越えて行く
なぜ、止まらない。
皆絶望の悪夢に取り込まれ、己の牙を剥き出して、血に酔いただ殺していた。
仲間の死体を踏み越えて雄叫びを上げる老兵を見た。
すでに事切れた王国兵に、何度も何度も剣を振り下ろす若い男を見た。
人間には、どんな人格者にも、血を見て興奮する"残虐性"が眠ってる。
ロー…知ってるか?人は皆―
いつか聞いたドフラミンゴの言葉が脳裏をよぎる。
コラさんもしかして、あの夜のあんたは、こんなものと戦っていたのか。
人の内に潜む獣の狂気に、たった独りで立ち向かっていたのか。
崩れそうな脚で瓦礫から這い出し、重たい腕で鬼哭を担ぎ直した。
噎せ返る血の匂いと熱の中から、獣のような咆哮が絶え間なく聞こえてくる。
悪夢よ、どうか覚めてくれ。
「あれは…」
鳥の男の声に耳から流れる血を拭い、平衡感覚を失いかけた頭を上げた。
地響きとともに、広場の建物が崩れていく。何かが地の底から近付いてきている。
獣じみた声たちをかき消す轟音の中、血と死の熱狂の中心地に、砂煙を巻き上げる影が見えた。
黒い影はそのまま重力に負けて、広場に落下していく。
「…クロコダイル」
勝ったのか。
あいつが、ルフィが、王下"七武海"の一角を落とした。
あのサー・クロコダイルにあいつは打ち勝ったんだ。
乾いた空気が湿度を纏う。干からびかけた砂漠の町に、雨が降る。
「もうこれ以上…!!!戦わないで下さい!!!!」
時計台の上から、張り上げ続け掠れた王女の声がついに響いた。
人々の手から、武器が離れていく。
「今降っている雨は…!!昔の様にまた降ります」
戦いが、狂気が終わる。
「悪夢は全て…終わりましたから…………!!!」
雨の音だけに包まれた人々のもとに、声はたしかに届いていた。