「転生したら黒炭オロチの姉だった」まとめ2

「転生したら黒炭オロチの姉だった」まとめ2



 数ヶ月経ち、私は〝白舞〟の霜月康イエの下を訪れていた。

 ひぐらしに言いつけられた、金を貯めて武器を増産し、カイドウを引き入れる手筈を整えるために。

「クシナと申します。野盗に襲われ、家族が皆動けないほどの大怪我を負ってしまったのです」

「おお、それは不憫だな……」

「いえ……私は盲目ですが熱を感じることができ、動きに支障はございません。

 薬も作れますし、ある程度は戦闘もこなせます。言われたことは何でもやります。だからどうか、小間使いとして雇ってはいただけないでしょうか」

「うむ、よかろう。ここで働くといい」

「はっ、ありがたき幸せにございます!」


 未だなお、身を焦がす熱は私を離してくれはしない。

 一刻も早く、この苦痛を取り払いたい。

 その一心で私はあらゆる技能を貪欲に取り込んだ。

 〝呪い〟に追い立てられるように何かをしていなければ、身も心も炎に包まれて発狂死してしまいそうだったから。

 偶然にもその姿勢が康イエにも評価されたのか、小間使いの身ながら一目置かれ、重宝されるようになった。

 そうして康イエの下で働くこと数年、ついに〝花の都〟で〝山の神騒動〟が勃発。

 それによって都を追放された光月おでんと子分の錦えもんと傳ジローが、この白舞までやってきた。


「お会いできて光栄です、おでん様。どうぞこちらへ。康イエも心待ちにされておられます」

「ははは! ウソつけ、待ってるわけねェだろう!!」

「ああ、待ってなどいない! 都を追放されたバカなどはな!! 何の用だ、おでん!! 偉そうに子分連れか?」

 おでんと康イエが気心の知れた仲のように軽口を交わす。

 ……ここでおでんに目を付けられなければ、今後の計画にも支障が出るだろうか。

 着用している小袖を脱ぎ、ぬかるんでいる地面に覆いかぶせる。

「少々お待ちを、おでん様」

「あァん? んな!?」

「水たまりに足が浸かってしまいます。どうか私めの小袖を足場になさってくださいませ」

「おいおい、よせよ! 恥をしらねェのかお前は!!」

 ドン引きだ、と言うかのようにおでんが身をよじる。


「おいオジキ! なんだこの娘は、頭おかしいぜ!!」

「そやつは新入りの小間使いだ。……下がってよいぞクシナ。それと、公衆の面前でそのような真似は二度とするなよ」

「ご忠告痛み入ります。それでは、失礼致します」

 ファーストコンタクトはこれで良いだろう。

 人間は他人の気味が悪い所ばかり目に付き記憶するものだ。

 相手がおでんであるならば、多少奇異に映っても目立っておいた方がいい。

 ……これから長い付き合いになるのだから、つけ込む隙など山ほどあるだろうから、ね。


★☆★


 おでんは数ヶ月ほど白舞に滞在した後、ワノ国を漫遊すると言い残し、この国屈指の無法地帯〝九里〟へと旅立った。

 いずれ遠くないうちに彼は現在の九里を牛耳っているアシュラ童子を打倒し、無法の地だった九里を人の生きる郷へと生まれ変わらせるだろう。

 私も動く時が来た。

「康イエ様、お話があるのです」

「む? なんだ、言ってみるといい」

「はい。九里へと赴き、おでん様のお力になりたいのです」

「……なに?」


 私が今最も欲するものは武器を作るための金。

 その次に都の将軍に近づくための地位。

 この時期におでんに取り入ることができれば、九里復興で金や人が多く動く時期に中枢に忍び込める。

 彼らにとっても、九里復興のための知識人は喉から手が出るほどに欲しいはずだ。

 あちらには既にカン十郎を忍ばせてあるし、彼の後押しもあればすんなりと関係を築けるだろう。

 まぁ、そもそもおでんはお人好しなので、ここまでやる必要はないかもしれないけど、念には念をだ。


「風の噂でおでん様の武勇を聞き及び、私もはみ出し者の一人でしたので九里の復興には非常に興味があるのです。

 私や家族のような犠牲者をこれ以上出させないような、そんな土地を自らの手で作りたいのです」

「うむ……立派な志だ。よかろう、九里への赴任を許そう。お前の勤勉さや知略は必ずあいつの役に立つ」

「はい。今までお世話になりました」


 こうして私は白舞を後にした。

 そしてさらに数日かけて現在元荒くれ者達があくせくと整地に勤しんでいる九里へと足を踏み入れた。

「おう、お前さん確か康さんとこの小間使いか」

「はい。この度、おでん様の下で財産管理や他郷との外交に勤めたいと思い馳せ参じました」

「そうか! いやァ助かるぜ、ウチの野郎どもはバカばっかでな。頭を使える奴を探してたんだ」

「はい。何なりとお申し付けを」


 あっさりとおでんに受け入れられた私は、まず復興作業の裏方を一手に引き受ける傳ジローの下に配置されることとなった。


「お前、確か白舞の屋敷にいたよな?」

「はい。小間使いのクシナと申します」

「へェ……。まァ別にいいさ。やることは山のようにあるからな、まずは——」

 傳ジローの言い付け通りに働き、そしてある程度自由に権限を震えるようになってからは外交に注力することになった。

 傳ジローは頭が回るが、少々短気でもあったからだ。

 私にとっては渡りに船であったのだが。

 他郷との間に個人的なパイプを作り、その伝手を使って各地の武器職人に当たりをつけたり、裏金を扱っている者達とも顔を合わせた。

 そうして数年経った後、ついに九里が〝郷〟と呼べるまでに整備された。


「おでん様がこの〝九里〟の大名になったぞォ〜〜〜!!」

「…………」

 新しく築かれた城の一室から城下を眺める。

 荒れ放題な死臭漂う地だった九里は、正しく〝平和〟と呼べるまでに回復を果たした。

 そこに住まう者達は皆、元々は誰も手の施しようのない罪人であったはずなのに、今では誰もが涙を流して笑い、抱き合って喜びを分かち合っている。

 その様子を、私はじっと感じ取る。

 笑顔、歓喜、感涙。

 ああ、無いはずの瞳が燃えるように熱い。

 抉り取られた涙腺の代わりに、血涙が眼帯から滲み出て頬を伝う。

 この感動的な場面でも、我が身を焼く呪いは一層激しさを増すばかりだ。

 喜び勇む者を見るたびに、怒れ、恨め、苦しめ、呪えと。

 もう彼らのように、幸せに生きる希望など持てはしない。

 求めるのはただこの呪縛が解かれる、安らぎの時のみなのだから。


★☆★


 九里が一端の郷になってから一年程経った頃。

 赤鞘達はおでんに相応しい侍になるべく学問や鍛錬に励んでいた。

 私は特にそれに関わることはせず黙々と九里の政務作業や財産管理をしていたが、時たま一部の赤鞘から学問に関して質疑されることがあった。

「クシナさん! ここ教えてください!」

「教えろゴロニャー!!」

「菊の丞様、ネコマムシ様……わかりました。少々お待ちを」

 特に多いのは、赤鞘でも比較的年少の者達であった。

 菊の丞、イヌアラシ、ネコマムシ、河松がそれに該当する。

「この算学はここをこうすると——」

「なるほど、そういうことですか!」

「お前頭良いニャー」

「いえ、このぐらいは別に」


 なぜ絡まれるのかはわからない。

 私としてはこれから裏切る腹である以上、あまり近付いてほしくはないし、自分で言うのもなんだが人に好かれるような人間でもないのだが、なぜ。

「あの、なぜ皆様は私に関わるので? 質問ならば傳ジロー様にお聞きになった方が良いでしょうに……」

「? なんでです?」

「え……ですから、彼ならば私よりもあなた達に親身になってくれるでしょうし」

「クシナさんも、おでん様に仕える仲間です! 私はあなたとも仲良くなりたい!」

「それにいつもシケた顔してつまんなそうだニャア。わしらはおヌシにも世話になっとるから、心配で声かけてんぜよ!」

「……そう、ですか」


 にっかりと笑う菊の丞とネコマムシに、私は曖昧な返事を返す。

 赤鞘達にそんな風に思われているとは全くの想定外だ。

 正直なところ驚きを隠せないが、よく考えてみれば彼らのような善人が、身近に居る明らかに落ち込んだ人間を放っておくわけもなかったか。

 他人に気を遣われるなんていつぶりだろう。

 もしかしたら今世で初めてかもしれない。

 この人達となら、もしかして——

『そんなことを、許すとでも思っているのか?』


「う、あ……」

「? どうかしましたか?」

「顔色悪いニャア」

「い、え。大丈夫、です」

『黒炭の怨念を忘れたのか? お前は死んだ黒炭達の無念を晴らさなければいけない。

 幸福など求めるな。ワノ国を滅ぼせ。それがお前に許された唯一の生だ』

「は、はは……」


 ああ、でも。やっぱり無理みたいだ。

 もう私は引き返せない。

 何もかも捨てて新しい生を謳歌するなど、許されて良いはずがないのだから。

「……菊の丞様、ネコマムシ様。お気持ちは嬉しゅうございます。けれど、それは私には余りあります」

「? どういうことですか?」

 私は、諦めたように力の抜けた笑みを浮かべた。

「この世にはどうしようもなく堕ちてしまった者もいる、ということですよ」


★☆★


 月日が2年ほど経った頃。

 赤鞘達は皆身なりを整え、学を身に付け、侍として立派な姿へと生まれ変わっていた。

 そしておでんの父、光月スキヤキの病気の報を受け、花の都に向かうことになった日のこと。

 私はおでんに、将軍への士官を取り次いでもらうべく話をしていた。

「独立かァ。もっとウチに居ていいんだぜ? 連中もお前にゃよく馴染んでる」

「身に余る光栄です。しかし、私にはやらねばならないことがあります。おでん様には恩を仇で返すようで申し訳なく思いますが……」

「そうか、じゃあ仕方ねェな。達者でやれよ! ウチの備蓄なら好きなだけ持ってけ!」

「主殿の好意、無碍には致しますまい。ありがたく頂戴します」


 こうして私の資金繰りは無事終了した。

 図々しく金を強請るのはオロチだからこそできたことで、私にはきっと向いていない。

 地道に根を張り、じわじわと悟られずに目的を終えるのが私の性には合っている。

「親父殿! どうかこのクシナを城においてやってほしい! よく働くし、薬も作れる。

 九里の政も誰より上手く回してたんだぜ。おれの妹分だ、必ず役に立つ」

「ほう、お前がそこまで言うほどか。よし、ではまずはワシの小間使いから始めてみんか」

「はっ! 必ずや将軍様に相応しい振る舞いをお約束致します」

 その後は滞りなく花の都に歓待され、おでんの紹介によって光月スキヤキの小間使いとして士官することになった。


 そしてさらに数ヶ月が経過し、九里の〝伊達港〟に〝白ひげ海賊団〟が寄港。

 おでんと赤鞘との一悶着の末、意気投合した。

 その数日後、想定通りにおでん、イゾウ、イヌアラシ、ネコマムシが外海へと旅立ったとの報が入った。

 いよいよ、本格的にワノ国侵略を開始する時が来た。

「ガフッ!? な、なんだ……!?」

「……大蛇ですから、毒を持つのは自然でしょう」

「お、前……! まさか!!」

「ご安心を。殺しはしません、光月スキヤキ。ただ一時、その身をこちらで預からせてもらいますよ」

「ニキョキョキョ! さァ、ここからはワシが〝光月スキヤキ〟を引き継ごう……! チェックメイトという奴さ、ワノ国!!」


 光月スキヤキに毒を盛り、ひぐらしが彼に成り代わって危篤の報せを諸侯に伝える。

「時期将軍はおでんに継がせたい……だがおでんは今不在につき、私にもしものことがあった場合、おでんが帰るまでの代理を立てたい……!

 おでんが妹のように可愛がったこの娘……〝黒炭クシナ〟だ!!」

「——この度は〝黒炭家〟汚名返上の機会を賜り、スキヤキ様並びにおでん様には生涯頭が上がりませぬ。

 祖父の愚行を償う意味でも微力ながら、おでん様の即位の準備をわたくしめが務めさせて頂きます」

「! クシナか!!」


 真っ先に反応したのは霜月康イエだった。

 彼は納得したように深く頷いている。

「確かに九里では見事な活躍だったと聞いている。お前なら任せられるだろう。

 しかし〝黒炭〟とは驚いたな。なぜ黙っていた?」

「『忌み名』でございますゆえ、ご迷惑をお掛けしてしまうかと。

 きっと皆様のご期待に添えるよう、必ずやワノ国を導きとう思います」


 その後、滞りなく光月スキヤキの偽装死は完遂され、一時的に私がワノ国の全権を担うこととなった。

 これによって、武器工場の大規模建設が可能になる。

 それに何より——

「ウォロロロロロ!! ここがワノ国か……!

 てめェが、おれ達の同盟相手ってことでいいんだな!?」

「……ええ、こうしてお会いするのは初めてですね。お待ちしておりましたカイドウ様、並びに〝百獣海賊団〟御一行様」

 世界最強の後ろ盾を、大っぴらに迎え入れることができるのだから。

「ウォロロロ!! それで、約束は果たせるんだろうなァ!!?」

「はい。あなた方が望む〝暴力の世界〟……ワノ国の全ての民にとっての絶望。それは私の……いや、我らの求めてやまないものです。

 これよりワノ国の全ては弱者として、我らの下に跪く」

 下準備は全て終わった——ここからが、私の〝国殺し〟だ。

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