逃亡海兵ストロングワールド⑪─1

逃亡海兵ストロングワールド⑪─1



第十話 旧時代と新時代



メルヴィユでも、マリンフォードでも戦闘が始まった。こうなればもう、どちらかが勝者になるしか決着はない。

そして海賊側の総大将は、空の上からこの状況を見据えている。


「なァ、ガープの孫。おめェは大した男だと思うぜ?」


眼前、自身の居城の屋根からこちらを見上げる青年を見据えながらシキが言う。


「流石はあの野郎の孫だ。海軍本部大佐って肩書きは飾りじゃねェ。その歳でそれを背負ってるってんだからやるもんだ。しかもクロコダイルの小僧を討ち取ったんだろう? 大したもんだ」


元“七武海”サー・クロコダイル。ルフィとウタの名が世界に轟いた切欠であり、世界政府の汚点でもある事件において当時中佐であったルフィは彼を討伐した。

それはギリギリの戦いであったが、それでも勝利した。

ルフィは無言のままシキを睨みつけている。シキはそんな彼に対し、だが、と言葉を紡いだ。


「もしおれをあの小僧と同じだと思ってるんなら、今すぐその認識を改めろ。あの小僧とおれでは格が違う。海賊としての格がな」

「どのみち海賊だろ」


直後、ルフィが屋根を蹴り飛ばして空へと駆け上がった。その身からは蒸気が噴き出しており、彼がすでに全力であることが窺える。


「“月歩”か。大した技術だが、それではおれは捉えられん」

「“JET銃”!!」


超高速の拳が放たれる。しかしその一撃は、虚しく宙を打つだけだ。

文字通り、自由自在に空を飛ぶシキ。あくまで空中を蹴って移動するルフィでは、どうしようもなく分が悪い。


「おれと相対するってんだ。“月歩”は最低限の技術だろうが、それだかじゃァ足りねェ。おめェがどれだけ空を蹴って飛ぼうと、空を舞う自由には程遠い」

「知るか!」

「威勢はいいな。だが足りねェ」


シキが右手の指を動かす。直後、突き上げるようにして無数の槍の形になった岩が地面から飛来してくる。


「うおっ!?」


勢いよく迫るそれを避けるため、ルフィが更に上へと飛んでいく。

しかし。


「おいおい、目を離すなよ」


先回りしていたシキが、その右脚を振り下ろした。咄嗟にガードしたが、そのまま地面に向かって吹き飛ばされる。


「ブルチネラをぶん殴ったまでは良かったがな、ガープの孫。所詮はこんなもんだ」


自身の居城、その一角に叩きつけられたルフィを見下ろしながら言うシキ。ルフィは瓦礫を押し退けながらクソォ、と息を吐く。


「動きに追いつけねぇ。どうすっかな」


何度かこうして殴りかかっているが、状況が好転しない。やるうちに冷静にはなってきたが、打開策が浮かばなかった。


「余裕だなァ、ガープの孫。おれを自由にさせるってことの意味をわかってねェようだ」


どうするかについて考えて立ち止まるルフィに、そんな風に告げるシキ。直後、彼はその両手を広げた。

彼のその動きを見て、待て、とルフィが叫ぶ。


「やめろ!」

「おめェの言葉を聞く義理なんざねェだろう」


そして、大地が揺れる。

メルヴィユの大地が隆起し、無数の巨大な岩を生成する。

それらが浮かぶのは島の外縁だ。それはつまり、狙いがルフィではなく。

下の、マリンフォードということだ。


「質量、そして速度。その強さってのは古今東西変わらねェ原始的な強さだ」


そして、星が降る。

一度、空に浮かぶメルヴィユよりも更に空へと浮かんだ岩が、大地に向かって降り注ぐのだ。

灼熱の熱気を伴い、落下する無数の岩。それは隕石と呼ばれるものに近い。


無数の隕石が、マリンフォードとその周辺に降り注ぐ。


ルフィにはマリンフォードの状況は見えない。だが、何が起こったかだけは理解した。


「何を怒る? おめェがおれを倒せねェからこうなるんだ」


そんな彼に対し、シキの嘲笑が届く。


「どうした、“新時代の英雄”? おれをぶっ飛ばすんじゃねェのか?」

「当たり前だ!」


だが、と内心でルフィは思う。とにかく、シキの自由な動きについて行けるようにならないと状況が変わらない。

何かないか、と思う彼の見聞色が、とある気配を捉える。

それは、彼が名付けた一羽の鳥。


「ビリー!!」

「クオッ!!」


凄まじい速度で、電気を纏いながらその鳥は飛来した。シキの居城、その周辺にはダフトグリーンの樹が植えられている。故に本来、彼は近付くことを躊躇うはずだ。

だが、彼はその壁を意志で突き抜けてきたのだ。彼に名をくれた人間のために、優しく撫でてくれた人間のために。


「あいつは……」


シキが呟くように言う。そういえばあんなのもいたな、と興味もなさそうに。

だが。


「ビリー! 力を貸せ!」

「クオッ!」


その鳥の背中に、ルフィが飛び乗った。ほう、と彼は笑う。


「この島の怪物を手懐けたのか。おれに勝てねェから力を借りるってか?」

「そうだ!」


なんの臆面もなく、ルフィは応じる。


「おれの役目はお前をぶっ飛ばすことだ! そのためなら力だっていくらでも借りてやる! ビリーはおれの仲間だ!」

「上等だ。ならかかってこい、ガープの孫。飽きるまでは遊んでやる」


いけ、という言葉と共にビリーが速度を上げて空を行く。それはルフィの“月歩”の速度より遙かに速い。

しかし、シキの能力もまた異質。

この無限の如く広がる空において、彼の自由度は遙かに高い。

──一体、何の皮肉だろうか。

この大空を自由に舞う力を持つ男が望むのは、“支配”だ。それはまさしく、“自由”とは対極にあるというのに。



◇◇◇



多勢に無勢、という言葉がある。

基本的に、数というものは多い方が有利だ。どれほどの力を持つ個人であっても、飯を食う必要もあれば寝る必要だってある。それこそ海軍大将や四皇といった怪物でさえ、文字通り昼夜問わず攻められることになったら耐えられない。

故に、たった三人で耐え切れるはずがないのだ。しかし、現実として。


「次は誰じゃ、海賊共」


たった一人の“伝説”に、シキの下についた海賊たちは勝てないでいる。

文字通り、順番に。向かってきた海賊をその拳の一撃で黙らせる様は正に“伝説”に謳われた怪物の姿だ。

スモーカーと対峙する“大地の王”ラウンド、そしてモモンガと対峙する“毒蛇のカガシャ”もその光景には目を見張っている。


「……これが、“伝説の海兵”か」

「親分が警戒するわけじゃ」


懸賞金が億を超え、“新世界”で名を轟かせる海賊でさえもその男の力については驚愕するしかない。

海賊たちは皆、二の足を踏んでいた。当たり前だ。目の前で向かっていった海賊たちが一人ずつ倒されているのである。行けば倒されるという事実を何十回と見せられて、突き進めるような者はそう多くない。

チッ、という舌打ちの音が響いた。この場に集う海賊たちを束ねる立場である“七宝剣”の一角、“墓荒らしのレムナント”だ。


「何をビビってやがる! たった三人だぞ! さっさと殺せよ!」


だが、その言葉を聞いても海賊たちは動けない。ほう、と声を上げながら“伝説”──ガープがレムナントを見据える。


「次はお前か?」

「ぐっ……!」


その気迫に後退りするレムナント。

場に緊張が満ちる。彼に対抗できる海賊である二人も、今目の前にいる海兵に背を向ける余裕がない。

たった一人、たった一人だ。その海兵を前に、海賊たちは動けない。

これが、あの時代を生きた海兵の強さだというのか。


「来ないのであれば、こちらから行くが」


そして、ガープが踏み出そうとした時。



「相変わらずでござるなぁ、ガープ」



どこか気の抜けた、笑いを含んだ声が響く。

声がしたのは一番奥からだ。そちらへ視線を送ったガープは、そこから現れた人物に表情を険しくする。

見覚えのある顔だ。かつて幾度となくぶつかり合い、そして、終ぞ捕らえることはできなかった男。


「おお、あんたか!」

「すまぬでござる。部屋で一人酒をしておったらいつの間にか寝ておった。ウハハハハ、シキに怒られてしまうでござるなぁ」


レムナントの言葉に、笑いながら応じる声。

片手に酒の入っているのであろう瓢箪を下げて現れたのは、一人の白髪の男だ。着流しから見える浅黒い肌。その顔の皺が彼の歳を現しているが、見えている肉体は文字通り鋼の如く鍛え上げられている。


「シキの計画じゃ。いるとは思っておったが」

「隠居のつもりでござったが、手を貸せと言われると断れんでござるよ。それに、お主とも戦えると聞いたならば余計にな」


その男は、かつて“金獅子のシキ”の片腕として活躍した男。

大艦隊を率いた彼の下、その力一つで戦闘員を取りまとめる立場にあった怪物。

純粋な戦闘能力であれば、ロジャーの片腕たるレイリーとも渡り合ったバケモノだ。


「おい、あいつは」

「“金獅子”の鬼札か」


スモーカーとモモンガも表情を固くする。

その男に与えられた二つ名はいくつもある。

曰く、“酒呑”。曰く、“国呑”、曰く、“アラストゥルの悲劇”。

だが世界政府は、最終的に彼にこの忌み名を与えた。

──“殺人鬼”、ジュウゾウ。

そんな、あまりにも単純で残酷な名を。


「しかし、随分暴れてくれたようでござるな。……どうやら、盃も交わし終えた後とみえる」

「あ、ああそうだ! 頼むよ! 旦那の子分がやられてんだ!」

「ふむ、承知した。しかし、肝心のシキはどこでござるか? 司令室にでも?」


レムナントの言葉に、右手の瓢箪の酒を煽りながらジュウゾウは応じる。その問いにレムナントは何度も頷きながら答えた。


「旦那は今外だ! 海兵が旦那を追ってるのを迎え撃ってる! だから旦那は──」

「それはまずいでござるな」


レムナントの言葉を手で制し、ジュウゾウは言った。


「最高司令官が直接の戦闘など、どんな事故が起こるかわからぬでござる。故に某はシキのところへ行こう」

「──待て」


直後、凄まじい轟音と衝撃が轟いた。

ガープが振り抜いた拳。それをジュウゾウが瓢箪を盾にして防いだのだ。瓢箪が砕けて中身の酒が撒き散らされるが、ガープの拳は手で受け止められている。


「衰えたでござるか、ガープ?」

「わしも歳じゃ」

「ウハハハハ、そいつはいかんでござるな。若さの秘訣でも教えようか?」

「間に合っておるわ」


そして、再びの衝撃。

ガープもジュウゾウも互いに左拳を衝突させ、その衝撃で二人は少し後方へと退く。


「しかしガープ、ちと待って欲しいでござる。某としてはシキが戦っているのであれば、援護をせねばならんのでござるよ」

「行かせんよ。シキと戦っておるのはわしの孫じゃ」


油断なく構えるガープ。その姿を見て、おお、とジュウゾウは笑う。


「お主の孫でござるか。それはさぞいい面構えをしているのでござろうなぁ」

「そうじゃな。ルフィは強い海兵になった。これから更に強くなるじゃろう」

「それは素晴らしいでござる」


笑うジュウゾウ。そこで、む、と何か思い当たるような顔をした。


「ルフィ……お主の孫ということは、モンキー・D・ルフィとなるのでござろう? 聞いた覚えが」


だが、ジュウゾウの言葉は最後まで紡がれなかった。

その言葉を遮るようにして、一人の道化が立ち上がったのだ。


「あァ、痛ぇ!! あのクソガキ殺してやる!!」


殴られた頬を押さえながら、巨漢の道化がゆっくりと立ち上がる。そして彼は周囲を見回した。


「許さねぇぞクソガキ!! あの女もだ!! 徹底的に痛めつけて殺してやる!!」


その光景に、スモーカーとモモンガが舌打ちを零す。あの一撃で倒し切れたとは二人とも思っていなかったが、思ったよりも目覚めるのが早い。

この状況であの道化の相手もするのか、と身構えた二人。ガープは冷めた目で道化を見つめている。


「ウハハハハ。どうした道化、殴られたのでござるか?」


だが、激昂する道化──“返り血のブルチネラ”にジュウゾウが声をかける。彼はそちらを睨んだが、すぐに表情が変わった。


「あんたは……!」

「いや、少々遅刻してしまったでござる。とりあえずどういう状況かがわからぬのでござるが……そういえば、イルはどこでござるか?」


周囲を見回し、“歌姫”を追って行った女性の名を出すジュウゾウ。それに答えたのはラウンドだった。


「少数で乗り込んできた奴らのうち、数人に“歌姫”は奪還された。イルはそれを追っている」

「ほう、流石でござるな我が弟子は。して、何人で向かっている? まさかあの子一人ということはないでござろう?」


周囲に問いかけるジュウゾウ。だが、彼らは答えなかった。

この場に釘付けにされ、彼女を追うことができている者はいないのだ。場内には警備の兵もいるため、完全な孤軍であることはないだろうが。

その反応に何かを察したのか、ジュウゾウは髪を掻くとふう、と息を吐いた。

──殺意が、周囲に伝播する。

先程の青年が放った、“覇王色の覇気”ではない。ただただ純粋な殺気だ。

かつて十億を超える懸賞金をかけられた男の、本気の殺意。



「揃いも揃って、小娘一人以下とは。情けなくて泣けてくるでござるなぁ、現代の海賊共」



指示を出す、とジュウゾウは告げる。


「ガープは某が抑える。道化、ラウンド。お主らは残り、その二人を抑えろ。カガシャとレムナントは他の連中を率いてあの子を追え」


静かな言葉だった。同時、ガープが踏み込んで放った拳に対してジュウゾウが右足の蹴りで応じる。

ぶつかり合った衝撃で風が吹き、床に亀裂が入った。


「これは命令であり、決定でござる」

「……行かせるとで思っておるのか?」

「止められるとでも思っているでござるか?」


それが行動開始の合図だった。道化が床を蹴り、モモンガに迫る。振り下ろされた拳をモモンガが避けるが、その避けた拳は床を砕いた。


「くっ……!」

「直接殺せねぇのは残念だが!! 命令とあっちゃしょうがねぇなァ!! お前で我慢してやるよ海軍中将!!」


そしてそんな彼の後ろを通ろうとするカガシャ。その前に十手を突き出そうとしたスモーカーが、横薙ぎの槍でそれを妨害される。


「よそ見とは」

「クソッ……!」


ラウンドに見据えられ、悪態を吐くスモーカー。彼らだけで逃したのは、ここでガープ達が大部分の海賊を抑えるという前提あってのものだ。増援もこちらに迫っているが、合流できるまではかなり時間がかかる。

策はあるが、現状では諸刃の剣だ。予定の作戦は、ウタと増援部隊が合流してから行われなければならない。

どうする、とモモンガとスモーカーが焦りを浮かべた瞬間。



「ぬうううぅぅぅッッッ……!!」



ガープが突如、床へとその両手を突っ込んだのだ。

何を、と二人が問いかけるとほぼ同時に、彼の行動が結実する。



「ぬうりゃァァァ!!!」



文字通り力ずくで床を持ち上げると、力任せに薙ぎ払うように振り回したのだ。それは文字通り、建物を個人で破壊するかのような荒技である。

引き抜かれた床はもちろん、壁もまた吹き飛ばされ、更に柱も薙ぎ払われる。

そして、最後に。


「ふんっ!!!」


渾身の一撃を、建物へと叩きつけた。

シキが今回、盃を交わすために用意した部屋は最上階のから一つ下の部屋であり、さらに言えば彼の居城は彼自身の趣味もあって中庭がある。

ガープが力任せに振るった床は、そんな居城の一角を文字通り粉砕した。

轟音が響き、その部屋にいた者たち全員が落ちていく。そんな中で。


「肉体はともかく、精神は健在のようでござるなガープ!」

「やかましいわ! 面倒な真似をしておくれおって!」


落下しながら、この二人は戦っていた。拳と蹴りがぶつかり合い、その衝撃で落下する海賊たちは更に吹き飛んでいく。

一階に着地する頃には、二人以外はどこかへ行ってしまっていた。

それは二人の放つ激突の衝撃で吹き飛ばされたのか、それとも逃げたのか。或いは両方か。


「ああ、そうそう。あの“歌姫”の錠の鍵であれば、某が持っておるでござるよ」


そう言って、懐から鍵を取り出して見せてくるジュウゾウ。どういうつもりじゃ、とガープが問うと、何、と彼は鍵を仕舞いながら言葉を紡いだ。


「こうしておけば、お主は某と殺し合うしかないでござろう?」


図星であった。ガープは一度大きく深呼吸をする。


(すまん、ルフィ。加勢するつもりじゃったが)


目の前の男は、シキと並ぶほどの怪物だ。急いで片付ける、などということは不可能である。

他の者たちがどうなったのか、戦況はどうなっているのか。気になることは無数にあるが、それを気にしながら戦える相手ではない。


「いやぁ、二十年ぶりでござるな! 実に嬉しい!」

「くだらん」


任せたと、ガープは彼に告げたのだ。

ならば彼がするべきは、一つだけ。


「互いに古い時代の残滓。ここで時代に決着をつけるには丁度いいじゃろう」

「時代に決着、良いでござるなその言い回し」


ジュウゾウが笑う。

伝説同士の戦いが、幕を上げた。



◇◇◇



今日何度目の、世界の終わりだろうか。

そんな風に思った海兵は、一人ではない。

空に浮かぶ巨大な島、メルヴィユ。その島が不自然に揺れたのが始まりだった。

島の上部、その一部が隆起すると共に無数の岩球体を作り出す。それらは時を追うごとに増えていくと、ゆっくりと上昇した。

何が起こるのかについて、想像するのは容易い。故に。


「総員、総力を持って迎撃しろ!!」


センゴクのその号令がかかる前に、海兵たちは動き出していた。

無数の怪物たちの数はあまりにも多く、第一次防衛線は既に突破されている。今は第二次防衛線で精鋭たちの迎撃と無数の銃火器による迎撃中だった。

そこへ現れたのが、空からの第二射。しかも第一射はあくまで怪物たちを送り届けるためであったため、マリンフォードの岸に接続するような形での攻撃だった。しかし、今度は違う。


「これが、伝説の海賊……!!」


呻くような若き海兵の言葉は、この場にいる全ての海兵たちの想いを代弁している。

偉大なる航路その後半部分である“新世界”を支配する海賊たち、“四皇”。その中でも彼の“海賊王”と渡り合った“白ひげ”は世界を滅ぼす力を持っていると謳われている。

冗談だと、誰もが思っていた。だが、その考えは今日改められるだろう。

──伝説とは、正しく世界を滅ぼす力を有している。


「オニグモ中将!」

「ヤマカジ中将も!」


最初の一発目が着弾しようとした時、その隕石に突撃したのは二人の海軍中将だった。彼らは刀を構えると、全力でそれを受け止める。


「まさか受け止める気か!?」

「いや違う! あれは!」


大きさでいえば、三階建ての家屋くらいのサイズはある。ここに落ちてくるまでに摩擦熱で随分と縮んだようだが、その質量を失った代わりに尋常ならざる速度を持って迫ってきているのだ。

普段ならば、そのサイズの岩石であれば中将の二人は余裕で持ち上げるだろう。しかし今は、それどころではない。

灼熱の隕石。それを受け止めた中将二人は。


「「ぬうっ!!」」


その軌道を、横へと弾くようにずらした。

第二次防衛戦に直撃するはずだったその隕石は横へと逸れ、怪物たちの集団へと叩き込まれる。

大歓声が上がった。だが、まだ隕石は落下してくる。


「おれたちに任せろ!!」


続いて現れたのは、巨人部隊だ。彼らは複数人で巨大な盾を一つ構えると、衝撃に備える。

轟音が響き、衝撃が空を迸った。

だが、巨人たちはその隕石を受け止めたのだ。

歓声が上がる。そして。


「撃ち落とせ!」

「叩き落とせ!」


隕石へと叩きこまれる無数の砲弾。そんな中、一人の剣士が前に出た。


「そこをどけ」


まるで鷹のような鋭い目をした男。今回の招集に応じた“七武海”一人。

海兵たちが道を空ける。彼──“鷹の目のミホーク”はその、“世界最強”を謳われる黒刀を抜いた。


一閃。


まるで無造作に振り抜かれたようにしか見えない一撃で、降り注ぐ隕石たちが両断された。

だが、あまりにもその一撃は鋭過ぎたのだ。隕石の速度は落ちず、そのまま突っ込んでくる。

再び黒刀を構えるミホーク。だがその背後より、一人の巨漢が歩み出た。


「おれがやろう。──“熊の衝撃”」


背後から現れたのは、“七武海”が一角バーソロミュー・くまだ。彼の能力によって圧縮された空気、その解放された衝撃で、隕石の軌道が変わる。

降り注ぐ隕石はしかし、まだ終わらない。


「……キリがないな」


ミホークが呟く眼前、獣たちの進撃が始まる。

空と大地。止まらぬ波状攻撃が海軍本部を襲い続ける。

こちらを休ませる気などないのだろう。流石に元“四皇”。これが狙いだ。


「うわっ! 怪物共が!」

「くそっ! 隕石で手いっぱいなのに!」


空の隕石に気を取られ、下の防衛ラインが侵食され始める。純粋な数による圧殺が、海軍を追い詰めていく。

しかし、そんな中。


「道を空けよ」


一人の女性が、最前線へと飛び降りた。

迫り来る獣たち。彼らが迫る中を、その女性──“海賊女帝”ボア・ハンコックが駆け抜ける。


「“芳香脚”」


並の海兵では相手にすらならぬ怪物たちも、彼女の手にかかれば赤子も同然だ。

彼女の食べた悪魔の実である“メロメロの実”は老若男女問わず、見惚れた相手を石化する能力を持つ。だが、それとは別に物理攻撃にも相手を石化させる力を付与できる。

ハンコックの一撃を受け、体の一部が石化していく怪物たち。そして彼女から少し離れた地点では。


「“唐草瓦正拳”!!」


一人の魚人──“七武海”が一角、“海峡のジンベエ”が中空に拳を放った。

身構える怪物たち。だが、彼らは一瞬の後。

──空中を伝う衝撃により、吹き飛ばされる。


「うおお! 味方になれば頼もしいな“七武海”!」

「怪物共が怯えて止まってるぞ!」


海兵たちから幾度目かの歓声が上がり、士気が戻る。

突如最前線に現れた化け物二人。その強さを本能で理解した怪物たちの動きが止まった。それを見据えながら、ハンコックが自分と共に降りて来た男へ声をかけた。


「……ジンベエ」

「お前さんがここに来るとはのう」

「ルフィとウタが戦っておるというだけで、わらわが来る理由としては十分過ぎる」


本来ならば男嫌いとして知られるハンコック。だが、奇妙な縁がルフィとウタ、その二人との縁を繋いだ。

そしてジンベエもまた、彼らに大きな恩義がある。


「わしらがここを請け負った! 空は任せる!」


後方の海兵たちに告げ、ジンベエたちは眼前の怪物たちを見据える。周囲には、彼らに薙ぎ倒された海兵たちも多く倒れていた。

既に相当な数の犠牲者が出ている。最悪なのは、こちらに攻め入る手段があまりにも少ないことだ。

だが、耐えなければならない。あの浮島で戦う者たちを、信じなければ。


まるで世界の終わりのような光景の中。

戦争が、更に激化する。






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