辺境の島での些事
※デボンの方だけ能力者の時期という捏造時空
※善良一般人が亡くなる描写あり
「ここら一帯の郵便や荷物の配達を請け負っているんですって」
「それは御大層なことだ」
人里離れた丘の上から街を見下ろす。
そこまで広くもない島。しかし急勾配の坂や入り組んだ道が多く、そのままで軽い要塞として機能しているような街。住民たちは豊かでも貧しくもない身なりをしていて、荒くれ者とは無縁の生活を過ごしていた。
「私たち相当目立ってるわよ。閉鎖的な島だから、余所者が来たのも何年振りらしいわ」
「そもそも我らの上背で珍妙がられていただろう」
「違いないわね!」
軽口を叩き合っている二人の足元には街の有力者が転がっていた。辛うじて息はあるが、当分起き上がることはできないだろう。念のために病弱な船医から貰った薬を飲ませると、背伸びをして立ち上がる。
「さて、狩りを始めましょうか」
夕陽を背に、三日月の形の笑顔を浮かべ、街の有力者に姿を変えた女は、丘を下りていく。少しずつ悲鳴や怒号が大きくなっていった。
「……………そろそろか」
逃げ惑う街の人々を誘導している中に、長い距離を跳ぶ男がいた。今回のお目当ての人物。ワプワプの実の能力者。
「ほう…能力者と接触していれば、同様にワープできるのか…?中々に便利そうだ」
泣き叫ぶ子供や戸惑う高齢者を抱えて安全な場所まで運ぶ男を観察する。ワープの条件は厳しくなさそうだ、坂や壁も障害にはならない。能力者が見える距離がワープできる範囲だろうか。それなら最大限、その素晴らしい能力を発揮できるだろう。気持ちが高揚してくる。
「では、頂くとしよう」
そう呟き愛銃を構える。スコープに覗く男は、市民の避難と自身の無事を確認し、安堵しているようだった。
「今まで御苦労だったな」
心にもないことを呟くと引き金を引く。
一度、乾いた銃声が響いた
「その様子だと無事に手に入れたようね」
「お前も無事にこの街の救世主になったようだな」
夜の帳が下りた頃、島の住民は疲弊から静まり返っていた。簡易宿の中で二人は小さな灯に照らされた悪魔の実を肴に、晩酌を愉しんでいた。
「急に"島の権力者が乱心"したんだもの、お世話になった部外者が助けに入るのは当然でしょ?」
「あいつもタチの悪い毒を作る」
「衝動性と暴力性を増悪させる上に、遅効性だったっけ」
「しかも意識が無いときに服用すると、残念ながら効果は不可逆なのだ」
「あらあら…もうまともに話せなくなっちゃったわね」
「これもまた運命…」
「最低の使い方するわね、貴方」
朝日が眩しく射し込む中、二人は島を離れる準備をしていた。もう此処に用は無いのだから。
「悪いわね、こんなに食料を分けてもらっちゃって」
「お前たちも後処理などあるだろう、丁寧な見送りは結構だ。復興に尽力してくれ」
何も知らない住民からの施しを、腹の中で嗤いながら受け取る。そのうち真実に気づいたとしても、その頃には全てが手遅れだ。
「避難誘導をしていた者たちは、まだまだ休息が必要だ。肉体もだが精神も疲弊しているだろう。特に移動能力の彼にはよく養生するように伝えてくれ」
「ええ、彼は本当に今回の功労者だわ」
住民たちも、そうだそうだ彼は島の英雄だと誇らしげに同意していた。
海の上、感謝を述べて見送る住民が見えなくなった頃、オーガーは呟く。
「今頃、昨日に負けないほどの混乱状態だろうな」
「見舞いに訪れた誰かが、"射殺体になった配達員"を見つけるでしょうね」
円滑に出港できるよう、彼の死体の発見はできるだけ遅らせたかった。そのため、昨夜まではデボンが化けて生きてるように偽装し、今朝方に死体とすり替えたのだ。
「ずっと困った顔をして、その悪魔の実を眺めているわね。まさか、無いはずの良心でも痛んだの?」
「……………いや、そんなことよりも深刻な問題だ」
「あら?何かしら」
憎々しげにオーガーは絞り出す
「悪魔の実は……不味いのだろう?」
オーガーのあまりにも子供のような理由と真剣な面持ちの隔たりに、デボンは笑いを堪えきれなかった。