責を負う姉弟子
我マニラ。リハビリ中のSS書きなり龍仙女と拳僧は天威無崩の地から離れ、この近辺を治める領主の元へと足を運んだ。
理由は二つ。一つは火の龍脈について大事な秘密を持っているという噂を耳にしたこと。もう一つは鬼神により少なくない被害を受けていると耳にしたことだった。
闇に囚われたとはいえ龍仙女と拳僧にとって大事な師匠であることに変わりはない。師の責を負うのは弟子として当然の責務だと二人は考えていた。
「大きな屋敷ですね……」
「ここ一帯を治める領主様のお屋敷よ。くれぐれも粗相の無いように!」
「はい……!」
「あの鬼神の弟子達とな?」
領主は玉座に腰掛け気だるげに応答する。樽のように丸々と太った腹、脂ぎった皮膚、長い髭。見るからに贅の限りを貪り尽くした風体だ。
「摘まみ出せ。そんな奴らに構ってられる程、私は暇ではないのだ」
領主は酒を呷りながら側近の男にそう返した。
「しかしここまで来たのを追い返すのも……」
側近の男が渋るも、領主は話を取り合おうとしない。護衛の者達に命令しようと手を上げた時、扉の向こうから張り上げられた少女の声を耳にした。
「領主様!私達は天威流の門下の者です!此度の鬼神の件でお伺いさせていただきました!どうか謁見していただけませんでしょうか?」
「フム?……気が変わった。通せ」
「ほほう……?」
謁見の間に現れた龍仙女を目にし、領主は鼻の下をのばす。先ほどまでの拒絶の姿勢から一転して、歓迎する姿勢を示した。
「これはこれは遠路遙々来てくれたことに感謝するぞ。此度の件については私も心を痛めておったのだ。もうちょっと近くに来て話さぬか?」
「承知いたしました」
「しょ、承知……!」
上ずった返事。この時初めて領主は拳僧のことを認知した。
「この者は付き人か?私は弟子の方と話がしたいのだ。付き人は退出してくれ」
「つ、付き人!?いえ!俺は……」
「この者は私と同じ天威流の門下の者です!私にとって弟弟子にあたります」
「そうであったか。申し訳ないことをした。だが話をするのは一人でいい。その者には宿舎の寝床を与えよ。長旅で疲れておろう」
「いえ!俺はまだ元気いっぱいで……」
「拳僧!」
龍仙女の一括に謁見の間は静まり返る。彼女は拳僧におとなしく領主の話を聞くように目配せした。
「申し訳ありませんでした。弟弟子の非礼をお許しください。」
「よかろう。私は怒ってなどいない。まだ元気があるというのであればこの街を好きに回るといい。宿舎はこちらで手配しておく」
「寛大なご処遇に感謝いたします……」
恭しく頭を下げる龍仙女。その裏でこっそりと、それでいてキツく拳僧を小突く。
「いっ!……寛大な歓迎に感謝感激であります!……あいたっ!」
「重ね重ね、弟弟子の非礼をお詫びいたします……」
「なんで龍仙女さんだけなんですか!」
「仕方ないでしょ!領主様はそう仰せなんだから!」
「しかし……」
拳僧は誰も見てないのを確認した後、こっそりと龍仙女に耳打ちする。
「あの領主からは何か嫌なものを感じますよ……龍仙女さん一人だと心配なんです」
「そんなの私だってわかってるわよ!」
武術家の性か、龍仙女は他者からの視線に人一倍敏感だ。故に領主が自分をどう見ているのかくらいちゃんと把握していた。
「だったら……」
「あのね……私達は本来お尋ね者にされててもおかしくないのよ?ししょ……鬼神の噂は道中でも色々耳にしたでしょ?」
「それはそうですが……」
「話をしていただけるだけ寛大なのよ……例え下心によるものだとしてもね……」
「龍仙女さん……」
「はい!この話はこれで終わり!私は領主様とお話してくる。貴方は……そうね、街の人助けに明け暮れなさい」
「人助け……ですか?」
「そう、人助け。それくらいな罪滅ぼしはして当然でしょ?」
(まあ、私が言っても言わなくてもキミならそれくらいやっちゃうだろうけどね……)
「それじゃ、行ってくるわね。……ほら、いつまでもそんな心配そうな顔しない!ちゃんと姉弟子を信用なさいよね!」
「……はい、わかりました」
領主が案内したのは謁見の間の奥の扉を進んだ先にある私室だった。マッチで燭台に火を灯すと、紫色をした蝋燭の灯火が部屋全体を妖しく照らした。
「どうだ?綺麗であろう?」
「そうですね……」
私室を見渡す龍仙女の表情は暗い。部屋の中央にどかりと設置された巨大なベッド。その枕元には、きらびやかな装飾が施された卓があり、色鮮やかな果実と酒が盛られている。
「この蝋燭は特別製でな……ここでは手に入らないから交易に頼っておったのだ。その荷馬車が先日鬼神に襲われた」
「……」
「馬も人も無事ではあったが積み荷は完全にダメになっていた。散り散りになってしもうてな……そんなことが何件も起こっておる。お陰でこちらは商売あがったりだ。何人が路頭に迷うことになったか……」
「……天威流を背負うものとして、謹んでお詫び申し上げます」
「気にするな。そなたのせいではないのだろう?」
領主はそう言いながら龍仙女ににじり寄る。龍仙女が少し距離を離そうとした瞬間、領主はこう告げた。
「遠慮するな。もっと近くに来ても構わんぞ?」
それは暗に近寄れと言っていた。
「そなたも長旅で疲れておろう?ほら、私の膝を貸してやろう。この上に座るがよい」
「……はい、ありがとうございます」
龍仙女は領主の脚の上に腰を下ろす。布越しに伝わる尻の感触を領主は楽しんだ。
「どれ?果物でも食してみるか?どれもここらでは手に入らない珍しい物ばかりであるぞ?味は私が保証しよう」
「ありがとうございます……ではお一ついただきます」
龍仙女は卓から赤い果実を手に取り、そのまま口に運ぼうとする。だが領主はそれを止めた。
「この果実には食べ方があるのだ」
「食べ方……?」
「私が手解きしてやろう。まずはこう上を向け」
「え?」
領主は龍仙女の顎を掴み、半ば強引に上を向かせる。
「果実のヘタを掴んで顔の真上に持っていけ。舌を出せ。そして果実を下から舐め回すのだ」
「こ、こうれふか?」
「そうだ。それをしばらく続けるのだ。果実が自分から落ちてくるまでずっと続けるのだぞ?」
「は、はひ……」
龍仙女は言われた通りに舌で果実を舐め回す。はたから見ればどれほどはしたない姿か。龍仙女は必死に舌を動かし、早く果実を落とそうと必死になった。
「あっ」
プツンとヘタが切れ、果実が下に落ちていく。乱暴に舌を動かし続けたからだろうか?果実はまっすぐ口には落ちず、少し口の位地から外れた。
「きゃっ!」
口の中を甘い果汁が満たす。顔にも、首にも、胸元にも、果汁が飛散し付着した。
「も、申し訳ありません!お布団は汚れていませんか!?」
「大丈夫だとも。それよりもそなたの方が大変だ。私が拭いてやろう」
「いえ、それは私が……はぐっ!」
「遠慮するでない」
領主はふわふわとした布で龍仙女の口元を拭いていく。龍仙女はされるがままに口元を拭かれ、顔を拭かれ、首を拭かれ、そして……
「ダメぇ!」
龍仙女は領主を突き飛ばした。そして直後に我に返り顔を青くする。
「だ、大丈夫ですか!?申し訳ありません!」
「イタタ……大丈夫だとも」
領主はむっくりと起き上がる。龍仙女は覚悟した。粗相をしてしまった己に対し、領主は罰を下すだろう。
「わ、私はどうなってもかまいません!ですが拳僧くんは……弟弟子だけは……!」
龍仙女は必死に頭を下げる。そんな彼女の頭に領主は手を乗せた。
「そんなに謝らずともよい。私も悪かったのだからな」
「へ……?」
「今日のところはここまでとしよう。大事な話は明日以降だ。この屋敷の客室を手配した。今日はそこでゆっくり休むといい」
「そ、そんな……」
「今日はここまでと言っただろう?早くここを出て風呂に入った方がよいぞ?この果実の汁はちと痒くなるからな……」
「は、はい……わかりました……」
龍仙女はいそいそと部屋を去っていった。領主はそれを見送った後、卓から赤い果実を手に取った。
「なかなかしぶとい女だ……この香を焚いておるのに堕ちずに耐え切るとはな……」
領主は真上を向き、迎え舌で果実を舐め回す。じっとりと、執拗に。やがてヘタから外れた果実はすっぽりと領主の口に収まった。
「だがあれほど極上の女を逃すわけにはいくまい……必ずや堕としてみせよう……!」
「はぁ、はぁ、はぁ……あうぅ……!」
案内された浴室の中で龍仙女は息を乱しながらその場にうずくまっていた。
(カラダが熱い……やっぱりあの蝋燭の匂いのせいだ……それに胸も痒い……)
湯を浴び、胸元に布を押し当てる。
「んっく……ふぅー…ふぅー……っ!」
動悸と痒みが治まるまで、龍仙女は必死にうずくまり続けた。
「おっと、危ないところだったか」
「はっ!申し訳ありません!」
湯上がりの龍仙女は浴室の入口付近で領主とバッタリと遭遇した。その後ろにはお世話の女性を何人も連れている。
「かまわんぞ?そなたは大事な客人だからな。風呂など好きに入ればいい。私もそうしているのだから」
領主は龍仙女の身体を舐め回すように見定める。胸と尻は殊更に。
「素晴らしい……そなたはさぞ元気な子を産むのだろうな……ハッハッハ!」
「なっ!?」
唖然とする龍仙女を尻目に、領主は浴室に入っていく。お世話の女性も続いて浴室に入っていった。
「……負けない。絶対に負けない」
龍仙女は呟いた。ここに来たのには二つの理由がある。一つは弟子としてのけじめ。もう一つは……
「絶対にマニラへの手がかりを見つけるんだ……!」