責任なんて取らない
日車視点
どうしてこうなった。
今日も今日とて有った作戦会議の後、自室に入ろうとしていた俺の胸倉を、一緒に話しながら歩いていた脹相が掴んで部屋に押し込めた。
そしてそのまま部屋の中心にあるソファに座らされ、膝の上に跨られた。
驚いて見上げた顔の呪印が縦横に伸びている。道理で。
恐ろしい力で引っ張られたと思ったら赤燐躍動していたのか。
すう、と呪印が縮小していく。
しかし、呪印は元の形には戻っていなかった。
端がじわじわと崩れ、今にも滴りそうな程にふつふつと沸き立っているようだった。
脹相は堪えるように目を伏せ、唇を噛んでいる。
その隙間からはふうふうと息が漏れている。
俺の胸倉は掴まれたままだ。
沈黙が二人の間に落ちる。
どうしてこうなった。
部屋に脹相の荒い吐息だけが響いて、それにどうしようもなく劣情を掻き立てられる。
このままでは、まずい。
「脹相……」
名前を呼べば、びくんと身を跳ねさせ、長い睫毛に縁取られた瞼がゆるりと持ち上がる。
現れた黒曜石は潤み、薄暗い部屋の中でもきらきらと光を反射している。
噛み締められた薄い唇が開き、舌で濡らされ、音を形作ろうとする様に、目が奪われる。
「……日車…」
そうして紡がれた言葉は自分の名で、それにどうしようもなく歓喜が沸きあがる。
この、白く美しい存在を、今は熱に浮かされ薄紅に染まっているこの存在を、この腕に掻き抱いて閉じ込めてしまいたい。
更なる熱を与えて、身も心も蕩けさせてしまいたい。
じりじりと、理性が灼き焦がされていく。
いいや駄目だ。
ここで手を出しては、二度と後戻りはできなくなる。
弁護士として培ってきた鉄仮面が、こんな所で役に立つとは思っても見なかった。
きっと俺の裡で暴れ回る情動など、噯にも出さずに済んでいるのだろう。
しかし、脹相はそんな俺の顔を見て、今にも泣きそうだと思う程くしゃりと顔を歪めた。
「……日車は……お前は…、お前には何も…何も無いのか?俺は…俺はあの日から、あの時からずっと、お前を見るだけで、お前の声を聞くだけで、お前と目が合うだけで、身体がおかしくなる……!身体が熱くなって…お前が欲しくて堪らなくなるんだ……!」
絞り出すような言葉の後、ぽたり、と潤みきった目から雫が零れる。
泣いてしまう程彼を追い詰めてしまっていた自分を責める心と同時に、求められているという事実にぞくぞくと背筋を這い上がる情動が、もう抑えきれなくなってしまいそうだった。
ああ、やはり彼も忘れられていないのだ。
これまでに何度か、そうなのではないかと思うような事があった。
その度に何事も無いと言うように見ぬ振りをし、己を律し、騙し隠してきた。
だがもう、騙し切れないのだ。彼も、俺も。
「……君は、何を言っているのかわかっているのか……?」
俺は臆病だ。
彼の弟に「やってはいけないと思い込んでいたことにチャレンジしている」などと嘯いおいて、この期に及んでまだ躊躇っている。
「俺だって、それが…これがわからない程馬鹿じゃない」
脹相はそう言って、袖で涙を拭う。
そのまま腕を俺の首に回し、普段のぽやっとした言動からは想像もつかない婀娜っぽい表情で顔を近付け、
「お前が俺をこうしたんだ。だから、お前は責任を取るべきじゃないのか……?」
と艶美に笑って見せた。
首に回した腕が、細かく震えているのに気付く。
拒絶されるかもしれないという怯えを隠して、態とそういう言動をして、俺に罪悪感を抱かせないように気遣っているのか。
完敗だ。
ここまでさせてしまって情ない自分を叱咤する。
もう逃げも躊躇いもしない。そんなものは必要無い。
だから、だからこそ。
「いいや、責任は取らない」
「……っ!!」
目を見開く脹相の顔に手を添え、口付ける。
「……俺が君を抱きたいから抱くんだ。責任なんかじゃない。俺自身の意志だ」
もう一度口付ける。
首から背中に回った腕は、もう震えていなかった。