賞金稼ぎセイレーン
七武海ウタ 傷逆転もの――ここはかつて音楽といえばこの島ありとまで謳われ栄えていた島・エレジア。
「~~~♪~~~♪♪~~」
『………………――……』
徐々に復興の兆しが見えつつあるその島のは奥にある石碑――慰霊碑の前で手を組み合わせて祈るように紅白の髪の娘が鎮魂歌を歌う。
その唄に合わせるように黒子のような人影――音符の戦士たちがせっせと周りの雑草を抜いてはその石碑に水を掛けて磨いていく。
ある程度磨き終え、摘んできた花たちを添えたところでようやく少女はその歌声をとめた。
「~~~~♪~~~……よし。今日はこんなもんかな。大分、現実で能力を使うのにも慣れて来たし。人間何事もやれば出来るもんなんだねぇ」
「姉御~~! 大変だ姉御~~!!」
ほぼ毎日の日課としている鎮魂の歌を捧げ終えた少女は新しく生えていた雑草や汚れが無くなり石碑の光沢が輝きを戻した事を確認し、音符の戦士達を夢へと還し一人満足そうにうんうんと頷く。
そこへ駆けてくる騒がしい足音。走ってくるのは一年ほど前から新しく増えた移住人の一人だ。あまり好きではない呼ばれ方に思わず顔をしかめてしまう。
「そんなに慌ててどうしたの?」
「み、南の沖合に海賊の船がこっちに向かって……!」
「……海賊っ!!」
男の口から出た島の襲撃の可能性を耳にしたとたん、少女の左目が眼光鋭くギラリと光る。その勢いのまま己の能力を使うべく自分の曲の一節を口ずさむ。
「~~~~♪」
「今、船長たちが非戦闘員たちを島の中心に避難させてるから、姉御も早く……、準……備を…………」
男が少女に話の続きをしようとしていくが、それは途切れ途切れになり視線も段々と上向いていく。
何故か?
浮き始めていたからだその少女が。
正確には自身の能力で作り出した巨大な音符に乗って、高度を上げていく少女は木々よりも高く飛翔するとその向きを南へと向けた。
「ちょっ、ちょっちょっ……!! ちょっとまさか姉御っ!!」
「あたしは先に行ってるから、みんなはいつもみたいに後の準備よろしくねっ」
「いや、だからそれをさせないために、ゴードンの旦那と船長に言われて俺はここに来たのであって……!」
「よろしくっ!!」
最後に一声かけた返事を聞かずに少女は足元の音符に命じると、主の命を受けた音符は急速に南に向けて飛び出していった。後に残されるは男ただ一人。いったん落ち着くべく深呼吸をしようとしてできずに思い切り叫んだ――!
――あンのお転婆娘があああぁぁーーー!!
■▢■▢■▢■▢
――偉大なる航路その前半、後半の海に居る者たちからは『楽園』とも称されるその海原を一隻の海賊船がエレジアヘ向けて舵をとっていた。
「船長~。本当にあんな寂れている島に向かんですかい?」
「ありゃ、随分昔に赤髪が滅ぼしたっていう島でしょう?もうお宝なんてありゃしないんじゃ?」
「はぁ、バッカ オメェら知らねぇのか……? “セイレーン”の話をよお。俺が狙ってんのはそいつが溜め込んでいるお宝と金だ」
航路を既に滅んだエレジアへと向けた船長に船員二人は懐疑的な視線を向けると船長はこれ見よがしにため息を付いてあの島に向かう意図を説明しだす。
「「「セイレーン?」」」
「ああ、なんでもエレジア周辺に現れるていう噂でな」
曰く、ここ数年の話だが滅んだはずのエレジアに向かった海賊たち美しい女の歌声と共に消息を絶つという事態が数多く発生しているのだという。そういって船長が挙げていく消えたという海賊たちの名前には確かに聞き覚えがあったし、中には自分たちよりも格上だと思えるような輩だっていた。
そんな海賊たちが消す魔物がいる島に向かうと聞いて船員たちは魔気味が悪いと難色を示したが、船長はそれを宥めると、――まだ話に続きがあると告げた。
「正確には消息を絶った奴らは歌声を最後に記憶が無いらしいが、後日わざわざ生かして海軍に引き渡されていたっていう話だ。本物の魔物がそんなことする訳がねぇ……」
「まぁ、死んでると懸賞金が三割引きだからね」
「そうか! つまりセイレーンの正体は……」
「そう、あの島を根城にしている賞金稼ぎだっていうのが今の通説!! それが本当なら、今まで捕まえた海賊たちの懸賞金に加えて、そいつらのお宝も手にしているはずっ!! 相当な量があるにちげぇねぇそれを俺らが根こそぎ頂いちまおうっ!!」
「さっすが、船長、悪どいお人~~~~!」
船長が語ったセイレーンの正体に船員も色めき立つ。先ほどまでは正体不明の魔物という事で恐れていたが、相手が生きた人間であるのならば何のことは無い。いつものように奪い犯すだけなのだから。
「いや、復興の費用や食糧費に結構使い込んでるからそこまでは…… ていうかそもそも海賊の財産は全部海軍に渡さないといけないんじゃ? どうせ奪ったものなんだし……」
「バッカ、お前本当にそのまま海軍に渡す馬鹿がいるかよ! 幾らかはネコババしているに決まってんだろ」
「ふーん。そんなものなんだ……」
「船長、そのセイレーンてやつは女なんですかい!? そいつを捕まえたら俺たちが好きにしても!?」
「うわっ! 最悪。どうしてこう海賊て輩は欲望に一直線なんだろ……」
「ギャハハハハ、そう言ってやるなよ。大体の海賊てのはこういうもんだろぉが!! 確かにもしも伝説みたいに美しいっつうならこの船で飼うのもいいかもなっ!!」
「…………へぇ?」
「どうしたどうしたっ! そんな気乗りしない返事で…………!?」
絶対零度の返事を聞き、そこでようやく機嫌良く嗤っていた海賊たちはハタと我に帰った。自分たちはいま誰と会話としている――?
「誰を飼うって…………?知っていたつもりだけど、やっぱり海賊には碌なのがいないんだね」
「テメェ、誰だ!!」
そう投げかけられた言葉の先を追えば、自分たちの頭上、メインマストの上に腰かける人影が見えた。逆光で顔は良く見えないが、風に揺れる赤と白の特徴的な髪に背に翼の生えた出で立ち。伝説曰く下の魔物は鳥の特徴を併せ持った女性と謳われる。その姿はまさしく今話していた――
「お前が“セイレーン”か……?」
「私もそう呼ばれるの初めてだけどね。私今そんな風に呼ばれてるんだ」
船長の誰何に対して、特に気にした様子もなく答える少女の姿は海賊を相手にしているとは思えないほどに自然体であった。思わず船長が見張りは何していやがったと毒づけば、
「もうとっくに夢の中だよ。島の方警戒していたらまさか頭上から来るなんて思わないよね? …………“セイレーン”がお目当てなら貴方たちもそのチカラ…… 知っているんでしょ?」
「ッ!! お前ら、耳をっ――!!」
「もう、遅いよ」
~~♪♬~~♪♬~~♪♬~♬~~~
「な、何だ!? こいつはっ!」
「せ、せんちょっー-」
直後、船上に響き渡る天上の歌声。それが止んだ時には船内にいた海賊たちは突如出現した五線譜に磔にされてしまっていた。船長の指示に従おうとした船員たちであったが事前の準備も無く歌声を完全に遮断する事などはできはしなかった。
一仕事を終えた少女は襲いくる眠気に、一つ欠伸をすると念入りに拘束されている船長に向き直る。
「ふわぁ……。 さて、と一応聞かなきゃね。えーとビシッと決めたいし。……Staff or prison……とか? いや、いつも通りでいいか……ねぇアンタ達」
――――海賊辞めなよ。
■▢■▢■▢■▢
「ふわぁぁ……。結局、分かり切っていた答えだったなぁ……」
欠伸をもう一つしながら操った海賊達を動かして、エレジアへと舳先を向ける。元々向かっていた方向なので加える操作は最低限で済むのが助かる。
自身の能力で作り出した世界・ウタワールドで海賊たちにかけた問の答えは予想通り、期待にそぐわないないものばかりであった。
中には助かろうと口から出まかせを吐いてこちらを攻撃して逃げようとする始末。勿論、夢の世界の王たる自分にはそんな虚言も攻撃も通用する訳が無かったが。
「よいしょっと」
ふと、眠気に誘われて甲板に横になって青空を見上げる。思えばこうして船に揺られるのはいつぶりだろうか。記憶を辿ろうとして必然的に10年前の事を思い出しそうになり、慌てて頭を振った。
「はっ! 危ない危ない。こんなに良い天気の日に落ち込むなんて勿体ないよね。……それにしてもあの人達みたいにはそうそう上手くいかないか~~。まぁ、そんなすぐ改心する海賊ばかりなら大海賊時代なんてならないよね」
うっかりと寝入ってはしまわぬように独り言を続けていく。ポカポカとした暖かい陽気の中、天高く昇った日が目に入るのが眩しくてなんとは無しに左手で遮ればそこにあるのはひょうたんのような絵に自分の名前のロゴ。約束の象徴であり自分の決意の表れ。
「……遠いなぁ」
いつか、必ず果たしてみせるという気概は勿論ある。
だがその前に自分にはつけなければならない“ケジメ”がある。それがいつの日になるかは分からないが、それを果たさない限り自分は納得して前に進めないだろう。
勝手ではあるが共に誓い合った“彼”には悪いがそれまで、約束の勝負はお預けにさせてもらおう。
「いや、案外アイツの方が何かを成し遂げる方が早いかも。そうしたら私の初敗北か~~。……いやいや、勝負は最後までわからないっ! 諦めるなっ私っ!! 不幸中の幸いにも道筋は見えて来てるんだし……けど、ん~~~~!」
「おーい、姉御ーー!」
「お嬢ーー、ご無事ですかっーー!?」
「あ、みんなわざわざ迎えに来てくれたんだ!! おーい! こっちこっちー!!」
幼馴染の“彼”が自分に勝利し、いつも自分がやっているような挑発をするシーンを想像したら思いのほか、ムカッとした。
こうなれば一日でも早くケジメをつけて夢を叶えなければならない。そう考える彼女の耳に届いた声に顔を上げればエレジアから一隻の船がこちらの船に隣接するように向かって来ていた。
大きく帆に掲げられているのは赤と白の羽に左手と同じ名前のロゴ。架けられた橋からやって来た船員たちは彼女から操っている海賊たちの状況を聞くと手慣れた手つきでテキパキとその身体を拘束していく。
以前までならば見えなかった筋道や選択肢が増えたのはきっと彼ら”新しいエレジアの民達のおかげ”でもあった。
彼らの中でも操船に長けた全体的にクラゲみたいなファショッンをした“元海賊船船長“・“親衛隊副隊長”が近づいてきたのを察して彼女も甲板から身を起こす。
「ちょっと姉御、もう俺たちもいるんスから、いい加減肝が冷えるような真似は勘弁してくださいよ。アンタに何かあった日にゃ俺たちゃゴードンの旦那にも隊長にも合わせる顔がねぇんだから」
「ごめんごめん、こうした方が手間もないし早いかなと思ってさ。隊長さんは島で他の皆の守り? まぁ、そのせいで今すんごい眠いんだけどね。……それに私の“ケジメ”に私が矢面に立たなくてどうするのさ」
「かぁーっ相も変わらず真面目ちゃんですねぇ。……まぁ、だからこそ隊長も俺らもアンタについていく事を選んだんですが。……まったくアンタにゃ敵いませんぜ。姉御」
「アハハハ、当たり前でしょ。私の名前は“ウタ”。いずれ新時代を創る女と。そして私は……」
「必ずこのエレジアを復興させて見せる!!」
暫定名“セイレーンのウタ” これは新時代の創生よりもエレジアの復興を目指した彼女が王下七武海に就任する半年前の出来事。
■▢■▢■▢■▢
「ふわぁ……ぁ、そうだ聞いてよ。私今こんな風に呼ばれてるんだって。どう思う?」
「ほう、“セイレーン”ですかい。そいつはまた…………姉御にピッタリな魔も……異名じゃないですか」
「今、魔物って言いかけた? …………ピッタリって勿論いい意味だよね?」
「さて……、そろそろエレジアに戻りますか、遅くなって隊長がシビレを切らしちまったらいけねぇ。姉御もそろそろ一眠りした方が宜しいかと……」
「……ちょっと? ねぇ、こっち向いてくれる? おいこらみんなも何笑ってんの。ねぇってば!!」