走り刻むは想いと誇り
(あの勝負服を着る…それは即ち家を誇りを背負うこと…私に出来るのでしょうか……)そう思い悩むのはメルゼナ。間近に控えたレースに対し代々伝わる勝負服を着て欲しいと家から願われたのだ。普通ならばこの上なく名誉な事ではあるが彼女の顔には笑顔は無かった。
(幼い頃からあの服を着た方々を私は見てきました…しかし私にはあの様に自らを堅く律し、誇り高く優雅な走りを…というのは正直言って苦手ですわ…でもあの服を着るという事はその責務を全し家の誇りを誇示する事を誓うのと同義…どうすれば…)
「あら?どうしましたのメルゼナさん?珍しく浮かない顔をしていらっしゃいますわ」
ふと声がしたので振り向くとそこにはメジロマックイーンが居た。どうやら表情で丸わかりの様であった。
「実は…」
隣に腰掛けたマックイーンにメルゼナは悩みを打ち明けるとそれを聞いたマックイーンは少し思案して彼女の方へ向き直る。
「自らを律して優雅に…確かにそれは貴女の家の誇りと言えますわ。…でもそれは"家"の持つ誇りであって"貴女"の持つ誇りとは違う…そう思いますわ」
「!?」
「もし貴女の家がそれを強制するのならばそれは誇りではなく理想の押し付け…それは結果として貴女の足枷にもなるでしょう」
一瞬目を瞑り想いを馳せた後にマックイーンは続ける。
「私も足の病で走れなくなった時、メジロに相応しくない…メジロの誇りに泥を塗ったと思いました。でも周りの皆様はそんな私を支えてくれて、再び走れる様になれたのです。その時私は思いました…胸を張って自分の走りを…そして未来への歩みを後悔がない様に全力で臨む…それが私のメジロとしての誇りだと」
その時メルゼナの内から熱い思いが込み上げて来たのである。そしてその思いは言葉となり彼女の喉まで一気に浮上した。
「わ…私も…自分の走りや想いは誰にも負けたくない!負けたくありませんわ!」
「だからこそ"刻んで"見せます!その名をレースの世界の歴史や私の家の歴史に!そして勝負服にも"家の理想"ではない"私の誇り"を!」
メルゼナはその瞳に涙を堪えながら強い決意を口にする。そんな姿を見たマックイーンはその言葉を待っていたかの様に笑顔を見せた。
「その意気ですわメルゼナさん!だからこそ今度のレースで貴女の走りと誇りを私に魅せて下さいまし!」
「ありがとうございますマックイーンさん!レース本番…私の走りを是非ご照覧下さいませ!」
そう言って一礼すると走り去っていくメルゼナ。
(一心同体を誓ってくれたトレーナーさんやあのレースで不可能は無いと教えてくれたテイオーさん… 私の想いや誇りを受け入れ応援してくれたメジロの皆さん…そして他の方々…それだけではありません…貴女が見せてくれていたその力強さにも私の心は救われたのですから…)
そう心で呟きマックイーンは彼女の姿を見つめていたのであった…
そしてレース当日、ゲートが開き一斉に走り出したウマ娘の中の後方にメルゼナはいた。
その姿は代々伝わる勝負服…普段は黒と赤を基調とした公爵の様な服とは違い、白と青を基調とした高貴な騎士の様な姿であった。
普段とは違う服装、そして後方からのスタートに周囲は家を背負う事に躊躇いを感じていると考えていた。
しかしトレーナーやルナガロン、ガランゴルム、そしてマックイーンは
(あの目は諦めていない、全力を出せるその瞬間を待っている!)
そう確信していた。
レースも中盤から終盤へと差し掛かる頃、メルゼナは前方を見つめていた。そこにはオーロラを纏う様に輝き先頭を駆け抜けるイヴェルカーナの姿。いつか勝つと誓った好敵手がそこにはいた。
(———貴女に勝ちたい)
前方に道が見えた
(———全力で走りたい)
呼吸を整え脚を強く踏み締める
(———この想いこそが、この走りこそが)
前方のオーロラを纏う様な彼女を睨み狙いを付け
(———"私"の誇りなのだから!)
解き放たれた様に一気に加速した
彼女の全力の走り、それは力強くその脚を踏み締めてバネの様に跳ねる様に加速する…ただそれだけではなく一歩一歩更に力を込めて跳ね駆ける走り。それ故に一歩毎に更に加速していくのだ。
コーナー内側だろうが大外だろうが構わず先頭へと差し込むそれは正しく瞬間移動とも言える様な猛加速でありあっという間に先行していたイヴェルの隣へ並んだのであった。
(来たわねゼナ…いえ、貴女だけじゃない!)
(勝負ですわ…"二人"とも!)
その時を待っていたのは彼女だけでは無かった。
後方という名の地底から轟く脚音———
「はあぁぁぁぁっ!」
先頭で肉薄する二人の横にガイアデルムが大地を踏み割る様に猛進して並んだのである。
ゴールは目前、譲らない三人。その拮抗を崩したのはメルゼナであった。最後の最後に残された全ての力を使って更に足を踏み締め跳ねたのである。
そしてそのままゴールラインを槍の如く誰よりも先に貫いたのであった。
「か…勝った…勝ちましたわ…」
涙を溢しながら大きく息を整えるメルゼナ。緊張と限界からか力が抜けた様に座り込もうとするとイヴェルとガイアの二人に支えられる。
「全く…勝者がそれで良いのかしら?…次は負けないから……おめでとう」
「あ…あの時の様にゼナさんから励まされて…私も勇気を出せる様になりました!そして今回も…目指す目標がまた出来ました!だ…だから…次もゼナさんに挑みます!つ、次こそ勝ちます!勝って見せます!」
「二人とも…ありがとうですわ」
ふとメルゼナが向こうを見るとそこにはトレーナーと親友、そしてマックイーンが手を振って喜び微笑んでいた…
レースが終わった翌日、メルゼナはマックイーンと話をしていた。
「あの時はありがとうございました。お陰で私も本当の誇りを見つける事が出来ましたわ」
あの後メルゼナの家から優勝のお祝いと誇りという事で追い込んでしまったことへの謝罪があった。
そしてメルゼナ自身が見つけたその想いと走り…その誇りをこれからも大事にしてほしい事、その事を家で全力で応援する事、それを無理に気負わなくても大丈夫だという事を伝えられたという。
「いいえメルゼナさん、それは貴女が自ら見つけて掴んだもの…私は貴女のその一歩を少し支えただけですわ」
その言葉にメルゼナは首を横に張って更に続ける。
「でも皆やマックイーンさん…貴女が居たからこそ私はレースの歴史と自らの家の歴史にその名を…そしてあの服に自分の誇りを"刻む"事が出来たのですわ…そして今度は貴女にも勝ちたい…そんな気持ちで一杯ですのよ?」
「ふふっ…私もあの走りを見て是非ともレースで競い合いたいと思いました。もしその時は全力でお相手致しますわ。メルゼナさんもメジロの誇りとメジロマックイーンの走り…とくとご照覧下さいまし」
そんな会話をしているとイヴェルとルナガロン、ガランゴルムがやってきた。
「あら、皆さん…イヴェルさん、先日のレース見事でしたわ」
「あなたにそう言われると光栄ね…」
「こちらもそう言われると嬉しいですわ」
そう話していると突然マックイーンが手を打ち何かを閃いた。
「そうですわ!今度皆様でお茶会でもいかがでしょう?皆さんのお話ももっと聞いてみたいですの!」
「あらそれは良い考えね。マックイーンさんのお話も色々聞きたい訳だし」
「賛成です〜色々参考にしたいので〜」
ルナガロンとガランゴルムはそう答える。
「ゼナ?貴女はどうするのかしら?私は賛成だけど」
イヴェルはメルゼナにそう語りかける。
「勿論ですわ……それに"もう一人"もでしょう?」
そう言って後ろを振り向いて呼びかけると物陰から見ていたのかガイアデルムがひょっこりと恥ずかしげに顔を出す。
「あの子も良いかしらマックイーンさん?彼女も私の親友にして好敵手…そして今の私があるきっかけを作ってくれたのですから…」
そう言ってメルゼナは蝶々と蝙蝠を模したアクセサリーを見せる。
(ふふっ…まるで私とライスさんのようね…)
そう思ったマックイーンは笑顔でガイアデルムの方へ向かい声を上げた。
「ええ、大歓迎ですわ!ガイアさん!こっちに来てくださいまし!」
「あ…ありがとう…」
そう言ってガイアデルムは感涙しながら皆の方へ駆け出したのであった…
後日、メジロ家とゼナ家とイヴェル家の令嬢が一堂に会した事が話題になった事、メルゼナの親友であり、王域三公と称されるルナガロンとガランゴルム、そして先日のレースにイヴェルとゼナに肉薄したガイアデルムの名と実力が知れ渡るようになるがそれはまた別の話。