距離(中編)
次の日のテラリウムドームのキャニオンスクエアにて
ブルーベリーリーグ四天王でもあるネリネは、懐中時計を片手に挑戦者のそらとぶタイムアタックのタイムを計測していた。挑戦者と時計を交互に見ているその最中、挑戦者からかなり離れているが、ライドポケモンを駆るハルトの姿が確認できた。
「あれは、アギャッスさんとハルト」
やたら上方向へと飛んでおり、ネリネはハルト達の行先が気になったが、現在は挑戦者のタイム計測中なので、こちらに集中することにした。
そして、挑戦者のチャレンジ終了後-結果は不成功-ネリネは気がかりだったハルトがどこへ向かったか、双眼鏡を用いて探してみた。最後に確認した進行方向からみて、その行先はテラリウムドームの天井から下りているテラリウムコアだったので、まさかとは思いながらテラリウムコアの上部を見ると、いたのだ、膝を抱えてしょんぼりした様子で座るハルトが。
それを確認すると、表情こそ崩さなかったものの、ネリネの額には冷や汗が流れた。ドーム内で最も高い危険な場所に何故いるのかという疑問と、もし落下でもすれば取り返しのつかないことになると思い、彼女はすぐさま、キャニオンスクエアの受付に席を外す旨伝え、エアームドに乗ってハルトのいるテラリウムコアへ向かった
テラリウムコア上部
「はぁ・・・・」
「ハルト、こんなところで何をしているのですか?」
「ネリネか・・・・こんにちは」
「こんにちは。先ほどの質問に答えていただけますか?」
「えっと・・・座ってる・・・」
「見ればわかります」
ハルトから聞かなくてもわかる返答がきて、呆れてそっぽを向いてしまうネリネ。
「いったん場所を移動します。ここは高度が高すぎる。ご同行を」
「ここじゃだめかな?」
「だめ」
キャニオンスクエアバトルコートにて
「僕がテラリウムコアにいることよくわかったね」
「これを用いて発見しました」
ネリネは使用した双眼鏡を手に取って見せる。
「双眼鏡越しに見たハルトは悲しげで、いつもより小さく見えました。ネリネでよければお話しください」
「ネリネ・・・ありがとう。そういえばネリネって生徒会長だったね」
「それが何か」
「僕の友だちもアカデミーの生徒会長をやってて、ネモって言うんだけど。ネモもしっかりしていたなって、今思ったんだ。」
「お褒めにあずかり光栄。」
「大げさだなあ。そうだ、ネリネが聞いてくれるって言うから話すけど、初めてテラリウムコアに行った時なんだけどね」
初犯ではないのかとネリネは思い、頭を抱えたくなったが、ここは堪えてそのまま話を聞くことにした。
「時間をかけて上に着いたらそこにはとくせいパッチにきんのおうかん、テラピースステラがあって、とても嬉しかったんだ。それで、テラリウムコアに行くといいことがあるって自分の中でなったのかな・・・・。だからだろうね、今日気付いたらテラリウムコアに向かってたよ」
話を聞いたネリネは何一つ共感できず、『だからだろうね』とか言われても困っていた。しかしそう話すハルトは心底切なそうで、どこか儚げな雰囲気だったため、正直に意味が分からないと彼に伝えることもできなかった。
「あなたが打ち立てたリーグ部の方針、覚えていますか?」
「え?そんなのあったっけ?」
「安全第一。タロからそう伝え聞きました」
そう、ハルトは以前、タロからリーグ部の方針は何がいいかと聞かれ、先ほどのネリネが言うように答えたのだ。しかし、彼はしばしば何も考えずに質問に答える癖があるため、今の話も全くと言っていいほど記憶にはなかったのだ。答えたときのタロの呆れた様子も含めて。
「覚えてないな・・・・。でも、ネリネがそう言うんなら間違いないよね。」
「ハルト。覚えていなくてもあなたは安全第一の張本人。だから、他の部員の見本になるよう守ってほしい。それに、もしあそこから落下でもしようものなら、命を落とす」
「落ちても大丈夫だよ。僕にはポケモンがいるし、初めて行った時もスマホロトム使って降りて何ともなかったから」
ネリネは眩暈がした。ハルトは既に彼女が危惧していたことを実行したと言うのだ。このとき彼女は、センタースクエアにいる学生が急に上から留学生が降ってきたという話をしていたことを思い出し、今の彼の発言と合わせて状況証拠は完全に揃ったことに気付いた。そして彼女は既にハルトが落下済みなのは事実であることに恐怖を覚えた。
「アギャッスさんを始めとするあなたの手持ち、落下しても確実にあなたを助けるでしょう。スマホロトムの安全装置もある。しかし、手が滑るなどしてボールを落とす、ボール自体の故障、スマホロトムの故障、これらの発生確率は極めて低いですが、このような事態が発生すれば、あなたは命を落とすことになる。悪いことは一つでも起きれば、重ねて起きがち。それに・・・」
「・・・それに?」
「ハルトが命を落とすようなことがあれば、ご家族、パルデアの友人、ブルベリの友人、あなたのポケモン、もちろんネリネだって深く悲しむ」
「ネリネ、ありがとう。悲しむ・・・か・・・」
ネリネの言葉を受けて何やら考え込む様子のハルト。
「どうかされましたか?」
「もちろん、あそこから何にもなしで落下しようなんて思わないけど。でも、もし落ちて死んじゃったら・・・・・・・・お母さんとお父さんは、今もそうだけど僕の面倒を見てくれてるし、迷惑もかけっぱなしで、きっと悲しませちゃうんだろうな。ネモも・・・、ライバルがいなくなるし、ペパーも僕との友情を大事にしてくれてる、ボタンも僕が困ってる時には助けてくれるから、やっぱ悲しんじゃうのかな・・・・。スグリも、色々あったけどまた改めて友だちになれたし・・・・」
自分の言葉のせいで不毛なことを目の前の少年に考えさせることになってしまい、ネリネは後悔した。
「ゼイユは・・・・」
「ん?」
「ゼイユは・・・・僕が死んだら悲しんでくれるのかな・・・・」
しばしの沈黙が流れる。部室での一件を知らないネリネは、ハルトが何故こんなことを言ってしまうのかわからなかった。だが彼女の怜友のためにも、正解のわかりきった疑問に答える必要があると考えた。
「・・・・・・・ゼイユはハルトといる時、非常に楽しそうにしている。今の言葉、ゼイユが聞いたら、それこそ悲しむ。だから、そんなこと言ってほしくない。」
「そうかな・・・・。そうだといいな・・・・」
「きっとそう。だからもうテラリウムコアには行かないように」
確信を持って答えたが、彼には伝わっていない様子だった。だからといって今後もテラリウムコアに登ってもいいというわけではない。ネリネは生徒会長として、学園の風紀のために、彼自身の安全のためにも忠告をしておいた。
「わかった、そうするよ・・・・・。なるべく・・・・・」
「・・・・・なるべく?」
ハルトは不穏なことを言い残し、その場から立ち去った。色々言いたいことがあったネリネだが、本気で落ち込んでいる様子だったので、彼女はそれ以上強く言うことはできなかった。
数日後のセンタースクエアにて
元々人より努力していたゼイユであったが、部室での一件の後、勉強とバトルの両方に以前よりも力を入れて取り組んでいた。この日はここセンタースクエアで何人かの生徒に勝負を挑み終わったとこであった。
かなりのバトルをこなしたゼイユ。彼女自身ここ数日で実力が上がったことは実感できた。しかし、それでもハルトや彼の親友たちにまだまだ及んでいない気がした。ハルトに謝るのはもっと自分を高めてから、そう決意したのだが、時間が経つ毎に、自身の実力をもっと伸ばさなければならないと思う度に、彼女の中での焦りは大きくなっていた。
「今、お時間おありでしょうか?」
「はい?」
ゼイユが考え込んでいるところに、突然ある女性に声をかけられた。
「あなたはゼイユさんで、お間違いないですね。ブルーベリー学園の教室でお会いして以来ですね。」
ゼイユに声をかけたのは、パルデアリーグの委員長にしてトップチャンピオン、そしてアカデミーの理事長でもあるオモダカであった。
「(げっ!偉い人じゃん!とりあえず何か喋らないと!)」
「は、はい、そうです。その、何でアカデミーの理事長がこちらに・・・」
「はい、先日チャンピオンハルトから特別講師としてご招待がありまして。今回でもう何度目かになりますが、こちらに来ています。」
ハルトという名前を聞いて、今まさにその人物のことで悩んでいたゼイユは少し心を曇らせた。
「そうなんですね。その、わざわざ、ブルーベリー学園に来ていただき、ありがとうございます」
「そう畏まらなくてけっこうですよ。以前お会いした時はゼイユさんと言葉を交わす時間がありませんでした。もしよければお話しさせていただいてもよろしいですか?」
「あ、あたしでよければ・・・・」
畏まらなくてもいいと言われても無理があるとゼイユは思った。
「ありがとうございます。今しがたテラリウムドームの環境を確認させていただいたところ、さきほどのあなたの勝負が目に入ったので、拝見させていただきました。見事、連勝されているようでしたね。ブルーベリー学園はあなたのような才ある方を擁していて素晴らしいです。」
「その、ありがとうございます・・・・」
パルデアのトップチャンピオンであるオモダカから実力を認められるのは、多くの人にとって喜ばしいことだろう。普段のゼイユであれば喜んでいたが、今はハルトとの差が一向に埋まらないような気がしていたので、手放しでは喜べず、その後言葉を続けることができなかった。
しかし、このままだと元気がないことをオモダカに勘付かれて、気を遣わせることになるとゼイユは考え、何とか間を持たせようとした。
「あ、あのハルト・・・さんはパルデアでも、いろんな人から慕われているんですか?」
咄嗟に発した言葉は、ゼイユが気になっている話題であったため、そんな自分に彼女は内心苦笑した。
「はい、それはもう。こちらのリーグ関係者や、ジムリーダー達にも彼のことを気に入っている者はいます。アカデミーの校長からも彼を注目する人は教師、生徒を問わず多くいると聞いています。」
「やっぱり、そうなんですね・・・」
笑みを携えて答えるオモダカとは対照的に、自分はハルトにとって大勢いる友人の一人という現実を突きつけられたように感じ、沈んだ声になってしまう。
「チャンピオンハルトはブルーベリー学園ではどのようにお過ごしでしょうか?」
「そうですね・・・こっち・・こちらでも、色んな人とすぐに仲良くなれて、うち・・本学はバトル学に力入れているということもあって、ハルトさんのバトルは多くの生徒からいつも注目されています。」
「そうですか。彼がご活躍されているようでよかったです。ところで、ゼイユさんは進路についてどのようにお考えで?」
「えっとー、それはまだ・・・・特に考えてないです」
急な質問をされて戸惑いながらも、ゼイユは普通に答えてしまった。質問の意図が分かりかねたため、計画性のない奴だと思われたかもしれないとゼイユは考えてしまった。
「なるほど。以前こちらに来た時、スカウトの参考にと、チャンピオンハルトにブルーベリー学園で魅力的な人物は誰か、と質問したことがあります」
「そうなんですか」
「はい。彼はブルーベリー学園には多くの魅力的な方がいると断ったうえで、ゼイユさん、あなたの名前を挙げていました。」
「え?」
「ゼロの大空洞でのお話も聞かせていただきました。ゼイユさんも大変活躍されていたようですね」
「活躍だなんて・・・あたしは、途中で手持ちをやられて戦えなくなって、実際にテラパゴスを何とかしたのは、ハルトさんと弟のスグリです・・・」
「確かにそのように聞いています。ですが、チャンピオンハルトは、あなたは誰よりも冷静で、あなたがいたから乗り越えられたと言っていました。先ほど手持ちをやられたと言っていましたが、それも彼のポケモンを庇ってのことですよね?」
「それは・・・・」
「(ハルト、そんな風に言ってたんだ・・・・)
「ただ、少し気になることが・・・・。まだブライアさんからの報告は確認できていないのですが、調査は唯一の大人であるブライアさん主導で進められたはずです。チャンピオンハルトはブライアさん以外でゼイユさんが一番冷静だったという意味で言ったのか、それとも、ブライアさん込みでそう言ったのか・・・・」
考え込むオモダカを気まずい気持ちで見つめるゼイユ。正直に言うとあのメンバーで最も冷静さを欠いていたのはブライアだった。冷静さを欠くどころか一番テンションが上がっており、あの騒動の原因もはっきり言ってしまえばブライアにあった。しかし、テラスタルが絡まなければ学外の遠征でもちゃんと大人として振舞っており、クラスの担任でもあることからゼイユは普段お世話になっていると思い、その件については黙っておくことにした。
「ゼイユさん。先ほど進路はまだ決めていないとのことでしたが、パルデアのポケモンリーグ、あなたの進路の一つとして是非、ご検討いただけませんか?」
「あたしがですか!?」
予想外な話を聞いて普通に驚くゼイユ。
「はい。チャンピオンハルトの報告、先ほど拝見させて頂いたバトル、今こうして実際にゼイユさんと会話したことを加味して出した、わたくしの答えです。」
オモダカはそう言ってにっこりとゼイユに対して笑いかけた。
「もちろん、ゼイユさんあなたの選択を尊重しますので、もし他の道を進まれることになっても気にされなくていいですよ。ただ、もしこちらに来ていただければわたくしとしては大変ありがたいです」
「あ、ありがとうございます。今後を考えるうえで、今日のお話は前向きに考え・・・させていただきます」
緊張しながら何とか答えたゼイユ。そんな彼女をオモダカは笑顔で頷いた後、急に何か思い出したような表情をした。
「そういえば。スカウトのことでチャンピオンハルトに質問した時とは別の機会にこちらで彼とお会いした時です。その時、彼からイッシュ地方に拠点を移すことも選択肢にある旨の話を聞きました。もしかしたら、ゼイユさんあなたがこちらにいるからやも?」
「そ、そうなんですか?」
「はい。わたくしとしては残念ですが本当です。ですのでゼイユさん、あなたがパルデアに来ていただければ、彼も拠点は今と変わらずパルデアにすると考えてくれるやもしれません。だから今日のわたくしからのお話、是非忘れずご検討してくださいね。」
「(ハルトがイッシュ地方に・・・・オモダカさんの予想だけどその理由があたし・・・・。本当だったら嬉しいけど・・・そんな都合のいいことって、あるのかしら・・・・。さっきの魅力的っていうのも、スカウトの観点っていう話だったし・・・・)」
喜びそうになっていた心を押さえつけるゼイユ。彼女がそうするのは、部室での一件以来、自分はハルトにとって特別ではないと考えてしまっており、自身の認識と現実が違った時に傷つくことを恐れているからだ。
「それでは、ゼイユさん。今日はお話ししていただきありがとうございます。名残惜しいですが、わたくしはこれで失礼します」
「は、はい!今日はありがとうございました!」
ゼイユは深々とお辞儀をしてセンタースクエアから出て行くオモダカを見送った。その後、彼女をどっと大きな疲労感が襲った。
「(はー疲れた・・・・。ハルトの奴、偉くて強い人を気軽に呼びすぎ!・・・・前なら、この後ハルトに話しかけに行ってたんだろうな・・・・)」
ハルトと話したいのに話せない状況を再認識することになり、落ち込んでしまうゼイユ。部室での一件から数日しか経ってないが、今日のオモダカとの会話以外にも彼と話したいことはたくさんあった。ゼイユは、彼と話したいことが起きて、それをできないことを認識する度に今のように落ち込むというのを、こうして繰り返してしまうのであった。
またまたある日のリーグ部部室
「んジャカパーン!!ハルトー!来たよー!」
部室のドアが開くと同時にネモがよく通る声を発しながらペパー、ボタンと一緒に入室してきた。
「え?ネモさ何でブルベリに来たべ?それにペパーとボタンも」
たまたま部室にいたスグリだが、突然の来客に驚きを隠せなかった。
「おースグリ!元気だったか?」
「うーっす。やっぱこっち来るの緊張するー・・・。あれ?ハルトおらんの?」
各々挨拶をした後、3人は探している当のハルト本人が見当たらないことに気が付いた。
「ハルトは・・・最近部室に来てなくて・・・・ここにはいねえべ・・・・」
スグリは先日からハルトの元気がないことについて、パルデアから来た彼の親友達に対して申し訳ないという思いがあったため、気まずそうに答えた。
「そっか。やっぱハルトの奴、本当に元気ないちゃんなんだな・・・」
スグリの発言を受けてペパーは、目を閉じて腕を組み、考え込む様子を見せた。
「な、何でハルトに元気ないの知ってんだべ?」
「この前みんなでスマホロトムで話してる時に、本人は何もないって言ってたけどハルトがいつもより全然元気がなかったから、急遽こっちに来たんだ。忙しくてバトル全然できてないのかなー・・・・」
「出た・・・・。その、スグリはハルトに何かあったか知っとるん?」
「うん、知ってる・・・。ハルトが最近元気ないの、多分ねーちゃんのせいだべ・・・・。数日前の話になるんだけど・・・・・。俺今からハルトが見えるとこまで案内するから、歩きながら聞いて欲しいべ」
「え?ハルトが見えるとこって?どういうことなん?」
「まあ、今はスグリの言う通りにしようぜ」
「わたしもペパーに賛成かな」
スグリは、今回の件は自分の肉親が起こしてしまったという負い目があって、3人に話すことを内心躊躇した。しかし、ハルトと彼の姉の関係が元通りになるきっかけになればと思い、先日部室であったことをテラリウムドーム入口を目指しながら説明し始めた。
テラリウムドーム入口
スグリ達は入り口をくぐり、スグリが3人に対して部室での一件をちょうど説明し終えたタイミングでテラリウムコアが見えるところまで着いた。
「その、ねーちゃんがハルトにしたことみんな怒ってると思う。確かにねーちゃんは理不尽の塊みてーな人間だけどあんな理不尽な怒り方はしねえはずなんだ。だから、ねーちゃんに何かあったんだと俺は思う。その、図々しいこと言ってんのはわかんだけど、ねーちゃんのこと許してほしいんだべ!」
スグリは以前自分が周りを省みずに突っ走った時に、姉のゼイユが心配してくれていたことを知っていた。そして、そんな姉のためにと思い、彼は3人に対して深く頭を下げた。
「そっか、そんなことが。ゼイユは言ってること確かに無茶苦茶ちゃんだけど、オレもあいつがいい奴なのは知ってるから謝んなくていいぞ!」
「ペパー・・・。その、ありがとう。俺、てっきりペパーが一番怒るかと思ったべ」
「オレも前にそういうことあったからな・・・・。よくねえけど、余裕がないときについきつく当たっちゃうのわかるぜ・・・・。」
「うちも、別に怒っとらんよ。でも、何もなくて本当にただのやつあたりだったら、流石になんか言わせてもらうかも」
「何もなくてあれだったら、それは俺からも頼むべ!」
3人とも怒っていないどころかゼイユのことも心配してくれていることにほっとしたスグリ。みんな性格は違うけどハルトと同じように優しい人で良かったと彼は思った。
「ところで、ハルトはどこ?」
「それなんだけど、ハルトはあそこなんだべ・・・・。」
そう言ってスグリが指さした先、はるか上方にあるテラリウムコアへ3人が顔を向けた。
「あー、あそこか。ハルトだったら行きそうちゃんだな。」
「ハルトそういとこあるから・・・・」
「ハルトだったらそうだね。行くんだろうね」
「えっ・・・・・・え?」
全く動揺していない、それどころか妙に納得している様子の3人を見てスグリの方が驚いてしまった。しかし、彼はまだ3人がテラリウムコアの上で膝を抱えてしょんぼりしているハルトの姿を実際に見ていないことに気付き、動揺するのはまだ早いと考えた。
「ほら、これ貸すから、テラリウムコアの上見てみるべ」
そう言ってスグリはネリネから教えられて初めてテラリウムコア上部にいるハルトを見たときに、そのまま彼女から託された双眼鏡を3人に貸し出した。
「ハルトの奴、やっぱ元気なさそうだな・・・・。あんなセンチメンタルちゃんになってるの見るの初めてだ・・・・」
「うちもさっき見たけど、ハルト、本当に落ち込んどるみたいね・・・・」
「ハルト・・・・そこにはポケモンもトレーナーもいないのに・・・・」
「・・・・・・」
双眼鏡のレンズ越しに見た親友のことを心の底から心配している3人。友としてその反応は至極正しいものと言えよう。しかし、そんな3人を見て、その前に普通驚くだろ、こっちは初めて見たとき腰を抜かしたというのに、ひょっとしてこっちがおかしいのか、などとスグリは思っていた。
「直接会って驚く顔見たかったけど仕方ない。オレから電話して降りてきてもらうよ」
「それが、ハルトあそこにいる間スマホロトムの電源切ってるみたいだから、多分出てくれないべ」
「えー!?じゃあハルトと話すにはどうすればいいの?」
「ハルトは夕方になると地上に降りてくるから、それまで待つしかないべ」
「え?夕方になると降りてくるって何なん?ハルトそういう生き物なん?」
夕方まで八方ふさがりであることがわかった4人。そんな中、それまで何もしないわけにはいかないとネモは思い、ある提案をした。
「そうだ!ゼイユにも話を聞きに行こうよ。何だか余裕ないみたいだし、ハルトから話を聞いただけじゃ解決できないかも」
「確かにネモの言うこと一理あるな。よし、オレとスグリはここでハルトを待つ。オマエら2人はゼイユのとこ行ってこい」
「別にいいんだけど・・・・勝手に仕切んなし!」
「じゃあ、そうしようか。ゼイユとは連絡先交換してるから、どこにいるか聞いて早速会いに行こう!」
こうして、ハルトにはペパーとスグリが、ゼイユにはネモとボタンがそれぞれ話すこととなった。
同日のセンタースクエアにて
ゼイユは先ほどネモから連絡を受け、ここセンタースクエアで落ち合うこととなり、2人が来るのを待っていた。
「お、ゼイユおった。ネモー!ゼイユこっちにおるよー!」
そう言ってボタンは後方に離れたネモに声を張って呼びかけた。その後、やや遅れてネモもゼイユの元にたどり着いた。
「はぁ・・・はぁ・・・。ゼイユ、テラリウムドームやっぱ広いね・・・・・」
「あんた、意外と体力無いのね・・・。2人とも、こっちには何で?」
ゼイユは腰かけていたベンチから立ち上がり、2人を迎えると共に、おそらくハルトのことだろうと予想しながら質問をした。
「最近ハルトに元気がないもんだから、それが心配でこっちに来たんよ。あ、ペパーも来とって、あいつはハルトの方におるよ」
「え?ハルトに元気がないって・・・?」
ハルトのことで来たことは想像のついたたゼイユだが、彼に元気がないことは予想外であり、その原因も見当がつかなった。
「うん。あと、スグリからは部室であったことも聞いたよ。今、ハルトと気まずい感じなのかな?」
少し困ったような顔でネモは尋ねた。
「そっか、もうあんたたちは知ってるんだ。部室でのこと・・・・」
そう話しながらハルトに冷たく当たってしまった時のことを思い出し、声のトーンが下がるゼイユ。
「ゼイユ、性格はアレだけど、いきなりそんなことする人間じゃないのはうちらもわかってる。だから、無理にとは言わんけど何があったか教えてほしい」
「そうね、あんたたちには知る権利があるわよね。ハルトの親友だし・・・」
そう言って、ゼイユは2人に話した。ハルトがブルーベリー学園でも多くの人に好かれ、囲まれていること、そして自分は彼の大勢いる友人の内の1人に過ぎないことを。
「だからって、ハルトにあんなことしていいわけじゃないのにね。そんなことしても、あいつを困らせるだけで・・・・」
話した後しばらく俯いてたゼイユだったが、顔を上げ、ネモとボタンの顔を見やった。
「あたしは、あんたたちが羨ましい。こっちでもハルトはみんなの話をよくするんだけどね、その時ハルトは本当に楽しそうに話してて、3人のことすっごい大事にしてるのが・・・・よくわかるから・・・・」
話を聞き終わった後、2人は顔を見合わせたかと思えば、にっこりした顔をゼイユに向けた。
「そっか。確かにハルトは友だち多いね。でも安心して!ハルト絶対ゼイユのことも大事にしてるから!」
「うん、ネモの言う通りやと思う!ハルトがパルデアにいるは時よくゼイユとスグリこと話しとるし」
「そうそう!この前も、ゼイユに苦いの食べさせられたーとか、その後のミアレガレットは美味しかったとか、楽しそうに話してたよ?後、今度はゼイユとスグリにパルデアに遊びに来てもらおうかって話もしてたし!」
「それ、本当?」
「ほんとほんと、嘘ついたりせんよ」
2人の様子から見るに、慰めるための作り話ではないことを確信したゼイユだが、それと共に、ハルトへの前以上の罪悪感、彼の今の気持ちはどうかわからないことへの不安が出てきた。
「どしたん?何かまだ暗いけど・・・・」
「え?いや・・・・・」
「だったらハルトとバトルしてみたらいいんじゃない?」
ネモの横でがっくり項垂れるボタンをしり目に、彼女はそのまま話を続けた。
「だってバトルしたらその人のこととか気持ちがよくわかるもん!ハルトと戦ってる時に何か楽しそうだなーって思って後から聞いてみるといいことがあったとか、何だか慌ててるなーって思った時は、学校の課題が終わってなかったってことがあったし!
「まったくネモなんだから・・・・。でも、確かにそうかも。バトルで気持ちをぶつけ合って分かり合えるってこと、あると思う」
ゼイユは2人の話を聞いて、ハルトと初めて対面した時のことを改めて思い出す。その時は一方的な敵対心をぶつけて挑んだ彼女だが、勝負が終われば確かに悔しさはあったものの、ハルトが悪い人間でないのはあの一回でもよくわかったということ、だからハルトに弟のスグリとペアを組ませても問題ないと思ったこと。
「・・・確かに、あんたたちの言う通りかもね」
ゼイユの返事を聞いて頷く二人。そこへ彼女のスマホロトムに着信が入ったため応答する。その相手はハルトであった。
「・・・・ゼイユ、今ってどこにいるの?」
「!!い、今はセンタースクエアにいるけど・・・・」
「その、今からそっちに行くから待っててほしい!」
「・・・・わかった、待ってるから」
そこで通話を終え、ゼイユは2人に向き直った。
「そっか、もう夕方だし、ハルトが降りてきて向こうは向こうで話がまとまったのかな?」
「降りてきてって何?」
ネモからいまいち意味のわからない言葉が聞こえてきたため、質問するゼイユ。
「ハルトは最近、夕方までテラリウムコアにおるみたいなんよ」
ボタンから説明を受け、真上にあるテラリウムコアを見上げるゼイユ。色々言いたいことはあったが、彼女はハルトが来るまで待つことにした。