覚えている。
戦場に、その歌声が響き渡る。
それは正しく、彼女の“正義”の形。
──平和を告げる、一筋の光だ。