逃亡海兵ストロングワールド⑫─1

逃亡海兵ストロングワールド⑫─1




第十二話 浮島の戦い




メルヴィユを進む海兵たちは、怪物たちによって足止めされていた。

その気になれば数体で街一つを壊滅させる化け物たちである。鍛え上げられた本部の海兵でも油断すれば即死もあり得る相手だ。しかも怪物たちは無数と言ってもいいほどの数がおり、キリがない。


「ちくしょう、どうなってんだ!」

「怪物共の動きが急に変わったぞ!」


兵士たちから声が漏れる。先程までは怪物たちはこちらを見つけると襲ってくるという状態だった。それこそ文字通りの野生の獣であったのだ。

ただ、この島が今異常事態にあることは怪物たちも理解しているらしく非常に警戒心が強くなっている。それもあって幾度となく止むを得ない戦闘が発生していたが、避けられた戦闘もそれなりにあったのだ。

だが、気候が陽気な春のエリアから雪の降る冬のエリアに変わり、シキの居城が見えて始めた時から怪物たちの動きが変わった。

身を隠すこちらを確実に見つけ出し、更に連携まで取り出したのだ。


「どう思う、ブラザー?」

「どうもこうもねぇ……! あれだ!」


青い色をしたティラノサウルスのような怪物を倒した二人──フルボディとジャンゴが背中合わせになりながら言葉を交わす。

その拳が示す先には、とある海賊がいた。


「ペトトトト! いいぞお前ら! 全員殺してしまえ!」


丘の上、こちらを見下ろす位置で声を張り上げる一人の男。右手に鞭を持ち、片目にモノクルをしたその男の指示を受け、怪物たちが暴れている。


「見たことあるか?」

「いや、ねぇな」

「だがここにいるってことは」

「そう海賊だ。……最低だな」

「お前も元海賊だろ」

「そうだった!」


怪物たちの攻撃をいなしながらいつも通りの漫才を繰り広げる二人。割と余裕である。

だが、周囲の者たちはそうはいかない。ただでさえ部隊が予定よりバラけた状態で、指向性を持った怪物たちの攻撃だ。流石に堪える。


「ヒナ嬢! ここは退くべきでは!?」

「流石にこりゃキツい!」


二人の部下の言葉に、怪物をその能力で拘束する海軍本部大佐、“黒檻のヒナ”は首を横に振る。


「いいえ、あいつはここで倒すわ」


そして、そう宣言した。

ええ、と驚く二人と周囲の者たちに対し、ヒナが冷静に告げる。


「ここで退いたところで拠点に戻れるわけじゃない。ここは敵の本拠地よ。倒せる者は倒さないと」


そう、ここは敵の本拠地なのだ。厄介な敵を避けたところで、それはただの後回しになるだけ。最悪なのは挟み撃ちにされることだ。

故に、倒せる敵は倒す。“歌姫”の奪還の後には撤退戦も待っているのだ。敵は減らせるだけ減らさなければ。


「しかしヒナ嬢! 敵が何故怪物を操れるのかがわからなければ!」

「二人とも、状況の整理」


鈍い金属音。同時、こちらへ突っ込んできた角を持つ馬が四本の足をそれぞれ二本ずつ鋼鉄の檻に囚われ、転倒する。彼女の持つ能力は、こういう単純な動きの相手には実に効果的だ。

そして話を振られたジャンゴとフルボディは顔を見合わせ、言葉を交わし合う。


「状況の整理?……よくわからんが、何故か怪物共はあの野郎の指示に従ってる」

「そう、指示だ。どう見ても人の言葉をこの怪物共は聞いてる」

「高いところにいるのは全体を見渡すためか?」

「だが妙だ。自在に操れるんならわざわざ姿を表す必要はねぇ」

「てことは、それが条件か?」

「敵に姿を見られることが? 違うだろ。──そうか、わかった」

「「声だ!!」」


二人がヒナの方を見る。ヒナは小さく笑みを浮かべた。


「合格」


その笑みに心臓を撃ち抜かれたようになって倒れ込む馬鹿二人。相変わらず戦場だというのに割と余裕である。目立った傷がないあたり、間違いなく精鋭なのだ。馬鹿でアホだが。


「総員、状況は理解したはずよ」


倒れている馬鹿二人を無視し、ヒナが周囲に指示を出す。


「最速、最短であの海賊を叩きます。──状況開始」



◇◇◇



シキの居城、その正門前。雪の降るその場所に、大勢の海賊たちがいた。

彼らは備え付けられた大砲の側に立って待機しており、遠くに見えるダフトグリーンとその奥の森から来るであろう侵入者を待っている。

遠目にではあるが、既に戦闘が起こっていることはわかっている。ただ、ここに辿り着くにはまだ時間がかかりそうだが。


「船長、ラッキーでしたね」


侵入者たちを迎撃するために配置された海賊たち。その最後方の位置にいる海賊、“蹴撃のドリーマー”と呼ばれる“新世界”の海賊に彼の部下が声をかける。

退屈そうに椅子の背もたれに背を預けていた彼は、何がだ、と問いかける。


「この状況のどこがラッキーだってんだ」


一見するとチンピラのような風体の男だが、その実力は首にかけられた三億を超える懸賞金が示している。

事実、彼の部下以外の海賊たちは緊張した面持ちだ。その風体に違わず気性の荒さで有名な男である。目をつけられないようにと考えれば、それは緊張もするだろうが。


「寒いわ面倒だわウゼェわでやってられるかよ」

「けど船長、あそこに残るよかマシでしょ?」

「……あァ?」


部下が示す先を見る。それは背後にある巨大な城だ。そこからは戦闘の音は断続的に続き、時折凄まじい轟音も響いている。

僅か九人で乗り込んできた奴らが暴れている音だろう。確かにな、と彼は呟く。

ちなみにであるが、ドリーマーの背後には出て来る者を迎撃する用の人員も配置されている。元々警備のための人員もいたのだが、連中に全員黙らされてしまっていた。


「まあ、シキの野郎は“七宝剣”とやらの中で一番おれを信用してねぇだろうからな」

「ありゃ、いいの船長。親分って呼ばなくて」

「他の幹部がいる前ならともかく、いねぇ場所で呼びたくもねぇ呼び方するかよ」

「でもおれたち以外の海賊もいるよ?」

「大丈夫だろ」


ジロリと、周囲の海賊たちを睨みつけるドリーマー。彼は身を起こすと、大体、と言葉を紡いだ。


「そんなことをシキにチクってどうなるってんだ。あの野郎は笑うだけだ。そしてそいつをおれが蹴り殺す。ほれみろ、チクった奴が死ぬだけだ」

「確かに」


あはは、とドリーマーの部下は笑う。全く、と煙草に火を点けながらドリーマーはボヤく。


「おれはよ、別に“海賊王”も“四皇”もどうでもよかったんだ。略奪して楽しんで生きてればよかった。だってのに、あの日に」

「いきなり襲撃されたもんねー」

「運がなかった、ってことだろうな。そういうこともある。まあ、命繋いでんだからまだ終わっちゃいねぇが」


厄介だぜ、とドリーマーは呟く。

彼自身はこの時代において、夢を見て海賊になったわけではない。奪い、殺し、破壊することに喜びを見出したからこそ海賊になった。毎日汗水垂らして生きるなど馬鹿らしい。その日を楽しく生きられればそれでいいのだ。

故に、こんなところで海軍に正面から戦争を挑んでいる現状など不本意極まりない。だが、シキに逆らう力があるわけがない。あの男がどれほどの怪物であるのかを彼はその身でよく理解している。


「見ろよ、あの光景を」


ドリーマーが指で示す先。そこには、この世の終わりのような光景が広がっている。

次々と空に向かって打ち上げられたかのように昇っていく岩石群。それは一定以上の高度に達すると、そのまま急降下していく。

あの大質量が降り注ぐ先はマリンフォードだ。下がどんな地獄になっているかは想像に難くない。


「あれをたった一人の能力者がやってのけてるってんだぜ? “四皇”ってのはどいつもこいつもバケモンだというが、それすら評価としちゃ生温い。あれに逆らうのは馬鹿のすることだ」


従うのは利口な生き方だ──そう言って肩を竦めるドリーマー。けどさ、と彼の部下が言葉を紡ぐ。


「さっきの奴は躊躇なく向かっていったね」

「アラバスタの英雄様だからな、世界の怖さを知らねぇのさ。それに海軍だ。おれたちのようにシキの野郎に従うなんて選択肢が取れるはずもねぇ。……まあ、いい度胸はしてる。海兵やってんのが惜しいくらいにはな」


もし海賊であったとしても、“麦わらのルフィ”の名はそれなりに通った名になったであろうと思わせるだけの気迫を持っていた。まあ、ただの妄想だが。

いずれにせよ、とドリーマーは言う。


「あの英雄様はシキに殺される。ガープが戦うってんならともかく、あれじゃダメだ。甘く見積もっておれたちと同格程度で勝てる相手じゃねぇ」

「あの若さでそれなら十分凄いと思うけどなー」

「“若い”ことを待ってくれるような慈悲深い相手じゃねぇだろうよ。おれたちは海賊なんだからな」


海賊の世界にも、通すべき筋はある。それこそ人によっては若き才能を見逃すこともあるだろう。だがそれは、あくまで同業者に対するものだ。海軍にかける情けはない。


「後ろの連中もおれたちがここに陣取ってる限り合流は出来ねぇ。犠牲が何人出るかは知らねぇが、結局数には勝てねぇよ」


肩を竦めるドリーマー。その彼の耳に、奥の建物から誰が走り込んでくる音が聞こえた。


「逃げ込んできたか?──構えろ」


立ち上がり、指示を出すドリーマー。周囲の者たちが銃を構え、出てくるものを待ち構える。

その姿を確認した瞬間に蜂の巣だ──そう思い、指示を出そうとした手は。


「んん?」


しかし、降ろされなかった。走り出てきたのは見知った顔だからだ。


「何やってんだレムナント」


そう、そこから出てきたのは白衣の男、“墓荒らしのレムナント”だった。彼は扉から完全に顔を出すと、一度背後を振り返った。そして、ふー、と大きく息を吐く。


「よし、追って来てないな」

「いや何に追われてんだよ」

「お、ドリーマー。いやさぁ、あのジジイがエグい命令すんのなんのって」


言うと、レムナントは階段に腰掛けた。ドリーマーは銃を下ろすようにと指示を出すと、改めて椅子に座り直す。


「で、ジジイっつーと」

「ジュウゾウのジジイだよ。おれとカガシャで小娘を追って“歌姫”を確保しろなんて言いやがって」


小娘、というのはイルのことだ。彼女の戦闘能力は高いが、それでも幹部と比べると劣っている。年齢もあって下に見る者は多い。シキの孫娘であるというのに雑用ばかりしているのは一体何なのかとドリーマーなどは思っている。

ちなみにレムナントの生身と比べれば天と地ほどの戦闘能力の差がある。多分一秒持たない。


「野郎の孫が追ってったのか。ラウンドはどうした?」

「“白猟”とやり合ってるぜ」

「土と煙とはまたなんとも目障りな組み合わせだな」


巻き込まれなくてよかったぜ、と呟くドリーマー。そもそもだ、とそんな彼に対してレムナントが言う。


「おれは頭脳労働担当だ! 小娘の後を追うなんておれが怪我したらどうする!」

「いやお前、戦場だぞここは」

「知るか! おれが死ぬのは損失だぞ! 小娘が追ってんなら任せときゃいいのにあのジジイ! いきなりキレやがって!」


全く、と腕を組んで憤慨するレムナント。大概クズだなこいつ、とドリーマーは思った。

まあ、だからこそ幹部の中でドリーマーが一番親しい相手でもある。互いに自分のことしか考えていないし、それを互いにわかっているので遠慮がないのだ。


「つってもお前、どうやってここに来たんだ? カガシャと一緒に追えって言われてんならあの女から逃げたってことだろ?」

「それだよ聞いてくれドリーマー! ジジイがキレた後、今度はガープがキレたんだ! 床ひっぺがして力任せに振り回してもう部屋は無茶苦茶だ! 床まで抜けたんだぞ!」

「……マジか」


その光景を想像し、ドリーマーもゾッとした。ジュウゾウとガープという“伝説”が同時にキレるとかどんな地獄だ。


「で、お前はなんで無事なんだ?」


レムナントの肉体は貧弱だ。とある手段によって戦うことはできるしその際の強さは間違いないが、普段の彼はそれこそドリーマーが軽く蹴るだけで死にかねないほどに弱い。

あの部屋は最上階の一つ下の部屋だ。そこでガープが暴れたということは、相応の目に遭っているはずだが。


「落ちた先に雪が積もっててクッションになったんだよ。……腰は痛いけどな」

「相変わらず貧弱だな。少しは鍛えろよ」

「嫌だね。それはおれの理念の敗北だ」


笑みを浮かべて言うレムナント。ドリーマーは肩を竦める。


「まあ、なんでもいいが。ここにいるんなら働けレムナント。スーツ持ってこい。後フランケン部隊もだ」

「ああ? 働くってなんだよ?」

「あのダフトグリーンの向こうに海軍の増援部隊がいる。それと“歌姫”が合流されたら厄介だ。ここで迎え撃つ」


ダフトグリーンの向こうを示すドリーマー。そこでは複数の爆発音や声、怪物たちの咆哮が響いている。


「ブリード、っつったか? ジュウゾウのジジイが連れて来た奴が先走ってるがまあ放っとけ。あのダフトグリーンを防衛ラインにしてここで戦うぞ」

「はあ!? あの女から逃げた先でも戦闘かよ!? 嫌だよ怪我したくねぇ!」

「ここは戦場だぞ馬鹿が。ここには後ろに戻って戦うか、それともここで戦うかの違いしかねぇが……どうする?」


チラリと、レムナントが背後を振り返る。

──その瞬間、まるで見計らったようなタイミングで、凄まじい轟音が響いた。衝撃もここまで伝わってくる。

その衝撃を肌で受け、口笛を吹くのはドリーマーだ。


「このレベルの衝撃となると、ジュウゾウとガープか? 城が吹き飛びそうだな」


笑いながら言う彼に、レムナントが振り返る。


「よしわかったここで働こう」

「物わかりよくて何よりだ」

「ただ」


頷くドリーマーに、レムナントが言う。


「倉庫に行くまでおれを守れ」

「はぁ?」


思わずそんな反応が出たが、しかし、それは当然かともドリーマーは判断する。

レムナントの本質は科学者だ。その肉体の強さで生き残る自分達海賊とは本質が違う。彼は身一つで戦うことはできず、戦うために道具を必要とする。

普段ならともかく、今の状況でレムナントを生身でいさせる意味はない。故に戦う手段が彼には必要なのだが、それを取りに行く際に何かに巻き込まれたらそのまま死にかねない。彼の要求も妥当であるのだ。


「しょうがねぇな。おれが行ってやるよ」

「え、船長。でも」


ドリーマーの部下が声を上げる。しょうがねぇ、と彼は面倒臭そうに言葉を紡ぐ。


「それにわざわざ指揮を執るほどの状況でもねぇだろ。ダフトグリーンから顔出したら銃火器で殺す。それ以外何かあんのか?」

「まあ、それはそうだけどさー」

「それにこいつを他の奴と行かせたら間違いなく逃げるぞ」


親指で指し示しながら言うと、びくりとレムナントは体を振るわせた。状況を見守っていた者たちほぼ全員が、『マジかこいつ』という表情を浮かべる。


「子電伝虫は持っとけ。そう時間はかからねぇだろうが、何かあったら知らせろ」


そう指示を出すと、ドリーマーはレムナントと共に走り出す。だが、レムナントは元来運動能力が絶無の男だ。すぐに体力が限界を迎え、足が止まってしまった。


「ちょ、ちょっ、待って」


息を切らして情けない声で言うレムナント。どうしようもないくらいに脆弱だった。


「……しょうがねぇな」


呆れた様子で言うと、ドリーマーはレムナントを担ぎ上げた。それこそ米俵でも持つような体勢だ。


「おお、こりゃ楽だ。恩にきるぜ」

「調子のいい野郎だ。だがまあ、丁度いい。──お前に一つ、提案がある」

「あん?」


レムナントが疑問符を浮かべる。難しい話じゃねぇ、とドリーマーが言った。


「お前が隠れて用意してる脱出艇、おれたちにも噛ませろ」



◇◇◇



その海賊の名は、ブリードという。

かつては彼も、一つの海賊団を率いる船長であった。しかし、彼はかつての部下たちに裏切られ、捨てられることになる。


“お前みたいな仲間の気持ちをわかろうとしない奴に、誰がついて行くか!!”


そう、彼らには言い捨てられた。

その日から、人間を信じることを止めた。手にした能力を用い、動物たちと生きていた。

だが、あの日。運命が現れる。


“ウハハハハ、某を狙ったのが運の尽きでござるなぁゴロツキ”


最早、海賊とさえ呼んでもらえぬほどに落ちぶれた自分。その自分に、あの男は。


“いい目でござるなぁ。そして、いい能力も持っている。ふむ、どうでござるか? こちらに来るのは?”


人を信じることは、止めた。

だからこれは信じたわけでも、縋ったわけでもない。

もう一度立ち上がるための選択だ。

だった、のに。


「やっぱり声だったみてぇだな」

「よく見ると、怪物共の首に首輪みてぇなのがついてるな」


こちらを見下ろす、人間がいる。

体は、動かない。体を拘束する鋼鉄の檻が、動くことを許さない。

声もダメだ。鋼鉄の猿轡が、声を出すことを許さない。


「周りに仲間はいないのかしら?」


うつ伏せに倒された自分の背中を踏む女将校の問いかけ。仲間などいるはずがない。いるわけがない。

自分にいるのは、いつだって。


──何故だ。


怪物たちが、海兵たちを襲うことなくこちらを見下ろしている。その目に宿るのは……憤怒と、憎悪。

何故、そんな目を。

おれは、おれさまは。

お前たちを。


「背中を守ってくれる仲間の一人もいないなんて。……ヒナ同情」


直後、強い衝撃が脳を揺らし。

その意識は、刈り取られた。



先程まで自分達を襲っていた怪物たちが、急に大人しくなった。おいおい、とジャンゴが困惑した表情で言葉を紡ぐ。


「どういうことだこりゃあ?」

「おれたちをじっと見てるな」


隣のフルボディも困惑した表情だ。なるほど、と足蹴にして沈黙させた海賊を見下ろし、ヒナは言う。


「この子たちは無理矢理操られてたみたいね。怒りが伝わってくる」


そして彼女は子電伝虫を取り出した。通信の相手はこの増援部隊の総大将だ。


「ドーベルマン中将。──作戦を第二段階へ進めます」


言い切ると、彼女は周囲の海兵たちに指示を出す。

打ち上げられたのは無数の照明弾だった。夜空を照らす、幾つもの光だ。

そして。

応じるように、無数の爆発音が響き渡った。



◇◇◇



廊下を走る激しい音が響く。その音の主は、後方へと大声で叫んだ。


「さっさと来い! 逃げたら殺すぞ!」

「わ、わかってる!」


よし、と頷くと男──ドリーマーが速度を上げた。その二つ名になるほどに凄まじい彼の蹴り技を生み出す彼の脚力は、最早常識の外にある。


「中だけじゃなく外で爆発だと……!? 何があった!?」


正面玄関へと辿り着くドリーマー。そこで彼が見た光景は、あまりにも衝撃的なものだった。


「船長! ダフトグリーンが吹き飛んだ! 怪物共が!」

「見りゃわかる!」


部下が張り上げる声に対し、ドリーマーが応じる。そう、そこに広がっていたのは怪物避けであるはずのダフトグリーンが全て吹き飛ばされ、更にこちらへと侵攻してくる怪物たちの姿だった。

ダフトグリーンから城までは距離がある。故に今は砲撃で押し留めている状態だ。

ドリーマーは舌打ちを一つ零すと、声を張り上げる。


「砲撃を続けろ! 怪物共を中に入れるな! おれも前に出る!」


言うと、ドリーマーは走り出した。内心で何度も舌打ちを零す。


(やりやがったのは誰だ? 海軍か? だとしたら討ち入りの連中だろうが、あんな人数でこの規模の爆発を起こせるのか?)


城を守るためのダフトグリーンが半分以上吹き飛ばされている状態だ。正面は完全に素通し状態であり、これでは怪物共は入り放題である。なんとかしなければ被害拡大は避けられない。

だが今は、とにかく目の前の怪物たちだ。


「ゴォォォッッッ!!」


唸り声を上げて突っ込んでくるのは、巨大な猪のような怪物。ただその牙はまるで剣山のようになっており、正面から当たれば文字通り引き裂かれることは間違いない。

だが、その猪の真正面にドリーマーは走り込む。


「獣が図に乗るなよ」


呟きと共に、彼は右足を構えた。その足に、覇気が込められる。

そして。


「ぶち抜くぜ! “貫通蹴撃”!!」


貫くような蹴りが、猪の牙を粉砕しながらその脳天を貫いた。

悲鳴すら上げられず倒れ込む猪。煙草を取り出し、ドリーマーは火を点ける。


「砲撃を続けろ」


おお、という歓声が響いた。対照的に、怪物たちが彼の姿を見て一歩下がる。

彼我の力の差を理解したのだろう。獣であるからこそ、本能で理解したのだ。

この人間は、化け物だと。


「酷い事をするのね」


そんな中、一人の女性将校がこちらへと歩いてきた。スーツを着た美女だ。ほう、とドリーマーは笑みを浮かべる。


「ようやく到着か、海軍本部。お前らはいつも遅いな」

「…………」


相手は無言。手袋を着け直し、一息を吐く。

そして。

響き渡るような金属音が、戦闘開始の合図となった。


「総員! こいつは私が相手をする! 入り口をこじ開けなさい!」


蹴りと拳。それが衝突したとは思えない音を響かせながら、女性将校──ヒナが後方の部隊に指示を出す。

応じる声が上がり、続々と海兵たちが走り出てくる。

はっ、とドリーマーはその光景を前に笑った。


「ここに来るだけで随分お疲れのようだぜ野郎共! 近寄らせんなよぶっ潰せ!」


海賊たちからも応じる声が上がる。そんな中。


「……先に行きなさいと、言ったはずだけれど」

「おいおいヒナ嬢。そりゃあ野暮ってもんだ」

「あんたの前で戦うのがおれたちだぜ」


ヒナの腹心の二人が、彼女の指示に従わずにドリーマーの前に出て来たのだ。はあ、と彼女は息を吐く。


「勝手にしなさい。ただし、相手は三億の首よ。油断はしないように」


その言葉に、えっ、という言葉を二人が零し。

振り抜かれたドリーマーの蹴りが、空を裂く。


シキの居城、その正門前。

状況、開始。




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