逃亡中の一幕
「おい!本当にこの島に居るんだろうな?」
「ああ。確かな筋からの情報だ。まだ俺たちしかしらねェ。」
「なら他の奴らが知る前にとっととやるぞ!この規模の島なら全員で探せば見つかるだろ!」
嵐の中、海賊達が小規模の無人島に上陸する。目標は数ヶ月前にある事件を起こしそれ以来賞金首として逃亡中の2人だった。彼らは独自の情報網を使いその2人がこの無人島に潜伏してると突き止めた。
「いくら海軍本部の元大佐、元准将と言えど相手は疲弊してる筈だ!所詮20も行かないガキ2人!数で攻めればそれで終わりだ!見つけたら即座に報告しろ!」
海賊達の船長は部下達に檄を飛ばす。今回の目標は七武海や旧時代の四皇すら打ち破った経歴のある化け物だった。だが、それは過去の話だ。多くの追手に追われ疲弊した状態ならば容易いと、彼はそう思っていた。
「追手を巻いたと思ってる時が一番気が緩むよなァ…そんな時に不意打ちを受けたら堪ったもんじゃないだろ?ヘッヘッヘッ…」
既に上陸した時点でその動きがバレてるとも知らずに。
「ん…んぅ…ルフィ…」
「来たか。ウタ、相手はどれくらいだ?」
「海賊…300人くらいかな?1番強くて1億ぐらい。」
島に上陸した海賊達の気配を感じ取り、ウタはまどろみの中から目を覚ます。その様子に気付いたルフィはウタを抱きしめながら追手の事を聞く。
「そうか…ちょっと行ってくる。」
「ごめんね…私が戦えたら…」
「大丈夫だ。おれは強いからな!それにこんなに早く気付けたのもウタのお陰だ。助かってる。」
戦えない事について謝るウタに対しルフィは笑顔で答える。それでも晴れないウタの顔を見てルフィは麦わら帽子をウタに被せた。
「待っててくれ。すぐに終わらせるから。」
その動作はウタを安心させる為か。はたまた殺人鬼の顔になった自身を見せないからか。その胸を内はわからない。けれども、ウタに対し話すルフィの声は常に愛に溢れていた。
ルフィはウタに背を向け洞窟の外に歩いていく。麦わら帽子が無くなり軽くなった頭にMARINの帽子を被り、その背に『大切な人が笑える正義』を背負う。一見すれば立派な海軍将校に見えるであろうそれはルフィから発せられる殺気に塗り潰される。
洞窟から這い出て周囲の気配を探り、孤立してる相手に狙いを定める。極限まで体を屈め蛇のように地を這う。音もなく近づき振り抜いた拳は海賊の腹を確かに捉える。
ぐしゃりと音がなる。
それで終わり。ルフィの拳に文字通り貫かれた海賊はルフィがその拳を抜くのと同時に地面に倒れ伏す。嵐でぬかるんだ地面は人1人が倒れる音を最小限にし、その音さえも豪雨がかき消す。ルフィは木の枝の上部に死体を括り付けると次の標的を探す。
「おかしい…」
「何がおかしいんで?船長。」
「俺も完璧じゃねェ。だから本当に感覚だが…部下の数が減って来ている…」
上陸して10分ほどだった時、海賊達の船長は違和感を覚えていた。船長は自身の実力は弁えてるつもりだったし、実際にそれのお陰で数十年海賊稼業をやれてるのだと思っていた。その経験則が囁いている。"何がおかしい"と。そんな船長の事を信頼してるからこそ周りの幹部達は即座に部下達に集合命令を出そうとした。
「上がりました!!発見の合図です!」
島の中から赤い煙が立ち昇る。目標を見つけた時に打ち上げる合図だ。船長は短い時間の中で考える。違和感を理由に一回引くか、このまま目標を元の計画通り数で仕留めるか。
「相手は決して油断出来ない相手だ!全員で出るぞ!総員船から降りろ!」
船長が選んだのは後者であった。
降りしきる雨が全身を打つ。その感覚を感じながら帽子をかぶって来て良かったなとルフィは思う。戦場において一瞬の隙は命取りだ。だからこそ、雨粒が目に入るのを防いでくれる帽子の鍔がありがたかった。
「打ち取れー!」
「とにかく数で攻めろ!どれだけ強くても結局は1人だ!」
圧倒的な強さを持つルフィに対し海賊達は徒党を組んで襲ってくる。だが、その内の半分は近づく前に命を落とす。ルフィがその脚を振り抜けばゴムのリーチを持った嵐脚がルフィの前方の海賊達の体を半分に切り落とす。後ろから襲ってくる海賊の腕を見ずに止め、その体を盾代わりにして他の海賊の斬撃を止めると共に肉壁の裏から伸びる指銃を打ち出し、切り掛かって来た相手をその背後にいる海賊ごと心臓を貫く。
その戦闘は当初の予定とは大きく異なっていた。当初は逃亡の身で心身共に疲れた相手を囲んでリンチにする作戦だった。しかし蓋を開けてみればどうだ。1人の少年が襲いかかってくる海賊達の首を落とし、心臓を打ち抜き、首の骨を折る。そこにあるのは虐殺だった。
「予想以上だな…これは…」
その光景を見て船長は自身の思慮の浅さを悔いる。しかし、一度触れてしまった物は仕方ない。ここまで来ると、彼はこちらを全滅させるまで戦い続けるだろう。それを避ける方法は1つしか思い浮かばなかった。
「おい、お前らに命令を出す。何処かに隠れている"歌姫"を探し出せ。噂が本当なら10人も居れば充分な筈だ。」
側に居た部下に命令を出す。それと同時に少年がこちらを向く。襲いかかって来る海賊達をいなしながら、その殺意の篭った目だけがこちらを見た目返す。
「いけ!」
少年がこちらに突撃してくるのと船長が命令を出し終わるのは同時だった。両者の間にはかなりの距離があった筈だが、少年はその距離を一瞬で詰めてその拳を振り抜く。
ガキン!!
少年の拳と船長の剣がぶつかる。膠着は一瞬。それだけで船長の剣は折れ少年の拳が大地を砕く。だった一瞬向かい合っただけではあるが船長はその時、しっかりと少年の顔を見た。その目をみた。本来ならそのあどけなさが抜けない子供のような目は少年の顔を童顔に見せるだろう。けれども、船長と向かい合ったその目は、深淵を映すかのように闇に包まれていた。
ルフィは即座に相手から距離を取り背後に居た海賊達を切り裂く。
「いかせねェよ。」
「船長!大丈夫ですか!」
自身の道を塞いだ相手を見据える。きっとこいつが1億級の相手なのだろう。そして船長ときた。
「都合がいい…」
「総員!俺を援護しろ!俺が前線に立つ!」
「「「オオオーーーー!!!」」」
ルフィの呟きに被せるように船長が声を上げる。それだけでルフィの虐殺に恐怖を感じ、指揮が落ちていた海賊達が気持ちを取り戻す。恐怖が信頼と希望に塗りつぶされる。ルフィと船長は明確に風向きが変わった事を肌で感じ取っていた。
先に攻撃をしたのは船長の方だった。ルフィの攻撃力は高く、受けきる事は出来ないとの判断の元に反撃がならない程に攻め立てる。船長の剣が振り下ろされ、それをルフィは半歩後ろに下がる事で回避する。
「「くたばれ!!」」
そのまま船長に拳を振り抜こうとするが、その攻撃の前に2人の巨漢がハンマーを振り下ろす。容赦なく振り下ろされたハンマーはルフィを潰す。だが、武装色も纏ってないハンマーではゴム人間は潰せない。即座にハンマーを砕き巨漢の腕を伸びた腕が掴む。ゴキリと人体からなってはいけない音がなる。
「そいつらを!離せ!」
両腕が塞がったルフィを背後から船長が攻撃する。確かに武装色を纏っていた船長の突きがルフィの体に阻まれる。鉄のような硬度を持ったその体は、船長が持っていた剣を砕く。素早く距離を取る船長を横目にルフィは2人の巨漢を掴みながら体を捻る。部下から新しい剣を受け取った船長は冷や汗を流しながらその光景を眺めるしか出来なかった。
ルフィはゴムの弾力と己を筋力を使い全身を高速で回転させる。その脚から放たれる斬撃は周囲の海賊達を切り裂き、その回転で大きな遠心力を受けた巨漢の2人は大きく飛ばされる。
「がァ…クソ…」
「痛ェ…チクショウ…」
降って来た2人の腕は千切れ飛んでいた。その光景を見て船長は飛び出す。狙うは回転の勢いが収まったばかりのルフィ。その両手には、先程まで握っていた2人の巨漢の腕が握られている。
「遊んでる暇はねェんだ。」
静かにルフィは呟く。海賊達が最後に見たのは全身から煙を噴き出すルフィの姿だった。船長の剣はルフィの残像を捉える。
その次に起きたのは元の虐殺だった。一瞬で船長の頭が弾け飛ぶ。水風船のように頭が弾け、脳みそと血が周囲にぶち撒けられる。海賊達にとって幸運だったのはその事を理解する時間も無かったという事だろう。次の瞬間には首が落とされ、胸に穴を開け、体が弾け飛ぶ。数秒後にはその場に立ってるのはただ1人だった。
戦闘が終わり、嵐の音が耳に戻ってくるのをルフィは感じる。直前までギア2を使っていた体は、自身に当たる雨粒の悉くを蒸発させる。血の海の中で、服の一切を濡らさずに立つその姿はもはや化け物とでも言える有様だった。
「さっさと戻らなきゃな。ウタに心配かけちまう。」
精神的に血にまみれた体を見て、ルフィは1人呟く。帽子を被り直し、歩きながら気持ちを切り替える。殺人鬼では無く、ルフィとしてウタに向き合えるように。
『逃亡中の"元"大佐モンキー・D・ルフィ!!襲撃した海賊団を全滅!!その間わずか数分!!』
後日、世界中に撒かれた新聞の見出しは人々の目に入る。そこには、この事件とその後の彼らの会話まである事ない事書かれていた。数ヶ月前のある事件から今日まで続く、ある英雄の逃亡劇。それも、この世界の新たな日常だった。