逃亡海兵ストロングワールド⑨
第八話 開戦
その襲撃者たちを前に、誰もが次の動きをとれないでいた。
言動こそコミカルで道化そのものであるが、ブルチネラの力は決して偽りではない。五億近い懸賞金を懸けられている海賊が、弱いはずがないのだ。
だがその男は、一人の青年に一撃によって沈黙している。周囲には彼の海賊団の部下たちが集まっているが、気を失っているらしく起き上がる気配がない。
「……あの小僧は」
呟くのは、“海災”アルキディクスだ。彼はシキと共に、その青年の姿を見ている。
筋のいい若者であると、彼は思っていた。だが、シキに完膚なきまでに敗北したはずだ。それが、この短時間で。
一体何があったのか。いや、単純な話かとアルキディクスは思う。
人はいつだって、その身に秘めた意志一つで強くも弱くもなるのだから。
「しかし、面白い顔ぶれだ」
「“海軍の英雄”を筆頭に、海軍中将とアラバスタの英雄共か」
つまらなさそうにアルキディクスの言葉に続くのは“墓荒らしのレムナント”だ。彼の言うように、この場には今の海軍において有名人とも呼べる者たちが集まっている。
「スモーカー、ルフィ、たしぎ。今をときめく海軍のヒーローに、その部下。更にはガープにモモンガとなァ。豪華なメンバーじゃねぇか」
立ち上がり、笑いながら言う“蹴撃のドリーマー”。この場にいるのは“新世界”を生き抜いている海賊である。“情報”と言うものの重要性を極限まで理解しているし、その彼らが海軍の重要人物を知らないはずがない。
アラバスタ事件において活躍し、“七武海”の一角を落とした者たちと、シキもかつて所属していた“ロックス海賊団”を壊滅させた“英雄”。そして新時代の英雄を育てたとされる海軍本部中将。彼が言うように、あまりにも豪華過ぎるメンバーだった。
「しかし、無謀じゃ」
呟くのは“毒蛇のカガシャ”だ。それを合図にしたかのように部屋の両側の襖が開く。そこには、無数の海賊たちがいた。
「カガシャの言う通りだ。……なァ、ガープ。お前とは長い付き合い、古い馴染みだ。だからわからねェ。おめェはとんでもねェ大馬鹿野郎だが、勝算のねェことに平気で突っ込むような野郎じゃねェはずだ」
ガープは無言。腕を組み、黙している。シキが眉を顰める中、彼らの後ろにいた女性海兵が動いた。
「准将、手当を」
「……あ……」
「痛むでしょうが、我慢してください」
周囲の海賊も、自分達のことも気にした様子もなく、シキヘ背を向けてウタの傷の手当を始める女性海兵。
ほう、とアルキディクスが楽しそうに笑うとシキが彼をジロリと睨んだ。その後、シキは改めてガープを見据える。
「おめェがいくら強かろうが、たった九人で何ができる?」
「関係ねぇよ」
応じたのはガープではなく、一人の青年だった。
その青年を、世界は“麦わらのルフィ”と呼ぶ。
「お前らがどれだけの数だろうが、どれほど強かろうが。おれはお前をぶっ飛ばす。そのためにここに来たんだ」
ヒュウ、と口笛を鳴らしたのはドリーマーだ。いい度胸してやがる、と彼は笑う。シキは息を吐くと、おいガープ、とあくまでガープの方へと視線を向ける。
「孫の教育くらいはしっかりしろ。おれのようにな」
「お前の目は節穴だな、シキ。昔と変わらん」
そこでようやく、ガープが口を開いた。
「わしの孫は、わしの自慢の孫じゃ。お前は勝てん」
「二度負けた小僧が、おれに勝てるって? 馬鹿馬鹿しい」
そして、もういい、と彼は言った。
「敵同士だ。わかり合うことはねェ。お前もあの時代を生きた男だ、名残惜しいが……」
「──しかし、お前も衰えたようじゃな」
互いに歳じゃ、と言うガープの言葉に、シキが言葉を止める。
「疑問に思わんのか? 何故、わしらがここにおるのか」
それについてはこの場のほぼ全員が確かに疑問に思っていた。メルヴィユはシキの能力により、遥か上空にある。そこへ辿り着く手段など、そうは多くないはずだ。それこそ招かれでもしない限り。
シキの思考が目の前の、かつての宿敵の一人のその言葉によって回り始める。だが、彼が結論を出す前に答えが来た。
「報告します!」
息を切らし、一人の男がこちらへと走り込んできたのだ。その男は司令室にいるはずのシキの部下の一人である。
「取り込み中だ」
駆け込んできた男にそう告げるが、彼は退かなかった。
「至急お耳に入れたいことが!」
「……言ってみろ」
促す。そして、彼が告げた言葉にシキを含めてこの場の全員が驚愕することになる。
「突如複数の照明弾が打ち上げられ、時を同じくして無数の飛行物体がこちらへ飛来! 電伝虫の映像を確認したところ、メルヴィユに着弾したその飛行物体より多数の海兵が現れております!」
ざわりと、周囲の海賊たちを含めて動揺が広がる。当たり前だ。このメルヴィユに、海軍は到達する手段がないと思っていたのだから。
「時代の変化というのはわしらのような老人には辛いのう、シキ」
「貴様が脱獄した二十年前から、海軍は対策を考え続けていた。かつての貴様へ我々は手が届かなかったが、今の我らの手は貴様に届く」
モモンガが宣言するように言う。わしは知らんかったが、とガープがボソリと呟いたが、幸いにもそれは誰にも届かなかった。
そう、海軍は空への対抗手段を模索し続けていたのだ。それはシキの能力がその凶悪さ故に猛威を振るったからであり、そこから連想されるいつか来るかもしれない空の脅威への対抗手段のためであった。
尤も、未だ完成には遠く現時点の成果も一人の天才の存在による部分があまりにも大きいのだが、それをこの場で敢えて言う必要はない。
「戦争をするんだろう、“金獅子のシキ”? お前の望み通りの展開だ」
煽るように言うのはスモーカーである。その言葉を聞いて、周囲に動揺が伝播した。
先程の話では、高みの見物で終わるはずだったのだ。それがいきなり、海兵たちの上陸を許すなど。
「狼狽えるんじゃねェ!!」
だが、海賊たちの動揺をシキはその一喝で鎮めてみせる。
「予定が多少変わっただけだ! 元々戦争の予定だっただろう!」
そしてそのまま、シキは彼の周囲にいる人間に言葉を紡ぐ。
「インディゴ、スカーレット! 予定通り怪物共を解き放て! マリンフォードを蹂躙しろ! ドリーマー、アルキディクス! おめェらは乗り込んで来た海兵共を返り討ちにしろ!」
恐れることはねェ、とシキは言う。
「どんな手段を使ったか知らねェが、この場にいるのはたったの九人だ! 本当にこのメルヴィユに正面切って乗り込めるってんならここにそれだけしかいねェなんてことはありえねェ!」
限界があるんだよ、とシキは笑う。
「だからこいつらはこの場にたった九人で乗り込んできた! 本当に海軍の本隊が乗り込めるってんなら、もっと大軍でここへ乗り込んでくるはずだ! こいつらを皆殺しにし、数で潰せばそれで済む!」
冷静な判断だった。シキは確かに、現状の海軍の状況を冷徹に見据えている。
彼の言う通りなのだ。ガープたちがやってきた試作機は定員は最大でも六名程度であるし、その後に完成品として作られたものについても一度に送れる数はそう多くはない。
結局のところ、攻め込む側としての海軍は数の上で劣勢だ。
「二十年をかけた計略だ。多少の予定変更は織り込み済み。──おめェらも、ただ見てるだけは退屈だったろう! 向こうがわざわざこっちの本拠地に乗り込んできてるんだ! 迎え討ってやりゃァいい! 」
「「「おおっ!」」」
流石に、かつて“四皇”に名を連ねた大海賊である。彼の檄で、動揺は一瞬で霧散した。
指示を受けた幹部たちが立ち上がる。その中でもアルキディクスは、与えられた指示にぼやくように言った。
「“海軍の英雄”と拳を交える機会を失うのは、少々残念であるが」
「文句あるのか?」
「いいや、ないとも。シキ殿は約束を果たしてくれた。ならば、今度はこちらの番である」
そう言うと、ドリーマーと共に彼は部屋を出て行った。インディゴとスカーレットもそれに続くように右側の扉から海賊たちを掻き分けて部屋を出ていく。
「ようやく始まるぞ」
「ウホッ」
彼らの表情も態度も、余裕そのものだ。シキの計略に信を置いている以上、動揺する理由はない。
「おい、お前ら。──ウタを頼む」
「はい。准将、私たちが護衛します。増援部隊と合流を」
振り返らずに言うルフィに、オリンが応じる。そのまま彼女はウタへと肩を貸し、シキたちに背を向ける。
「行かせると思うのか?」
「追わせると思うのか?」
シキの問いに応じたのはルフィだ。彼はそのまま、弾かれたように前に出る。
くだらねェ、とシキは吐き捨てた。彼は既にルフィの動きを見切っている。やはり注意するべきはガープ、そう判断を下す彼の前で。
「ギア、3」
不意に、その青年が自らの親指を咥えた。なんだ、と思う瞬間。
「“骨風船”!」
「何?」
突如、青年の右腕が大きく膨らんだ。そして、その膨らみが体を伝って左腕へと伝播する。
「“ゴムゴムの”!!」
シキが両腕を前に出す。彼の鍛えた見聞色、そして長き戦いの経験がその行動を取らせたのだ。
そして。
開戦の狼煙を上げる一撃が、放たれる。
「“巨人の銃”!!!」
轟音と共に、その一撃が炸裂し。
それが、戦争開始の合図となった。
◇◇◇
背後の玉座、そして周囲の柱、更には奥の扉を破壊しながら後方へと吹き飛ばされるシキ。それを追おうとするルフィに、彼の祖父が声をかける。
「お前に任せる」
頷き、走り出すルフィ。その彼の背に、“歌姫”の声が飛ぶ。
「ルフィ!! 勝って!!」
「当たり前だ!!」
そのまま、彼は奥へと突っ込んでいく。その姿を見て、ようやく海賊たちは衝撃から立ち直った。
「お、追え!」
「親分を援護しろ!」
浮き足立つ海賊たち。しかし、突如彼らの周囲に白煙が立ち込める。
「ホワイト・アウト!!」
海軍本部准将、スモーカー。彼の持つ悪魔の実の力は、“モクモクの実”。己の体を煙に変える力だ。
煙であるが故に、海賊は煙を掴めない。しかし逆に、煙は海賊を掴んでいる。そんな摩訶不思議な状況に置かれて混乱する彼らを、スモーカーは薙ぎ払うように投げ飛ばす。
「行けお前ら! 増援と合流しろ!」
「はい!」
怒鳴るように言うスモーカーに応じたのはオリンだ。彼女はウタに肩を貸したまま、この場を離れるために走り出す。
ウタの力は非常に強力だ。彼女を確保することは、海軍にとって最優先事項の一つである。彼女の力一つで戦況が傾いてしまうほどに。
「たしぎ! お前も行け!」
「はい! スモーカーさんもご武運を!」
故に、この状況は初めから想定されていることだった。可能であればルフィがシキを抑え、ガープ、モモンガ、スモーカーの三人がオリンたちがウタを確保して撤退する時間を稼ぐ。
当初の予定では退きながらのウタ防衛戦が想定されていたが、やはりというべきかルフィが飛び出して行ってしまった。ただまあ、想定内だ。
たしぎが走り出したのを見送り、十手を構えながらスモーカーは言う。
「退きながら戦うと言ったはずだがあの馬鹿……!」
「ルフィに作戦通りという概念はないだろう」
呆れた調子で言うモモンガは、刀を抜くと共に数人の海賊を斬り飛ばした。その斬撃の速度に、動揺が走る。
「ぶわっはっは! 久し振りじゃのう、この感覚! さあかかってこい小僧共!」
そして腕を組み、周囲に対して睨みを利かせるガープ。海賊たちが、そんな彼らに尻込む中。
「私が追います」
シキの孫娘、イルが動いた。腰に差した二本の刀の柄に手をかけ、走り出す。その姿に反応したのはスモーカーだ。
「行かせるか!」
「──通してもらおう」
しかし、スモーカーが立ち塞がろうとしたそこへ、イルの右肩の上を通って長大な槍が突き出された。咄嗟に十手で弾くが、想定以上の力に後方へと弾かれる。
「失礼します」
その隙に、イルはスモーカーを大きく飛び越え、オリンたちを追って部屋を出ようとする。待て、という言葉が出ると同時に、金属音が鳴り響いた。
横薙ぎに振るわれた槍を、スモーカーの十手が防いだのだ。
「追わせると思うのか?」
「下手くそなユーモアだ……!」
わざわざ先程のルフィの言葉を口にするのは、大柄な大男。“大地の王”の異名をとるラウンドだ。
更にもう一人、ナイフを片手に迫る女。
「“毒蛇のカガシャ”か」
「だからなんじゃ、海軍」
鈍い金属音。モモンガの刀と、カガシャのナイフ。共に武装色の覇気で強化された二つが幾度となくぶつかり合う。
「親分の言った通りだ! 数で潰せ!」
叫ぶのは、“墓荒らしのレムナント”。彼は周囲の海賊たちに檄を飛ばす。
「何が伝説だ! そんなもんカビの生えた過去の栄光に過ぎねぇ!」
「なら試してみるがいい、海賊共」
ガープの言葉、それが合図だ。
僅か三人の殿の、決死の戦いが始まる。
◇◇◇
メルヴィユ外縁部。そこに、複数の巨大な物体があった。
サイズだけで言えば、小型の船舶くらいはある。だがその形は流線形であり、敢えて表現するならば二つの船をくっつけたような形をしている。
開発者は『第十九式強襲型ロケット』と呼ぶその物体から、複数の海兵たちが降りてくる。何人かは足がふらついており、過酷な旅であったことが窺えた。
まあ、当たり前と言えば当たり前だ。“突き上げる海流”で打ち上げられたようなものであり、これで平然としている普通は方がおかしいのだ。
とはいえ、今回送られた者たちは精鋭である。割と平気そうなのも多いあたり海軍もどうかしている。
「おうブラザー、中々にスリリングな旅だったな」
「全くだ、だが無事に着いた」
「──踊るか?」
「やめなさい」
馬鹿な部下二人を、いつものように一人の女性将校が嗜める。
シキが看破した通り、送り出された第一陣は精々が三百人程度だ。それは事前に情報のあった怪物たちが跋扈し、大量の海賊たちがいるメルヴィユを攻略することを考えるとあまりにも頼りない数である。
故にこそ、精鋭が選ばれた。本部が厳選した高い戦闘能力と生存能力を持つ部隊の長を中心にここへ送られることになったのだ。
第二陣、第三陣と増援は予定されている。その上で第一陣を任された彼らの役目はいくつもあるが、その中でも最も重要なのは“歌姫”の確保である。
「予定より大分着地地点がバラけたみたいだけど……時間がない。二人とも、スモーカーくんたちとの合流を急ぐわ。出撃準備を」
「「了解!」」
第一陣に組み込まれた海兵の一人である、海軍本部大佐“黒檻のヒナ”。彼女は部下二人に指示を出すと、遠くに見えるシキの居城を見据える。
ここから向かうとして、どれだけの時間がかかるだろうか。その間、彼らは無事だろうか。
いや、大丈夫だ。今必要なのは信じること。
「準備が整いました! 予定よりも少ないですが出撃可能です!」
ヒナの部下の一人が報告してくる。よし、と彼女は頷いた。
「予定通り、複数地点から同時に侵攻を開始します。──戦闘用意」
手袋を咥え、彼女がそう宣言した瞬間だった。
大地が揺れる。
まるで、世界そのものが崩壊するかのような音が響き渡った。
◇◇◇
アルキディクスとドリーマーが、シキの居城の廊下を歩いている。
「しかし、あんた正気かよ? あのガープに挑みたかったのか?」
「うむ。実に惜しい。……が、海軍にはまだ多くの強者がいる。特にこんな場所まで攻め込んでくるような連中ならば、十分よ」
ドリーマーの問いに対し、そう言い切るアルキディクス。ドリーマーは肩を竦めた。
「戦闘狂ってのは理解できねぇ」
「貴殿は戦いは好きではないのか?」
「蹂躙するのは好きだ。だがな、おれは海賊だ。勝つことが重要なんであって、苦しみながら戦いたいとは思わねぇ。だからシキの下についたんだ」
鼻で笑いながら言うドリーマー。なるほど、とアルキディクスは頷いた。
「実に無法者らしい」
「同じ無法者に言われたくねぇな。見下してんのか?」
「いや? 哲学は人それぞれである。私はただ、戦いにのみ己が生を懸けることこそを我が哲学としてきた。貴殿は違う。ただそれだけの話だ」
本当に何一つ蔑む様子もなく言い切るアルキディクス。ドリーマーはけっ、と面白くなさそうに不満を漏らす。
「あんた、やっぱり海賊じゃねぇな。シキの言う通り、『ならず者』だ」
「そうだな。何にも成れていない私は、そう呼ばれるのが相応しいだろう」
そこで、不意にアルキディクスが足を止めた。なんだよ、と眉を顰めるドリーマーに彼は廊下の向こうの暗闇を見据えながら言葉を紡ぐ。
「すまぬ、ドリーマー殿。海軍への対処は貴殿に頼みたい」
「はぁ? 何だいきなり」
「元々私は無頼の独り者だ。貴殿と違い、海賊たちの指揮などできん」
そして、彼は笑みを浮かべた。
その笑みは、“新世界”を生きる海賊であるドリーマーすら一瞬、寒気を覚えた。
「それに、奴を野放しにする方が危険だろう」
そして暗闇の中、一人の男が現れた。
肩に鳩を乗せた、スーツの男。
──“殺戮兵器”ロブ・ルッチ。
「ブルーノが世話になったな」
「誰のことかはわからんが、其奴が貴殿との戦の理由になるなら恩人だな。感謝しよう」
笑うアルキディクス。
狂ってるぜ、とドリーマーは呟いた。
ロブ・ルッチといえば世界政府の切り札のうちの一人だ。闇の世界に生きる中である程度の深さにある者で彼の名を知らぬ者はいないし、関わるべきではない存在であることは常識である。
だというのに、この人魚のならず者はむしろ歓迎している。
そんな彼を見て、どうしようもねぇ、とドリーマーが呟いた瞬間だった。
大地が、大きく揺れた。
まるで、世界の終わりのような音が響く中で。
周囲の音などまるで気にならぬ様子で、“海災”と“殺戮兵器”が向かい合う。
共に、その顔に笑みを浮かべながら。
◇◇◇
シキを追いかけていたルフィは、突如揺れた地面にバランスを崩しそうになるのを堪えた。見上げた先、城の中庭、その中空に浮かぶ姿を見つけて彼は叫ぶ。
「シキ!」
「焦るんじゃねェガープの孫。じきに終わる。その後に相手をしてやる」
そして彼は、広げた両手でゆっくりと動かし始める。それに合わせるように、地面が大きく揺れ始める。
ルフィはその揺れに立っていられず、思わず屈んだ。
揺れはどんどん大きくなり、凄まじい音が響き渡る。そんな中、シキの哄笑が響き渡る。
「ジハハハハ!! 見るがいい!! これがおれの力だ!!」
その光景をマリンフォードで見ていた海兵たちは、世界の終わりかと思ったと後に語る。
空を飛ぶ島。それだけでも驚愕だというのに、中心に浮かぶ島──メルヴィユの周囲にいくつも浮かんでいた島々が、突如急降下を始めたのだ。
空より飛来する、大質量の島々。それらはマリンフォードの前面、軍艦の配置された場所を目掛けて落ちてくる。
衝撃と、破壊。
衝撃は大波を作り、大地を削る。無数の軍艦が粉砕され、混乱が引き起こされる。
そして、混乱する海軍を、世界政府を嘲笑うかのように。
怪物たちの咆哮が、夜の闇に響き渡る。
それが、開戦の合図となった。
「さて、ガープの孫。いい加減鬱陶しい。──殺すが、構わねェな?」
大海賊の宣告。それに対し。
「やってみろ! 勝つのはおれだ!!」
若き海兵は、力強く応じた。
──戦争が、始まる。