逃げられない、逃げない
ほんのりセンシティブ風味なので注意コンちゃんと付き合うことになった時に、付き合っていることは周りに内緒にしよう、と約束した。
同室で仲良くしているだけでも可哀想だの何だの影で言われているのだ。付き合っているのがバレたら僕はいいけどコンちゃんにまで危害が加わるかもしれない。
そう思って言ったし、実際彼も笑いながら頷いてくれた。
しかし、それから数週間。
「コンちゃん……離してよ……」
「ふふ、あんまり抵抗してたらバレますよ?」
あの快諾はなんだったのか、僕は今、人がたくさん通る廊下の横、空き部屋でぎゅうぎゅうに抱きしめられている。
これまでも何度かあったし、その度にそれなりの抵抗をしてきた。でも引退したてでまだまだ元気なコンちゃんに力じゃ適わないし、毎回さっきみたいに軽く脅されて従っている。
「せめて帰ってからやってよぉ……」
「嫌ですよ。エピさんを充電してるんです、ほらもうちょっと」
「わ、う〜……」
頭を軽く撫でられるとその心地良さに思わず目を閉じてしまう、どちらが年下か分かりやしないが、まあ今更だろう。
「よし、終わり。ほら行きますよ」
充電されたら……というか飽きたら離される。解放された……と思う反面、もっと人気のないところなら、とも考えてしまう自分に正気を疑った。
だめだ。この子に絆されるなんて、そんなことになったら彼が傷つくかもしれないのに。
なんて僕はずっとぐるぐる悩んでいるのに、彼の行動は変わらない。
* * *
「……なるほどね、だからあの時はこうで……」
またある日。
僕らは会議室でちょっとした話し合いをしていた。
今後の話とか後輩の話とか大事なことを話していたのだが、今は完全に雑談タイムと化している。
「というかコント、エピさんとなかよしだね〜、今日も隣?」
「まあそうだね。タクトこそ、今日は同期の女の子いないけど大丈夫?」
「今更?大丈夫なんだけど!」
(……落ち着かない……!)
横の男、何も無いかのように普通に話しているが、その実、横に座った僕の手をガッチリ握り、時に恋人繋ぎのようにしたり、時に手の甲をすりすりと撫でたりして、完全に遊んでいるのだ。
会議の時からずっとこうだった。その時はまだ大人しかったし話すときはほどいてくれてたけど、おしゃべりに移行してからはどんどん悪化している。というかこの状態でタクトと話さないでくれ、流石に、物凄く居た堪れない気持ちになる。
「ていうか、コントってよくソイツと仲良くできるよな」
20年組の微笑ましい会話に口を挟んだのはズナの野郎。思わず睨みつけて反論する。
「はぁ?やろうと思えば誰とでも仲良くできますけど?そっちが突っかかってくるんだろ」
「よく言うよ、ディープさんにも無視されてたんだろ?」
「皆と仲良しなあの人が唯一……って、それはそれで凄くない?」
タクトまで乗っかってくる。なんでその話を知っているんだ、誰に吹き込まれたんだ。
「この……「まあまあ、エピさんにも可愛いところあるんですよ?この前は僕に料理作ってくれて、後は……」
ズナに一発入れてやろうと立ち上がろうとしたところで、腕を強く引かれてそのまま着地する。そうだ、今の僕は彼に手綱を握られているんだ。そのまま指と指を絡ませたり一本一本なぞったりしながら延々と「エピファネイアの可愛いところ」を述べる。正直やめてほしいが、手があまりにもくすぐったくて喋ろうとすると変な声が出てしまいそうになるからどうにも止められない。彼が変なことを口走って付き合っていることがバレないことを祈るしかない。ああもう、後で部屋に帰ったら絶対、絶対、お説教だ。
「へー、懐いてくれた後輩には優しいんだ」
「可愛いところありますね〜」
「……っ、だまれ!」
前言撤回、コイツら相手に黙るなんて不可能。ズナは今度会ったら殴る。
* * *
「……コンちゃん、付き合っていること、隠したくないの?」
帰宅後、前に立つ背中にそっと問いかける。もしかして、嫌なのか?だからあんな風に試そうとしているのか?
「……違うんですよ、ただ」
「違うの?じゃあ、なんで?」
そう尋ねると、やっと振り向いてくれた。その顔は今までと何か違う、少し妖しい色を映していた。
「……エピさんは、どんな僕でも受け入れてくれる?」
「……うん」
なんだか不穏な気配だが、僕にできることがあるならどうにかしたい。僕を受け入れてくれた彼に少しでも報いたい。
まあ、数分後にこんな考えは甘かったことを分からせられるのだが。
「エピさんは皆に嫌われてるなんて言うけど、本当はそんなことないじゃないですか」
「タクトやエフにも慕われてるし、キズナさんやロゴさんみたいな同期とも仲良くしてる」
「だから牽制してやりたいんです。僕が一番なんだからって」
「エピさんには僕だけでいいんですよ」
「……うん」
気づいたら至近距離に立っていた。そのままその距離がゼロになって、視界が満たされる。
その瞳に灯る、どこか狂った炎を見て、ああ、この人は今までこんなに劣情を抱えてたんだ、なんて思うとなんだか全てを受け入れたくなって、そのまま身を委ねる。
何回も続いて、やっと離される。そのまま力の抜けた僕は彼に抱きとめられる。そして、耳元でそっと囁かれる。
「ね?僕、こんなに欲深いんですよ?」
「うん」
「それでもいいんですか?」
「…………」
行き場のなかった両腕を彼の背中に回す。これが答えだ、と言わんばかりに。
「いいんですね?」
「……うん」
「じゃあ、改めて」
そのまま顔が下まで行ったかと思うと、首筋に一瞬だけ鋭い痛みが走る。
「ひゃ、ん……」
「ふふ、できた。これで僕のものです」
そうやって笑う彼があまりにも綺麗で、そしてやられっぱなしは癪で。
「わっ……お揃いですね」
「僕ばっかりは嫌なので」
互いにつけた所有痕を隠すように、もう一度ハグをした。