迷宮回遊ランデブー
ーーー私は、彼女を愛してる。
☆
誰とも恋人として触れ合うことなく過ごしてきた。未だに『経験』のないことを友達に揶揄われて、ついむしゃくしゃして登録した出会い系サイト。焦りがあった。みんなへの劣等感があった。だから、誰でもいいから経験しなくちゃと考えなしに登録したら、いきなり通知が来てびっくりした。
最初の人に並ぶようにずらずらずら、とたくさんの通知が来た。その9割がたが、セクハラじみた文面だったけど、最初の一人だけは違った。趣味が一緒だから話がしてみたい、と。それに登録情報も女性で、同性なら話しやすそうだと私も深く考えずにやり取りを続けて、流されるままにデートの約束まで取り付けてしまった。
お互い顔も知らないのに会うのはどうなんだろうとか、もしも詐欺だったらすぐ逃げようだとか。そんな不安がいきなり襲ってきて、今更ながら自分の危機管理能力を疑う。
「ーーーさんですか?」
けど、そんな一抹の不安も彼女に出会ってしまえばあっという間に吹き飛んで。
透き通る氷のような素肌や着物、儚い雪のような髪色、テレビで美人と称される有名人にもいないような美貌。そんな彼女に私は一目惚れしてしまった。
それから先のことはあまり覚えていない。きっと緊張していたのだろう。そこらの喫茶店で彼女ーーー裏梅さんと世間話をしながらお茶をして。差し伸べられた手を繋いだら流されるままにホテルに行って。
気がつけば私は服を脱いでいた。
恥ずかしげに目を逸らすけれど、なにかを品定めするかのような裏梅さんの視線が私の身体を這って行く。そして、彼女の指先が胸に触れた時、思わず声が出てしまう。
「っ……」
「感じやすいんですね」
そう言って彼女は優しく微笑んだ。その表情を見て私は、ああ、この人は本当に私を大切にしてくれるんだろうなって思った。
だから初めてでも、さっき会ったばかりの人でも怖くなんてなかった。
裏梅さんの視線に吸い込まれるようにキスをする。舌を絡めて唾液を交換して、息継ぎすら惜しんで唇を重ねる。
「ん……ちゅ……ぷぁ……」
「ふふっ、可愛いですね」
耳元で囁かれた言葉が心地よくて。もっと欲しいと思ってしまう。
私から求めようとすると、裏梅さんは慣れた手つきでころん、と私をベッドに寝かせて、覆い被さるようにして私を見下ろしてくる。
「私に任せてください」
「えっと……はい」
「大丈夫ですよ、痛かったらすぐに止めますから」
裏梅さんの手つきはとても優しいものだった。壊れ物を扱うかのように丁寧に愛撫してくれて、痛みなんて全くなくて。それどころか気持ち良すぎておかしくなりそうなくらい。
「あぅ……ひゃ……んんっ!」
「ここが良いんですよね?」
裏梅さんの指先がある場所に触れるたびに、びくん、と体が跳ね上がる。自分で触ってもこんな感覚にならないのに、どうして?
なんて戸惑っている暇なんて私にはなくて。裏梅さんは私のそこに顔を埋めると、ちろちろと舌を出して舐め始めた。
「やだっ! そんなとこ汚いですっ!」
「汚くなんてありませんよ」
裏梅さんは構わず続ける。ぴちゃぴちゃと唾液が跳ねる音が部屋中に響く。それだけでも頭がおかしくなりそうなのに、時折強く吸い付かれるたびに腰が浮いてしまう。
裏梅さんが私の敏感な部分を刺激するたび、頭の中で何かが弾けるような感覚に襲われる。それが怖くて逃げようとするけれど、彼女の手がそれを許さない。私の手を恋人のように絡めて、もう片方の手で私の敏感な部分をさらに激しく責め立てる。
「んっ……もう、だめですっ……!」
「ええ、どうぞ」
その瞬間、頭が真っ白になった。今まで感じたことのないような快感が身体中を駆け巡って。全身が痙攣するように震える。
そして、達した。「はぁ……はぁ……」
「ふふっ、可愛かったですよ」
裏梅さんは私をぎゅっと抱きしめてくれた。不思議だった。体温が低い人がいるのは知っているけれど。裏梅さんは温かさとひんやりとした冷たさが交互に来るような、そんな感じで。彼女の体温が心地良くて、このまま眠ってしまいたいくらいだけど、そこは頑張った。
「……あの」
「どうしました?」
「もっとして欲しいです……」
裏梅さんはまたにっこりと笑ってくれた。
「抵抗が無ければお願いします」
裏梅さんは、仰向けに転がる私の顔に跨る。今度は裏梅さんのを私が舐める番だ。
「優しくしてくださいね」
そう言われて、ゆっくりと舌を伸ばす。裏梅さんのそこはもうぐしょぐしょに濡れていて、少し舐めただけでぴちゃっと音がする。そして、私の舌が触れた瞬間、彼女の腰がびくんと跳ねた。
裏梅さんも気持ちよくなってるんだ。そう思うと嬉しくてもっと舐めたくなってしまう。舌先でつついたり、唇で食んだりしているうちにどんどんと溢れてくる愛液を飲み込んでいく。まるで蜂蜜のような甘さが口の中に広がる。
「っ……はぁ……」
裏梅さんは感じてくれているのか、小さく吐息を漏らしていた。それが嬉しくて、さらに激しく舌を動かそうとするが、しかし裏梅さんはさっと離れてしまう。
「あ...」
突然開けた視界に、思わず呆然としてしまう。失敗したのか。いけないところがあったのか。当然だよね、裏梅さんはどうみても経験豊富だし、私みたいな未経験喪女なんかじゃ気持ちよくなれないよね。そんな後向きな気持ちが脳裏を過ぎるが、それは間違いだとすぐに示される。
「気持ち良くなる時は一緒にしましょう」
そう言って裏梅さんは再び私の上に乗って、すっかり濡れそぼったそこに私の敏感な部分を擦り付け始める。お互いの性器が擦れ合うたびに、身体中に快楽の波が襲ってくる。
「んっ……はっ……」
裏梅さんも感じているのだろうか。吐息混じりの彼女の声が聞こえる度に、胸の奥底から愛おしさが溢れてくるような気持ちになる。裏梅さんも私と同じ気持ちだったらいいなと思いながらも、腰を振る彼女に合わせて自分も無意識に動いていたことに気がつく。
「気持ちいいですね」
裏梅さんは私の顔を見ながら問いかける。恥ずかしくて目を逸らしたくなるけれど、それ以上に彼女の視線から逃れたくなかった。私はこくりと小さく首を縦に振って答えると、裏梅さんは優しく微笑んだ。
「我慢しないでください」
耳元で囁かれたその言葉をきっかけにして、頭の中が真っ白になった。身体がびくびくと痙攣するように震えると同時に何かが出てしまいそうな感覚に襲われる。私は思わず腰を引いてしまうが、それを逃さないとばかりに裏梅さんは私を押さえつけてくる。そしてーーー
「ぁっ……!」
どくん、と一際大きく脈打ったかと思うと、私はそのまま果ててしまった。それと同時に何かが溢れ出したような気がしたけれど、それが何なのか理解する前に私は意識を手放してしまった。
☆
それから裏梅さんとは何度も会って、何度も身体を重ね合わせた。まだ付き合って数ヶ月くらいだというのに。渋谷が壊滅したりお化けがたくさん出たりナントカカイユウ?みたいなのが起きたり、日本が大変なことになっていても、私は裏梅さんと愛を確かめ合っていた。そして今日も私は裏梅さんと共に歩く。
今日は珍しく、目隠しをして歩いて欲しいと頼まれた。少し不思議に思ったけれど、裏梅さんのひんやりとして心地よい手で繋がれたらそんなことも吹き飛んで。ぎゅっ、と指同士が絡みあう感触に心がポカポカと温かくなっていく。
裏梅さん曰く、お化けは周りが見えない人には寄り付かないらしい。そういえば友達も変なお坊さんにこんな風に目隠ししながら手を繋いで歩かされたって言ってたっけ。でも、裏梅さんは周りを見てるんだよね?お化けもへっちゃらだなんて、やっぱり裏梅さんはすごいや。
ーーー私は裏梅さんが好き。優しくて。美人で。こんな私を抱きしめてくれて。愛してくれて。女同士でも受け入れてくれて。
日本がこんな有様で、どんなふうに生きるか死ぬかもわからないけれど。
私は裏梅さんと愛しあえた。ただそれだけで、死んでもいいくらいに幸せだ。
「捌」
🔪🔪🔪
ーーーキンッ
🔪🔪🔪
「組織すら一切潰れていない断面...お見事です、宿儺様」
「伏黒恵の魂を沈めた甲斐があった。かつての術のキレも戻ったようだ」
「では早速夕食の準備を致します」
「任せる。裏梅よ。俺は食材を捌く技術は極めたが、未だ料理の腕と執念はお前には及ばん。1000年振りの肉料理、心待ちにしているぞ」
「......♡」
「おや、取り込み中だったかい」
「チッ、なんの用だ下郎め」
「いきなり舌打ちなんて冷たいなぁ。ソレの調達場を教えてあげて、厳選までしてあげたのは私じゃないか」
「礼なら他の形でしてやる。私はこれから食事を作るんだ、早く去ね」
「はいはい、わかったよもう。宿儺、待ってる間に将棋でもやるかい?」
「ウザっ。勝手に同伴しようとするな」
「...しかし、彼女も凝り性だよねぇ。料理は愛情、なんて言葉もあるけど食材にまであそこまで徹底して愛を注ぐなんて世界広しと言えども彼女くらいじゃないのかい?」
「だからこそだ。いまの俺にはどう足掻いても成し得ぬ領域。奴はそこに達している。だからこそ、あいつは俺の料理人なのだ」
☆
料理は愛情。
現代の人間は芯をつくことを言ったものだ。
私は料理を愛している。
食材も。過程も。行程も。結果も。食される末路も。その全てを愛している。だから手心なんて加えない。妥協しない。
「お待たせいたしました、宿儺様」
私は裏梅。
宿儺様が認めてくださった唯一の料理人だ。