逃亡海兵ストロングワールド エピローグ②─1

逃亡海兵ストロングワールド エピローグ②─1





偉大なる航路のとある島。そこに辿り着いた青年はその島の雰囲気に首を傾げた。


(随分と賑やかだな)


何かの祭の日なのだろうか。そんな風に思いながら街の中に入る。騒がしいのは嫌いじゃない。いつも騒がしかった弟とその弟と張り合っていた妹のおかげだろうか。

最近はずっと一人の船旅だったことも影響しているかもしれなかった。毎日が賑やかで、騒がしかったから。


“見てただろエース! おれの勝ちだよな!?”

“見てたでしょエース! 私の勝ちだよね!?”


飽きもせず毎日毎日『勝負』と言って競っていた二人。それを笑いながら見ていたのが彼の──エースの楽しい思い出だ。

世話の焼ける二人であった。自分と同い年のもう一人の長男がいなくなってから、余計にあの二人のことが心配になって。

あの弟が……ルフィが海兵になるなどと言い出した時は、本当に驚いたが。


「……元気にしてるのかね」


思わず呟く。どうせ大丈夫だろうとは思うが、どうしても心配だ。アラバスタで久し振りに再会した時は相変わらずであったが、今はどうしているだろうか。

少しは大人になったのだろうか、と思う。想像もできないが。

エースは帽子を被り直し、ローブを纏うと街へと入っていく。裕福そうではないが、かといって極端に貧しいわけでもなさそうな村だ。ただ最初に島を見た時に感じた通り、やたらと賑やかである。


「なあ、何かあったのか?」

「ん、何かって……知らないのかい?」


近くにいた男性に声をかけると首を傾げられた。エースはああ、と頷きを返す。


「ここのところ海の上にいたもんでね」

「そうなのかい? ならこれを知らないのか?」


そう言って男性が差し出してきたのは一枚の新聞だった。それを手に取ったエースは、その一面に掲載されている見覚えのある顔に思わず笑みを浮かべる。


「へぇ……あいつら」


そこには、この島が歓喜に包まれている理由が載っていたのだ。


『“新時代の英雄”が旧時代の“四皇”を打ち破る!!』


シンプルであるが、全てを表現した見出しであった。今や“伝説”となった大海賊“金獅子のシキ”。それを若き海兵が一騎討ちの末討ち取り、更に“歌姫”と呼ばれる英雄はその歌声で文字通りに戦争を終わらせて見せたという。

笑みが溢れる。アラバスタでの再会からそう時間も経っていないというのに、随分と早い成長だ。


「凄いだろう! しかもこの二人はこの街にも縁があるんだ!」


男性が興奮した様子で言う。そうなのか、とエースが問いかけると嬉しそうな笑みを浮かべて男性は続けた。


「もう何年も前の話なんだがね。二人がその新聞にも載ってるモモンガ中将の部下だった時にこの街に来てくれたんだ。当時はひどい状態でね」


男性が語ってくれたのは、エースが知らない二人の活躍。

農作物の不作に悩まされ、荒れていたこの国を助けてくれた切欠が二人の若き海兵だったのだという。小さな子供の訴えを無碍にせず、真剣に受け止めた上で対処を考えてくれた。


「モモンガ中将にも勿論感謝している。その彼も活躍したっていうじゃないか。この国はもうお祭り騒ぎだよ」


そして動いたのが当時の二人の上官であるモモンガだ。彼は刃ではなく、言葉という手段を用いてこの国の力になってくれたのだという。


「彼らの力でこの街は──国は、救われたんだ」


そう告げた男性の表情は本当に嬉しそうだった。エースの表情も思わず緩む。


(問題児だなんだと言われてるみたいだが、ちゃんと海兵をやってるようだ)


あの二人のうち、ウタはともかくルフィに海兵は無理だと思っていた。正直、彼は自分と同じで秩序側の人間ではないと思っていたから。

だがそれはこちらの思い違いであったらしい。立派に海兵をしてるじゃないか、と思う。


「おっと」

「ご、ごめんなさい」


不意にエースの足に麦わら帽子を被った小さな男の子がぶつかった。思わず尻餅をつきながら謝る子供に対し、エースは視線を合わせるためにしゃがみ込む。


「大丈夫か?」

「うん、大丈夫」


男の子が頷き、立ち上がる。その男の子に対してエースは言葉を紡いだ。


「いい帽子だな」

「うん! これはヒーローの帽子なんだ!」


男の子が笑う。その男の子から少し離れた場所にいた女の子──おそらく一緒に走っていたのだろう──に視線を向けると、エースはそちらへも声をかけた。


「いいヘッドフォンだな」

「……うん」


女の子は男の子とは違い、小声で頷いた。だがその表情は嬉しそうだ。

麦わら帽子とヘッドフォン。その二つにエースは見覚えがある。


「……ヒーローの帽子とヘッドフォンか」

「あの二つは子供たちだけじゃなく大人にも人気だよ」


微笑みと共に言う男性。その言葉を聞きながら、駆けて行く子供たちの背中を見るエースはかつての記憶を思い出した。

それはエースが出航する数日前。突然ルフィに告げられた時のこと。


“おれ、海軍に入る。海兵になるんだ”


最初は意味がわからなかった。ガープのジジイに何を吹き込まれた、と問い詰めたのを覚えている。

だが、弟は。


“ウタと一緒にいたいんだ”


ただそれだけを、口にした。

口論になった。約束はどうするんだ、誓いはどうするんだ、お前の夢はどうするんだ──そんな風に。

しかし、血の繋がりはなくても弟だ。一度決めたなら絶対に曲げないことくらいよく知っている。

だからこそ、最後は応援の言葉を口にしたのだ。


“男が決めたんだ。絶対に曲げるなよルフィ”


そして、弟は確かに曲げなかった。

弟も、妹も。自分と同じで世界的な大犯罪者の子供だ。普通の人間よりも過酷な人生を歩むことになるのはわかりきっている。

苦労はあったはずだ。涙したこともあったはずだ。嘆いたこともあったはずだ。

しかし、それでも。

今のあの二人は──


「──“ヒーロー”か」


その手でその称号を勝ち取った。

それがただただ、誇らしい。


「それに今日、もう一ついいニュースが入ってきてね」


自身の家族に対して思いを馳せるエースに対し、男性が告げる。そのまま彼は別の新聞を渡してきた。

その一面に載っているのはやはりエースもよく知る二人だ。ただ、その見出しが。


「…………うん?」


思わず声が漏れる。見出しにはこう書かれていた。

──『“新時代の英雄”、結婚秒読み!?』と。



◇◇◇



水の都、ウォーターセブン。

偉大なる航路に存在する島であり、造船業が盛んであることで有名だ。世にも珍しい『海列車』という海の上を走る汽車、その始まりの地としても有名である。

世界政府御用達でもあるこの島には『ガレーラカンパニー』と呼ばれる巨大な造船会社がある。彼らは島の住民たちの誇りであり、広く尊敬を集めている大会社だ。その社長であるとともに市長でもある人物によって統治されるこの島は常に活気に満ちている。

だが、その日はいつも以上に活気に満ちていた。


「おお、帰ってきたかルッチ!」


額にゴーグルをつけたツナギを着た男が少々長い休暇から戻った男──ロブ・ルッチに声をかける。ルッチが頷くと、彼の肩に乗る相棒たる鳩のハットリが器用に翼を動かした。


『クルッポー。思ったよりも長くなってしまった』


まるでハットリが喋っているかのように見える光景は初見の者なら驚くだろうが、この島では見慣れたものだ。故にルッチに声をかけた男──パウリーも気にした様子はない。


「まあそれはしょうがねぇだろ。本部であんなことがおこってたらそりゃ帰りも遅れる。海列車もしばらくダイヤが乱れたしな」


先日終息を迎えたばかりのとある戦争。大海賊“金獅子のシキ”が引き起こした戦いの結末は既に世界中に広まっている。それはここウォーターセブンも例外ではない。

特にウォーターセブンは世界政府が造船を数多く依頼していることや、海列車で政府所有の島であるエニエスロビーへ直接行けることなどからスタンスとしては完全に政府寄りだ。海賊たちからの依頼を受けることもあるが、この時代だ。その辺りは世界政府も目を瞑っている。

そしてそんな島であるならば、海軍の勝利を喜ばないはずがない。


「けどグッドタイミングだぜルッチ。アイスバーグさんが集まれって号令かけてんだ」

『アイスバーグさんが?』


確認するようにルッチが問う。すると、答えたのはパウリーではなく別の男だった。


「わしら職長は勿論のこと、職人全員できる限り集まるようにと指示があったんじゃ。……休暇については無事に『完了』したのか?」


現れたのは四角い長い鼻の青年だった。まだ若いというのに年寄り言葉を使う人物である。

名をカクというその男の問いに対し、ルッチは頷きと共に応じる。


『クルッポー。少し予定外のことはあったが、無事に終わった』

「旅行に予定外はつきものじゃろう。何にせよ無事に帰ってきたことが何よりじゃ」


肩を竦めるカク。それだけで彼らの間だけで通じる連絡は終わった。そこでルッチは先程から流れている音楽に気付く。視線を動かすと、ドックの一角に人だかりができていた。

聞き覚えのある音楽──いや、“歌”だ。これはあの時、あの“歌姫”がその魂を込め、命を燃やして歌ったのと同じもの。


「ん、ああ。タイルストンとルルが流してるんだ」


共にルッチやカク、パウリーと並ぶ一番ドックの職長たちだ。彼らはTDを拡声器に繋ぎ、皆で聞きながら盛り上がっている。


「いい歌だよな。あいつらほどじゃねぇが、おれも好きだぜ“歌姫”の歌は。……お前はそうでもなかったか?」

『いや』


ルッチは首を左右に振る。彼の脳裏に浮かぶのは、あの戦場で“歌姫”が堂々と告げた彼女の正義だ。


“──平和を届ける正義”


なんて甘い“正義”かとルッチは思った。平和などこの世界のどこにも存在しない。しかしあの瞳は本気だった。だからこそ見守ろうと思ったのだ。

そして、その結果として。実際にあの“歌姫”はその信念を証明してみせた。


(歌など、と思っていたが)


ロブ・ルッチは冷徹な人間だと自分でも思っている。そうでなければ暗殺者などできはしないし、今も生きてはいないだろう。そんな彼は歌というものに興味がなかった。自分の生活に関係ない事柄だと思っていたのだ。

だが、この歌声は。

あの“歌姫”の歌については。


『いい歌だポッポー』

「明日は雨か……いや、槍が降るかもしれんのう」


カクが驚いた表情を浮かべる。それを一瞥するも、ルッチは何も言わなかった。

ロブ・ルッチは冷酷な“殺戮兵器”だ。だが彼は信念を貫く人間を評価する。そしてあの“歌姫”は己の信念を貫いてみせたのだ。ならばそれをルッチは認めるだけである。


「ンマー、随分と賑やかだな」


不意にそんな声が響いた。現れたのは一人の男性だ。

ウォーターセブン市長にしてガレーラカンパニー社長、アイスバーグだ。彼の登場で職人たちが騒ぎ始める。


「アイスバーグさん! 後で塗装見てください!」

「こっちもお願いします!」


次々と職人がアイスバーグの元に駆け寄っていく。それらに応じつつ、まあ、とアイスバーグが言葉を紡いだ。


「とりあえずお前たちに連絡をしてからだ」

「あ、じゃあ曲止めますね」


職員の一人が言う。別にいいぞ、とアイスバーグは言葉を紡いだ。


「“歌姫”の歌はおれも好きだからな。──さて、一つ連絡がある。先日のマリンフォードで起こった戦争の件については聞いているはずだ。結果は海軍の勝利となったわけだが、それに関連して世界政府からおれたちに依頼が来た」


カリファ、と自身の背後に控えている女性秘書へと声をかけるアイスバーグ。彼女は眼鏡の位置を直すと手に持った資料を読み上げる。


「現時点では打診の段階ですが、軍艦を複数建造してほしいようです。それ以外にも各種艦船用の装備についても問い合わせがありますね」

「聞いての通りだ。どうやら世界政府は戦力増強のためにまずは足場を整えるつもりらしい」


職人たちがアイスバーグへと視線を向ける。彼は頷きと共に言葉を紡いだ。


「ガレーラの総力を上げて取り組むぞ!!」


彼の言葉に対し、応じる声がいくつも上がる。アイスバーグは満足そうに頷きを返すと、ルッチの方に視線を向けた。


「すまないなルッチ。帰ってきたばかりだってのに早速大仕事だ」

『いえ』


頷いて応じる。そうか、とアイスバーグは笑った。そして彼が他の現場に行くのを見届けると、ルッチもその場から移動する。

活気を増すガレーラカンパニー。その最中でルッチは思う。


(“麦わらのルフィ”か)


あの若さで“金獅子のシキ”を打ち破った男。その強さにどうしても興味が湧く。

惜しむべきは互いがぶつかり合う理由がないことか。それを残念に思いつつ、彼は自分の任務に従事する。


先の未来で。

この二人が激突するのはまた、別のお話。



◇◇◇



「取材させてくださいよ!」

「市民は“英雄”の言葉を求めてるんです!」

「一言だけでも!」


海軍本部。その正門前に数十人の記者と数百人の市民が集まっていた。世界最大の新聞社たる『世経』は勿論のこと、小さな地方紙からも記者が集まっている。


「おれ海軍に入隊します!」

「人手不足じゃないですか!? 戦うことはできませんけど雑用でも何でも!」

「力になりたいんです!」


そして記者以外にも数百人近い市民が集まってきていた。戦争が終わって数日が過ぎたが、連日この戦いについては報道が繰り返されている。それほどまでに世界にとっては大きな出来事であったのだ。

大海賊時代が始まってから多くの市民たちがその被害に遭った。平和な日常が突然破壊され、奪われ、涙することなど日常になっていってしまった。

誌面に躍るニュースはいつだって暴れ回る海賊たちのことばかり。それを見聞きした市民たちは常に恐怖を覚える。


“海軍も悪いけど……一番悪いのは海賊だ”


それは誰が口にした言葉だったのだろう。だが、それは現状の本質をついている。

海軍が頑張っていないわけではない。彼らは彼らにできる限りのことをしている。そんなことは皆わかっているのだ。だがそれでも間に合わないことが多く、故に“悪い”と形容されてしまう。

しかしその海軍が一つの結果を世界に示した。

──完全勝利。

かつての“四皇”の一角を齢17の“英雄”が討ち取った。更に戦争そのものを齢19の“歌姫”がその歌声で終わらせてみせた。

その事実は万の言葉よりも大きな説得力を持つ。


「落ち着いてください! 現在今回の戦争に関わった将兵たちの多くは療養中です!」


正門前でそれらに対応するのは広報部門の海兵たちだ。彼らは連日詰めかける人々に対し、どうにか対応を続けている。


「入隊、協力の申し出についても感謝します! しかし現在、マリンフォードの復興を始め状況は混乱しており──」


何度繰り返したのかわからない言葉をその海兵は繰り返す。納得してもらえないことなどわかっているのだが、それでもこれが彼の役目だ。

進展のない押し問答。そこにその人物が現れた。



「マリンフォード復興の協力、そして入隊の受付については別の場所に窓口を開設した。今は少しでも人手が欲しい。協力していただけるならありがたい」



門が僅かに開くと共に現れた人物を見て、周囲にざわめきが広がった。当たり前である。そこにいたのは今回の戦争において最も戦果を上げた“10人の英雄”のうちの一人だったのだから。

海軍本部中将、モモンガ。

最も大きく名前が報道されたのは“新時代の英雄”と呼ばれる二人であるが、敵の本拠地に少数で乗り込み、そして戦い抜いた彼もまた“英雄”として称えられている。


「モモンガ中将!? お体は大丈夫なのですか!?」

「完治まではまだかかる。刀は振れんな。だが今このマリンフォードに無理をしていない者などいないだろう。私のような怪我人でも人員の誘導くらいはできる」


広報の海兵が驚いた声を上げるのに対し、冷静に返すモモンガ。彼の服装はいつものスーツであるが左腕は分厚い包帯が巻かれているし、更には見える肌の部分のほとんども包帯に覆われていた。

どう見ても満身創痍である。事実、完治までは月単位でかかるとも告げれている状態だ。しかし彼はじっとしていることができずにこうして出てきたのである。

そのまま彼が応対しようとした瞬間、爆発的な歓声が周囲から上がった。何だ、と思わず呟くと、詰め寄るようにして記者たちが集まってくる。


「モモンガ中将ですね!? お話を!」

「世界はあなたたちの声を待っているんです!」

「む……」


モモンガは元々あまりメディア対応というものが得意ではない。故に隣にいる広報担当の海兵へと視線を向けたのだが。


「ありがとうございますモモンガ中将! では市民の皆さん! 協力していただける方はこちらへ! 誘導します!」

「……ああ」


手早くこの場の責任者である海兵は市民たちの誘導を始めた。思ったよりも切り替えが早い。

モモンガは一度息を吐く。そのまま彼は記者たちの方へと向き直った。


「機密もあるため答えられない部分もあるが、答えられるところは答えよう」

「ありがとうございます! では早速ですが──」


マリンフォード正面でモモンガの口から語れる今回の戦争、その一部始終。無論彼が何もかもを話したわけではない。だが彼の語った事柄はニュースとなり、世界へと伝わることになる。

人々は伝え聞くのだ。

この世界の“正義”は、確かにここにあるのだと。



◇◇◇



巨大な黄色い体を持ち、更に強力な電撃を発する力を持つ鳥。ルフィによってビリーと名付けられたその鳥は海軍本部の食堂で嬉しそうに声を上げていた。


「クオッ、クオッ」

「こうして見ると本当に大きいですね」

「あの島の生物の中だと小さい方だっていうんだから、どうなってるんだか」


嬉しそうに食事をするビリーを眺めながら、そんな会話を交わしているのはたしぎとオリンである。戦争が終わってから数日。未だ完治はしていないが動けるようになった二人はこうしてルフィとウタに懐いたビリーの面倒を見ているのだ。


「あの島は色んな生き物がいたから。ビリーみたいなのは初めて見るけど」


そのビリーの側でしゃがみ込みつつ言うのはメルヴィユの住民である少女──シャオだ。最初にルフィたちに接触したということもあってか、彼女は海兵を怖がる様子はない。


「私たちは共存とは言いつつも基本的にダフトグリーンの中にいたからねぇ。あまりあの島の動物については知らないんだ」


シャオの付き添いという形でこの場にいる彼女の母親は恐縮したように言う。いやいや、とたしぎが言葉を紡いだ。


「シキが色々やってたみたいですし、しょうがないですよ。それにあの島の生き物たちは何というか、無茶苦茶な力を持っていましたし」

「私たちも一対一だと辛い生物が多いですからね……」


言いつつオリンが視線を向けると、食事を終えたビリーはシャオと戯れあっている。最初の頃は興奮して電撃を撒き散らすので危険だったが、ある程度コントロールできるようになったらしい。今のところ、シャオが電撃を浴びるような事態にはなっていない。

ちなみにオリンとたしぎは一撃ずつ貰ったし今はここにいない部下三名は五、六発貰っている。そこでコントロールを覚えたようだ。


「でも、本当にいいのかい? 私たちがここに住んでも。その……色々聞いたんだけど、私たちは『非加盟国民』ってやつなんだろう?」


空に浮かぶ島。更にはシキの支配下にあったということもあり、メルヴィユの住民たちは世情というものに非常に疎い状態だった。とはいえメルヴィユがマリンフォードの近くに落ち、そしてそこに人が住んでいる以上何もしないわけにはいかないのも事実だ。

そんな状況において海軍本部元帥たるセンゴクの動きは早かった。彼は島の住民たちと接触したオリンたちを中心に彼らとの対話の場を設けたのだ。世界政府としても無用な争いを望みたくはなかったし、海兵たちを落ちる島から助けてくれた姿も知られている。


「そもそも『国』という括りではないですから。細かな話は今後色々センゴク元帥がしてくれると思いますけど、大丈夫です。悪いことにはなりませんよ」

「そりゃあの人たちのお仲間さんが言うんだ。信じてるけどね」


言いつつ、チラリとシャオの母親が食堂の奥に視線を向けた。そこではとある青年が無言でひたすら食事を続けている。

実を言うと、オリンがこの場にいるのはあの青年を見ておく役が必要だからである。普段は彼の幼馴染でありオリンの上官でもある女性がその役目を負っているのだが、今彼女は深い眠りについている。既に目を覚さないままに数日が経過していた。


(この二人は本当に……頭が下がる)


深い傷を負いながらの魂をかけた絶唱。それを普段以上の長時間維持し、更に帰還した後にはマリンフォードの怪物たちをメルヴィユへとその能力を持って送り返した“歌姫”。メルヴィユに海賊たちの捕縛のための部隊が乗り込んだのを確認してからようやく彼女は眠りについたのだ。とてつもない消耗であったのだろう。

あの“金獅子のシキ”を単独で討ち取った青年も実を言うと目を覚ましていない状態ではあるのだが、こちらは多分心配ない。動いてはいるし。


「いたいた! 中尉!」

「聞いてくださいよ中尉!」

「おっシャオちゃん。体は大丈夫か? 何かいるもんがあったら言えよ?」

「うん! ありがとう!」


のんびりとした空気の中、走り込んできたのはオリンと同じ部隊の海兵たちである。トップの指揮官二人が眠っている今、オリンがその指揮を執る立場にあるのだがマリンフォードの復興中である今はその指揮権も別のところに預けられている。


「どうしたの? あなたたち、軽傷だから作業に行くって言ってたじゃない」


入ってきた部下たちへとオリンが問いかける。オリンとたしぎは現在安静を言い渡されているが、部下たち三人は動けるなら動くと言って現場に出て行ったのだ。ちなみにこの三人以外の部隊の者たちも同様に現場に出ている。戦争ではマリンフォードで迎撃に加わっていたとのこと。

実際、今の彼らの格好は海兵としての制服ではなく作業着であった。随分と汚れているが、その表情は笑顔である。


「いやちょっと休憩で。そしたらさっき聞いたんですけどね」

「おれら昇格するんスよ!」

「おれら三人は全員少尉に! おれらもコート着れるんです!」


えっ、と思わずオリンは声を上げた。この三人は全員が海軍将校と呼ばれる階級にはなく、それ故にオリンのように正義のコートを着ることが許されていなかったのだ。

ただ、昇格は喜ばしいことだ。オリンが笑顔になる横ではたしぎも笑顔を浮かべている。


「おめでとう」


色々と言葉を探したが、それが一番だと思った。はい、と彼らは応じる。少し涙目の者もいるほどだ。


「おれ、正直コート着れるなんて思ってなくて」

「大佐と准将の強さ見てるとな……」


うんうんと頷きながら言う海兵たち。強さが全てではないが、この時代においては強さこそが基準になるのもまた事実である。


「まあ、気持ちはわかるけど」


オリンは苦笑する。トップ二人の強さは最早別次元だ。だからこそ命を懸ける価値があるとも言えるのだが。


「てか他人事じゃないですよ。中尉とたしぎさんも昇格って聞きました」

「そうなの?」

「そうなんですか?」


二人して驚く。そんな話はまだ何も聞いていないのだが。


「おれらも正式発表じゃないんですよ。さっきそこで聞いて」

「誰から?」


問いかける。この手の話はそれなりに地位のある人間でないとできないと思うのだが。

今回の最前線にいた中で一番階級が上なのはガープとモモンガだ。だが前者はともかく後者がこの手の話を正式決定前に話すと思えない。


「──話したのはおれだ」


じゃあガープ中将か──そんな風に思ったところで、食堂に一人の男が入ってきた。非常に背の高いその男は、海軍で知らない者がいない。


「青雉さん」

「お疲れ様ッス」

「中尉、クザンさんですよおれらに教えてくれたの」


思わず立ち上がったオリンとは違い、海兵たちはその男に対して非常に軽い調子だ。

海軍本部最高戦力、“大将”青雉。

立場でいうなら雲の上の人間だ。なので本来ここまで気安く接するべきではないのだが、この部隊の指揮官である青年と青雉の関係性もあって特に男衆からのクザンに対する扱いは非常に気安い。


「お前らなァ……少しは自分の上官を見習え。ちゃんと立ち上がって一礼してるぞ」

「むしろ上官の態度を見習うからこそですよ」

「大佐とクザンさんのやりとり見てるとなー」

「毎回うちの部隊のとこでサボってるじゃないッスか。それ見てるとどうも」


海兵たちの言葉を聞き、まあいい、と青雉は言う。


「楽にしろ。……で、昇格の件だが。正式には外に出てる大将二人が戻ってからになる。ただお前らの昇格は確定だ」

「そうなんですか? でもこういったことは色々手続きだったりがあるのでは?」


青雉に手で座るように指示をされ、オリンとたしぎが座り込む。青雉もまた近くの椅子に座ると言葉を続けた。


「普通ならそうだがな。今回は特例だ。シキの本拠地に乗り込んだお前ら10人への勲章授与については今日か明日の新聞に載る。これは“政治”としての判断だ」

「10人?」

「そうだ。この場にいる5人……いや、6人だな。それとガープさんにモモンガ、スモーカー、そんでウタだ」


既に世間では先陣を切って乗り込んだ英雄たちとして話題になっている10人である。

そしてやはりというべきか、あの3人はそこに含まれていないらしい。

わかっていたことではあるが、少し寂しいと思う。彼らがいなければ自分達は死んでいただろう。それぐらい助けられた。


「他にも島に乗り込んだ奴らを含めて勲章だの昇格だのはあるが。……世間が欲しいのはまず、目に見えた英雄たちへの褒賞だ。いい気分じゃねぇだろうが受け取っておけ」


いえ、とオリンは首を横に振る。そこで彼女はとあることに気付いた。


「では、お二人も昇格ですか?」


上官である二人のことについて青雉は何も言っていない。それについてだが、と青雉は言い難そうに言葉を紡ぐ。


「現時点では何とも言えん。保留だ」

「保留?」


オリンは思わず首を傾げる。自分達が昇格するのに、あの二人がないというのはどういうことだ。


「何故ですか?」


たしぎも疑問の声を上げる。青雉が頷いた。


「これも“政治”だ。あいつらはまだ若い。階級が上がるってことは責任が増えるし重くなるってことでもある。時期尚早ではないかという意見もあるんだ」

「でもクザンさん。何もなしは流石に」

「だからセンゴクさんも困ってるんだ。別に二人に嫌がらせしたいってわけじゃねぇよ。むしろ逆だ。今なら若さ故のミスがあっても守ってやれる。だがこれから先に進むとそれも難しくなってくる。……出世スピードが早過ぎるってのも良し悪しだ」


はあ、とため息を吐く青雉。そんな彼にオリンが言葉を紡ぐ。


「ですが先ほど仰られた“政治”でいうなら、それこそ昇格なしは世間が納得しないのでは?」

「だから困ってる。そもそもだ。歌声で戦争を終わらせた奴とかつてとはいえ“四皇”を単独で討ち取った奴の昇格を一階級で済ませてもいいのか、という話もある。やってることの功績を考えたら中将クラスよりも上だぞ」

「え、てことは大将ッスか?」

「流石にそれは早過ぎる」


海兵の言葉に対して肩を竦める青雉。そんな彼の言葉を聞いて皆も理解をした。


「うちの総大将も中々面倒な立場ですね〜」


軽い調子で言う海兵はその視線を食堂の奥に向ける。青雉もまた同じ方向へ視線を向けると、で、と彼は言葉を紡いだ。


「あいつは何をしてるんだ。話を聞かずに飯食ってるみたいだが」


食堂の奥。そこでは一心不乱に食事を続ける青年の姿があった。痛々しいほど身体は包帯まみれだというのに、食事の速度は凄まじい。

その青年こそが今回の戦争における最大の功労者の一人であるモンキー・D・ルフィだ。


「話を聞いてないのはいつものことだが」

「ああいえ、あれはいつもとは違います。……寝てるんです」

「…………は?」


青雉にしては珍しい、間の抜けた表情であった。そのまま彼は立ち上がると青年のところへと歩み寄っていく。


「…………マジか」


思わず彼は呟く。食事を続けている青年は確かに眠っていたのだ。だが食事は凄まじい勢いで進めている。


「どうなってんだこれは……?」

「大佐、大きい戦いの後だと結構長く眠るんですが。どうもその間にご飯を食べそびれるのは嫌らしく」

「アラバスタの時にはしてなかったですよね……?」

「あの時の悔しさのせいじゃないですかね?」

「意味わからんよな」

「何があれって起きてからも食うとこだよ」

「お兄ちゃん凄い!」

「外の世界の人はああいうことができるんだねぇ」


約一名、誤解が生まれている。青雉は訂正しようとしたところで同じ一族の男のことを思い出した。あの人も確か同じことをしていた気がする。

──多分これは本人の気質もあるが、血だな。

どこかの革命軍のリーダーに流れ弾が直撃したが、青雉にそれを慮る義理はない。


「まあいい。……とりあえず、お前たちの名前は世界に発信されるんだ。色々と声も届くだろう。覚悟はしておけ」


言いつつ、立ち去っていく青雉。その背を見送ると、作業着の海兵たちも立ち上がった。


「じゃ、おれらも戻ります」

「どっちかが目を覚ましたら教えてくださいよ中尉」

「ええ。もちろん」


手を振って応じるオリン。その時、思い出したように海兵の一人が言った。


「そういや、やっぱ見つからないみたいッスよ」

「……らしいわね」


オリンが頷きを返す。見つからない──それは、オリンたちが相対したシキの孫娘を名乗る女性のことだ。

島が落下した後、海軍は海賊たちの捕縛に動いた。幹部を含めほとんどは逮捕できたのだが、全員ではないと聞いている。逃げた者もいるだろうが、おそらくは落下の際に海に落ちてそのまま行方不明になった可能性が高いのだ。

敵であった相手だ。情があるわけではない。だが、少し思う部分はある。


「ヒナさんたちが海賊をインペルダウンに護送中ですが、やっぱり数は合わないようですし。そういうことなのでしょう」

「あの島の落下に巻き込まれたんだもの。全員無事とはいかないのはまあ、しょうがないとは思うんだけど」


たしぎの言葉に応じる。凄まじい使い手であった。ただ瀕死の重症でもあったはず。おそらく命はないのだろう。

戦争だ。こういうこともある。


「じゃあ」


海兵たちが立ち去っていく。それを見送りながらオリンは思う。


(ままならない)


戦いに勝ってそれでおしまいというわけではなくて。

この後にもまた、多くの戦いがあるだろう。

──願わくば。

次の戦いの後にも、こんな風に。

穏やかに過ごす時間があればいいと、そう思う。


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