逃亡海兵ストロングワールド⑭─1

逃亡海兵ストロングワールド⑭─1




第十六話 正門前の戦い 前編




基本的に海賊というものは自ら海軍へと戦闘を挑むことはない。

当たり前の話だ。組織としての規模が違うし、海軍に対して完全に勝利するのであればそれはイコールで世界政府に勝利することである。それを目的とする組織に“革命軍”があるが、彼らも海軍を滅ぼそうとしているわけではない。

故に海賊と海軍の戦いは基本的に局地的なものばかりになる。そもそも海賊は数において絶対に勝てないのだ。故に局地的な勝利を得たとしても海賊の多くはその場から立ち去る。

故に、今回のようなケースは非常に珍しい。

多数の海賊たちが防衛側で、少数の海軍が攻城を行う。数も含めて逆の立場になることはあるが、今回のような状況はほとんど例がない。

故に、苦戦は必然であったと言える。


「陣形を崩すな! こちらは数で劣っているのだ! 戦術さえ覚束なくなれば待っているのは敗北だぞ!」


怒鳴るようにして指示を出すのはドーベルマン中将だ。彼自身最前線に立って指示を叫んでいるが、その息は上がっている。体も負傷しており、万全からは程遠い状態だ。

当たり前である。この異常な島を突き進んできたのだ。誰一人の脱落者も出さずに怪物たちの中を抜けてきたことは間違いなく称賛に値する。そういう意味では、間違いなくこの場にいる海兵たちは精鋭なのだ。


「元気だな中将さんよ」


そのドーベルマンの下に海賊が迫る。“蹴撃のドリーマー”と呼ばれる“新世界”の海賊だ。そのチンピラじみた風体からは想像もできないほどの実力を有している。

第一陣の総指揮をとるのはドーベルマンだ。その首を狙うのは自然なこと。

迎え撃つ体勢に入るドーベルマン。しかし、一人の女性海兵が割って入る。


「あら、私との戦いはもう飽きたの?」

「なんだまだ粘るのか」


立ち塞がるのはヒナだ。口調こそ余裕であるが、今の彼女は頭から血を流し、更に脇腹を抑えている。

対し、ドリーマーに目立った傷はない。その海賊は走る速度を緩めず、その足による一撃を叩き込む。


「おれの蹴りを受けれんのか!?」

「────ッ!」


振り抜かれた蹴りをヒナは身を屈めてギリギリで避けた。ほう、とドリーマーが小さく笑み。

彼が振り抜いたのは右脚だ。それを避けたことによって背中が空く。そこへヒナが右の拳を叩き込んだ。

衝突音。その凄まじいまでの身体能力で、ドリーマーは右足を振り抜いた勢いそのままに左足で後ろ回し蹴りを放ったのだ。ヒナの拳とぶつかり合い、互いの動きが一瞬止まる。

拮抗は一瞬だけ。拳から伝わる突き抜けるような衝撃を感じながら、ヒナは空中にあるドリーマーの両足へと視線を向ける。


「食らいなさい!」


彼女の持つ悪魔の実の能力、“オリオリの実”の力は彼女の体を擦り抜けた相手を鉄の錠によって拘束する力だ。身を捻り、左腕をドリーマーの両足に叩きつける形で通過させる。

鈍い金属音と共に、その両足が鉄の錠によって拘束された。ヒナが後方へと飛び退く。直後、横手より別の海兵が走り込んできた。


「よくやったぞ大佐!」


走り込んできたのはメイナード少将だ。今回の第一陣に選ばれた、実力は確かな人物である。

彼が拳を握り締め、ドリーマーへと迫る。異名になるほどの蹴り技を持つ男も、その両足が拘束されれば満足に迎撃はできないはずだ。

──そう、通常ならば。


「なめんなよ」


笑みと共に、ドリーマーはそう言った。そのまま彼は両腕を地面に向ける。

指を地面に突き刺し、掴むようにして持つ。そのまま彼は腕力だけで体を持ち上げ、更にメイナードに向かって体を捻った。

メイナードの拳とドリーマーの足に付けられた鉄の檻が衝突した。鈍い音が響くと共に、互いが弾かれるように後退する。


「貴様!」

「やるねぇ」


一手、ドリーマーの方が早かった。

その場で堪えようとしたメイナードと、弾かれた反動を利用してそのまま地面を掴んだ腕を支点に自身の身体を独楽のように回転させたドリーマー。回転の勢いが乗った一撃がメイナードへと迫る。

鈍い、硬いものを思い切り殴ったような音。メイナードが吹き飛ばされ、彼に叩きつけた衝撃でドリーマーの錠も砕け散る。


「いやー、これはこれでいいもんだな。感謝するぜ海兵」


自由になった足を揺らしながら笑うドリーマー。ヒナはそんな彼に対して表情を歪めることしかできない。

ヒナの能力は強力だ。その気になればどんな相手でも拘束が可能な能力であるが、それを利用される危険性もある。


「…………」


チラリと、ヒナは自身の後ろを見る。階級こそ低いが彼女が信頼する二人の海兵が倒れ、他の海兵たちから手当てを受けていた。

決して弱くはないあの二人を、この男はたったの一撃で黙らせたのだ。


「貴様ァ!!」


血を流す頭を押さえながら、メイナードが再びドリーマーへと迫る。海賊は笑みを浮かべ、口笛を吹いた。


「いいねぇ。そういう根性ある奴は好きだぜ、おれは」

「黙れ海賊風情が!」

「まあお前らはそうだろうな」


直後、ドリーマーの姿が変わった。あの二人を一撃で沈めた姿だ。

トリトリの実古代種、モデル“ディアトリマ”。

ドリーマーは“新世界”でも名を挙げている海賊であるが故にその能力についても海軍は把握している。動物系の中でも古代種は特に純粋な力と耐久力が桁違いに強力になることで知られており、更にそのモデルとなる動物が最悪だった。


「“徹甲蹴撃”!!」


人獣型となったドリーマーが、メイナードの拳ごと彼を蹴り飛ばした。その技の名の通り、爆発するような衝撃を受けてメイナードが吹き飛ばされる。

そこにいるのは、異常に発達した足を持つ鳥人間だった。ディアトリマ──絶滅したその鳥は、恐竜の時代の後に食物連鎖の頂点に立っていたとされる動物だ。その特徴は何と言ってもその脚力にある。飛ぶことができない代わりに、その鳥は誰よりも早く地上を駆け、その脚力で獲物を仕留めていた。


「なんて蹴りだ」

「少将が、一撃で」


その光景を見ていた一部の海兵たちからも声が漏れる。飛ぶ機能のない翼が現れた両腕を広げ、ドリーマーが周囲を威圧しながら言葉を紡ぐ。


「どうした? 来いよ海兵ども。おれを捕まえんのがお前らの仕事じゃねぇのか?」


煽る台詞には確かな自信が込められている。

元より蹴り技が得意であった男がその実を食べたのか、或いはその実を食べたからこそ蹴り技を主体としたのか。いずれにせよ、最悪の組み合わせであった。

能力なしの人の姿で少将クラスを圧倒する男が、更にその能力を十全以上に活かせる能力を持っている。悪夢以外の何だというのか。


「ええ、そうよ。あなたの言う通り」


手袋を着け直し。

海軍本部の大佐が、海賊と向かい合う。


「私たちの任務は、あなたたちを捕まえることよ」

「いいねぇ。気の強い女は好みだぜ」

「ヒナ心外」


直後、互いの拳と蹴りが激突した。しかし、拮抗はしない。ヒナの方が力負けし、後方へ吹き飛ばされる。

骨が軋む感触がした。能力ですり抜けさせることも選択肢にあるが、相手もそれはわかっている。下手に錠を掛ければこの男はそれを利用してくるのだ。故に不用意に能力を使えない。


「怪物共も正直だな。よくわかってる」


笑みと共に、ドリーマーが語る。

砲撃と銃声の音が響く戦場の中心に、ぽっかりと穴が空いたように人のいない場所ができていた。

海賊たちも砲撃や銃撃だけをしているわけではない。武器を持ち、直接海兵を討ち取ろうと出てきてはいる。それを迎え撃つ海兵もいるし、更にダフトグリーンが吹き飛ばされたことによって怪物たちも戦場へと雪崩れ込んできているのだ。この戦場は最早激戦区と言って差し支えない。

だというのに、その中心にだけは穴が空いている。その中央にいる男を、この戦場の者たちは恐れているのだ。


「人間ってのは馬鹿な生き物だよなァ。勝てねぇってわかってんのに挑むしかねぇ」


嘲笑うように言うドリーマー。その彼の後方、シキの居城の正面玄関から巨大な影が現れた。


『お前とはよく意見が合うなァドリーマー!』


拡声器を通した声が戦場に響いた。現れた姿に、ヒナを含む海兵たちが息を呑む。


「巨人だと……!?」


そう、現れたのは一人の巨人だった。分厚い鎧を身に纏ったその巨人は、ぐるりと周囲を見回すように顔を巡らせる。

だが、何人かは気付いた。動きが不自然だ。どこか機械的な印象を受ける。


「遅かったなレムナント。お前のことだ、どうせ状況が有利になるまで隠れてたんだろ?」

『そんなことはないぞドリーマー。ちょっとフランケン部隊の起動に手間取っただけだ』

「どうだか」


肩を竦めるドリーマー。まあいい、と彼は改めてヒナの方へ視線を向けた。


「ここがおれたちの本拠地だって忘れてねぇか? 兵力はまだ増える。勝ち目はねぇぞ」

「脅しのつもり?」


立ち上がり、ドリーマーを見据えるヒナ。いいや、と海賊は肩を竦めた。


「ただの確認だ。これぐらいで折れてもらっちゃあ──」


ドリーマーが地面を蹴る。まるで“剃”のような速度で動くそれはしかし、かの体技とは根本的に原理が違う。

ただの純粋な脚力だけで、彼はその超高速の移動を可能にしている。


「──つまんねぇだろうが!!」


地面を割るような踵落としによる一撃を、ヒナがギリギリで避ける。

口笛の音。だがすぐさま放たれる追撃の回し蹴りは避けきれず、ヒナはその両腕でガードした。

まるで鈍器で殴ったかのような音が響く。骨が軋む感触。


(これ以上は折られる!)


判断は即座だ。相手の力を利用し、後方へと飛び退く。鈍い痛みが両腕に走り、痺れが両腕全体に広がっていた。


「逃がすかよ」


腕が上手く動かない彼女のところへドリーマーが迫る。ヒナは舌打ちを一つ。迎え撃つ体勢に入る。

だが、彼女にドリーマーが到達する前に二つの影が割って入った。


「させるか!」

「よくもやってくれやがったな!」


ジャンゴとフルボディだ。あなたたち、とヒナが驚くと同時に、ドリーマーが標的を切り替える。


「雑魚が。退いてろよ。──どうせやるんなら、美女の方がいいんでな」

「させねぇよバーカ!」


直後、ジャンゴが前に出た。振り抜かれるドリーマーの足をしかし、彼はその根本から押さえ込みにかかる。

その足が振り抜かれた場合の威力は、並の人間なら容易く死に至らしめるほどの凶悪な力だ。事実そうしてこの海賊は多くの人間を殺めてきた。故の賞金首であり、故の海賊であり、故の無法者。

だが、だからこそジャンゴは前に出た。

──振り抜かれれば人を殺せる蹴りも、振り抜かれる前ならば受け止められる。


「あァ?」


全身を貫くような衝撃に耐えながら、それでも胴体でドリーマーの太ももの部分を受けたジャンゴ。その姿にドリーマーが眉を顰める。

だが、彼の行動はそこで終わらない。そのまま彼はドリーマーの足を抱え込むようにして拘束する。


「ッ、ゲホ、今だ!」

「任せろ相棒!」


そして、ジャンゴの背後に控えていたフルボディがその鉄拳を振り抜いた。

鈍い音が響く。初めてドリーマーへとまともな一撃が入った。


「まだまだァ!!」


そのまま、フルボディはドリーマーの顔面に連打を叩き込んだ。“鉄拳”の異名を持つ男の渾身の連打だ。並の海賊なら簡単にノックアウトできるその連打も、しかし、“新世界”を生き残ってきた海賊を倒すには足りない。


「──調子に乗んなよ、三下ァ」


足を抱えられた状態で、サンドバックの如く連打を受けたドリーマー。しかし彼は即座にフルボディの拳をその手で掴んだ。

ミシリ、とフルボディの拳が軋む音が響く。痛みで彼の表情が歪んだ。

だが。


「ヒナ嬢!」

「ええ。──“袷羽檻”!」


二人の背後、両手を広げたヒナがその能力を展開し、鉄の錠を広げたのだ。ドリーマーとその至近にいるジャンゴとフルボディを取り囲むようにして囲いが展開される。

そして、その円が閉じられた。中にいた三人が鋼鉄の錠により、厳重に拘束される。


「くっ、テメェ!」

「随分と好き勝手してくれたわね。不快よ。──ヒナ不快」


先程までの一箇所だけの拘束とは違う。両手足に胴体。複数箇所の拘束ともなればドリーマーも流石に即座に動くことはできない。


「ッ、この」


言葉は最後まで紡げなかった。ヒナが拘束され、うつ伏せに倒れる彼の腹部を全力で蹴り上げたのだ。

肺から空気を吐き出し、言葉を止めるドリーマー。浮き上がった海賊の体。そこへ、ヒナが渾身の拳を叩き込む。

ドリーマーと同じように拘束されている二人が思わず真顔になるような一撃だった。地面を何度もバウンドし、拘束されているせいで受け身も取れずにドリーマーが転がる。

こっそり、ジャンゴとフルボディはヒナを絶対に怒らせないようにしようと心に誓った。


「二人とも」


そんな二人に対し、ヒナがタバコを咥えながら言葉を紡ぐ。


「よくやったわね」


美しい笑顔だった。即座に二人はハイッ、と大声で応じる。元気一杯だ。

だが、その二人とは逆に殴り飛ばされた海賊は不愉快そうに表情を歪めている。


『おいおい、大丈夫かドリーマー?』

「うるせえよ」


巨人から響いてくる笑い声に対し、不機嫌に応じるドリーマー。そして、彼の姿が変化する。

動物系の悪魔の実の能力者が持つ変身能力。見せていなかった最後の一つである獣型の姿──陸上を走る鳥の姿となった彼は、その巨大化した体によって自身を拘束していた錠を破壊した。

大きくなっただけで壊せるほど柔じゃないのだけど、とヒナが息を吐く。ドリーマーは再び人獣型に戻ると、ヒナとジャンゴ、そしてフルボディを睨みつけた。


「上等だよ。殺してやる」


その殺意を受け、ヒナは数歩後ろに下がった。そのままジャンゴとフルボディの高速を外す。

そして視線をドリーマーから外さぬまま、二人へ告げた。


「気合を入れなさい」

「「了解!」」


二人もふざける余裕はない。構えをとり、ドリーマーを見据える。


『手を貸すか?』

「いらねぇよ。他を殺しとけ」

『あいよぉ』


巨人も動き出す。それを受け、ドーベルマン中将がヒナへと声を張り上げた。


「加勢は!?」

「必要ありません」


覚悟の込められた返答だった。数で劣っている状況、指揮官であるドーベルマンや他の有力な海兵をドリーマーだけに何人も割くわけにはいかない。ヒナが受け持ち、彼を倒すことが最善だった。

その意図を汲み取ったのだろう。野郎ども、とドリーマーが怒鳴るように叫ぶ。


「こいつらはおれが殺す! 他は任せるぞ!」


おおっ、という声が上がった。それを背に受け、ドリーマーが足に力を込めた瞬間。


──轟音と共に、二人の男が落下してきた。


シキの居城、その上層階の壁を突き破るようにして二人の能力者が飛来する。


「スモーカーくん!?」

「ラウンド!?」


ヒナとドリーマーがその人影を見てそれぞれ驚愕と共に叫んだ。

──状況は、ますます混沌と化していく。



◇◇◇



──少し前。シキの居城、そのとある広間。

ガープの大暴れによって弾かれるようにして飛ばされたスモーカーは、そんな自分を追ってきたラウンドと向かい合っていた。

かつてとある無法者たちの国を治めていたとされる海賊、ラウンド。長い旅路の果て、その海賊は“大地の王”と呼ばれるに至った。

だが、その生死についてはここ数年不明となっていた海賊だ。何故なら、彼が治めた国である『アラストゥル』は既に滅んでいるが故に。

後にとある海賊の異名の一つに数えられた事件である“アラストゥルの悲劇”。その当事者であるはずの彼はその場で死んだとされていたが、その島が地図の上から消えたことも併せて生死が不明であったのだ。


「最初は目を疑ったが、どうやら本物のようだな」


十手を構え、スモーカーは言う。眼前の巨漢は無言で簡素な槍を右手に持ち、彼を見据えている。


「テメェの国を滅ぼした野郎と仲良く肩を並べるなんざ、プライドもねぇようだ」

「国を滅ぼした、か」


息を吐くラウンド。彼が突き出した槍を十手で弾くと、スモーカーはその拳をラウンドに向ける。


「“ホワイト・ブロー”!」


煙に変化させた腕を高速で相手へと叩き込む。だが、その拳がラウンドに到達する前に彼の持つ土でできた槍で防がれた。

だが直後、周囲に煙が満ちる。


「“ホワイト・アウト”!」


ラウンドを取り囲むようにして展開される煙。本来ならこの煙によって対象を捕縛する技だ。その気になれば数十人単位で捕らえることさえ可能とする。


「“山風・舞”」


だが、その煙が完全に到達する前にラウンドの体が変化した。彼の全身から無数の槍が飛び出すようにして出現し、更に彼は自身の体を回転させることで煙を散らせてしまったのだ。

チッ、とスモーカーは舌打ちを零す。共に自然系の能力者。通常の手段では傷すらつかない。

ラウンドは視線だけを巡らせながら、スモーカーに相対する。


「理解してもらうつもりもない。敵同士だ」

「その通りだな!」


十手と槍が激突する。だが、スモーカーが僅かに押し負けた。

自身の体を煙とし、背後に回り込もうとするスモーカー。その彼に対し、鋭い槍の一突きが襲い掛かった。


「くっ……!」


覇気を纏ったその一撃はまともに食らえば自然系であるスモーカーでも傷を負う。相手が相手である以上、たったの一撃で命を落としかねない。

距離を取るスモーカー。そこへ、何本もの槍が飛来した。


「“山風・穿”」


自身の体から生み出した土で形作られた槍だ。

悪魔の実の一つである、自然系“ツチツチの実”を食べた土人間。それがこの男の能力だ。かつてスモーカーは“スナスナの実”を食べた砂人間であるクロコダイルを見たことがあるが、この両者は似ているようで全く違う能力であると理解する。

彼の能力者は砂の能力の真髄は『渇き』と言っていた。それに対し、この男の持つ土の力は。


「……場所が悪いな」


ポツリと、呟くように言うラウンド。マズい、とスモーカーの勘がそう告げた。

直後。



「“山津波”」



それは、土石流であった。

槍を床へと突き刺したラウンドがその槍の形を変化させる。同時、彼の体から溢れ出すようにして大量の土がまるで津波のように溢れ出る。

土の本質。それはこの質量にあるとスモーカーは理解した。ただただ純粋な、圧倒的な体積と重量。人が寄って立つ大地を操る男の能力、その本質。


「く……!」


後方へと跳躍するスモーカー。目を凝らし、どこかに穴はないかと探す。


「無駄だ」


呟くような声。直後、スモーカーの眼前に槍を持った男が現れる。

土石流と同化していたラウンドがスモーカーの体を貫こうと槍を突き出した。辛うじて受け止めるが、そのまま押し込まれる。

直後。

壁を突き破り、二人の体が空へと投げ出された。



◇◇◇



戦場に現れたのは、更なる二人の能力者。共に強力な力を持つ存在だ。


「スモーカーくん!」

「ヒナか。……なるほど、ここで足止めされてるんだな」


同期の言葉に対し、スモーカーは即座に周囲の状況を把握する。スモーカー准将、とドーベルマンがこちらに駆け寄りながら言葉を紡いだ。


「中の状況は!?」

「ルフィがシキとやり合ってる! ウタはたしぎとあいつらの部下が護衛しながらこっちに向かってるはずだ!」


直後、飛来した土の槍をスモーカーとドーベルマンがそれぞれ弾いた。やはりと言うべきか、ラウンドの攻撃だ。彼はこちらを見据え、新たな槍を生み出している。


「ガープ中将とモモンガ中将は?」

「おれが最後に見たのは幹部と向かい合ってる姿だ。おれが最後に見たのはガープ中将はジュウゾウと、モモンガ中将はブルチネラと向かい合っていたところだな」


ぶっきらぼうな回答であるが、この状況でそれを咎める者はいない。スモーカーの口から出た名前に、一部の海兵たちの間でざわめきが広がる。


「ルフィ、って麦わらくんのこと? 一人で“金獅子”とやり合ってるの?」

「あいつはそういう奴だ」


ヒナの言葉に応じるスモーカー。彼は自身の体から噴き出すようにして白煙を展開する。


「どういうつもりか知らねぇが、ここをこじ開けねぇと状況はよくならねぇ。最速で叩き潰す」

「無論だな」


ドーベルマンが頷きを返す。その視線の先、向こう側の陣営に加わったラウンドも他の幹部たちから声をかけられていた。


「何してんだ? アラバスタの英雄様だろうがあんたなら余裕で殺せるだろ」

「外の方が都合がいい」

『ああ、旦那の能力なら……睨むなよぉ。あのお嬢ちゃんのとこにはカガシャが向かってるし、おれはこっちで海軍迎え討ってる方が適任なんだよぉ』


何故か器用に巨人が泣き真似をしている。なんとなく力関係が見えた気がした。


「……まあ、いい」


呟くラウンド。彼から視線を外された巨人が露骨に胸を撫で下ろした。人間的な動きだというのに、どうにも違和感があるのが妙な巨人だ。

そしてラウンドは改めてスモーカーたちへと視線を向けた。だがその視線はスモーカーではなく、彼の隣に立つドーベルマンに向けられている。


「懐かしい顔だ」

「……やはり生きていたか」


互いの会話はそれだけだった。地面を蹴るラウンド。その手に持った槍がドーベルマンを狙う。

彼もまた刀で応じる構え。しかし、その間にスモーカーが割って入った。


「テメェの相手はおれだろう!」

「確かに順番は大事だ」


槍と十手で渡り合う二人。気をつけろ、とドーベルマンはスモーカーに告げる。


「その男はかつて千人以上の海兵を一人で返り討ちにした男だ!」

「一つ、事実が抜けているぞ。──“山嵐”」


ラウンドが後方へと下がって距離を取った。そのまま彼は地面へと手を当てる。

直後、目を疑うような光景が出現した。

無数の土で作られた槍が、この戦場に突如出現したのだ。


「うあ!」


海兵のうちの数名が槍に貫かれる。更に怪物たちもまた、土の槍でその身を貫かれた。


「“死山血河”!!」


阿鼻叫喚の地獄絵図だ。反応できた者は避けるか槍を防ぐことができたが、誰もがその対応をできるわけではない。

スモーカーが地面を蹴り、ラウンドに迫る。だが、その横手から鋭い蹴りが飛んだ。

辛うじて体を白煙にすることで避けるスモーカー。おいおい、と蹴りの主が笑う。


「これは決闘じゃねぇんだぜ英雄様」

「その通りね」


スモーカーと共に走り出していたヒナの声だ。彼女は走る速度を乗せた拳を振るう。

だが、ドリーマーの横手から振るわれた拳をラウンドが展開した土の壁が防いだ。


「……余計だったか?」

「いや、ありがとうよ」


海賊たちの短いやりとりの間にスモーカーとヒナは距離を取る。


「おれたちで倒すぞ」

「ええ。了解」


同期の海兵たちのやり取り。対し、海賊たちも。


「上から潰す方が早いかねぇ」

「……指揮官を潰すのが定石ではあるが」


正面から、その言葉を受け止める。

戦争が、更に激化する。

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