赤の女王様

赤の女王様


「戯れに付き合っていただけるかしら?」


……それは、突拍子もないジェンティルからのお誘いだった。何事にもストイックに“強さ”を求める彼女は、四六時中レースの事を考えているイメージだった。それだけに返答に戸惑ってしまう。


「沈黙……拒まないという事でよろしいのね?」


冷たく、そして悪戯っぽく笑うジェンティルに見惚れてつい頷いてしまう。


「そう。なら、着替えていらして?」


そう言って彼女が差し出してきたのは、青色のエプロンドレスであった。さながら不思議の国のアリスのようなもので、どういうわけかジェンティルよりも背丈の低い自分のサイズにピッタリだった。


「……あら?また黙ってしまって。お可愛いこと」


着替え終えてジェンティルのところへ戻ると、彼女も勝負服に着替えていた。ドレスを身に纏った美しい貴婦人のようなシルエットは、いつ見ても優雅な立ち居振る舞いのジェンティルを華やかに飾る。その麗しさには初めて見た時から目を奪われてばかりだ。


「さあ、貴女は女王陛下の御前ですのよ?姿勢を正しなさい?」


ライバルに見せる傲慢な表情。顔は上機嫌のはずなのに凄まれた気分になり、思わず気をつけの姿勢で顔を逸らしてしまう。


「顔を上げなさい。爪先を開いて。そして、お辞儀するのよ?」


矢継ぎ早の命令に頭が混乱するも、身体だけが自然とついて行く。まだまだ若い自分には高貴な身分のマナーは何も知らない。その初々しさを楽しむようにジェンティルは微笑んだ。


「そして……必ず『Yes, Your Majesty』と言うこと。よろしくて?」


何もかもジェンティルの手中に収まったかのように、拒否感も羞恥心も消え去ってゆく。Yes, Your Majesty……それだけが自身に許された言葉であり、自身の至福を示す証であった。


「ふふっ…可愛い私のアリス…」


顎をクイっと上げられ、長身なジェンティルを見上げる形となった。真紅の瞳に理性も意識も吸い込まれそうになり、ただただ欲情が掻き立てられる。


「……終わりにしましょう」


その一言で我に帰る。同時に、自分ではジェンティルを楽しませられなかったのではと思ってしまう。


「あら、案ずることは無いというのに」


自身の不安を見抜いていたジェンティルは満悦の笑みを浮かべている。


「それで?貴女もご堪能頂けたかしら?強き者の戯れというものを」


正直、自分の方が心が晴れやかになる気分だった。それでいて、もう一度あの世界に入り浸りたいという切なさも残っていた。自分の表情が自覚できないままコクコクと頷く。


「貴女が望むのなら、今度は貴女が誘ってご覧なさい?」


ジェンティルの表情、雰囲気を掴む力、それらは自分には真似できない。……しかしそれは、あくまで『今は』の話である。


「ふふっ、それでよろしくてよ。『It takes all the running you can do, to keep in the same place』……この私と運命を共にしたいとお望みなら、絶えず、私に相応しくあることですわ」


自信を込めて頷いた自分にジェンティルは満足していた。彼女は私にとっての憧れ。強く、そして麗しい女性。これからも彼女と共に歩めるように、その背中すら越えてゆく覚悟を抱いた。



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