逃亡海兵ストロングワールド⑬─1

逃亡海兵ストロングワールド⑬─1





第十四話 “声”



大海賊“金獅子のシキ”による攻撃は収まる気配がない。降り注ぐ大質量の隕石はそれだけで脅威だ。

現在は海兵たちや“七武海”の手でどうにか被害を最小限に抑え込めてはいる。しかし、全ては防ぎ切れない。直撃した場所は文字通り粉砕され、その光景を見た海兵たちの恐怖を煽る。


(効果的な攻撃方法だ。上と下の両方からこうも攻撃を繰り返されれば、どうしても精神的な疲労が溜まる)


これが正面からの軍隊同士の激突であればまた状況が違う。犠牲は出るし味方の倒れる姿で出足が鈍ることにもなるだろうが、しかし、同時にそこには敵の倒れた姿もあるのだ。成果が上がれば、人の心は保てる。

だが現状、降り注ぐ隕石に際限はなく、それをいくら防いだところでただの現状への対処にしかならないのだ。その先にある状況の変化がなければ、どこかで破綻する。

しかし、その変化を起こすための海兵たちは未だシキの居城の内部に辿り着けてはいない。


「元帥殿! どうか内部へ!」

「ここで私が退いてどうなる」


近くの海兵の促しに対し、センゴクはそう言葉を返す。直後、防ぎ切れなかった隕石が要塞の上層へと直撃した。

その衝撃に思わず目を細める。センゴクが立つ場所、その眼下にいる海兵たちから弱気な声が漏れた。


「そんな、本部が」

「この海をずっと守ってきた象徴が」


既に要塞には幾度となく隕石が着弾し、相当なダメージを負った状態になっている。

要塞がこんな状態になるのはそれこそ今この惨劇を引き起こしている男の襲撃以来だな、とセンゴクは思った。


「──要塞など、後でいくらでも建て直せばいい」


拡声器を手に持ち、センゴクはそう言葉を紡いだ。


「重要なのはここに我々がいるということだ。我々が、海軍本部がこの地にあり続けるということこそがか弱き人々にとって何よりも重要であると自覚せよ」


轟音が鳴り響き、多くの兵が倒れ、血が流れて。

そんな地獄のような戦場の中に、センゴクの言葉が響く。


「今、我々の仲間が、同志が、世界の平和を願う者たちがあの浮島で戦っている。我らは共に“正義”を背負い、悪を倒すという目的の下にこの場にいる。諦めるな。我らが仲間を、友を信じろ」


空より、一つの隕石が飛来する。センゴクの立つ場所に向かってくるそれを、センゴクは己の能力を持って迎え撃った。

ヒトヒトの実幻獣種、モデル“大仏”。

まるで巨人族の如き大きさになった彼は、その拳で隕石を叩き落とす。

歓声が上がった。センゴクは次に飛来する隕石を見据えながら、拡声器を使わず己の声のみで戦場の兵士たちへ声を届ける。


「シキは我々を恐れている! だからこそここを滅ぼすなどと口にしたのだ! 総員奮起せよ!」


応じる声が上がり、更なる隕石の飛来と怪物たちの咆哮とぶつかり合う。

だが、声を上げたセンゴクもこのままではジリ貧であることはわかっていた。


(第二陣はどうにか送り出せたが、この隕石のせいで次の増援が送れん)


あの浮島へ送る海兵のうち、第二陣は送ることに成功した。しかし、その次を送る前にあの隕石による攻撃が始まり、次の出発ができないでいる。

だが、時間をかければ発射台自体が隕石で破壊される可能性もある。


(信じるとは言ったが)


シキがこちらに割いている余裕が減れば隕石による攻撃の頻度も減るはずだ。故に状況の変化については浮島で戦う彼らを信じるしかない。

だが、向こうは敵の本拠地だ。ここに海賊たちがほとんど来ていない以上、あの場所にはシキ本来の配下がいる。既に“新世界”の海賊についても何人も確認されており、苦戦は必至であった。

数を送ることは難しい。ならば強力な個を送るべきなのだろうが、どれほどの実力者であっても単独であそこへ辿り着くのは難しい。


「おい、隕石の軌道が変わったぞ!」


声が聞こえ、センゴクは思考を打ち切った。つい先程まで無差別と思えるような落下の仕方をしていた隕石が、その軌道を変えたのだ。

何だ、という疑問に対する答えが出るまで時間はかからなかった。


「まさか、海に」


呟いたのは誰だったのか。無数の隕石はマリンフォードの周囲の海に凄まじい勢いで着弾した。一つ二つではない。数十という数だ。

水の上に石を落とせば、波紋が広がる。そんなことは子供でも知っていることだ。その勢いが強ければ、より強い波紋が起きることも。

ならば。

巨大な隕石を複数束ね、凄まじいまでの速度で海へと叩き込んだら。

起こるのは──巨大な津波だ。


「津波だ!」

「こんなことまでできんのかよ!」

「逃げ場なんてねぇぞ!」


海兵たちの間に動揺が走る。このマリンフォードで戦っているのは海兵と怪物たちだ。シキにしてみれば怪物たちが死んだところで大した問題でもないのだろう。

迫り来る津波。だが、センゴクは冷静だ。


「ようやく出番か」


呟くような声と共に、要塞の一角から飛び出したのは一人の海兵。

海軍本部における、最高戦力。


「“氷河時代”!!」


その男──海軍本部大将、青雉の力によって津波の動きが止まった。氷になるという形で。

その凄まじい光景に、海兵だけではなく怪物たちですらも動きを止める。

人の領域を隔絶した力。故に彼は海軍本部における最高戦力なのだ。


「流石だな、青雉」


センゴクは呟く。当初の予定ではマリンフォード上での決戦となった時の切り札として青雉を待機させていたが、この状況では出し惜しみの意味はない。

シキは三大将全員がカイドウの対処に出ていると考えているはずだ。その隙をつくための手札であったが、そもそもあの男がこの状況下で素直に降りてくるかどうかも怪しい。

青雉の登場で、海兵たちの士気は上がった。この士気が挫けないうちに状況を変える何かがなければジリ貧だ。


「元帥殿」


そんな中、一人の海兵がセンゴクへと声をかけてきた。どうした、とその海兵へとセンゴクが問いかける。

その人物は、この戦争において個人としての戦闘能力も彼が率いる海兵たちの能力についても期待されている海兵だった。部下たちは少々どころかかなり癖が強いが、それでも実力は確かだ。

何せ、彼らはあの“新世界”の支部で戦う海兵なのだから。


「許可を頂きたく」

「許可とは?」

「『彼』との協力についてです」


彼、とその海兵が振り返った先には、一人の海賊がいた。思わずセンゴクの眉間に皺が寄る。


「……海兵としては歯痒いですが、あの場所に到達するには彼の力が必要です」


サングラスをかけたその海兵もまた、本意ではないという調子でそう告げた。


「大丈夫なのか?」


センゴクのその問いに応じたのは海兵ではなく、後ろの海賊だ。


「手厳しいなセンゴク。お前たちが招集したんだろう?」

「信頼はできませんが、信用はあります。私一人だけでもあの島へ」


海兵が示すのはシキの本拠地たるメルヴィユだ。センゴクは一度目を閉じると、現在の状況と彼の提案についてのメリット、デメリットについて考える。


「──了解した。ただし、妙なことをすれば」

「はい。承知しています」


信用がねぇなァ、と笑う海賊──“七武海”の一角たるドフラミンゴを無視し、センゴクは眼前の海兵へと指示を出す。


「実力については信頼している。任せよう。──ヴェルゴ中将」



◇◇◇



「おいどうしたコビー!?」


奇妙な縁を繋いで同時に海軍に入ることとなった友人であり同僚、そしてライバルでもある青年に対し、ヘルメッポが声をかける。だが、それに応じる余裕が相手にはない。


「……“声”が……オエッ……響いて……!」


吐き気をも抱くほどの頭痛が止まらず、コビーは呻くように言葉を紡ぐ。

元々はセンゴクの指示によりコビーたちガープの部下はこの怪物たちを指揮する存在の捜索を命じられ、怪物たちの中へと飛び込んだのだ。

危険な任務だ。一体を相手にするだけでも一苦労、場合によっては死さえも覚悟しなければならない怪物の集団に突撃し、戦うのだから。

コビーとヘルメッポは身を隠しながら怪物たちのやってくる方向へと突入した。当初は十人単位で動いていたのだが、途中で怪物たちの攻撃などにより別れてしまうことになる。

そんな中でも二人でどうにか怪物たちをやり過ごしてきたのだが、そこで突然コビーに異常が発生した。


「くそ、大丈夫かよコビー!? 同じとこにいつまでも止まってられねぇぞ!?」


周囲を警戒しながらヘルメッポは言う。だがコビーは膝を突き、呻き声のような声を上げるだけだ。


「……悲しい……! “声”が、消えて……! 消えてくんだ……!」

「どういうことだ!?」

「……わかんない……!」


要領を得ない相棒の言葉。ヘルメッポは困惑するが、今二人が身を隠しているのは瓦礫の影だ。いつ怪物たちに見つかるかわからないこの状況で、いつまでも止まってはいられない。


「しょうがねぇな……! 少しでも動けるかコビー!? 一度退くぞ! 衛生兵を探す!」

「……でも……任務は……!」

「馬鹿野郎!」


蹲るコビーの肩を掴み、ヘルメッポは怒鳴るように言う。


「おれにとっちゃ友達の方が大事なんだ! お前はどうしようもなかったおれを見捨てないでいてくれたんだ! 苦しんでんのに無視できるかよ!」


今のヘルメッポにしてみれば、黒歴史としか言いようがない過去。権力と暴力、そして恐怖で街を支配していたモーガンの息子であった彼はやはりというべきか、コビーと共に海軍に入った後も当初は居心地の悪い日々だった。

これも報いだと思っていた彼にしかし、コビーは普通に接してくれた。──それが、どれほどの救いになっていたか。いつしか彼は普通の雑用として扱われるようになり、大変ではあったが……その“当たり前”も、特別なことだった。

ガープの下に行くことになり、地獄のような特訓の日々もコビーがいたから乗り越えられたのだ。照れ臭くて決して言えやしないが、彼にとってコビーは大恩人なのである。


「動けねぇんなら担いでやる! 退くぞ!」


コビーに手を伸ばすヘルメッポ。その手を押しとどめるようにコビーがその手を掴んだ。


「……力を、貸してほしい……ヘルメッポさん……!」


どう見ても本調子からは程遠い表情で、コビーは言う。だが、その瞳は強い力を宿している。

付き合いの長い相手だ。こうなった時のコビーの頑固さはよく知っている。ヘルメッポは逡巡するが、やはりというか折れたのは彼だ。


「何をしたらいい? 地獄だろうと付き合うぜ」

「……“声”が、する。多分、この声の元にいるんだ」


頷くと、コビーを担いでヘルメッポが走り出す。


「だがコビー! 怪物共と遭遇すりゃ終わりだ! そうなったら全力で逃げるぞ!」

「……大丈夫……うぐ、位置は、わかるんだ……」


その後のことは、ヘルメッポも驚愕の連続だった。コビーの示す方には常に怪物たちがおり、そのお陰で全てをやり過ごすことができた。

どういうことだ、とヘルメッポは困惑する。

コビーの言う“声”の方向に、確かに怪物たちはいた。更に言えば、その向かう方向さえも彼は読み取っている。


「……もう少し奥から、強い“声”が聞こえる……」


その彼を担ぎながら走るヘルメッポは困惑しっぱなしだ。一体コビーに何が起こっているのか。

──二人は知らないが、これは“見聞色の覇気”と呼ばれるものだ。いずれガープも教えるつもりであった力であるが、この修羅場で目覚めたのであろう。

もっとも、その規模は通常想定されているものを大きく超えているようであるが。


「おい、コビー。……あいつらか?」


幾度となく身を隠しながら、しかし、一度の戦闘も経験しないままに到達した場所。マリンフォードの近くに着地した島の淵に、その二つの影があった。


「……多分、そう」


コビーを下ろし、物陰に隠れながらヘルメッポはその二人を見る。いや、片方は人と言ってもいいのだろうか。

一人は、白衣を着た青い髪の男だ。どこか楽しそうに海賊たちの侵攻を見守っている。

もう一人はゴリラだ。……そう、ゴリラである。そのゴリラは時折大きな声で吠えており、おそらく指示を出しているのだろう。コビーの言う“声”を信じるのであればだが。


「電伝虫で連絡はしたが、多分すぐには来れないだろうな」


二人がいるのは戦場の中でも随分と奥だ。同じガープ旗下の海兵たちやセンゴクに指示を受けた者たちも動いているが、怪物たちの対処や隕石による攻撃でどこもギリギリだろう。

どうする、とヘルメッポは考える。おそらくだがあそこにいるのは木端の海賊ではない。怪物共を操る立場ともなればシキの傘下でも幹部クラスだろう。そうなると、自分の実力では届くかどうか。


“基本的に海賊というのは単純じゃ。自分より弱い奴の下につくことはない。だから船長というのはその一団において最も強いことがほとんどじゃ。一部例外もおるが、まあ警戒して損はないじゃろうな”


ガープの教えを思い出す。怪物と海賊は違うだろうが、むしろ本能に忠実であるからこそ力の上下関係によって従っていると考えるのが自然だろう。


「……ちょっと、落ち着いてきた」


そんな中、コビーが立ち上がった。頭を振りながらも、彼の瞳には強い意志が宿っている。


「無理して立つなよコビー」

「今この戦場で無理してない人なんていないよヘルメッポさん」


息を切らし、足元もふらついた状態で言うコビー。その姿を見て、ヘルメッポも覚悟を決める。


「行くんだな?」

「うん」


即答だった。ヘルメッポは自身の武器であるククリ刀の柄を握ると、よし、と覚悟を決めるように頷く。

相手は幹部。おそらく敵わない。

だが、それを退く理由にしてはいけないのだ。いつかきっとという言葉は、もう、過去に置いてきたのだから。


「おれも付き合うぜ。……あの二人も、ここで退かねぇだろう」


ヘルメッポの人生を大きく変えたあの二人。複雑な感情があるが、その在り方については彼も尊敬をしていた。

相棒のその言葉を聞き、コビーは笑う。


「追いつくためにはこれぐらい超えないと」

「遠いもんだ。嫌になる」


軽口を叩き合うのは、恐怖を誤魔化すためか。

ただ、そうだな、と二人は内心で納得する。

あの二人は、敵わないからといって逃げるような人たちではない。

だから──憧れた。


「いくぞコビー」

「うん、ヘルメッポさん」


これを人は蛮勇と呼ぶだろう。愚かだと蔑むだろう。

けれど、きっと。

あの二人は、この判断をした自分達を笑って認めてくれる。

そんな、気がするのだ。




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