賭けられないチップ

賭けられないチップ

命よりも大事なもの

 俺の名前は鳥羽井中袖、伊達男だ。

 俺には三つの顔がある。一つは世間の夜を騒がせ、人々を赤い夢に誘う怪盗。もう一つはカジノの視線を一身に集める豪運のギャンブラー。もう一つは……この話は今度にしよう。

 さて、その日の俺はとあるカジノを訪れていた。スロット、ビンゴ、ルーレットと色々あるが、やはり俺がやりたいのはこの場所だ。

「ポーカーエリアへようこそ。会員証のご提示を」

「いいぜ」

「……はい、丸込愚礼様ですね。確かに確認いたしました」

 俺が出した身分証を懐にしまうところで、遠くで騒ぎの声が聞こえた。

「違う!本当に会員証を貰ったんだ!誰か呼んでくれ!俺の名前は丸込……」

 哀れな奴だ。

「ディーラーさん、最近は成りすましが増えてるらしいじゃないか。あんなの中に入れないでくれよ?」

「ええ、すぐに警備の者がつまみ出します。お客様はどうぞごゆっくり」

 俺は先ほど拝借した身分証を懐にしまった。



 ポーカーエリアで席に着く。右も左もギラギラした目の人喰いザメどもばかりだ。

 ここのシステムは、勝った時の役に応じた倍率が、最後まで残った敗者の払い分に追加されるシステム。だからこそ降りる勇気も必要だ、時にはな。

 金を毟れるから好きなんだが、唯一の欠点はレイズ推奨のための役ガードルール。最後に手札を出す時、勝ったやつと負けた奴が同じ種類の役なら自分の負け分を他の参加者に押し付けられる。

 他の全員が崩れ落ちるのを見るのが楽しみだってのに……。

「……ベット」

「コール」

「コール」

 ふん、つまらない奴らだな。ショボい金額だ。

「なら俺はレイズだ」

 十万を表す黒いコインをテーブルの中央に投げる。

「………ドロップ」

「コール」

「………………コール」

 一人は降りたが2人いれば十分だ。

「ではドローです。皆さま捨札を」

 俺は捨てない。残りの二人はそれぞれ一枚捨てた。

「俺はチェックだ」

「………ドロップ」

 一人が降りた。もう一人は……。

「ドロップ」

 負けた時に役の倍率分取られないように、ってことかい。フン、手応えのない。

 俺はブタの手札を前に出し、チップを総取りする。

「んだと……」

「あいつ、ブタであの量賭けたのか!?」

 周囲のざわめきに満足しながら、席を立ち上がる。

 ブタ……つまり役無し、最弱の手札。だが全員降りれば俺の勝ちだ。

「待て、勝ち逃げすんじゃねえ」

 対戦相手の一人だったデブが鼻息荒くこちらの肩を掴んだ。

「オッサン、悪いがその手を退けてくれ。油のシミは取れにくいんだ。それともこの後クリーニング代を出してくれるのか?また負けて」

「……席につけ」

 やれやれ、左様でござい。と、そこで俺は気がついた。デブがディーラーの方になにやら目配せをしている。

「………きな臭いな」



 対戦相手も集まり、再びのポーカー勝負。対戦相手の三人は、先ほどのデブと若い女性。そして………デブよりさらに巨漢の、山高帽の紳士だった。

「………」

 デブはイカサマ頼りだからどうでも良いとして、紳士の巨漢は風格がある。あれは俺と同じ、本物のギャンブラーに違いない。女性の方は方でなんかヤバそうだな。昔山歩きで熊と出会った時に近いものを感じる、もし喧嘩になったら俺は死ぬだろう。

「……で、では皆さま。カードをお配りします」

 さしものディーラーも緊張しているらしい。

「………吾輩からだな。ベット」

 紳士がいきなり金色のコインを投げた。あれ一枚で家も買えるほどのコインだ。当然このカジノの最高ランクで、ありゃずいぶんな大金持ちだな。羨ましい話だ。

「……なら仕方ない、俺はオールベット」

 相変わらずブタの手札を見ながら、俺は手持ちのチップを全て投げる。オールベットはあらゆるベットに対応する。ここで逃げるわけにはいくまい。

「ふは!賭けはこうじゃなきゃね!私もオールベット!」

 女性の方も景気良くコインを賭ける。そして最後にデブの番。

「コールだ」

 デブは脂ぎった顔にニタニタ笑いを貼り付けている。まあ確実にイカサマだろうな。というかさっきディーラーの切り方がおかしかった。

 そう思って鼻で笑うと、紳士の方と目が合った。あちらもきりと口の端を吊り上げている。

(………)

 間違いない、あの男も気づいてる。

 そしてドロー。俺は手札を3枚入れ替えたが相変わらずブタ。

 さて考える時間だ。あのデブはどんな手札だろうな?ファイブカードなんて、あからさまな事は流石にしないだろう。ならばどの程度か。

(ストレート、かな?そもそもこちらの手札がブタなのを多分知っている。ならそれで十分だ)

 そう思いながら紳士を見ると、向こうもこちらを見て笑っていた。紳士の口が動く。

(ストレート 48 ススクハク)

 どうやらあいつの手札を見抜いたらしい。やつの瞳に映り込んだのを見たんだろう。48は4〜8の連番、その後ろのススクハクはスペードクラブハートダイヤだろう。とすると、やつの手札は………。

 そして俺の方も紳士へ口だけ動かした。

(フラッシュ ク)

 向こうは頷き、(フラッシュ ハ)と答えた。そして俺は誰にも見えないように行動を始める。

 いつも長袖を着ているのは、このためだ。俺は袖の中に、幸運の女神を囲ってるのさ。

「ではオープンです」

 そして四人分の手札が開かれた。

 デブは4〜9のストレート、女性はスリーカード、そして俺たちはフラッシュ。

「……!?えー…コートのお客様と山高帽のお客様の」

「イカサマだ!」

 デブがテーブルを叩き叫んだ。

「俺が勝たないなんておかしい!お前たちは無様に負けるはずなんだ!」

 やれやれ、たかが一客がこんなに横柄とはね。まあカジノ側も大事にはしたくないだろうし警備員が………。

「やれ」

 デブの合図で俺と紳士に銃口が向いた。

 ……これは予想外。

「俺のカジノで好き勝手やってんじゃねえ!」

 マジか、このデブオーナーかよ。もう少しオーナーっぽい外見しろっての。

 両手を挙げてこれからどう切り抜けるか考えたところで、俺はこの事態にも動じずにスマホをいじる女性の姿が目に入った。

 遠くてよく見えないが、フリックの動きでなにを打ち込んでるかはわかる。

(…ソ…ロ…ソロ…ト…ツ…ニュウ?)

 そろそろ突入。………ここは違法なカジノ。そこに突入するものと言ったら……。

 入口の方から破砕音とどよめきが漣のようにこちらへ向かってくる。

「ヒーローだ!全員地面に手をつけるように!顧客リスト、監視カメラの映像は全て押さえている!」

 やっぱりな。だがおかげで銃口は全てそちらへ向いた。その隙を見逃さずに俺は紳士の方へ近寄る。

「おいミスター、ここから逃げる手段はあるかい?」

「……吾輩と契約すればな。ほれ」

 男は契約書と万年筆を取り出す。暴力振るうなだのなんだのと書かれているが細かい事はどうでも良い。

 ひったくって俺は署名した。

「賭けてやるよ!」

「グワハハハ!即決とはのう!だがお陰でアビリティが使えるというわけよ!」

 そして光が俺たちを包み、数秒後にはどこかまっさらな部屋に二人して立っていた。

「ここは……?」

「吾輩のアビリティで生み出した契約履行空間よ。吾輩が入れなければ誰も入れん」

 なるほど、それなら安心だ。

「だが出る場所は吾輩の位置よ。つまり外に出れば先ほどの場所に出てしまう」

「……しばらくここに籠城か?いや、だがそれなら俺がなんとかしよう」

 俺は懐からトランプカードを取り出し、右の人差し指と中指の間にジョーカーを挟む。

「この中からテレポートしたらどうなるんだ?」

「さあのう。だが問題はなかろうよ、戦闘ではないからのう」

「っし。力を借りるぞ凛、飛鳥」

 俺は指に力を込めて、自宅のカード置き場をイメージする。

「っと、手を繋げミスター」

「よかろう」

 空いた左手を掴ませ、俺はアビリティを発動させた。




 光が収まり、俺と紳士は愛しの我が家へ放り出された。俺の三つ目の顔、それは父親だ。

「……お帰り中袖。友達連れてくるなんて珍しいわね」

「おう」

 我が奥方は……よし、幸運にも料理中じゃない。つまり包丁持ってない。

「これは失礼。吾輩、水岸目歩と申します。そちらの彼とは出先で一緒になり意気投合しまして」

「あ、これは丁寧に。鳥羽井凛です、中袖の妻です」

 心温まる会話だが、それより急がなければ。あのヒーローは監視カメラを押さえたと言っていた。恐らく俺たちが消えたことに気づいて追っ手が来る。

「悪いがしばらく家を離れる。ヒーローに顔がバレちまった」

 俺一人の命ならいくらでも賭けてやるが、流石に家族に迷惑をかけられない。俺の家族は無限大の価値を持つが、賭けには使えない。

 ぴたり。凛が動きを止めた。

「中袖、飛鳥はどうするの?」

(飛鳥?)

(娘だよ、そろそろ中学だ)

 囁いてきた水岸に答えてからいう。

「お前に任せた。代わりにこれを持っててくれ、俺のイグナイトの一枚。時々金が入ったら送る」

 ………重い沈黙が流れ、そして凛はふらりと隣の部屋へ向かった。ちなみに隣の部屋にはキッチンがある。

「……逃げるぞ水岸の旦那!」

「何故逃げる?まだもう少しヒーローが来るまで余裕はあろうが。吾輩ならその時間で娘にキスの一つでもするがのう」

 こいつにはコトの重大さが分かってない!俺がそれを説明しようとした瞬間、顔を突き合わせる俺たちの間を貫いて包丁が宙を飛び、壁に突き刺さった。

「殺さなきゃ…殺さなきゃ…♪無能にクソボケ死んだフリ…♪捨てる奴らを殺さなきゃ…!私を捨てるクソどもを……♪刻んで切り裂き殺さなきゃ!」

「……ほらな?」

 奥様はメンヘラ。それだけだ。

「吾輩戦闘はできんぞ!」

「奇遇だな、俺もだ!」

 次々と投げつけられる包丁の数々から身を守りながら俺たちは玄関を飛び出す。

「悪いな凛!飛鳥にはお父さんは浮気がバレて追い出されたとでもしといてくれ!」

「殺してやる!」

「オッケー肯定だな!?じゃあ逃げるぞ!水岸頼んだ!」

 こうして俺たちは異空間へと逃げ出した。この後水岸はカジノ経営を始め、俺は逃亡ついでにそこに入り浸るようになっていくのだが…まあ今語るべきじゃない。

 今、何より大事な事は……。

「…………これは賭けだな」

 数年ぶりに帰省した俺に、自宅の扉をノックする勇気があるかどうかだ。もし中から包丁を研ぐ音が聞こえたとしても。

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