逃亡海兵ストロングワールド①

逃亡海兵ストロングワールド①



プロローグ



この世の全てを手に入れたとされる“海賊王”ゴールド・ロジャー。

かの伝説が処刑の間際に残した言葉により、大海賊時代が幕を上げた。それは狂乱の時代であり、弱き者が虐げられる時代でもある。

この時代において、海軍とはそんな弱者を守る盾であり刃であった。

しかし、彼らとて万能でもなければ無敵でもない。海賊たちに虐げられる市民たちを救うことがいつもできるわけではないし、事実、犠牲は増える一方だ。

しかし、そんな最中にあって民衆の希望となる二人の新時代の海兵がいた。

“麦わらのルフィ”

“海軍の歌姫ウタ”

ここ数年で、民衆たちの英雄と呼ばれるようになった二人だ。この二人が動くと事件が起こると言われるほどに紙面を賑わせる二人は、一部では懐疑的な目で見る向きもあった。

伝説の海兵、“海軍の英雄”ガープ。その孫であるモンキー・D・ルフィと、“歌姫”として広報の側面が強いウタは名前だけが先行して実際の実力が疑問視されていたのだ。

だがその評価は、とある一つの事件によって覆ることになる。

アラバスタ事件。

世界政府公認の海賊、“王下七武海”の一角であるクロコダイルが引き起こしたアラバスタ王国乗っ取り計画と、それに伴う内乱。あまりにも狡猾なその事件を察知したのはアラバスタの一部の人間と、この二人を中心とする海兵たちだった。


「流石だなァ、ウタの歌は」

「ええ。こういう時、ウタウタの能力は便利」


とある港町が、海賊に襲われた。その場に居合わせた二人の率いる軍艦は、海賊に対する応戦を開始。しかし、そこで海賊たちは人質を取るという作戦をとった。

住民たちを人質に取り、降伏を要求する海賊たち。彼らは勝利を確信した。

だが、そこには彼女がいる。

戦場に、“歌”が響いたのだ。

それは、絶対の調べ。

彼女の歌に聞き惚れた者は、ただ一人の例外なく彼女の世界に誘われる。


「ウタの歌が聞こえないのは残念だけどな」

「後でいくらでも聞かせてあげるから」


言いながら、彼女の歌声を遮断するイヤーマフラーを外すルフィ。他の部下たちもまたイヤーマフラーを外し、眠っている海賊たちを捕縛する。

そうして捕縛を終えると、ウタはルフィに告げた。


「ごめん、ちょっと眠るね。……後、お願い」

「ああ、任せとけ」


ウタの瞳が落ちる。それと同時に、眠っていた者たちが目を覚ました。

海賊も、市民もだ。


「な、なんだこれは!?」


捕縛されている自分達を見て、海賊が吠える。ウタを抱き抱える……それこそいわゆるお姫様抱っこの体勢で抱えるルフィは、海賊たちに宣言する。


「いい夢が見れただろ? 次にお前らが行くのは、監獄だ」



◇◇◇



『海軍に新時代到来!! またまたお手柄はこの二人!!』


新聞にデカデカと踊る見出しと、二人の海兵の写真。今度は一億近い海賊の捕縛、しかも民間人の被害がほぼ無しという大戦果だ。

写真に写っているのは、眠る“海軍の歌姫”ウタを両手で抱える“麦わらのルフィ”の姿だ。その二人の周辺には彼らを支える海兵たちがおり、そんな彼らを民衆が両手を挙げて称賛している。

いい写真だ。そう呟くのは、海軍元帥センゴクである。


「しかし、“新時代”とはな。我々はもう、旧時代か」


その言葉に込められた想いは、一体どんなものであっただろう。

まだ“海賊王”が“海賊王”ではなかった時代から戦い続ける彼らは、新たな時代に押し流されようとしている。


「あの時代の海を知る者も、随分少なくなった。あやつらは、自慢の孫とその嫁じゃ」


センゴクの正面に座っているのは、“海軍の英雄”ガープだ。彼は茶をすすりながら、嬉しそうに笑っている。


「孫はともかく、嫁はまだ先の話だろう」

「先だろうがいずれそうなるじゃろ。いやー、ひ孫が楽しみじゃ!」


ぶわっはっは、と笑うガープ。その彼に呆れた表情を向けながら、センゴクは新聞に書かれているもう一つの記事のページを開く。


「こちらについては、どう思う?」

「……東の海の、襲撃事件か」


そこに写っているのは、凄惨な現場の写真だった。最近東の海の島々で突如起こっている襲撃事件である。巨大で凶暴な獣たちが突然空から現れ、島を襲っているのだ。現在は一体か、多くて二体程度であるためなんとかなっているが、これが更に増えるとなるとどうなるかわからない。

最悪なのは下手人が不明であるということだ。その意図も含めて。


「空から現れる怪物か。……こんなことをできる奴は、わしは一人しか知らんが」

「奇遇だなガープ。同意見だ」

「だが“奴”はこの二十年、姿を消しておる。あの史上唯一のインペルダウン脱獄事件以来、完全にな。……レイリーのように、隠居でもしておるかと思っていたが」


海賊王の右腕、“冥王”シルバーズ・レイリーがシャボンディ諸島にいるのは海軍上層部では周知の事実だ。しかし彼を捕らえるとなると海軍としても多くの覚悟を決めなければならず、また、彼自身が今は隠居状態ということもあって海軍は手出しをしないでいる。


「レイリーは単独で過ごしているようだが、“奴”は元より狡猾で強大な組織力を持つ海賊だ。かつてはロジャーをギリギリまで追い詰めたと聞いている」

「そういえばロジャーの奴がそんなことを言っておったのう」


ガープが懐かしむように言う。彼はかのロジャーと幾度となく渡り合った“伝説”そのものだ。センゴクもそうだが、幾度となく殺し合ううちにわかりあうことはないが理解し合う部分が誕生していた。

そして、だからこそ二人は理解している。この二人が“奴”と呼ぶ海賊は、狡猾で、残忍で、そして周到だ。その彼が沈黙し続けた二十年。それは、彼が隠居していたからか?


「海軍の“新時代”が現れているこの時に、今更過去の残滓が何をするつもりじゃ」


呟くガープ。センゴクは立ち上がった。


「今、秘密裏に情報を集めている。金が動き、人が動くのであれば必ずそこには跡が残る。もし本当に“奴”であるならば、早々にその芽を摘まねばならん」

「ああ、そうじゃな。……もし本当に“奴”なら、それがわしらの最後の役目かもしれんのう」


新たな時代が押し寄せる中。

古き時代を葬り去るのは、彼らの最後の役目だ。


「ふん。次の時代を任せるには、あの二人はまだまだ未熟だ」

「それもそうじゃ」


笑うセンゴクとガープ。しかし、彼らには確かに見えていたのだ。

新たな時代を作る、平和な時代を作る英雄たち。その先頭に立つ、あの二人の姿が。

ならば。

その道筋を作るのは、旧時代の人間の役割だ。



◇◇◇



船、と呼ぶべきかはわからない巨大な物体。空を行くそれは、まさしく島船と呼ぶべき存在であった。

それがたった一人の“能力”によってなされていると言われたところで、どれだけの人間が納得するだろう。だが、それが現実なのだ。

かつて“四皇”の座に君臨した大海賊。伝説そのものたるその海賊は、その手に持った新聞を見て笑い声を上げる。


「ジハハハハ! ガープの孫だと!? あの野郎の孫は、随分と活きが良いみたいじゃねェか!」


心底愉快そうに笑う海賊。その年は既に老境に入っているというのに、その身に纏う覇気は周囲を萎縮させるほどに鋭い。


「だが、今はそれよりもこっちだ。なるほど、“ウタウタの実”……海軍はとんでもねぇもんを隠し球に持ってやがる」


ガープの孫と一緒に写真に写る女性、ウタ。彼女の能力については、海軍内部でさえも機密となっている。あまりにも強力なその力はしかし、彼女の体力の急激な消耗という明確な弱点を抱えている。そのため、その扱いは慎重に行わなければならないのだ。

使い方次第では“四皇”さえも一方的に沈める可能性さえある力。なるほど、と海賊は頷いた。


「こいつは計画の邪魔だ。だが……その力を消すのも勿体無い」


ならば、やることは一つである。

彼は海賊だ。欲しいものも、必要なものも全て手に入れてきた。計画の邪魔になるのであれば潰すし、利用価値があるなら奪って使う。それが海賊だ。


「さあ、始めようか」


二十年を掛けた計画。その実現のために。

長き沈黙を破り、“伝説”が表舞台に現れた。






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