逃亡海兵ストロングワールド エピローグ②─2

逃亡海兵ストロングワールド エピローグ②─2





“イル。この計画が終わったら世界を見て回れ”


己を救い出し、居場所をくれた人が不意にそんなことを言った。近くにいた自分の事情を知る男女二名も頷いている。

ただ、自分にはどういう意味かわからなかった。


“私は……必要、ないと”


思わずそんな言葉が漏れた。それに気付いて慌てて謝罪を口にしようとするが、その前に相手が言葉を紡いだ。


“逆だ。ラウンドもカガシャもよく知ってることだが、上に立つってのは広い知見が必要だ。おれの支配は一日二日で終わるような者じゃねェ。支配ってのは何十年と時間をかけて行い続ける事業だ。その未来にイル、オメェは必要だ”


その知謀と影響力、そして純然たる暴力で“海賊王”とも渡り合った男は言う。


“支配ってのはその日で終わっちゃ意味がねェ。まずは一年、そして十年。更に二十年。そうやって定着させるもんだ”

“そのためには人手はいくらあっても足りんのじゃ、イル。信用できる者は多ければ多いほどいい”


こちらへと視線を向けて言うのはカガシャだ。その言葉に頷き、シキは続ける。


“おれも若い頃から世界中を見て回って今がある。無駄にはらなねェさ”


それは、未来の話だった。

戦争に勝利した後に訪れたはずの未来。

しかし、その未来は──……



「…………う」


目を開けた瞬間、思わず呻き声のようなものが漏れた。頭がぼうっとする。


(ここは……)


最後に残っている記憶はカガシャの部下に手当てをしてもらったことだ。少しだけ意識が戻ったが、すぐにまた気を失ってしまった。

だが、体のことなどどうでもいい。問題はあの戦いの結末だ。

あの後どうなったのか。シキは、恩人はその本懐を遂げられたのか。


「あ、気がついたね」


満足に動かない体を動かそうとしているとそんな声が届いた。視線を向けると、そこには帽子を被った女性がいる。


「動かない方がいいよ。麻酔もまだ効いてるし、凄いボロボロだったんだから」


その女性の言う通り、起き上がることさえできそうになかった。思考が少しぼんやりしているのは彼女が言う通り麻酔が効いているのだろう。


「……ここ、は……」


せめて状況を掴もうと思考を巡らせる。もしかしたらシキ傘下の海賊かもしれないと思ったが、どうも違う。雰囲気が海賊のそれではない。


「──おれたちは革命軍だ」


不意に別の声が聞こえてきた。現れたのは帽子を被った男だ。

どこかで見たことがあるとイルは思う。そうだ、あれはラウンドが見ていた新聞に載っていた──


「おれはサボ。こっちはコアラだ。いきなりで色々と整理はついてねぇだろうが、まずはこっちの要件を言わせてもらうぞ」

「サボくん。相手は病人だよ?」

「何も説明されないままより、何故自分がここにいるのかを先に知っておいた方がいいだろ。わからねぇってのはどうしたって不安になる。おれなりの誠意だ」


抗議する女性──コアラに対し、肩を竦めて言う男性。そこで思い出した。あの青年は“世界最悪の犯罪者”、その片腕だ。

革命軍参謀総長、サボ。確かラウンドがジッとその青年の掲載されていた新聞を眺めていたのを見かけて、知り合いなのかを問うたのだ。彼が革命軍に誘いを受けたことがあると聞いたことがあったためである。

その時は確か、彼は首を横に振ったのだ。


“知らない顔だ。……だが、それでいい。私の知らない人間。世界の知らない人間。そういう人間が革命軍の思想に共感し、結果を示している。それが大切だ”


彼の語ることの意味はわからなかった。ただ、“大地の王”とまで呼ばれた人物が確かに評価していた人物であることは確かである。


「まず結論から言うが、“金獅子のシキ”は敗北した」


体が震えた。だがサボは構わず言葉を続ける。


「あんたはボロボロの状態で海を漂ってたんだ。……あんたには色々と聞きたいことがある」

「ちょっとサボくん。言い方」

「こう言った方が受け入れ易いだろ。まあ、時間はある。話はもうちょっと傷が治ってからだ」


言い切ると、サボは部屋から出ていった。その背中に向かってコアラが文句を口にする。


「もう、要件人間なんだから」


そして彼女はごめんね、とイルに向かって言葉を紡ぐ。


「ああ見えて、あなたを見つけて真っ先に飛び込んだんだけどね」

「そう、なんですか?」

「昔、同じような状況から助けてもらったんだって」


言いつつ、コアラは近くにあった引き出しから何かを取り出した。それは一つの音貝だ。

見覚えがある──あるに決まっている。だってそれは、私にとって唯一の持ち物。


「これ、あなたの?」

「──はい」


手渡されたそれを右手で受け取る。よかった、という言葉が思わず漏れた。

シキから──祖父から貰ったもの。大切なものだったから。

そんなイルに対し、コアラが言う。


「ごめんね。ちょっとだけ聴いたんだけど……ファンなの?」

「はい」


即答した。コアラは笑顔を浮かべる。


「やっぱり! 私もファンなの! どの曲が好き? 私はね──」


笑顔で言う彼女に少し面食らいながらも、イルは頷きを返す。

ただ、思うのは。


(……お爺様)


あの人の野望は潰えたのだろう。

力になりたかった。あの場所から救い出してくれた、あの人の力に。

けれどその力が足りなかった。どうしようもない奴だと、そんなことを思う。


“まだ何かやりたいことがあるなら、言ってみろ”


ふと、その言葉を思い出した。

あの人は初めて会った時にそう言って。


(やりたい、こと)


歌が聴きたいと言った。

力になりたいと願った。

ここにいたいと──いつの間にか、そう思うようになった。

ならば、今は?

これからの私は、どうしたらいいのだろう。

──今までは、道を示してくれる人がいた。

それがどんな道であったとしても。どんな手段であったとしても。何をすればいいかは誰かが示してくれていた。

けれどもう、それをしてくれる人はいないのだ。


(世界を)


あの人の、最後の命令。


“世界を見て回れ”


その果てに何があるのだろう。


生まれ落ちた時より枷に繋がれ、“支配”を受け続けた少女。

その少女は“支配”を掲げる海賊に拾われる。

しかし、彼女に対してその海賊が望んだものは。


……ただ、一つだけわかっていることがある。

おそらくあの人は死を望まない。だから。


(私は、もう少しだけ)


この世界で。

生きてみようと、思います。



◇◇◇



ウォーターセブン。いつも通り賑やかなその街の一角にその酒場はある。いつも繁盛しているのだが今日は特別だった。しばらく店は閉まっていたということもあり、常連たちが詰めかけている。


「アウッ! 久し振りじゃねぇかブルーノ!」

「ヘヘっ、元気そうで」


ポーズを決めながら入店してくる海パン一丁の男とその両脇の女性たち。中心の男──フランキーに対し、ブルーノは接客用の笑顔で応じた。


「いやー、そうでもねぇのよ今週のおれは最悪だ。さっきもヤガラブルレースに負けちまってなァ」

「そういう日もあるさ」


フランキー用にコーラを用意しつつブルーノは言う。そのフランキーの両隣へと女性二人──キウイとモズが座る。


「しかし運がないわいなー、ブルーノ」

「仕入れ中に事故に遭ったって聞いたわいな」

「たまにはそんなこともある」


苦笑と共に言うブルーノ。世間的にはそういうことになっているのだ。まさか今世間を賑わせている戦争の最前線に立っていたなどと言えるわけがない。

日常に溶け込み、情報を集める。現在も彼はとある任務の途中だ。そのためには表舞台に姿を晒すわけにはいかない。


「お、これ“歌姫”の曲だわいな」


店内に流れる曲に気付き、キウイの方が声を上げる。ええ、とブルーノは笑った。


「丁度手に入ったんだ。元々人気ではあったが」

「この歌好きだわいな」

「いい歌だよなァ。“歌姫”ってのも大したもんだ」


コーラを飲みながら言うフランキー。だが彼はジョッキのコーラを飲み干すと、勢いよく立ち上がった。


「だがおれも負けてねぇ! 盛り上がるぜ野郎ども!」

「「「おおー!!」」」


待ってましたと言わんばかりに店内の客が盛り上がる。フランキーが店に来るということはこう言うことだ。

その光景を笑みを浮かべてブルーノは見守る。

当たり前の日々。そこに潜むことが己の任務だ。だが、同時にこうも思う。


(不謹慎ではあるが。……楽しくはあった)


ギリギリの命のやり取り。鍛えた己の力を存分に発揮し、それでもなお死の危険が常にある戦場。久しく感じなかった感覚だった。

同僚のことを言えんなと言いながら、ブルーノは店の奥の机に置かれた新聞へと視線を向ける。

そこに彼の名が載ることはない。だが共に戦った者たちの名前は載る。

あの時の握手の感覚と、その事実こそが報酬だと。

──闇の諜報員は、小さく笑った。



◇◇◇



マリンフォード元帥室。大量の書類が運び込まれては元帥たるセンゴクの決裁を経て運び出されるを繰り返すその場所に、三つの人影があった。


「一応言っておくが、お前たち。断る権利はないぞ」


呼び出した相手二人に対し、センゴクは開口一番そう告げた。告げられた二人は机を挟んだソファに座っているのだが共に憮然とした表情をしている。片方に至っては音を立てて煎餅を齧っていた。


「……元々断るつもりはないですが」


だが、片方の予想外の回答に煎餅を齧る音も途絶えた。ほう、という驚きを含んだ声と共にセンゴクはその人物──スモーカーへと視線を向ける。


「アラバスタの時から心境に変化があったか?」

「……立場、ってもんの重要性を理解しました」


言いつつスモーカーは対面で煎餅を持っている人物を見る。おい、とセンゴクは言葉を紡いだ。


「それは参考にするな」

「それとはなんじゃそれとは」

「参考にならん生き方をしている貴様が悪い」


それ扱いされた老兵──ガープに対し、センゴクは呆れと共に言う。ガープも自覚はあるのか、言い返さずに再び煎餅を齧り始めた。


「説得の必要がなくなったのはありがたいが。まさか本当に『それ』を目指すとは言わんだろうな?」

「……いや、目指してなれるもんでは」

「……ああ、うん。私が悪かった」


二人の間で意見の一致を見た。スモーカーは話を切り替えるように言葉を紡ぐ。


「ただ、海軍は組織でしょう? そこで我を通したきゃ立場が必要になります。肩書きって言い方でもいいですが」

「その組織のトップに堂々と言い切るのはどうなんだ」

「すみませんね」


肩を竦めるスモーカー。そんな彼の姿を見て笑ったのはガープだ。


「ぶわっはっは! いやー、ルフィの友人なだけはあるのう!」

「いや、友人では……」

「ん? あいつはそう言っておったぞ」


スモーカーの表情がいくつかの変遷を辿る。最終的に彼は葉巻を咥えて火を点けた。沈黙が彼の選択である。


「笑っている場合かガープ。お前も出ろ」

「面倒じゃのう」


嫌そうな顔をするガープ。だがセンゴクは知っている。こういう顔をしているが、彼はなんだかんだ式典には出席するのだ。

──その式典に遅刻するだけで。この辺は祖父と孫、どっちにも共通することだ。


「まあいい。その辺はどの道あの二人が目を覚ましてからだ」


一人は何やら眠りながら飯を食うという血を感じさせる行動をしているらしいが、もう一人はずっと眠ったままだ。あの過酷な戦いの最前線にいたのである。当然といえば当然だが、早く元気になってほしいものだとセンゴクは思う。

ちなみに腹を貫かれた“伝説の海兵”は一番早く復帰した。長い付き合いであるが、たまにこの男が人間であるのを忘れそうになる。


「まあ大丈夫じゃろう」


人間であるかどうかを友人から疑われているなどとは夢にも思わないガープが言う。


「あの二人はわしが思っていたよりもずっと強くなっておった。……大丈夫じゃ」

「……ああ、そうだな」


その彼に対し、互いに老いたな、とは言わなかった。

だが、かつて同じ時代を生きた海賊が今の時代に生まれた若者によって倒されたという事実に感じることはある。

──時代が、変わろうとしている。

この大海賊時代。その大きなうねりの中で。

二つの希望が、この時代を切り開こうとしているのだ。


「なあ、ガープ。相談だが──」


言いかけたところでドアをノックする音が響いた。なんだ、とセンゴクが問いかけると、入ってきた海兵が声を上げる。


「ルフィ大佐が目を覚ましました!」

「……随分な寝坊じゃったのう」


その報告を聞いて最初に笑ったのはガープだ。見ればスモーカーも小さく息を吐いている。

そしてセンゴクもまた、己の口元が緩んでいるのを自覚していた。


「そうか。……それは何よりだ」


言いつつ、センゴクは海兵に指示を出す。そんな彼に煎餅を齧りながらガープは言った。


「何を言いかけたんじゃ?」

「大したことじゃない。……我々も負けてられんというだけだ」


言いかけた言葉は一度飲み込んだ。これを口にするにはまだ早い。

だが、もう少し先の未来。そこでようやく、本当にようやく。

──肩の荷が降ろせるのかもしれないと、そんな風に思った。



半壊した守護の砦にして本拠地、マリンフォード。

しかし偶然か、或いは必然か。そこに刻まれた“正義”の文字に翳りはない。

 

人々はその短い言葉に希望を抱く。

いつか、そう、いつか。

彼らが掲げる“正義”が、この時代を終わらせてくれるのだと──……


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