身に余る糧

身に余る糧


五人は、揃って全然好き嫌いをしない。───食に乏しかったり、興味がなかったり、まあ色々事情はあるが総括すると「そんな場合じゃなかった」ので。

だからこだわりもない。食べられるものなら何でも食べる、の、だが。

「……これ、本当に食べ物ですか?」

眉をひそめてノレアが呟いた。彼女が見据えているのは、どんぶりいっぱいの───というか、どんぶりの上にそびえたたんばかりの一杯のラーメン。

「食べ物ではあるんじゃない?ギリギリね」

「他人事だと思って……」

「実際他人事だし」

ノレアは恨めしげに5号を睨んだが、それ以上言い返せなかった。

昼下がり、五人は幹線道路沿いのラーメン屋に立ち寄っていた。

料理の量が多いことで有名なチェーンで、店先に出ていた看板にはまさにその大盛りラーメンの写真が掲示されている。それにソフィが興味を示したのが入店の切っ掛けだった。店中脂や薬味の匂いが漂っていて、テーブルも心持ちぎとついている。清潔で管理の行き届いた学園とは真逆の店内はランチの時間を少し過ぎてもそれなりに賑わっていて、漂う独特な熱気に呑まれつつ注文をして───運ばれてきたのが、これだった。

「私は食堂で見た事ありますよ。トッピングを全部乗せするとこうなるんです!」

「こんなの基地じゃ食べなかったよ!」

何故かちょっと得意気にするスレッタと、歓声を上げるソフィ。彼女たちのラーメンもそびえたっている。というか、ソフィがノレアとスレッタを乗せたのだ。どうせ食べるなら量が多いほうが良いに決まっていると、二人に熱弁したのだ。

手強い量だぞと4号と5号が止めようとしたものの、「こういうのお腹いっぱい食べたことってなかった」とはしゃぐソフィと追随するあと2人を見て強く出られず、最終的に自分たちは並のラーメンを頼むよう示し合わせた。男子二人が食べるものとばかり思って運んできた店員は、大盛りラーメンに目を輝かせる少女たちに凍りついていたのは言うまでもない。

「「「いただきます」」」

年長組が手を合わせる横で、挨拶も無しにソフィとノレアが食べ始める。

小動物を思わせる挙動で麺を頬張るスレッタと、黙々と口に運ぶ4号。5号も上機嫌に食べ進める。この店のラーメンは量でこそ有名だが味もお墨付きだ。ましてや若い青少年、それもMSパイロットの三人。マシマシ大盛りのスレッタを含め、ペースが落ちることは無い。ちなみに三人とも箸が扱えないのでフォークを握っている。

食べるうちに自然と4号と5号はピアスを外し、髪を耳にかけた。スレッタもMSを操縦する時のように長い髪をバレッタでまとめ上げる。邪魔だし、何より暑いので。ノレアも袖をまくり、ソフィは概ね服装に変わりは無いが、いつもより静かだ。お喋りの頻度は少ない。なんだか五人とも、真剣だった。

そのうち、5号のどんぶりは空になった。ふうと息をついて周りを見る。スレッタは相変わらずニコニコしながら野菜を咀嚼している。普通の女子に比べれば食べる方だとは知っていたけど、思った以上のポテンシャルだ。4号は自分と同じく今しがた食べ終わったようで、氷のような静かな視線は、ソフィとノレアに注がれていた。

「……う〜……」

ソフィの手は止まっている。

「……」

ノレアのぐちゃぐちゃな持ち方の箸も、あからさまに進んでいなかった。

……さて、やっぱりこうなったか。

「食べようか?」

「…………いえ、自分で食べます。」

「……4号〜ソフィの分お願い」

5号はソフィのどんぶりを4号の元に運ぶとノレアのどんぶりをさらりとかっさらう。ノレアは抵抗したが、「吐きたいの?」と5号にぴしゃりと言われて黙った。これを見越しての並ラーメンである。4号も5号も男子なので、本来スレッタ以上に食べられはするのだ。

6割ほど残ったラーメンを見て、まあ頑張った方だなと思いつつ麺を巻き取る。多少伸びてるが気にする5号では無い。

マシマシどころか並の量ですら、貧しい育ちで胃の小さいソフィとノレアが食べ切れる量ではなかっただろう。全く表情を変えず追加のラーメンを食べ始めた4号を見て、体を保つ為に量“だけ”は食べさせてくれていたペイル社に5号はほんの少しだけ感謝する。本当に、ほんの少しだけ。

横目のノレアとソフィは何も言わず、浮かない表情でカウンターを見つめている。どうしたの、と食べながら訊ねるとノレアがポツリと口を開いた。

「……食べ物を残すなんて、考えたことなかった」

「そもそも足りてたことあった?」

「そんなわけないじゃん。あたし達みんな、いっつもお腹空かしてたよ」

「じゃあ良かったじゃんか、今は足りたんだろ?」

どんぶりから視線を外さず、麺をすすりながら5号は言う。ノレアがこちらを物言いたげに見つめている気配がした。

「君たちは食べ足りてて、僕と4号は足りないから、君たちが残した分を貰った。それで良いだろ」

でも次は食べ切れる量にしなよ。と5号は野菜を頬張る。ソフィとノレアはそれでもどこか居心地が悪そうにしている。

「……良くない」

ノレアが、少し震えた声でこぼす。

食べもの、安全、教養、足りないものばかりの人生でも同類はいてくれて。───いざ満たされた時、身に余る程の恵みを手にした時、満足するよりも先に、ここにいないその人たちの顔を思い出す。

結局、自分のためだけには生きられない。

5号は何となくソフィとノレアの考えていることの想像がついて、損な性分してるなと冷えた言葉が過ぎった。それは自分にも向いていた。三人とも、大概人が好かった。

「『いただきます』と『ごちそうさま』言いましょう」

一番のお人好し───スレッタが、優しい声で言った。見るとそのどんぶりはもう空っぽで、スープも一滴残らず無くなっている。

「……スープまで飲むのは行儀が悪いらしいよ」

「えっ!ご、ごめんなさい、おいしかったので」

「いや、美味しいならそれでいいと思う」

4号の指摘に赤くなりながら、スレッタは言葉を続ける。

「……美味しいものにも、それを食べられることにも、『ありがとう』が一番だと思います。」

スレッタは時折、驚くほど的確に一番効果的な言葉を導き出すことがある。

5号は数度瞬いた。

「ありがとう」か。

5号は、別にソフィとノレアが「いただきます」と「ごちそうさま」をしなくても気にしない。親じゃあるまいし、自分だって「エラン・ケレス」の影武者として最低限やっていたことが染み付いているに過ぎないからだ。

マナーのひとつに至るまで、生きる為の振る舞いだった。意味なんてそれで十分で、感謝を込める発想など無い。そも何に感謝するのかもよく分かってない、けど。

「そうだね。感謝しとこうよ」

「何に?」

「満たされてることに。」

5号の言葉に4号は相変わらず鉄面皮で麺をすすっていたが、何か思うところがあったのかその瞳はソフィとノレアを一瞥する。

二人は戸惑っていたが、やがて手を合わせ、

「「ごちそうさまでした」!」

と揃って声に出した。ソフィの声は店内によく響いて、他の客が微笑ましそうに笑った。

その声を聞きながら、5号はノレアが残した分を食べ終わり、フォークを置いて手を合わせる。

日々の生きる糧に。感謝しておこう。自分が恵まれている、生きている確認をしよう。

「ご馳走様でした」

ラーメンの湯気と汗で若干張り付いた前髪をよける。自分の脈がいつもより大きく聞こえる気がした。

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