追跡者2人
戦争の悪魔と邂逅した晩、フミコの退勤はいつもより遅くなった。口裂け女の悪魔を相手にして生き残ったのが、フミコ1人だった事もあり、報告や書類作成で時間を取られてしまったのだ。
「疲れた…」
翌日、起床したフミコは呟く。眠りが浅かったのか、7時間眠ったというのに気分が怠い。幸い、今日は休日なのでゆっくり過ごせる。
未来予知をもってしても身体能力の差を埋められず、戦闘中に気を失ってしまった。気づいた時には戦闘は終わっており、バディと悪魔は死亡していた…という事にした。
無茶な内容だと思ったが大して詮索されず、フミコは無事に家に帰る事ができたが、今にも公安のデビルハンターが踏み込んできやしないか、不安で仕方がない。心労が睡眠の質に影響したのかもしれない。
「起きたか」
「…おはようございます」
顔に傷のある自分に話しかけられ、フミコの気分はまた重くなった。昨晩、彼女と合体した戦争の悪魔である。
「…何をしている」
「触れるかな、と思いまして」
「私には触れられないぞ。私はお前の脳が見ている幻なんだから」
手を伸ばしてきたフミコに、戦争の悪魔は説明する。フミコの手はもう1人の自分の身体を貫いているが、何かに触れた感覚はない。
「昨日はお前が後にしろと言うから、今日まで待ってやった。今後について話すぞ」
「その前に後一つだけ」
まだ何かあるのか、と戦争の悪魔は一瞬眉を顰めた。
「今の私って、状態としては魔人にあたると思うんですけど、どうして動けてるんです?」
問われた戦争の悪魔は、フミコの脳ミソを半分残したと答えた。人間社会を知らない悪魔が完全に体を乗っ取るより、フミコの意識を残しておいた方が都合がいいと聞かされ、フミコはそのおかげで誤魔化せたのかと推測する。
「なんで私と合体したんです?」
「チェンソーマンを見つける為だ。今の身体で探し続ける事に限界を感じていてな。公安デビルハンター職員の制服を着ていたという情報が頭にあったから、お前に決めた」
チェンソーマンを見つける、という戦争の悪魔の目的を聞き、フミコの心が揺らいだ。
「こういうのを奇縁と言うのだろう。両親がチェンソーマンの戦いで犠牲になったそうだな」
「…!」
フラッシュバック。
夕飯を食べている時、家が潰れた。どうにかフミコが瓦礫から這い出ると、目の前でチェンソーマンが悪魔と戦っていた。両親を助けてくれるようチェンソーマンに訴えたが、チェンソーマンは見向きもしなかった。
「私はお前なんだから、考えは隠せないぞ」
「…聞こえなかったんでしょう。チェンソーの音がずっとしてましたから」
「それで納得できないから、デビルハンターになったんだろう?」
フミコの心を満たすのは、チェンソーマンへの疑問だ。
何故悪魔と戦っているのか?
貴方は悪魔に傷つけられた人の世に降り立った救い主なのか?
救い主ならば何故、私の両親を見捨てたのか?
人にも悪魔にも関心はない、残忍な悪魔でしかないのか?
「チェンソーマンを見つけて…どうするんですか?」
「答えをわかっている質問をするな」
チェンソーマンと戦争して倒す為だ、と戦争の悪魔は語った。以前、何度殺しても立ち上がってくるチェンソーマンに敗れた戦争の悪魔は、気がつくと体が食われて弱くなっていた。
「弱くなったって…勝てるんですか?」
「勘違いするな!私は強い!あとは強い武器があれば、チェンソーマンに勝てるんだ!」
戦争の悪魔は自分のものを武器に変える力がある。フミコの先輩の久保田を武器に変えたのも、この力によるものだ。久保田は身体を乗っ取ったフミコに惚れていたらしい。言い換えれば、久保田はフミコのものになっていたと言う事。
「人間を武器に…」
まずフミコが思ったのは、現場を見られてはならないと言う事だ。チェンソーマンが出没するようになってから十数年。監視網は発達し、監視カメラを見かける事も増えた。当然、昨晩意識を取り戻してすぐ、フミコは周囲のカメラの有無を確認した。
いずれ武器に変える為に、友人や恋人を作るのは気が進まない。倫理的な問題もそうだが、急に行動パターンが変わると自分達の正体に気づかれるリスクが上がるはず。
人が消えたなら、関わりの深い人間にも疑いの目は向くだろう。やるなら慎重に進めていかねばならない。
「武器にするものの罪悪感が高ければ高いほど、より強い武器になる。お前自身が好感を持っているものなら、良い武器になるだろう」
戦争の悪魔はフミコの顔で笑った。
「簡単に言ってくれますね〜。
となると、この部屋なんか強力な武器になりそうっすね」
「…住む家がなくなるぞ?」
「冗談ですよ〜…まだね。デビルハンターが踏み込んできた時は、身体を貸しますからマジでお願いしますね」
フミコは戦争の悪魔との会議を中断して、洗面台に向かった。朝食はおろか、歯も磨いていない。