逃亡海兵ストロングワールド②

逃亡海兵ストロングワールド②



第一話 強襲




のどかな海を、一隻の軍艦が行く。偉大なる航路は油断できない航路であるが、四六時中問題が起きているわけではない。穏やかな時間もあるのだ。

その軍艦にはメインマストに描かれた海軍のマークの他に、見張り台に麦わら帽子を被った音符が描かれている。その旗を掲げる軍艦は、海軍内に一つしかない。

“麦わらのルフィ”

“海軍の歌姫ウタ”

つい先日、億越えの海賊をただ一人の犠牲者も出さずに捕らえた二人の英雄が率いる部隊だ。捕らえた海賊の引き渡しという大仕事を終えた彼らは、緊張から解き放たれて緩い空気の中にあった。


「先日もお手柄でしたね!」


笑顔でそう言うのは、二人の部下である一人の女性海兵だ。正義のコートを羽織る彼女は先日のアラバスタの一件で中尉に昇格したばかりの若手である。

それでも二人よりは年上なのだが、ルフィとウタの二人を心から慕っている。ウタにとっては部下でもあるが数少ない友人でもある女性だ。

その彼女は新聞を両手で広げ、甲板にいる者たちに見せている。


『海軍に新時代到来!! またまたお手柄はこの二人!!』


新聞にはデカデカとそう書かれ、お姫様抱っこするルフィとされているウタの写真がある。二人の周辺には笑顔の部下たちがおり、更に大喜びする観衆の姿もあった。

いい写真だ、と口々に言う海兵たち。だが約一名、この写真に抗議する者がいる。


「ちょっ、ちょっとなにこの写真!? わ、私がルフィにお、お姫様抱っこ……!」


ウタだ。彼女は顔を真っ赤にして叫んでいる。

何を今更、と部下一同は思う。彼女が能力を使って眠ったあと、ルフィはよくそうして彼女を運んでいる。大切そうに、守るように。

だがまあ、言われてみれば彼女が知らないのも当たり前だ。ウタウタの能力の使用後は、結構な長時間を彼女は眠る。効果範囲が広ければ広いほど、相手が多ければ多いほどに。そういう意味で、彼女には驚きの新事実だったのかもしれない。


「ちょっとルフィ! どういうこと!?」

「いや、お前が任せるって言ったんじゃねぇか」


何を今更、という調子で言うルフィ。まあごもっともである。


「だ、だけどあんな」

「じゃあこれからはやめた方がいいか?」


その言葉に、ウタが静止する。


「いや、それは……その……」


彼女は顔を赤くしながら、うんうんと唸り続ける。そして葛藤の後。


「……これまで通りでいいです」

「なんだよわけわかんねぇ奴だな」


テンションで位置の変わるウタの髪がへたり込む。もう、とウタが叫んだ。


「ちょっと休む!」

「いや元々休憩中だろ」


ツッコミを入れるが、スルーされる。何だよあいつ、とルフィは首を傾げた。

ズンズンと歩いて行くウタ。その彼女へ、中尉が声を掛けた。


「大佐は相変わらずですね」

「今更ルフィに乙女心をわかれとは言わないけど……」


あの男にそんなことを期待する方が無茶だというのは長い付き合いでわかっている。だが、それでもウタとしては少しくらい、と思ってしまうのだ。


「でも、大佐は准将を絶対に誰にも任せようとしないんですよ? 見てて羨ましいと思ってしまうくらいに」

「う、う〜……もう、からかわないで!」

「すみません。でも、お二人が仲良くしているのは見ている私も嬉しいですから」


顔を真っ赤にするウタへと笑いかける中尉。


「お二人は、私にとって恩人ですから」


何度も聞いたことだ、とウタは思う。音楽一家に育ち、音楽を至上として生きてきたという彼女。ある日父に反発し、単身海軍の門戸を叩いた。

厳しい訓練と任務の中で音楽に触れることがなくなった彼女は、ある日ウタとルフィの二人と共に任務を共にする。そこで、音楽に再び触れ……楽しさを、始まりを思い出したと彼女は言うのだ。

ただ、ウタとしては大したことをした記憶がない。彼女の奏でる音楽を聴いて、共に歌っただけだ。


「お二人は確か、東の海の出身なんですよね?」

「うん。フーシャ村っていう、小さな村で育ったの」


いい場所だよ、とウタは笑う。


「争いもなくて、自由で、静かで。……時々来るガープさんだけはちょっと遠慮して欲しかったけど」


あの男が来ると酷いことになった記憶しかない。今考えても幼児二人をジャングルに何のサポートもなしに放り込むとかどうなってるんだと思う。


「ガープ中将は昔から破天荒なようで」

「あれで衰えてるっていうんだから相当だよね」


全盛期は一体どれほどの怪物だったのだ。いや真面目に。


「何でも、“ロックス”とかいう海賊団を壊滅させたとか何とか」

「“ロックス”?」


聞き覚えのない名前だ。首を傾げると、中尉が私も聞いただけなんですが、と言葉を紡ぐ。


「お酒の席で、モモンガ中将から聞いたんです。何でも今の“四皇”である“白ひげ”、“ビッグ・マム”、“カイドウ”も所属していた海賊団で、他にも“金獅子”とか“王直”とか、それこそ伝説の海賊が集まってたとか」

「ええ……何その海賊ドリームチーム。最悪なんだけど」


海軍にとってはまさしく悪夢である。


「それをガープ中将が壊滅させたとか。それで、“海軍の英雄”と呼ばれてるそうですよ」

「それが本当なら無茶苦茶だね……。そもそもやろうとするところからおかしい」


ウタは海賊が嫌いだ。だが、流石にその面子を相手に正面から挑みたくはない。

しかし、色々ぶっ飛んでいるし、やらかしても許される背景にはそんなことがあるのかとも妙に納得した。


「でも、だとしたら心配ですね」

「ん、どうしたの?」


新聞を広げる彼女の側にウタが寄っていく。先程は一面に掲載された自分達のことの話しかしていなかったが、別のページにはそれ以外の事件が掲載されていたのだ。


「東の海の街が、一夜にして壊滅……!?」


そこに掲載されていたのは、そんなニュースだった。しかも一件だけではない。複数の街が壊滅しているとの内容だった。

生き残った被害者によると、突如現れた“何か”によって街が壊滅させられたらしい。


「海軍も詳細を調査しているようですが、未だ原因は不明のようですね」


中尉のその言葉を聞き、故郷は、これまで東の海で関わった皆は大丈夫だろうかとウタは思う。ライブで訪れた場所も、(主にルフィが原因で)巻き込まれたトラブルで助けたり、世話になった多くの町も。


「心配だね。……皆は大丈夫かな」


温かさに触れ続けた。その故郷で今、異変が起こっている。

何かできないだろうかと思うウタの肩を、中尉が優しく叩く。


「大丈夫です。東の海にも海軍はいますから。彼らがきっと、何とかしてくれるはずです」

「うん。……そうだね」


頷く。そうだ、自分達は海軍なのだ。頼れる味方は世界中にいる。彼らを信じればいいのだ。


「でも一応、大佐にも伝えたほうがいいですよね」

「あ、それはそうだね。ルフィは帰るとか言い出しかねないけど」


苦笑する。何を言い出すかが手に取るようにわかるのだ。

そして二人で船首に寝そべるルフィのところへ行こうとしたところで。



「おい! 島が空を飛んでるぞ!」



海兵の一人が、空を指差してそう叫んだ。全員が一斉に空を見上げる。

そこには確かに、一隻の巨大な島が浮かんでいた。

空島か、と誰かが叫ぶ。ルフィたちの部隊はとある縁から空島へと至ったことがある。そこで“神”を名乗る男とその男が率いる神兵たちと戦い、空島の国であるスカイピアを救った過去があるのだ。

だが、アレは空島ではない。


「船よ! 海賊船! 照合急いで! 総員戦闘配置!」


信じ難いことに、島の先頭に『艦首』があるのだ。しかも、遠目ではあるが見える旗……そこには確かに『海賊旗』がある。

だが、空飛ぶ島、さらにそれを船とするような海賊など聞いたことがない。


「うおーっ! 凄ぇ! 何で飛んでんだあの島!?」


慌ただしく海兵たちが動き回る中、大興奮するアホが一人。ウタが声を張り上げた。


「ルフィ! 相手は海賊よ! しかも原理も何もわからない空飛ぶ島! すぐに救援を要請するけど、多分待ってはくれない!」


海賊旗を掲げる船が、海軍の旗を掲げる軍艦に迫ってくる。その意味がわからないほど、この軍艦の海兵たちは世間知らずではない。


「ああ、わかってる」


ゆっくりとルフィが起き上がり、麦わら帽子と正義のコートを羽織り直す。


「何が来ようと、ぶっ飛ばすだけだ」


いつもの笑みを浮かべる、“麦わらのルフィ”。

その笑顔が、この部隊の海兵たちを安心させる。いつだってそうだ。この笑顔を浮かべる彼は、どんな過酷な戦いをも乗り越えてきた。

数多の海賊たちを敵に回しても。

どれだけの絶望を相手にしても。

あの“王下七武海”が一角、“サー・クロコダイル”を敵に回しても。

空島の“神”、人智を超えた力を行使するエネルを前にしても。

いつだって彼は、その全てを打ち破ってきたのだ。


「よし! 大佐がいるなら何が来ようと大丈夫だ! 総員、気合入れろォ!」

「「「おう!!」」」


一人の海兵の叫びを受けて、士気を上げる声が響く。

しかし。

そこへ、“絶望”が降り立った。



「ジハハハハ!! 良い気合の乗った海兵どもじゃねェか!!」



現れたのは、二人。

まるで獅子の如き金色の長髪を持ち、何故か頭に操舵輪が突き刺さった男と。

その獅子の後方に立つ、氷のように冷たい目をした灰色の髪の美女だ。

男の方は袴と呼ばれる衣類に近い服装をしており、両足が刃になっている。口元には葉巻を咥えており、どこか威圧的な覇気を纏っていた。

女性はかつてアラバスタで見た踊り子のような格好をしている。ただ、口元は長いマフラーが巻かれており、表情が読みにくい。それがより一層、その冷たい瞳を印象付けた。


「う、浮いてる!?」


海兵の一人から驚きの声が上がる。そう、現れた二人は空中にまさしく『浮いて』いたのだ。

いや、正確には違う。女性の方は浮かんだ平らな岩の上に立っており、何もなく浮いているのは男だけだ。


「軟弱な海賊が増え、軟弱な海兵が増えたと思っていたが……中々どうして。海兵にしとくにゃ惜しい人材だ。なあ」


直後。

即座に拳を放っていたルフィの一撃を、男が避ける。


「ガープの孫ォ!」


男はルフィの伸びた腕を掴むと、そのまま振り回した。


「うおっ!?」

「大佐!」


甲板へ叩きつけられるルフィ。おいおい、と男が言葉を紡いだ。


「降伏勧告はしねェのか?」

「意味のないことに時間を割くほど、暇じゃないの」


言い捨てるのはウタだ。なるほどなぁ、と起き上がるルフィを見ながら男は頷く。


「良いな、お前ら。海賊ってもんをよくわかってる。だが、世間を知らねぇようだ」


両足が刀剣となっている男がゆっくりと降りてくる。金属の音が響き渡った。

女性もまた岩から降りてくるが変わらず無言だ。ただその冷たい視線が周囲を威圧する。

そこへ、一人の海兵が走ってきた。


「照合出ました! “金獅子”です! 海賊、“金獅子のシキ”です!!」


ざわりと、周囲の海兵の間にざわめきが広がる。

かつて、四皇の一角であった伝説的海賊。あのマリンフォードでガープ、センゴクを相手取って戦い、半壊させた怪物だ。

最早“伝説”とされているその大海賊が、葉巻の煙を周囲に撒きながら言葉を紡ぐ。


「力の差がわからねェほど、未熟とも思えんが」

「関係ねぇよ」


立ち上がり、ルフィが言う。


「お前が海賊なら、捕まえるだけだ」

「ジハハハハ! 言うじゃねェか! だが、身の丈に合わねェ言動は身を滅ぼすぞ?」

「合うかどうかは、お前が確かめてみろ!」


直後、大気が揺れた。海軍の誇る武術、六式が一角“剃”による高速移動でルフィがシキに迫る。


「“ゴムゴムの銃弾ォ”!!」


至近距離から顔面へと叩き込む一撃。しかし、その一撃は容易くシキの右掌が受け止める。


「うんにゃろ!」


だが、ルフィは即座に掴まれた腕を支点にして体を捻ると、そのまま左足でシキに蹴りを放つ。


「“ゴムゴムの鎌”っ!」

「遅い!」


だが、その一撃が届く前にシキの頭突きによってルフィの体が弾き飛ばされた。覇気を纏うその一撃で、ルフィの額から血が飛び散る。


「大佐!」

「大丈夫だ!」


呼びかけに応じ、立ち上がるルフィ。血を拭う彼に、シキが笑いながら応じる。


「筋は悪くねェが、あの野郎の孫にしちゃあ物足りねェなァ」

「じいちゃんは関係ねぇよ」

「あるさ。おれはあの野郎とも散々やり合ったからな。今のこの軟弱な時代とは違う、本物の海賊たちだけの時代でなァ」


何がおかしいのか、笑うシキ。


「お前程度の力じゃァ、あの時代じゃすぐに殺されて海の藻屑だ。力も、速度も、何もかもが足りん。今の時代に感謝するんだな、“新時代の英雄”」

「じゃあ、試してみるか?」


ルフィが構えをとる。ドクン、と重い心臓の音が響いた。

おおっ、と周囲の海兵たちからも声が上がる。彼らは知っているのだ。今からルフィが見せる力は、“麦わらのルフィ”の全力であることを。

かつて、力不足を痛感した彼が。

大切な人を守るために編み出した、戦い方。


「ギア、2」


体から蒸気が噴き出す。その姿を見て、シキも笑みを消した。


「……親分」


ずっと沈黙していた女性が呟く。シキはいい、と言葉を返した。


「お前は役目に集中しろ、カガシャ。あの程度の小僧、わけもねェ」


その会話が終わると共に、ルフィが構えた。


「“ゴムゴムの”」


左手を前に出し、まるで狙いを定めるように。


「“JET銃”!!」


直撃の轟音が響いた。シキの足が、僅かに後退りする。

部隊の海兵たちでも、そのほとんどが視認できない超高速のルフィの一撃。それをしかし、シキは両腕で受け止めていた。


「おれに両手を使わせるたァ、やるじゃねェか」

「“JET銃”!!」


高速移動、“剃”により空中、シキから見て右上に飛んだルフィが再び一撃を放つ。だが、シキはそれを空中に浮かぶことで避けた。


「だが、一度出した手は引っ込められねェぞ」

「上等だ!」

「“嵐脚”!」


ルフィに向かおうとしていたシキ目掛けて、斬撃が飛ぶ。ウタだ。彼女はシキを見据えながら、船員たちに指示を出す。


「シキは私とルフィが倒す! 他の全員でその女の捕縛を!」

「准将! 援護は!?」

「必要ない! 私たちでなんとかする!」


無意味だから、とは言わなかった。ウタの持つ見聞色の覇気が伝えてきているのだ。


(次元が違う……!)


あの女はまだ、理解の及ぶ範囲だ。しかし、この男。

伝説の大海賊、“金獅子のシキ”の気配はあまりにも強大だ。

そう。

まるで、かつてのシャンクスたちのような……。


(何を馬鹿なことを)


気合を入れ直す。そして、ルフィへと呼びかけた。


「ルフィ! 援護する! あいつをぶっ飛ばして!」

「おう! 任せろ!」


そんな二人を見て、シキが笑う。


「威勢はいいが……果たして、実力が伴うか?」


そして、激突する。

海軍の、新時代の英雄と。

海賊の、旧時代の怪物が。



◇◇◇



三人の戦闘は激戦となっていた。正面から挑むルフィと、それを援護するように周囲を飛び回るウタ。共に“月歩”を習得している身だ。空中戦だって領域である。

しかし、シキは二人のように空中を蹴っているわけではないのに自在に動き回る。今はどうにか拮抗しているが、危うい綱渡りの中にあった。


「二人は大丈夫。私たちは准将の指示通り、この女を捕らえます」


そう宣言するのは中尉だ。現在のこの軍艦内では、彼女が二人の次点の立場にある。銃を構え、踊り子のような衣装に身を包む女性を取り囲む。

普通に考えれば多勢に無勢だ。しかし、中尉は背筋に嫌な汗が伝うのを感じた。


(普通の海賊じゃない……!)


こんな威圧感を感じるのは、そう。あのクロコダイルを目にした時以来か。

シキもそうだが、今のこの戦力で相手取っていいような海賊ではない。


(だからなんだ!)


ウタは任せてくれたのだ。であれば、その信頼に応えなければ。

緊張した空気が漂う。上空の戦闘音が響く中、一人の海兵が声を上げた。


「カガシャ……もしかして、“毒蛇のカガシャ”!?」

「知っているの?」

「“新世界”の海賊です! 懸賞金三億を超える大物海賊です!」

「なっ……!?」


ざわめきが広がる。

懸賞金とはイコールで強さを表しているわけではなく、政府に対しての危険度を表している。だが、三億を超えるとなれば個人としての戦闘能力も別次元だ。

女……カガシャは、声を上げた海兵を一瞥した。貫くような視線に、こちらに向けられたわけではないというのに背筋に悪寒が走る。


「ふう」


一息。その瞬間に、血飛沫が舞った。

音は、ない。

誰も反応できないうちに、いつの間にか声を上げた海兵の懐に飛び込んでいたカガシャが、どこからか取り出したナイフでその海兵を貫いたのだ。

海兵が倒れる。しかし、音はない。

彼の上げた悲鳴も、倒れる音も、血が地面に落ちる音さえもしなかった。


「“静音暗殺”」


静かに告げるカガシャ。血の滴るナイフを、くるりと一度、彼女は回した。

周囲に血が舞う。そこでようやく、中尉は己の体が動いた。


「貴様ッ!!」

「口を慎め」


鈍い痛みが、脇腹に走る。

いつの間にか背後に回っていたカガシャが、こちらの脇腹をナイフで貫いていた。

そして、そのままナイフを引き抜きながらこちらへ蹴りを叩き込む。

痛みと、衝撃。中尉の体は吹き飛ばされ、壁に激突した。

しかし、変わらず音はない。何故か、音はないままだった。


「中尉!! 貴様ァ!!」

「口を慎め、と。……うるさいのは、嫌いじゃ」


右手のナイフを回転させながら、鬱陶しそうに呟くカガシャ。その瞳は変わらず冷たく、こちらを心底見下しているような色を宿していた。

銃を構える海兵たち。そこで、む、とカガシャは空を見上げた。


「……何じゃ、時間か」


心底つまらなさそうに言う彼女につられて、海兵たちが空を見る。彼らの表情に驚愕が浮かんだ。


「なんだあれは!?」


そこにあったのは、無数に浮かぶ島だった。そう、島だ。文字通り巨大な島がいくつも空に浮かんでいる。

空島とは違う。あれは空にあるが、雲の海があった。あくまで海に浮かぶ島だったのだ。

しかし、あの島々は。

どう見ても、単独で空に浮かんでいる。

何が起こっているんだと、海兵たちは戦慄することしかできない。

ただ、わかるのは。

とてつもない何かが、始まっているということだけ。



◇◇◇



高速で移動するルフィに合わせ、ウタは援護の“嵐脚”を放つ。

だが、シキはその全てを笑みさえ浮かべて避ける、あるいは両足の剣で受けてしまう。

実力の差は、歴然だった。これが伝説の海賊と、ウタの背を嫌な汗が伝う。

全滅、という単語が浮かんだ。手が震え、足が止まる。

それが、致命の隙になった。


「戦場で考え事とは余裕だなァ!」


シキがその足の刀を振り被り、こちらに叩きつけてくる。咄嗟に武装色の覇気を纏った。

やられる、とその覚悟をした瞬間。


「ウタ!」


ルフィが間に割って入った。そのまま彼は、踵落としの要領で振り下ろされた刃を両腕で受ける。

拮抗は一瞬だ。堪えきれず、ルフィはウタと共に甲板へと叩きつけられた。


「おいおい、どうした。おれはまだ一発も貰っちゃいねェぞ?」


新しい葉巻に火を付けながら、シキは言う。そう、二人はこの一連の戦闘でたったの一撃も入れることができなかった。

これが、かつて“四皇”に数えられた大海賊。

伝説と共に語られる、“金獅子のシキ”か。


「くそっ……!」

「ッ……!」


二人で、よろよろと起き上がる。このままでは全滅だ。


「ルフィ」


呼びかける。それだけで、幼馴染は何をするかを理解してくれた。

息を吸う。この状況を変えるには、最早この力を。


「…………!」


声が、出ない。いや、違う。ウタが出そうとする音が、何一つ形にならない。


「おい、ウタ!」


ルフィが声をかけてくる。だが、駄目だ。声を出そうとしても、音が出ない。

胸の奥から、絶望が這い上がってきた。

歌は、この声は、ウタという女性にとっての全てだ。それを失ってしまったら、何もかもを失ってしまう。

目の前の、大切な人さえも。


「海軍ってのは、因果なもんだ。どうしたって情報は外に出る。お前の持つ“ウタウタの実”の能力、その真骨頂は初見殺しにある。その歌声に聴き入ることがなければ聞かねェようだが、“歌姫”の歌を無視できる奴がいるはずもねェ」

「お前ウタに何をした!」

「ただの対策だ。音さえ聞かなければ、ウタウタの力は発動しない。我が親愛なる部下であるカガシャの食った悪魔の実は、“ナギナギの実”。音を消す力だ。つまり“歌姫”……お前の天敵だ」


両手を広げて言うシキの側に、カガシャと呼ばれた女性が歩み寄る。ルフィは正体に気付かなかったが、それが“毒蛇”と呼ばれる彼女の暗殺術、その理由であった。

暗殺対象の音も、暗殺者の音さえも消したサイレント・キル。気付いた時には、まるで毒で一人死んだように見えるが故の“毒蛇”だ。

関わることは、死。

その畏怖が、彼女を三億を超える賞金首に押し上げた。


「くそっ!」


ルフィが動く。だが、それよりも先にシキ動いていた。


「そしておれの力がこれだ!!」


軍艦が、揺れた。

いや、違う。

軍艦が、浮き上がっている。


「総員、船にしがみつけ!!」


ルフィが指示を飛ばし、周囲に視線を送る。空中を踊るように舞うウタの姿が見えた。

まるで錐揉みしているかのように、無茶苦茶な回転で空へと上がっていく軍艦。その最中、ルフィはウタへと手を伸ばす。

もう少しで手が届く、その瞬間。


「悪いな、ガープの孫」


ウタの体を、シキが掴んだ。


「この女の能力はお前たち海軍よりも、おれの方が上手く使える」

「ウタ!!」


ルフィが叫ぶ。ウタも何かを言おうと口を開いているが、その言葉は音にならない。

その瞳から、涙が溢れていた。


手は、届かない。

音も、届かない。

決して離れないと誓った二人が、引き裂かれる。


後に、ウタは語る。

この戦いが、私とルフィの、海兵としての最後の戦いだったと。



「ウタ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」



英雄の絶叫が、轟く中。

伝説の海賊が、嘲笑う。


後に、戦争として語られる戦いは。

こうして、始まったのだ。





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