逃亡海兵ストロングワールド⑯

逃亡海兵ストロングワールド⑯







第十九話 それぞれの理由




海賊とはロクデナシの無法者。海軍でそれなりの期間を過ごせば、ほとんどの海兵たちがそういう感情を抱くことになる。

当たり前といえば当たり前なのだ。彼らが見るのは死であり、破壊であり、悲劇であり、涙である。それを何度も何度も見せつけられて何も感じないような人間はそもそも海兵になどならないだろう。

この大海賊時代において、数多の悲劇を知りながらその“悪”と戦おうとする彼らはきっと、優しい人間なのだから。

そして、だからこそ背負う“正義”は重い。



「おらァ!」


貫くような蹴り。最短距離を最速で叩くそれを放つ“蹴撃のドリーマー”の一撃を、スモーカーは自分の体を白煙に変えて避ける。

ドリーマーは“新世界”で名を上げる海賊だ。正しく訓練を受けたわけではないためか練度が歪であるが“覇気”を扱える。それ故にその攻防はタイミングが全てだ。


「チッ、煙たい野郎だ!」

「お前らにとっておれたちはそういうもんだろう」


苛立った様子のドリーマーに対し、白煙化したその勢いのまま背後に回るスモーカー。そのまま彼は左腕でドリーマーの首を背後から掴んだ。

そして間を置かず、押し倒すようにして前へと倒す。鈍い音を立て、顔面からドリーマーが地面に叩きつけられた。すかさず右手の十手を叩き込もうとするが、その前に突き上げるような後ろ蹴りがスモーカーの胴を叩く。

白煙化が遅れた。僅かに後退するスモーカーはしかし、そのまま自身の体の前面かいくつもの白煙で形作った拳を放つ。


「当たるかよ!」


その拳の軌道を見切り、スモーカーの懐へと踏み込むドリーマー。だが、見切ったのは彼だけではない。

スモーカーの拳の隙間を縫うようにして、ヒナが踏み込んだ。そのまま彼女はドリーマを自身の能力で拘束しようとする。

前面のスモーカー。背後のヒナ。どちらにどう対処するかをドリーマーは思考する暇もない。ただ本能と経験によって彼は体を動かす。

だが、彼の本能も次の行動は想定外だった。


「ヒナ!」


スモーカーの呼びかけと共に、彼の白煙によって彼女の体が空へと押し上げられた。

ドリーマーの蹴りが白煙を裂く。まずはスモーカーと判断した彼は彼に向かって蹴りを放っていたのだ。だがそれは回避された。

何故、という疑問をドリーマーが抱く前に答えがきた。先程までヒナがいた場所、その地面からいくつもの槍が出現したのだ。


「ぐっ!?」


咄嗟に蹴りでその槍を薙ぎ払うドリーマー。だがその行動は致命的な隙だ。

ヒナを抱え上げた白煙が形を変え、足場を形作る。逆さになった状態のヒナはその足場を蹴り、速度を上げた。


「隙あり」


そして、渾身の蹴りがドリーマーへと叩き込まれた。

吹き飛ばされたドリーマーは受け身を取ると、地面を削りながら止まった。ジロリと、反対側にいる男を睨む。


「……何だ」

「いや」


相手──“大地の王”ラウンドの問いに対し、短く応じる。そのまま彼は地面を蹴り、ヒナの方へと突撃した。

それに応じるように、無数の白煙が周囲の覆う。視界を奪うようなそれはしかし、再び地面から出現した槍によって引き裂かれ、乱された。


「く……!」

「“徹甲蹴撃”!」


標的を変更。スモーカーに変え、その腹へと必殺の一撃を叩き込んだ。文字通り炸裂するような一撃である。普通なら骨が砕け、動けなくなるはずだ。

だが、眼前の海兵は耐えた。こちらの胸ぐらを掴み返してくる。


「根性あるじゃねぇか」

「──生憎だが」


思わず出た言葉に、“白猟”の異名を持つ海兵はその十手をこちらに向けながら応じた。その言葉には血が混じっている。


「そういう男を見てきてるんでな!!」


喉元へ叩き込まれた十手。そのまま渾身の力を込め、スモーカーはドリーマーを地面へ叩きつけた。

海楼石の仕込まれた十手により、力を奪われた状態だ。タフさについては破格の力を持つ動物系古代種の能力者でも、この状態で重い一撃を喰らえば芯に響く。

咽せる声と共に意識が揺れるドリーマー。そこへ追撃を加えようとしたスモーカーへ、ヒナが声をかける。


「スモーカーくん!」


ヒナの声に振り返る。そこでスモーカーは衝撃の光景を目にした。


「“山津波・穿”」


土石流。それも、先程のようなただの土石流ではない。

まるで剣山の如く無数の槍が前面に押し出されたそれが、こちらへと迫ってくる。


「ヒナ、来い!」

「ええ!」


手を伸ばし、彼女が伸ばした手を掴む。

凄まじい土石流が、“大地の王”が作った戦場を包み込んだ。



◇◆◇



海賊になった理由など単純だ。その方が好きに生きられる。ただそれだけの。

幼い頃は、海賊とはただの怖い無法者集団だった。誰もが海賊には嫌悪感を持っていたし、海軍はそんな悪い奴らを倒す“ヒーロー”だった。

なりたいとは思わなかったが、街の子どもたちの中には憧れる奴は多かった。両親も海軍は自分達を守ってくれる正義の味方だと教えてくれた。

しかし、その全てはあの日に反転する。


“この世の全てをそこに置いてきた!!”


あの処刑台で、“海賊王”が言ったあの言葉で。

平和なんてものは、この世界から消え去った。

涙を見た。

死を見た。

悲劇を見た。

慎ましく暮らしていた全てが、焼き払われた。


──くだらねぇ。


両親の仕事を引き継ごうとして、農園で汗水垂らして働いて。

素朴な、どこにでもいるような女と少し良い雰囲気になって。

そんな当たり前の人生を送るのだろうと、そんな風に思っていた。


──くだらねぇ。


積み上げたものは、焼き払われた。

泣きながらやめてくれと懇願する両親は、海賊に嘲笑われながら殺された。


──くだらねぇ。


だったらもう、好きに生きるしかないじゃないか。

無法者が幸せを掴める世界だ。そういう時代だ。

そんな風にしたのが“海賊王”で。

それを止められなかったのが“世界政府”だ。


──悪くねぇ。


奪うことは楽だった。壊すことも楽だった。

汗水垂らして働くよりも、遥かに効率的だ。

これは、確かに。

海賊も増えるはずだ。


──悪くねぇ。


無法者になり、追われるようになった。

だがどうやら才能があったらしい。生き延びてきた。

楽しい日々だった。

好き勝手……いい言葉じゃねぇか。


──良いじゃねぇか。


このくだらねぇ世界で、正しく生きてどうするってんだ。



◇◇◇



……捨てたものを思い出した。ドリーマーはそんな自分に苛立ちを覚える。

迫り来る土石流をギリギリのところで跳躍することで彼は避けた。数秒遅れていれば串刺しになり、更に押し潰されていただろう。

着地したドリーマーは土石流の中から姿を現した男を睨みつける。


「殺す気かテメェ」

「……そうしろと言ったのはお前だろう」


問いかけに対して静かに返すラウンド。うるせぇ、と苛立った様子でドリーマーは応じた。


「合わせられねぇなら邪魔するんじゃねぇよ。黙って見てろ」

「いいのか?」

「邪魔すんならテメェから殺すぞ」


相当に苛立った様子で言うドリーマー。ラウンドは息を吐いた。


「そこまで言うのであれば、黙っていよう」


言って、下がっていくラウンド。彼は彼自身が作った土の槍の戦場の隅へと向かって歩いていく。

チッ、と舌打ちを一つするとドリーマーは前を向いた。そこへ拳が飛来する。

スモーカーの攻撃だ。それを蹴りで迎撃すると、ドリーマーはこちらへ迫る二人の海兵を睨みつける。


「今虫の居所が悪ィんだよ海兵ども! 楽に死ねると思うなよ!」

「こちらの台詞だ!」


拳に追いついてきたスモーカーが十手を突き出す。それを仰反る形で避けると、そのままドリーマーは両手を地面についた。

頭側が地面に向いた状態で手をつき、足を折りたたむ。そのまま両足を叩き込んだ。


「吹き飛べ!」


両足の蹴り。武装色を纏ったそれを、スモーカーは正面から受けて立った。渾身の左拳を合わせてくる。

鈍く、重い音が響いた。左拳一つと両足。しかも蹴り技を主体とする相手となれば、スモーカーの方が不利なのは当たり前だ。

骨が軋み、折れる音が響いた。

小さく、ドリーマーが笑みを浮かべる。

──しかし。


「ヒナ!」

「ええ、“禁縛”!」


スモーカーの腕が弾かれる直前、ヒナが飛び込んできた。彼女は自身の腕で掬い上げるようにしてドリーマーの両足を拘束する。

直後、スモーカーの左腕が弾かれた。


「小賢しいぞ海兵!」

「“禁縛”!」


更に、両腕を足払いするような動きの蹴りで拘束された。しかし、だからなんだとドリーマーは思う。少々手間だが、獣型になればそのサイズで強引に破壊できることは実証済み。

だが、それは止められた。海楼石の仕込まれた十手で胸を突かれる。


「ぐ、テメェ!」

「ヒナ!」

「──人使いの荒い男」


呟きと共に、ヒナがドリーマーの後頭部を蹴り上げた。強制的に上体が起き上がり、それに合わせてスモーカーは十手の切っ先を上へ。

空へと、向ける。


「動物系の古代種ってのは随分とタフと聞く」


折れた左腕を右腕に添えて。拘束された能力者と共に、スモーカーは空へと上がった。

まるでジェット噴射の如く白煙を撒き散らし、空へと上がるスモーカー。ドリーマーはそこでようやく彼の意図を理解する。


「テメェまさか!?」

「──この高さから落ちても耐えられるか?」


上空。戦場の誰もが見上げる先。

白煙の先に、二人の姿。


「やめろ! この!」

「無駄だ。あいつの檻はそう簡単に破れやしねぇよ」


上空で二人の上下が入れ替わる。変わらず海楼石の効果で力の入らないドリーマーは、遥か上空に上がった自分と海兵を見る。

数ある悪魔の実の能力において、純粋な身体能力の向上という点では動物系が随一だ。その中でも古代種と呼ばれるようなものはただただひたすらに肉体が強力であることで知られている。

ドリーマー自身の才能もあるが、彼自身が生き残ってこれたのはこの部分による影響も大きい。単純に倒れないというのはそれほどまでに脅威なのだ。


「年貢の納め時だ。海賊──“蹴撃のドリーマー”!」


直後、落下速度が上がった。白煙を撒き散らしながら、まるで流星のように二人が落下していく。

動けない。檻も破れない。打開策がない。

それ以上に、彼の本能が、勘が、経験が告げていた。

これは……“詰み”だ。


「くそったれ」


諦めの言葉は、思ったよりもすんなりと口に出た。

悪事ばかりを繰り返してきたのだ。この世界に神も悪魔も仏もいやしないとは思っているが、同時に悪人が奇麗な最期を迎えられるとも思っていない。

その内野垂れ死ぬのが関の山。そういう意味では、まだ上等な最後の可能性さえある。

ただ、終わりを覚悟したその時に。


(綺麗な空だ)


見上げた空は、美しかった。

当たり前の空が、ただ。

──最後に見上げたのは、いつだったか。



「“ホワイト・メテオ”!!」



凄まじい轟音が響き、衝撃が周囲に響いた。

白煙と土煙が立ち込める中、一人の男が立ち上がる。


「……なんだ、最後の顔は」


海軍本部准将、“白猟のスモーカー”。

それが、勝者の名であった。



正門前の戦い。

脱落者──“蹴撃のドリーマー”。



◇◇◇



「おいおいおいおい、マジか」


上空から地面へ叩きつけられるという凄まじい方法によって沈黙させられたドリーマーを見て、自身の特製のスーツの中で“墓荒らしのレムナント”は大いに動揺していた。

最強とは言わないが、ドリーマーは強力な海賊だ。容易く遅れをとるような男ではない。だから提案にも乗ったのに。


(くそ、どうすんだよ。あいつが護衛するっていうから脱出の提案も飲んだってのに)


そもそもレムナントは戦闘を目的にしていない人間だ。追放され、犯罪者となるしかなかったからそうしているだけ。それはそれでシキというスポンサーを手に入れたので彼自身は普段言葉にするほどの感情を持っていない。

だが、そういう“弱者”の側であるからか。或いは、科学者というリスクについて常に考え、そして実際にそのリスクによって失敗した経験があるからか。彼が常に逃げ道を確保してから動くようにしている。

どこからかドリーマーが嗅ぎつけてきた脱出艇についてもそうだ。万一の時のことを考え……というか、シキに不要として消される可能性を考えて用意していた。


(おれのフランケン共は究極、おれ以外でも作ろうと思えば作れるからな)


死体を改造したサイボーグ。このメルヴィユにおいてそれを理解できているのは現時点ではレムナントだけであるが、彼のアシスタントとして活動している者たちもいずれは理解するだろう。そうなれば、レムナントの必要性が下がるのは明白だ。

この辺り、実は彼は自己評価が少し低い部分がある。世界最高の頭脳を間近で見たことがあるせいか、『おれにできるってことはそのうち誰かもやれるだろ』という思考があるのだ。事実それは正しいが、そうなるまでの時間とコスト、そして成果が確実に出るわけではないということを考えると彼の有用性は非常に高い。

こういう変なところで謙虚というか自己評価が低いところが生き残れた理由の一つでもあるのかもしれない。


(さてどうする? 隙見て逃げるか? いやだがしかし、まだ趨勢は決してない。ここでシキの奴が勝つとしたらおれは殺される。あいつは裏切りを許さない)


人間、命の危機ともなると思考がよく回るようになる。特にこの小市民はそれが顕著だ。自分が損しない方向への思考速度については他の追随を許さない。


(あいつはおっかない。スポンサーになってくれてる間は最高の後ろ盾だが、敵に回せば死ぬ。痛いのは嫌だ。多分あいつは楽には死なせてくれない)


勢いとノリと雰囲気が一割、高額賞金首であるために“七宝剣”へと加えられたレムナントはだからこそその恐ろしさを知っている。大体、シキの近くにはあの“殺人鬼”までいるのだ。おそらく裏切り──敵前逃亡がバレたら即殺される。

レムナントは見たのだ。酔った勢いでイルに手を出そうとした海賊が、シキの命令を受けたジュウゾウの手によって文字通り頭を握り潰された姿を。あんな目に遭うのはごめんだ。


(となると、現状維持が最適解か。うん。どっちに転んでも即動けるようにしとこう)


常に天秤は水平に。それがレムナントにとっての生き残るための知恵だった。

思考がまとまり、改めて動こうとするレムナント。その声が響いたのはその直後だった。



「──狼狽えるな」



決して大声ではないというのに、その声は戦場の全てへと到達した。

銃声も砲撃音も剣戟の音も。何もかもを無視して届く声。


「私がいる」


直後、大地が動く。

ドリーマーを討った二人目掛けて、山津波が襲い掛かった。


「──はっは、そうだ! あいつがいるじゃねぇか!」


たった一人で偉大なる航路を渡り歩き、一度は“七武海”加入の誘いすらもあったほどの怪物。国一つを治め、沈める力を持つとされるバケモノ。

あの男がいるのだ。ならばまだ天秤を傾けるのは早い。


「野郎共! やっちまえ!」


号令をかける。周囲が頑張ってくれれば負担が減る。そういう思考だ。

勢いに乗じて前に出る。その瞬間だった。


「──なるほど、キミが指揮官か」


ふと、眼前から声が聞こえた。見れば、そこにいるのはサングラスをかけた坊主頭の海兵だ。

見覚えのない姿である。この戦場における有力な海兵は大体把握していたはずだ。

つまり、大した地位のない男ということだろう。


「なんだテメェ!?」


手にした巨大な剣を振り下ろす。巨人族の筋力に加え、サイボーグ化によって更に強化された一撃は巨大な獣さえも一撃で粉砕する。人間などまともに食らえば跡形も残らない。

対し、その海兵は何か小さな棒のような物を取り出した。


(竹竿?)


それは何の変哲もない竹竿だった。まさかと思うが、そんなもので受けようというのか。

こいつ馬鹿だな。小さな笑みがレムナントの口元に浮かぶ。


「…………は?」


だが、振り下ろした大剣はその竹竿によって防がれた。更にその海兵が軽く振るった竹竿により、容易くこちらの大剣が横へと弾かれる。

意味がわからない。何が起こった。状況が整理できないレムナントの視界の中で、その海兵がその竹竿を回転させる。そして。


「“鬼・竹”!!」


凄まじい衝撃が、レムナントを貫いた。

サイボーグ化したことにより、素体となった巨人の重量から換算してこのスーツは数倍の重量となっている。更に乗り込むレムナントが自分自身を守るために分厚い装甲を纏っているのだ。

だというのにその正面の鎧を砕かれ、更に内部に衝撃を通された。その巨体が吹き飛び、周囲の海賊たちは勿論、海兵たちまでもが驚愕の表情を浮かべる。


「────!?」


痛みにより、悲鳴さえも上げられなかった。レムナントの名を呼びながら周囲の海賊たちが駆け寄ってくる。


「ぐおお……っ! 何だあいつは……!?」


痛みを堪えながら動く。涙が溢れた。痛いの嫌だから装甲については徹底的に強化してあるというのに、たった一撃で超えてくるとは。

だが、あの姿に見覚えがない。何者だよ、と思う彼のスーツが海兵たちの声を捉える。


「ヴェルゴ中将……! どうやってここへ」

「とある男に送ってもらった。気は進まなかったが」


ヴェルゴ、という名が聞こえた。何となく聞き覚えがあるような、と思うレムナントの近くにいた海賊が、まさか、と声を上げる。


「G-5支部基地長のヴェルゴか……!? “新世界”の海兵が何でこんなとこにいるんだよ!」


偉大なる航路の前半と後半ではその危険度も海賊のレベルも文字通り桁が違う。特に後半の海である“新世界”には“四皇”が君臨している。半端な海兵では即座に命を落とす。

そんな中で、ヴェルゴという海兵は一部の海賊の間では名の通った男である。『どちらが海賊かわからない』とまで言われるG-5支部において唯一と言ってもいいほどの紳士であり、誠実な男として知られている。更に戦いともなればその力は圧倒的。その実力と人柄によって市民からの信頼も厚い男だ。


「よくわからねぇが……強ぇってことか」

「頑丈だな」


スーツで起き上がるレムナントに対し、ヴェルゴが言う。痛みはあるが、逃げられない。まだ天秤は傾いていない。

ならば粘らなければ。天秤が傾くその瞬間までは。


「お手柔らかに頼むぜ、海兵さんよ」

「それは保証できない」


何故ならば、とヴェルゴが告げる。


「──キミ一人に時間を割けるだけの余裕がない」


直後、再び竹竿が唸った。

轟音が響く。だが、今度はその巨人は倒れなかった。今度は咄嗟に両腕をクロスさせてガードしたのだ。ヴェルゴの一撃に戦闘が本職ではないレムナントがついていくことができたのは、その生存本能がなせる技か。

だが、凄まじい衝撃によりその左腕の装甲が割れた。何重にもなっている装甲全てではないが、それでも凄まじい威力だ。


「フランケン部隊!」


怒鳴るようにしてレムナントが指示を出す。直後、周囲の鎧兵たちがヴェルゴへと殺到した。レムナントは後方へと下がる。

周囲の鎧兵とレムナントを一瞥すると、ヴェルゴは周囲の鎧兵たちの排除を優先するべきと判断。至近に近付いてきた鎧兵の頭部へと“武装色の覇気”で強化した竹竿を叩きつける。

鈍い音が響き、何かが宙を舞った。──首だ。


「何?」


流石にヴェルゴもそれには驚いた。彼の竹竿による一撃は強力だが、首が飛ぶほどの威力では殴ったつもりがなかったのだろう。

宙を舞う兜を着けた首。だが、不思議と出血はなかった。代わりに首がなくなったはずの体が動き、ヴェルゴを掴む。


「何を」

「吹き飛べ!!」


首のなくなった状態でヴェルゴを掴んだ鎧兵。その光景に驚愕を覚えたその瞬間、その鎧兵が爆ぜた。

一体だけではない。彼の周囲に迫っていた鎧兵たちも一斉に爆発する。

凄まじい爆発だった。中心にいたヴェルゴは勿論のこと、周囲の海兵や本来味方であるはずの海賊までもが巻き込まれる。


「レムナントさん! どういうつもりだ!?」


仲間を巻き込まれた海賊が彼に向かって吠える。黙れ、とレムナントが一括した。


「じゃあテメェらがあの海兵どうにかできんのかよ!?」

「だがそれは……!」

「あんなバケモンとは聞いてないぞクソが!」


悪態をつくレムナント。その彼の視界、センサーがその姿を捉えた。


「驚いた」


爆発の中心。そこには爆発の衝撃でその服こそ焼き焦がしながらも、健在な状態のヴェルゴが立っていた。


「……嘘だろ」

「何をしやがった」


思わず周囲の海賊たちから声が漏れる。倒れている海兵や海賊たちは余波によるものだ。余波でそれだというのに、中心の男が健在というのはどういうことだ。


「見ろよ。バケモンだろうが」


舌打ちを溢すレムナント。彼の視線の先でヴェルゴが爆発によって敗れた服を脱ぎ捨てた。

思わず息を呑むほどに鍛え上げられた肉体がそこにあった。彼は竹竿を構えると、さて、と言葉を紡ぐ。


「あまり時間はかけられないのだが」

「クソが! やってやろうじゃねぇか!」


正門前に新たに現れた戦力と、“七宝剣”が衝突する。

戦争は、佳境へ。



◇◇◇



正門前の戦い。そこを眺めることのできる背の高い木の天辺に、一人の海賊がいる。


「フッフッフッ……ヴェルゴの奴は随分はしゃいでいるな」


異例尽くしの海賊とも呼ばれる“七武海”が一角であるドフラミンゴ。彼は自身が連れてきた男の戦闘を眺めながらただ笑う。


「戦争ってのは最前線で見物してこそだ。だがまあ、やはり一番重要なのはあそこか?」


ドフラミンゴの視線の先。遥か上空には、二人の男が向かい合っている。

一人は、“伝説”。彼の“海賊王”と同じ時代を生きた大海賊。

一人は、“新時代の英雄”。その若さからは想像できないほどの事件を引き起こす海兵。

どちらが倒れようと、明日の世界は荒れるだろう。


「精々楽しませてくれよ」


笑い声が響き渡る。

戦争は、佳境へ。


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