近畿地方某所の話
禪院直哉は激怒した。必ず余計な仕事を増やす奴をぶちのめしたると決意した。直哉にはホラーを読む奴の気持ちが分からぬ。禪院直哉は禪院家次期当主(推定)である。術式の研鑽をし、女と遊んで暮らしてきた。けれども、仕事が増える事については人一倍敏感であった。
「何が『書籍化決定!』や! こんなもん流行らすな」
スマートフォンの画面に表示された「書籍化決定」の文字に、直哉は中指を立てた。コンプライアンスなんぞ知ったことか。それでも一向に怒りは収まらない。
「……なんであんなに荒れてんの?」
「……なんか、女の人と遊んでる最中に呼び出されたらしくて……」
「いつか後ろから刺されるんじゃないか」
後部座席の虎杖・乙骨・脹相(いつもの)が冷たい視線を投げかけてくるがそんなことは知ったこっちゃ無い。問題は得体の知れないホラーが流行ったせいで新たな仮想怨霊が生まれてしまったことだ。しかも話の性質上街一つ丸々再現と来た。インターネットの発展は実に目覚ましいが、それと同時にかなりのスピードで負の感情を収集してしまうシステムである事が発覚した時は上層部から末端まで頭を抱えたとかなんとか。昔とは比べものにならない情報の拡散スピードに呪霊が発生するのもあっという間だった。元の話が実話風なのがなお性質(たち)が悪い。
「トイレの花子さん、口裂け女、『リング』が流行った時には貞子、『呪怨』が流行った時には伽倻子……ほんまええ加減にせえよ」
「なあ」
苛立つ直哉のマシンガン愚痴に臆する事なく割り込んできたのは虎杖だった。
「じゃあ、仮想怨霊『八尺様』とか『くねくね』とかもいるん?」
「……なんでそんな話知っとるんや」
「……いやー、俺昔オカ研所属だったし……。怖い話とかもそんな嫌いじゃないんだよね」
「嘘やろ!? その体格(ガタイ)とツラでオカ研!? 運動部でインハイとか出場してバックでGReeeeNのキセキが流れてるタイプちゃうん?」
「ROOKIES? 直哉さんの中の俺のイメージROOKIESなん?」
「……まあ、確かに居る。というかインターネットのせいでその手の仮想怨霊がぎょうさん生まれてこっちはホンマ迷惑しとるんや。何やねん洒落怖ブームが収まったと思ったら次はSCPて……! ボケカスが……」
今回もそうやしな、と半ば投げやりに付け加えると、虎杖はふうんと分かっているのか分かっていないのかよく分からない風の気の抜けた返事を返してきた。いよいよめんどくさくなってきた直哉は、乱雑にスマホを後部座席に放る。
「あ、うわっ!」「ナイスキャッチ! 先輩!」
乙骨の声がしたところを見るとどうやら彼がスマホをキャッチしたらしい。
「……これからの任務の予習や。目ぇ通しとき」
それだけ告げて直哉は黙り込んだ。どうやら後部座席の三人はそれを読み出したらしい。ようやく静かになったと清々した気分で車窓の外に流れる景色を眺める。
(しかし、この話が再現されるなら──)
それは相当性質(タチ)の悪い呪いになることは容易に想像がついた。
この後情報収集のためノータイムでアダルトサイトの「あなたは18歳以上ですか?」の「Yes」を押す虎杖見て「一切躊躇わないなコイツ……」って思う直哉はいる。