走らなくて良いから頑張れ報恩の両手剣使い

走らなくて良いから頑張れ報恩の両手剣使い


 ジェイド・アダンは奮起した。必ず、目的の店に辿り着かねばならぬと決意した。

 ジェイドには方向が分からぬ。ジェイドは、街の冒険者である。両手剣を振るい、大地を返して暮らしてきた。けれども方向に対しては、人一倍などと言う生温い形容では表しがたい程に鈍感であった。

 ジェイドには気立ての良い妹がいる。いつもギルド酒場で接客をしている、自慢の妹だ。ジェイドの妹がジェイドを頼る事は少ない。仲は決して悪くなく、むしろ良い方である。連絡もなしに家に帰らぬ日が続いた時にはそれはもうハチャメチャに激怒された程度には仲が良い。これ仲の良さの表現として適切かな?

 まあそれは良いとして、今回の様におつかいを頼まれるのは非常に稀だった。何せジェイドは本人ですらはっきりと自覚している前人未踏超絶乖理天下無双の方向音痴であり、無論のこと妹もそれを知っているからだ。なぜ妹がおつかいを自分に頼んだかは分からない。迷子になることも織り込み済みで急ぎでないおつかいを任せたか、はたまた自分以外を頼ることができない案件なのか。理由は聞かなかった。理由が何であろうとも、全霊を尽くすことには変わりがないのだから。

 全霊を尽くしたところで、結果にはあまり変わりがなくもあるのだが。

 そんなこんなで、ジェイドがいつも以上に慎重に街を歩いていると、大型犬を愛好する者に備わりし五感を超越した感覚が愛らしきもふもふバウワウの接近を告げた。

 それはもう人懐っこく、わしゃわしゃしてやれば目を細めて尻尾を振り、「もっと遊んで!」と要求してくるであろう、大型犬の気配!思わず足がふらりと気配の元へ向くが、ハッと気を取り直す。そうだ、今は妹からおつかいを任ぜられた身なのだ。

さらば愛する大型犬よ、願わくばまたどこかで会おう。ジェイドは店へ歩を進めた。


 気が付けば、真っ暗な異空間にいた。

「なぜだろうなぁ」

首を傾げつつ、まあなんとかなるだろうとずんずん歩いて行く。罠とか踏んだらどうするんですかね?大抵の罠なら普通に耐久で耐えそうだな……と言うか、じっとしていてどうにかなるものとも限らないので、少なくともこの場合、行動あるのみ作戦は限りなくベターに近いそれである可能性もあるのかもしれない。

 ずんずん歩いていると、如何にも陰気そうな──それを言い出したら光のないこの異空間こそ陰の気そのものではあるが──一人の少女と遭遇した。暗闇の中でもその姿は光に照らされているかの様にはっきりと視認することができた。

「む、初めましての者だな!私は報恩の両手剣使いと呼ばれている冒険者だ!」

元気よく挨拶をする。

「ひょえっ」

少女はびっくりした。

なんやかんやでお互い自己紹介や状況の説明を済ませた後、ジェイドは合点した様に手をポンと打つ。

「なるほど……つまり私は、このダンジョンに吸い寄せられてここに来たのだな?」

光や光以外を様々な位相や座標から吸い込むダンジョンコアと融合してしまい、不老不死のダンジョンマスターとしてすべてがコアに飲み込まれる世界へ幽閉された陰気な少女は、ジェイドの発言に頷いた。

「私は……吸収の方は、止められないのですが……ダンジョンに吸い込まれてしまった方を、マスター権限で追放することはできます……ある程度は座標の調整も」

「元いた場所に戻してくれると言うことだろうか」

「そう……ですね。ただし、条件が」

 陰気な少女は、冒険の話を聞かせて欲しいと要求した。広い世界を知りたいと言う願いにジェイドは快く応じ、軽妙な語り口で自らの冒険のおもしろエピソードを幾つか語ってみせた。この男、脳筋っぽい雰囲気があるけど普通に戦闘IQは高くて水魔法や土魔法にアイテムを組み合わせて応用できるし、こう言う語りや料理も上手いんだよな……ズルじゃない?ズルいイケメンの講談にすっかり少女は魅了された。

「……良いなぁ、私もなりたいな、冒険者」

「なれるんじゃないか?」

「でも私、ダンジョンマスターだし……ここから出られないし……」

「私にはダンジョンマスターで冒険者をやっている友人がいるし、このダンジョンをどうにかできる冒険者もいると思うぞ!」

「……本当!?」

ジェイドは親指を立てた。しばらく会話を交わして、陰気だった少女はそもそもこの語りが何の対価として行われたものだったかを思い出す。

「このダンジョンの中での時間経過は外の世界に影響しないはずだから、安心して。それにしても貴方……どうしてこんな山奥の谷の底にいたの?」

不思議そうな少女にジェイドは力強い笑みで返し、ふと思いついたことを口に出す。

「すまないが、この店の座標に直接送ってもらうことは可能だろうか?」


 無事に買い物を済ませたジェイドは、ギルドへの道を歩いていた。時間経過が外に影響しないと言うのは本当だったようで、過ぎた時間は迷子になることなく店へ到着した場合のそれと同程度。妹は驚くだろうか?

(彼女に感謝しなければな!)

陰気だった少女のことを回顧する。去り際に交わした「立派な冒険者になって会いに行くからね」と言う約束が果たされることになるのは、果たしていつになるだろう。

未来の約束に心躍るものを感じながら、ジェイドは大通りを右に曲がって


顔を見合わせて、二人は笑った。

「あの別れ方で数分後にまた会うことってあるんですね」

「奇遇だな!私もこんなことがあるのかと思っていたところだ!」

「……なんでセントラリア王都のど真ん中に送ったのに絶海の孤島からここに吸い寄席られて来たんですか?訳わかんない」

「奇遇だな!私も訳がわからないと思っていたところだ!」

「……本当、変な人!」

ジェイドは力強く笑い、親指を立てた。

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