蹊合病院跡地

蹊合病院跡地


アサは一度着替えに戻ると、病院の敷地に足を踏み入れた。窓を破る道具は、私物を対価にすれば作成できる。表から見えない建物の裏に回り、アサはそこから侵入した。

「本当にいると思う?」

「隠れ家としては申し分ないだろう」

一応懐中電灯を用意してきたが、暗くなる前に戻りたい。アサは無人の院内を歩いていくのだが、床に落ちている剥がれた壁紙の一部やゴミが目についた。

壁に掲示された院内見取り図を見つけると、アサはヨルと相談して次の行き先を決めることにする。

「これ全部見て回るの無理なんだけど」

「あぁ…なら、病棟を見たら帰るか」

アサは憂鬱そうに一階から上に上がり、連絡通路の先にある病棟に向かう。人に見咎められたら不味い事になるのはわかっているのだが、見られなければ問題無しで済む。

一方、学校から遠くない場所で、電ノコ男について聞いて回る少女の噂は学校にまで届きそうで、その可能性がアサには怖かった。

(早く帰りたい…)

提案したヨルだったが、この廃病院にチェンソーマンが潜んでいるかは半信半疑だ。いたらそれでいい。居場所を突き止められれば、暗殺の可能性も出てくる。しかし、今は殺す手段がない。

その為に銃の魔人が欲しいのだが、彼の近くには如何なる理由か闇の悪魔がいる。だから魔人を手に入れるまでの手頃な武器が、あるいは魔人に代わる武器が欲しい。

勝敗を決める要因は様々存在する。個人の武勇や計略、兵站や物量など。チェンソーマンは武勇に長けている、ならばそれ以外でヨルはチェンソーマンを倒す。戦争について、ヨルは一家言あるのだ。

病室をざっと見回りながら、アサは奥へ進む。途中、それまでとは違った雰囲気の部屋を見つけた。病児保育室である。空きだらけの本棚に絵本が一冊放置されており、目立った汚れもなく問題なく読める。持っていけば良かったのに。

「アサ、それを持っていけ」

感傷的な気分を察したヨルの言葉を受け、アサは絵本をしまう。

「ねえ…まだ見て回るの?」

「まだ全て見てないだろう」

アサは保育室を出た。

「何してるの?」

ヤバい!とアサが反射的に振り返ると、そこにピエロが立っていた。恰幅の良いピエロに首を締め上げられたアサは手足を振り回し、抵抗するがピエロは痛みを感じていないようだった。やがてアサの意識が闇に遠のいていく。

ーー!?

アサが次に目を覚ましたのは闇の中。窓がないのだろう、周囲の様子はよくわからない。手足が縛られているようで、身動きが取れなかった。

「静かに」

恐怖が這い上がってきたアサに、電灯の光が浴びせられる。目を細めたアサは近づいてきたのがキガであるとわかり、少し安堵した。だが何故ここにいるのだろう。

「一人で探しにいくぞって顔に書いてあったから、心配になってついてきたの」

何かを引きずっていたらしいキガはそれを置き、アサの近くまで静かに駆け寄る。手足の縛をナイフで切り、アサを解放したキガは置いたものを示した。

「はあっ…!?え…!?」

子供の死体である。腐敗はなく、死後それほど経過していない。

「あのピエロのだと思うけど、これ使って」

「ちっ…」

アサは酷く恐怖している。ヨルは彼女に、目の前のそれを武器にするように命じた。しかし、これはアサのものではない。

「だったら一部でいい。絵本があったろう」

「あ…」

酷く逡巡するアサだったが、最終的にはピエロに対する恐怖の方が優った。この場をさっさと逃げればいいと思ったが、次に捕まったらどうなるかわからない。アサを静かに見つめるキガは、自力でこの場を脱して欲しいと語りかけてきた。

子供の絵本を刃物に変え、その足を付け根から切断する。足首を手に持ち、アサは名前を呼んだ。

「児童ナイフ…」

やや内向きに反った、肉厚のナイフだ。またピエロに会うのは怖かったので、アサはヨルと交代した。異常な経験をして恐怖が麻痺したのか、問題なくヨルは身体を乗っ取ることができた。

キガと別れたヨルは武器を鞄にしまうと病院の出口を探す。その途中、電灯の先にピエロの姿が浮かび上がった。

「あ!帰っちゃうの!?もう帰っちゃうの!?」

「お礼もしたかったしな…死ね」

児童ナイフは、ヨルの満足のいく切れ味だったが強度は低かった。病院の建物から外に出ると、既に日は沈んでいる。人目につかないルートを探しながら、ヨルは自宅に戻った。


戦果:児童ナイフ

児童の脚から作ったナイフの一振り。鉈にも分類できる大振りな物だが、強度は低い。


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