転生後風邪引きアルベル
頭が重くてクラクラする。全身は怠く熱でほてっているのに、布団で覆われていても底なしの寒気を感じた。いくら水を飲んでも喉は乾いたままで、咳のしすぎか胸の辺りが痛い。
(風邪ってこんなにも辛いものだったんだな……)
転べば膝を擦りむいて、無茶をすれば風邪を引く、普通の人間の身体は思ったよりやわだ。しかも治るのも遅いときた。体調が良くなるまで身体をしっかりと休めなくては、と頭では分かっていても一昨日から寝過ぎてむしろ頭は冴えている。そのせいか風邪の諸症状が身に沁みて辛かった。泥棒でも見つけたのか三軒隣の飼い犬がずっと吠えている声が頭に響く。
(あの時の1もこんな気分だったのだろうか)
前世、百獣海賊団にいた頃1が高熱を出して寝込んだ時のことを思い出す。慣れないなりに1を看病しようとして粥を作ったのは良いけれど、しっかり火を通してやらねばとそればかり考えて、ぐつぐつ煮立った土鍋の蓋を寝そべった1の前で開けた時には、炭化しかけてドス黒く変色したなにかがそこにあった。内心冷や汗をかきながらも1が「アルベルが作ってくれたの!!?いただきます!!!」と病人とは思えない声で喜びを露わにするから、匙を取る手を止めることなどできなかった。
「っ!う、あっ…!グフっっ…………」
「1ーーーー!!!!」
こうなることは正直予想できた。しかし、1があまりにも平然と粥だったものをかきこむから、見た目はアレだが十分食べられるものという奇跡が起こったかと錯覚した。全然そんなことはなかった。
「邪魔するぞ!お見舞いに来てやったぜ、1の調子はどうだ」
「……なんか朝より顔色が悪くなってないか?」
「今しがた倒れた」
「おいバカ!何したらこうなんだよ?!」
「何って、粥を食べただけだ」
「粥??……兄御、その鍋真っ黒焦げになってません…?」
「いや病人に劇物食わせるとか殺す気か!!!」
「……これくらいで死なないだろ」
「どう見ても死にかけてんですけどォォ???!!」
風邪と少し焦げた飯だけで人が死ぬわけないと強がりを言ったけれど、その後は売り言葉に買い言葉、クイーンのカスと言い合っているうちにジャックが桶を持ってきて嘔吐した1を介抱しているのが見えたけど、自分が手を出しても役に立てないだろうと思っておれはただ見ていることしかできなかった。
(辛い…苦しい…)
風邪でも弱い人間は死ぬのかもしれない。散々だった前世を命ある限り生き抜いて、平和な時代に生まれ変わり、ようやく大切な人たちと穏やかに過ごせると思った矢先にこの出来事か。おめおめと死んでやるつもりは毛頭ないけれど、寝ても寝ても一向に和らがない全身の苦痛に、心まで病気を患ってしまったようだ。
「アルベル〜起きてるか?おじや作ったけど食べられそう?」
「だべっ、ゲホッ、ゴホ……食〝べる〝」
「あんまり調子良くなさそうだな。食べられる分だけで良いからね」
体内時計はすでに狂っていたが、1が土鍋を持ってきたおかげで今が昼だと知る。水とスポーツドリンクの飲み過ぎで腹は全く空いていなかったけれど、固形物を少し腹に入れればまた眠れるだろうと即答すれば、思わず咳き込んだ。自分のものとは思えないしわがれ声に経過がよろしくないのは1と同意見だった。
「はい、あーん」
「……」
「喋るのも辛いんだろ?おれが食べさせるから口開けて」
それくらい自分でできるとジト目を返すが1は意に介さずおじやを持ったレンゲを唇に当てるので、意地を張る元気もないおれは大人しく口を開く。前世から数えきれないほど食べてきた1の料理は大概人並み以上に美味かったが、今は熱のせいで味覚は麻痺しているらしく味など全く感じない。
「美味しい?アルベル」
「…まあ」
「まだ食えそうか?」
「ああ」
ひと匙だけでは食べた気がしないとおかわりを要求すれば1は嬉しそうにおじやをすくっておれに差し出す。一口食べて忘れていた空腹が顔を覗かせたのだろうか。とろとろに溶けたご飯と卵、たまに現れるネギの食感が食道から胃を温めながら満たしてくれた。
気づけば一人用の鍋の半分以上入っていたおじやが全ておれの胃に消えていた。満足そうに「アルベルちゃんと食べたな〜偉いぞ〜」とおれの頭を撫でていた1は、膳を自分の後ろに下げると風邪薬の箱と水の入ったペットボトルを取り出す。
「……済まなかった」
「へ?何が?!……あっ!おれとしては煩わしいとか全く思ってないしアルベルにあーんできるなんてむしろhappyhappyだから気にしないで!むしろアルベルはもっと甘えてくれ!どうする?氷枕換える?汗拭く?」
「違う……昔1が、風邪ひいた時…のこと、思い出してた。……風邪って、辛いんだな」
「……あれか!アルベルがおれにお粥作ってくれた時の……」
「おれは、余計なことをしてばかり、だった……」
1が風邪を引いた時おれはまともな料理も作れず、適切な看病もせず騒ぎ立てるだけだった。1は美味い飯を作るだけじゃなく、こんなにもおれに尽くしてくれているのに。
「アルベル、口開けて」
「ん…」
「はい、お薬ごっくん!飲んだらよく寝るんだぞ〜」
「……ああ」
1は辛気臭くなったおれに構わず薬を飲ますと、さっさと横になるよう促した。素直に従って氷枕に頭を預けると1の手がおれの額に伸びてくる。
「あのお粥は失敗作だったかもしれないけど……おれはさ、すごーく嬉しかったよ。不器用なアルベルがおれのことを心配してくれたのがちゃんと伝わってきて。アルベルはおれのこと心配してくれたんだよね?」
「ああ。……でも」
「アルベルがおれを思ってくれる気持ちがおれにとって一番の薬だから、良い薬をもらったよ。だから今度はおれがアルベルを治す番なの!父親としては可愛い息子に思いっきり甘えてほしいわけ!!」
いつもの訳の分からない父子理論を振りかざされて苦笑をこぼす。前々から無茶苦茶だとは思っていたけれど、理屈もへったくれもない1の言動に呆れながらも絆されたのがおれだ。
1にはいつまで経っても敵わないな。
「1」
「うん、どうしたアルベル?」
「おれが寝るまで、手を…握っていて、くれないか?」
「もちろん!!」
おれの手が熱いのかひんやりとした1の手が気持ちいい、汗で張り付いた髪を撫でる指にあやされて瞼を閉じる。
「お休み、アルベル」
おやすみ、父さん。
しわがれた喉の奥でつっかえた言葉は声にならず、おれの胸へと落ちていった。それと同時に意識が深いところに持っていかれて穏やかな呼吸を何度か繰り返したあと、おれは完全に眠りに落ちた。