【超閲覧注意】日頃の行い
反アビドス連合の大規模侵攻作戦の最中、突如としてハナコが持つ端末に連絡が入った
「ハナコ様!アビドスに高速で接近する飛来物が…ミサイル!ミサイルが‼︎」
「何ですって⁉︎」
明らかに切迫した声音でハレが言い放つ
砂漠の魔女はすぐさま当惑と焦燥を処理し、部下達へ連絡を回し始める
「総員戦闘中止!急ぎ付近の建物や物陰に隠れてください‼︎この命令が聞こえた子は他の子達にも同じことを伝えてください‼︎」
素早く指揮下にある親衛隊の生徒に命令を下し、自分も避難を始めながらハナコは歯噛みする
(ミサイル…⁉︎まさかエデン条約の時のような…いえ、あんな品物そう用意できるものではありません、となれば…)
「ハナコ様!乗ってください!」
砂塵を蹴散らしながら親衛隊生徒の運転するハンヴィーがハナコの前に止まる
導かれるまま車両に掴まったハナコは一旦考えるより先に自他の安全確保に集中することにした
「本校舎は避けた方がいいでしょう、北西の別館に向かってください」
(出元の推測は今はやめておきましょう、とにかくミサイルがまず狙うなら最も規模の大きい拠点であるアビドス本校舎のはず、別校舎を目指しながらホシノさんとヒナさんにも───)
「ダメだ‼︎間に合わない、もう着弾まで時間が────!」
ハナコの端末からハレの悲痛な声が響いた瞬間、アビドス砂漠の各地に巡航ミサイルが着弾した
「‼︎衝撃に備──────────────
〜〜〜〜〜
「ぅ……………」
ごうごうと頭に響く音は耳鳴りだろうか
「ぅえっ…ぺっぺっ……」
ぱしぱしと顔を打ち口内にまで飛び込んできた砂つぶを吐き出す、どうやら砂嵐の真っ只中にいるようだ
(そうだ…たしかミサイルが落ちて…私は車の外に投げ出された…)
(現在の状況と、車を運転していたあの子は…?)
全身に軋むような痛みを感じながらなんとか首を反対に捻る
すぐ目の前の視界を覆い尽くすタンカラーの車体、窓からその中を伺うとハナコの反対側…砂丘から見れば谷側のドアが開いていた
(脱出したようですね…無事ならいいのですが…)
それにしても、とハナコは冷静に自分の状態を見直す
「死ななかったこと、意識に問題がない事は幸運でした…いえ、もしかしたら不運になるかもしれませんね…♡」
強がってごちるが、それを聞いてくれる者はいない
意識が明瞭になってきた所で状況を整理しよう
私、浦和ハナコはハンヴィーに乗車して避難していた
ミサイルの爆風によって車の足元の砂が崩壊…衝撃で車外に放り出された私は砂丘を転げ落ち、ついで落下してきたハンヴィーによって押しつぶされ、うつ伏せの姿勢で気絶した…
そして砂嵐が始まったのはその後だろう、運転手がここを離れたのがいつかはわからないが…
結果、今ここに残ったのは完全に逆さまになった車両と左腕を挟まれて自力で脱出できない魔女、そして砂を降り積もらせ背後の砂丘を崩していく砂嵐だ
(端末は…どこかに飛ばされましたか、左腕は感覚すらありませんね…)
後頭部に砂丘の斜面から崩れ落ちてきた砂がかかる
「はぁ…駄目なら駄目で覚悟はできていたつもりですが…それはそれとして、いざ直面してみると酷く恐ろしくて辛いじゃないですか」
シャツの裾を弄る
…濡れている
ストックしておいた砂糖の注射は割れてしまったようだ
もはやこの砂嵐の中、アビドスの誰かが私を見つけてくれることを祈るしかない
「祈りなんて…似合わないでしょう…」
小さく自嘲して目を閉じる
私は砂漠の魔女、恐れられ敬われ愛されるアビドスの中枢の一人だ
こんなことで、こんな形で死ぬものか
生きるつもりなら無駄な体力は消耗できない
ハナコは痛みから目を背けるように浅い眠りに沈んでいった………
〜〜〜〜〜
「……さま、…コ…ま!ハナコ様‼︎」
砂の中から僅かに除く桃色の髪と白い肌、それを誰かが必死に呼びかけながら掘り出している
僅かに顔に影がかかったことに気づき、魔女は目を開いて自分を見下ろす人影を見つめ返す
先程よりはマシになった砂嵐、回復しはじめた明るさ
それらが照らし出した、小柄ながら豊満な胸部の少女の薄紫のツインテール
「……やっぱり、日頃の行いが良かったようですね♡」
「ハナコ様‼︎良かったぁ…生きてる…!」
朝顔ハナエがハナコを発見できたのは必死に生きている通信機を探し出して連絡してくれたハンヴィーを運転していた生徒とハナコが持っていた、そしてミサイル爆発の際に紛失した端末の位置情報のおかげだった
ハナエは安心するのもそこそこに返事を返したハナコに顔を近づけ、矢継ぎ早に質問を繰り出す
「指は何本に見えますか?名前や今の状況は理解できますか?ハナコ様の状態を説明してもらえますか?」
「3本ですね、それから〜〜……」
ハナコ様は弱々しいが途切れる事なく返事してくれる
どうやら意識レベルに問題はないようだが……
「ハナエさん、ハナコ様を見つけたんですね!」
「待ってて、すぐに助けるから…」
「ハナエちゃんも手を貸してくれ!五人いれば車を退けられるはず……!」
「待ってください‼︎」
ハナコの左腕を下敷きにしている車をどかそうとする親衛隊を大声で制止し、ハナエは可能するように考え込み始めた
「なんで止めるの⁉︎すぐにハナコ様を助けて差し上げなくては…」
「ミサイルが着弾して事故が起こってから今まで2時間は経ってますよね、それにハナコ様は左腕の感覚がないとおっしゃりました…」
恐ろしい結論に達したかのような憔悴した表情を浮かべてハナエは顔を上げる
「迂闊に車をどかすと…ハナコ様がクラッシュ症候群に陥る可能性があります…!」
クラッシュ症候群、あるいは挫滅症候群
骨格筋の重度の挫滅損傷後に起こる、ショックと腎不全を特徴とする命に関わる症状である
原因は破壊された組織から流出したミオグロビンやカリウムが血流に乗って全身に放出されること…
災害時に長時間瓦礫の下敷きになるなどして挫滅傷を負った場合、不用意な徐圧によって血流が再開し急激な症状の悪化を招く危険性が高い
「治療には…大量の輸血液やカリウムを含まない生理食塩水を用いて集中管理を行える救護体制が必要………あるいは緊急時においては受傷現場での患部切断を強いられる場合もあります……」
「それじゃあ…ハナコ様は助けられないってのか…⁉︎」
そうとは限らない
例えば止血帯による加圧で安全な場所まで移動する間の時間稼ぎを行ったり、手持ちの水分を摂らせて血漿量の維持と排尿による有害物質の排除を促進する手もある
でも…
「こっ…この場でできる手段で、何が適切かなんて…!」
もっとよく思い出さなきゃ
主な病態生理、重症度の判別方法
でも例えより良い状態を維持して医療拠点に運んだところで、アビドスの設備でどれだけの救護ができる?
まともな医療機関は撤退してしまったこの地域で、ハナコ様を助けられるの?
「何もしないまま放置しておく事は…できませんよ…!」
「頼むハナエ、指示を!私達には医療知識はないんだから!」
「そんな…‼︎」
どうすればいいのかわからない
どうすればハナコ様を助けられる?
私にできることなんて……
「ハナエちゃん♡」
魔女が囁く
地に伏せさせられ、命を脅かされても妖しく、しかし慈愛に満ちた微笑みを浮かべてハナエを見上げていた
「私は、ハナエちゃんの判断を信じます」
「それ、じゃあ………」
それではもうやるしかないじゃないですか
「……切除します」
愛用のチェーンソーのスターターを引っ張る
「AちゃんとB先輩は私の助手です、C先輩はハナコ様に砂がかからないようにタープを支えてください、Dちゃんはハナコ様の脇の下の地面を掘ってください、圧迫されてる部分は触れないように」
「はっはいっ!」
「…わかった!」
指示通りに砂を掻き分け防ぎ始めた親衛隊の生徒を見て、わたしも覚悟を決める
「止血帯、麻酔、それとハンカチを」
「ハイ!」
すぐに持ってきた救急箱から指示した通りの物が取り出され、トレイがわりに敷いたわたしのハンカチの上に並べられた
止血帯は腋のギリギリで締め、すぐに麻酔…サンド・ソルトの高濃度溶液をハナコ様の左腕に注射する
「私のホースも巻いておきますね…」
止血帯を補強するようにハナコ様のホースがハナコ様自身の血管を締め上げ、血流を遮断する
「ハナコ様はハンカチを噛んでおいてください…たぶん、麻酔があっても痛いですから」
そう言ってハンカチを差し出しながら、チェーンソーを持ち上げて掘られた溝の上でハナコ様の腕に翳す
切断手術は本来はメスで皮膚と筋膜を切り開き、電動ノコギリで骨を切断するべき手術だ
全部、チェーンソーでやるしかない
「AちゃんとB先輩、それからDちゃんもハナコ様を押さえておいてください……行きます!」
一度深く深呼吸をして、ハナエはチェーンソーのスロットルを解放した
始めに感じたのは奇妙な痛みだった
皮膚が引き裂かれ、肉が刃に食いちぎられる耳を塞ぎたくなるような音と共に麻酔によって弛緩した鈍痛が脳に入り込んでくる
そんな音と恐ろしいことに誤魔化せる程度の痛みが、体感数十秒続いたあと
ガリッと言う音を始めに左肩に強烈な振動と痛みが生じた
「ぅぅうゔゔゔゔあああ゛あ゛あ゛ッッ⁉︎」
ハンカチの奥からくぐもった悲鳴が飛び出し、傷ついた体のどこにこんな余力があったのかという勢いでハナコが残る三肢をばたつかせる
押さえているように指示された生徒達が必死に痙攣し、緊張し、そり返る手足を砂に押さえつけた
傷口からは悍ましい黒ずんだ血と肉片、骨片が飛び散ってハナエの桜色の衣を穢していく
今度の桁違いの痛みはまるで数十分から1時間ほども続いたように魔女には思われた
全てが終わり、潰された左腕が完全に左肩から分離した時…ハナコは失神と覚醒を繰り返して焦点の合わない目を半開きにし、完全に力尽きた手足を砂の上に投げ出して倒れていた
「はぁ、はぁ…失血量は想定以下、呼吸も…ひとまずは問題なさそうです……ハナコ様…!よく、よく頑張りました…‼︎」
ハナエはすぐさまハナコの傷口を洗浄・消毒し、ガーゼを押し当てて包帯でしっかりと覆った
そのままひゅうひゅうと浅い呼吸を繰り返すハナコを抱き起こし、励ましながら親衛隊生徒達の持ってきた担架に載せた
「一番近い校舎まで運びます、一応校舎には保健室もあるので…後は他の遭難した生徒の救護のために飛び回っているホシノ様と連絡がつけば…!」
ハナエ達は、砂嵐の中迷うことなく駆けていく………
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対アビドス高等学校大規模侵攻作戦
アビドス高等学校
負傷者 2704人
うち重傷者 443人
"保護"した負傷者 705人
反アビドス連合
負傷者 4522人
うち重傷者 113人
行方不明者 705人
いずれの陣営も、死者 なし