逃亡海兵ストロングワールド⑦

逃亡海兵ストロングワールド⑦



第六話 覚悟



ルフィが目を覚ました時、そこには予想外の人物がいた。


「じいちゃん!?」

「ようやく起きたか」


ルフィが体を起こすと、少し離れた場所に立っていたガープが鼻を鳴らした。ただ、彼の雰囲気はいつもと違う。

周囲を見渡すと、見覚えのある顔がいくつかあった。思わず声を上げる。


「モモンガのおっちゃん、ケムリン、たしぎじゃねぇか!」

「貴様にそう呼ばれるのは久々だな……」

「ケムリン呼ぶんじゃねぇ。……腹に風穴空いてる割には元気だな」

「あ、あはは」


呼ばれた三人がそれぞれ反応する。ルフィはスモーカーに言われた言葉で、自分の体を見た。

見れば、体には包帯が巻かれている。自分の体の感触からして、どうやら傷は縫ってもらっているようだ。

ちなみにたしぎだけちゃんと名前を呼んでいるのは彼女がウタと仲がよく、顔を合わせる機会が多かったからである。


「すみません大佐。私の応急処置ですが」


ルフィの部下の一人である海兵が申し訳なさそうに言う。いや、とルフィは頷いた。


「ありがとう。助かった。で、じいちゃん何しに来たんだ?」

「無理に空元気を出すな、馬鹿者」


ガープのその言葉に、ルフィは動きを止めた。

そして、ゆっくりと彼は近くの岩へと座り込む。それを確認してから、たしぎが前へと歩み出た。


「ルフィ大佐。皆さん。今から政府の見解及び海軍の動きについて説明します」


そこで語られた事実に、全員が静かに耳を傾けていた。



二十年の沈黙を破り現れた“金獅子のシキ”。その目的は東の海の壊滅と、それによる世界政府の降伏。そして支配だ。

最近起こっていた東の海で起きていた街の壊滅事件はシキによる実験の側面が強いのではないか、というのが政府の見解である。

そんな中、動き出したシキの下には五千を超え、万に迫る勢いの海賊が集まっている。彼らと、この島の凶暴な生物を使って東の海を壊滅させるのが目的だ。

しかし、そこには裏があった。

このメルヴィユと呼ばれる島の進路は、東の海へ向かっていない。ルフィの部下たちが仕掛けた電伝虫の信号により進路と速度を割り出した政府と海軍は、その目的がマリンフォードであると確信。センゴクの指示の下、現在海兵がマリンフォードに集められている。

だが、シキは更なる手を打っていた。この状況を“四皇”の一角である“百獣のカイドウ”へと伝え、それを聞いたカイドウが動き出したというのだ。

それを止めるため、苦渋の決断としてセンゴクは最高戦力たる大将の出撃を決定。“七武海”への協力も要請しているが、応じてくれるかは未知数だ。

そして、この島がマリンフォードに到着するまで予想では一日を切っている。

戦争の始まりは、最早目前であった。



「シキに気付かれないよう、我々は外縁に降りたのだ。それもあってここまで来るのに三日という時間がかかってしまった。すまない」


そう言って頭を下げるのはモモンガだ。謝ることではないじゃろう、と言うのはガープだ。


「そもそも負けたお前が悪い。あの子はどうせ、お前たちを守るためにシキの所へ行ったのじゃろう? 違うか、ルフィ」

「……違わねぇよ」


そんな言い方、とルフィの部下であるオリンが言おうとするのをルフィが手で制した。そもそも、とガープが語る。


「お前とあの子が一つの部隊を率いておる現状は異例じゃ。それはひとえに、ウタウタの実の能力を持つあの子の存在があまりにも海軍にとっても海賊にとっても、何なら世界政府にとっても重要であるからじゃ」

「そうなんですか?」

「考えてみるといい。ウタウタはその歌を“聴かせる”ことさえできれば問答無用で相手を眠りに誘い、制圧することのできる能力じゃ。デメリットは持続時間の短さじゃが、それは周囲を固めればどうにでもなる。だからこそ、あの子をよく知るお前があの子の側で守れるようにとこの異例の部隊構成をしておる」


ただでさえ強力な力である上に、彼女自身も“歌姫”として絶大な人気を誇っている。その身に降りかかる火の粉は、通常よりも遥かに多い。ここでは敢えてガープは言わなかったが、“赤髪のシャンクス”の娘であるという点も大きい。利用価値などいくらでもある。

ちなみにこれはガープも知らず、世界政府でも最上位の者しか知らないことであるが、“ゴムゴムの実”もまた政府にとって非常に重要な存在だ。そのため、この二人をまとめて管理できるようにという考えもあった。


「ウタウタは聞くところによると、音痴だと全く意味のない能力らしいがの。あの子の歌を聴いて、それを切り捨てることのできる者はまずおらん。まず間違いなく、あの子は天才じゃ。それも、血の滲むような努力ができるタイプの」


それについては、この場の全員が納得することだ。

ウタに贈られた“歌姫”という称号は決して虚飾ではない。彼女の歌は、確かに人々の力になっている。なることのできるだけの力を持ってしまっている。


「だというのに」


ふう、とガープは息を吐く。


「奪われてどうする、この馬鹿孫が」

「取り返すよ」

「どうやってじゃ?」


ガープが鋭い視線をルフィに向ける。


「いいか、ルフィ。わしとセンゴクは二十年前にシキを捕らえた。それは確かじゃ。しかしそれは、あやつが正面切ってマリンフォードに突っ込んできたからじゃ。その時まで、わしらはあやつを捕まえることはできなんだ」


故に伝説。

ガープは、そう言った。


「お前のような未熟者が、どうやって勝つつもりじゃ?」

「どうやっても何もねぇよ」


ルフィは言う。


「ウタが隣にいなくなって、初めて思った。……いなくなって欲しくない、隣にいて欲しい、って」


全員が、黙してルフィの言葉を聞いている。


「帰ってきてくれて、そっちの鳩の奴と牛のおっさんがウタを取り戻してくれて……本当に、嬉しかったんだ。良かった、ってそう思った。けど、また奪われた」


約束したんだよ、と。

ルフィは、言う。


「海兵になる時に、“ウタの隣にずっといる”って。シキが強いのはわかってる。けど、それはそれだ。おれはどんな方法を使ってでも、ウタを取り返しに行く」


その言葉に、ガープは一度瞑目し。

大きな、大きなため息を吐いた。


「この頑固者め。一体、誰に似たんじゃ」

「じいちゃんだろ」

「馬鹿者、わしはもうちょっと弁えとる」


自覚はあったのか、とか、ちょっとなのか、と周囲の人間は色々ツッコミたいのを堪えた。


「まあ、いい。わしの言葉で止まるようなら気絶させてでも置いていくつもりじゃったが、そこまで強い意志があるなら構わんじゃろう」

「何だよ、試したのかじいちゃん?」


眉を顰めるルフィ。違うわい、とガープは言った。


「ただの確認じゃ。……とはいえ、今のままではあやつには届かん。よってルフィ、道中に策を考えるぞ」

「策って?」

「悪魔の身の能力は、その工夫次第で非常に強力になる。わし自身は能力者ではないが、この数十年で数え切れんほどの能力者と戦ってきた。その経験を可能な限りお前に伝える」


後はお前次第じゃ、と言うガープ。ルフィは頷いた。


「ありがとう、じいちゃん」

「孫のためじゃ。ついでに言うとひ孫の」

「は?」


ルフィが首を傾げるが、何でもないわい、とガープは手を振った。


「……話は纏まったようですが、それでどうするつもりですか? もう時間もあまりありません」


声を上げたのはモモンガだ。何を言う、とガープは言う。


「こういう時は正面から乗り込むと相場が決まっておる」

「……まあ、悠長にはしてられませんが」

「全部で……九人か。ふん、決死隊だな」


微かに笑うスモーカー。その彼に、異議を唱える声が上がった。


「十一人だ」


言ったのはルッチだ。いいのか、とスモーカーが問う。


「おれたちと行動を共にしても。CPは政府機関だろう」

「“歌姫”の奪還はおれたちの任務だ。それに」


鋭い視線をスモーカーに向け、ルッチは言う。


「ここで、悪に屈するわけにはいかん」


それを聞き、了解した、とスモーカーは頷いた。

あとは具体的な策を、とたしぎが言いかけたところで、遠慮がちな声がかかる。


「あの、助けてもらってありがとうございます」


声の主はシャオの母親だった。服装には汚れが目立つが、怪我はないらしい。その背には老人が背負われており、隣にはシャオもいる。


「気にしないでください。我々は当然のことをしただけです」


そう言うのはたしぎだが、その意志は全員が同じだ。力なき者を守るのが、彼らの任務である。


「ありがとう。……でも、今の話。東の海があんたたちの故郷っていうのは、本当なのかい?」


たしぎの話を聞いていたのだろう。ああ、とルフィが頷く。


「全員じゃねぇけど、おれとじいちゃん、そんでウタは東の海が故郷だ」

「……私は、なんてことを」


唇を噛み、女性は言う。


「あの子の前で、シキが早く東の海に行ってしまえばいいなんて……!」

「ごめんなさい! 私も、私も喜んじゃった……!」


シャオが泣きながら言う。その彼女が持っているものに、ルフィが気付いた。


「シャオ、お前それ」

「うん、そこで拾って……」

「ちょっと見せてくれ」


シャオから彼女の持っているものを受け取る。やはり、音貝だ。


「お前ら、凄ぇなぁ」


ルフィは、涙を流すシャオの頭を撫でる。


「自分の村が無茶苦茶にされてるのに、ウタを気遣ってくれてよ。こんなに心の優しい奴ら、見たことねぇ。お前らは良い奴らだよ」


そして、彼は言う。


「何もかも、悪いのはシキの奴だ。──おれがあいつを、ぶっ飛ばしてやるからよ」


それは、自身にも言い聞かせるような言葉だった。


「だから、元気だせ」


その言葉も、果たして彼女たちだけに向けられたものなのか。

その場の者たちは、判断ができなかった。


「じいちゃん」

「うん?」


そして、ルフィはその音貝を投げ渡す。受け取ったガープは、おい、と言葉を紡いだ。


「聞かんのか?」

「いいよ。おれはもう、聞いたから」


そして、ルフィが離れていく。彼の脳裏に浮かぶのは、薄れゆく意識の中で聞いた彼女の言葉だ。


“ねぇ、ルフィ。今まで、本当にありがとう”


涙を堪えた声で。


“私、あなたのことが好きだった。……大好き、だった”


彼女は、覚悟と共にそう言っていた。


“さよなら”


けれど、彼女は。

最後に、その言葉を。


「ふざけんな」


呟くように、彼は言う。

まだ何も、返していない。

言いたいことも、やりたいこともたくさんあるのに。

だから、取り戻す。

絶対に。

彼女を、取り戻すのだ。





ルフィが離れたのを見て、ガープが息を吐く。ようわからん奴じゃとぼやくと、彼は音貝を起動した。

そこに残されていたのは、“歌姫”の言葉。


『ごめんなさい。私は、海賊に……シキの、仲間になります』


涙を堪えるような声だった。痛いほどに、その気持ちが伝わってくる。


『今まで、こんな私を……こんな、弱い私を助けてくれて、ありがとう』


拳を握る音が響く。それは一体、誰からのものだったのか。


『さようなら』


音貝に記録されていたのは、ここまでだった。

しばらく、無言。

最初に口を開いたのは、スモーカーだった。


「言葉だけを聞けば、裏切りだが。……たしぎ、どう思う? お前は“歌姫”とは仲が良かったはずだが」

「それを私に聞きますか、スモーカーさん」


両手で手に持った刀を強く、強く握り締めるたしぎ。ガープ中将、とモモンガが言葉を紡いだ。


「行きましょう。彼女は、准将は一人で戦っている」

「ああ、その通りじゃ。……下手くそな嘘を」


腕を組み、何かを堪えるように呟くガープ。彼は少し離れた場所にいるルフィに声をかける。


「ルフィ! もう時間の猶予はない! 急ぐぞ!」

「──ああ」


血に染まった、己が羽織る正義のコートを握る。

これは、“彼女”の正義だ。彼女はこれを、自分に託した。

この“正義”を背負って。

彼は、往くのだ。






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