追憶
その顔を知っている気がした。
その霊圧を知っている気がした。
「若様、そちらに行ってはなりません」
――どうして?
「そちらは旦那様――お父様の私室ですから立ち入ってはなりません。あちらでお母様がお呼びでしたよ」
「それとも私と盤遊びでも致しますか、若様」
――父様に会いに行ってはいけないの。
「お父様はお忙しい方ですから。お聞き分けくださいませ、若様――」
いつも屋敷の奥から感じていた霊圧があった。
――屋敷?自分は流魂街の出のはずだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「お前はもう要らないんだ。わかるか?」
――父様?
「あれは死んだ。あれの素質もお前は継がなかった。本家からも私からも不要と断じられたわけだ。お前の生きる場所はもうあそこにはない」
――父様、
「……お前はこれからここで生きるんだ。最低限生きられるだけの地区を選んでやったのは私の最後の温情と思え」
去っていく後ろ姿を、伸ばした自分の手から逃れるように引いた足を覚えている。
――誰だ?父様、なんて呼ぶ存在はいなかったはずだ。
◇◇◇◇◇◇
厳しい目をしたその顔に見つめられたことがある気がする。
この霊圧をいつもどこか遠くで感じていたことがあったような。浅い眠りに浸っていた頃に、ふと頭を撫でてきた霊圧にも似ているような。
知らない記憶だ。檜佐木の覚えている半生ではあるはずのない記憶。
それでも覚えている、と心のどこかではっきり言えるものがあった。
「殺さないのか?」
「………ッ」
その首筋に突きつけた斬魄刀、そこから伸びる鎖がジャラリと音を立てる。切っ先が定まらない。く、とつり上がった目の前の男、綱彌代時灘の口から嘲るような響きが零れた。
「すぐに殺さないのがお前の甘さだ、檜佐木修兵。不殺主義か?平和主義者か?それとも情けでもかけているのか?改心を狙っているのか?」
刃を突きつけられ身体を固定された状況でも、時灘の語り口調はそれまでとまったく変わらない。命の危機すら感じない、否、命の危機すら愉悦に変えるその姿はいっそ清々しさすらあった。
「残念だが私はこれまでの行いに対してなにか思うことなど何も無い。間違いも、後悔も、私は何も感じていない。……お前に対しても、な」
「………、?」
「私の言葉を理解しない愚鈍さも変わらないな、檜佐木修兵。……ああ、本当にお前はあれに良く似ているよ。反吐が出るほどだ」
「何を……言ってる?」
さあな、とまた嘲るように吐き捨てて、時灘は突如手を伸ばしてきた。ほんの一瞬頬に触れた指先が、檜佐木の後頭部を引き寄せるように掴む。
「まったく、お前は……ああ、本当に………大きくなったな」
修兵。
檜佐木が瞠目する暇もなく、時灘は彼を引き寄せた反動のまま身体を起こす。
そうして。
突きつけたまま中途半端な位置で止まっていた風死が、無慈悲にその首を斬り裂いた。
「………は?」
ぶしゅ、と噴き出した血が檜佐木の頬を濡らす。頬を滑った時灘の手が力なく落ちていった。
その温度を知っている。
その顔を、霊圧を、檜佐木は――"修兵"は、知っている。
「父様………!」
迸った叫び声。
目の前の顔が、ほんの僅かに微笑んだような気がした。