象十万頭分の 4

象十万頭分の 4


藤丸たちが座って間も無く案内されてきた二人の王は、厳格そうなほうの王が藤丸たちを見て一瞬顔を顰めたもののヴィヤーサが緩く手を上げたことで口を開くことはなかった。

それぞれラグに座り、厳格そうなほうの王……ドルパダ王がドリタラーシュトラに軽く頭を下げるのに倣って穏やかそうな王も頭を下げる。こちらがヴィラータ王だ。

「早急な帰還、感謝する」

「いやなに。お二人が連絡も寄越さず動くような事態だろう。流石に私だって焦るさ」

「できるだけ動向を知られぬほうがいいだろうと言われまして……礼を欠いて申し訳ない」

ちらりとヴィラータ王が背後に控えた青年を見る。視線を追ってドリタラーシュトラも青年を見た。

「キーチャカだったか? 君の判断か」

「は。……我が国には手に余る事態だと判断しました」

キーチャカと聞いて藤丸は目を見開いた。あの人が、正史世界では肉団子にされた人!と失礼なことを考えていたが、なんとか会話に意識を戻す。

「その手に余る物というのが私に見せたい物だと?」

「はい」

返答にふむ、とドリタラーシュトラが顎を撫でる。

「ドルパダ王のほうは?」

「同じ理由だ」

「……一体どんな厄介な物を持ってきたのだ? 流石に不安になるのだが……」

首を傾げるドリタラーシュトラに二人の王はそれぞれ従者が持っていた箱を受け取り、自身でドリタラーシュトラの元に届ける。王自ら差し出してくる木箱に一瞬げんなりと眉を下げたドリタラーシュトラだったが、すぐに気を取り直して立ち上がり、まずヴィラータ王からの箱を受け取った。

「その箱だが」

「え?」

ドルパダ王が言い切る前に、メギバギョっと変な音を立てて箱を開封したドリタラーシュトラにヴィヤーサが噴き出した。くっふっふ、と面白そうに笑うヴィヤーサに首を傾げているとドルパダ王の盛大なため息が聞こえ、藤丸から顔が見えるヴィラータ王が眉尻を下げて困り笑いを浮かべる。

「我等の国の最高位のバラモンたちが封印を掛けていたのだけど……ドリタラーシュトラ王には無意味だったね」

「端から無駄だと思ってはいたが、ここまでとはな……まあ他の者に被害が出なかっただけで良しとしよう」

「そ、そうか……すまない……?」

よくわかっていないままドリタラーシュトラが箱の中の物を摘み上げると、「どうなっとるんだ彼奴は……」と呆れていた賢王が目を見開きヴラド三世とロビンフッドも姿勢を正す。

「聖杯の雫!?」

思わず声を上げた藤丸をドリタラーシュトラが振り返った。その手にはしっかりと金色の雫が収まっている。

「これを知っているのかい?」

「ええ、えと、はい……でも、なんで……?」

戸惑う藤丸を置いて、立ち上がったヴィヤーサがドリタラーシュトラに近づいて聖杯の雫を受け取る。

「……随分な魔力を秘めているね。これがあれば道中に見た魔物を呼び出すことくらい可能だろう」

暫し検分したあとヴィヤーサは両手で聖杯の雫を包み、次に開いた時には真っ黒な四角い箱に聖杯の雫は封印されていた。

「こちらの封印もお願いしても?」

「ああ……ん?」

ドルパダ王が差し出した箱を受け取ったヴィヤーサが眉間に皺を寄せる。ドリタラーシュトラに箱を開けさせ、収められていた聖杯の雫を検分してからヴィヤーサはそれをそのままドルパダ王の手に戻した。

「これはただの金の塊だね。封印の必要は無いよ」

「……やはり、そうでしたか」

ヴィヤーサの言葉を受けて、手のひらの欠片を見るドルパダ王が顔を顰める。

「どういうことだ?」

「これを我が国に持ってきた男が言うに、これは「夢を叶える力を持つ欠片」だと。だが、私には一向にそうは思えなかった。バラモンたちも同意見だ。それで適当に置いていたのだが、ヴィラータ王があれを持ってきた」

あれ、とドルパダ王はヴィヤーサが封印したほうの聖杯の雫を指差す。

「箱を見ただけで欲しいと思った。封印してあったからか、奪ってまで得ようとは思わなかったが……無欲なヴィラータ王の元に届けられていて良かったよ。……さて、そこの者たちよ、これはなんだ?」

ドルパダ王の声を受けて、賢王が頬杖をついてため息を吐く。

「聖杯と呼ばれる願望機を7つに分割した欠片だ。その一欠片だけでも強大な魔力を持っている」

説明を受けたヴィラータ王は顎を摩る。

「先程、聖仙ヴィヤーサが「魔物を呼び出す」と仰られたが、私たちもここに来る道中に奇妙な生き物と遭遇しているんだ。それのことかな?」

「おそらくはな。種は違うかも知れぬが、他所で魔と断じられる生物たちだろう」

ヴラド三世の言葉を受け、顔を曇らせて腕を組む王たちにヴィヤーサが笑いかけた。

「流石に今回は聖仙たちも手を貸すよ。街道には近づかせないようにすると約束しよう」

「そうして頂けると助かります。今回はキーチャカが同行してくれていたのでなんとなりましたが、数が増えると厳しいので」

「キーチャカさんが?」

ロビンフッドがキーチャカを見ると、ヴィラータ王もキーチャカを見て微笑む。

「私の義弟は頼りになるので」

「……兵を三人失いました。褒められた指揮ではありません」

「初見の魔物相手に、我が国との混合編成された最低人数での戦闘だったのだ。最善とは言えぬかもしれんが、君は十分に指揮官の役割を果たしたとも」

ドルパダ王の言葉を受けてもキーチャカの表情は晴れない。本気でもっと上手くやれたら犠牲が少なかった筈だと後悔している顔である。

「(もしかして、キーチャカって恋愛方面がアレなだけでメチャクチャストイックな性格なんですかね)」

「(正史だとマツヤ国の最終防衛ライン感があるもんね……ちゃんと信頼されて軍務や国務を任されていたのが、嫉妬されて捻じ曲げられちゃったのかも)」

ヒソヒソと話しているロビンフッドと藤丸を置いて話は進む。

ヴィヤーサの手から箱を受け取りドリタラーシュトラがひょいひょいと手の間で投げる。

「そもそも、何故こんな物を? 持ってきた男とは?」

「異国の様相の男だ。なんとも言い難い、得体の知れぬ雰囲気だった」

「ドルパダ王の前に現れたのも我が国に来たのも同じ男でしょう。その者が言うには「不満はないか」と」

「不満?」

片眉を器用に上げるドリタラーシュトラにドルパダ王が頷く。

「ああ。……力があれば、財があれば、土地があれば、そういった不満は無いかと。この欠片はそれを叶えられると」

「実際、魔物が発生しているというのならその力があるのでしょう。ただ……“足りない”。外から齎される未知の力に魅せられた結果はご存知かと」

二人の王に見つめられ、ドリタラーシュトラが大きく息を吐いた。

「なるほど、戦争の原因はそれか。夢を叶える、なぁ……真作と贋作をばら撒き、奪い合わせる算段か? 趣味の悪い。本人は高みの見物といったところだろうな」

「わざわざ欠片であると説明している以上、他にも同じ欠片があると宣言しているようなものだからな」

肩を竦めるドルパダ王にドリタラーシュトラは肩を落として天を仰ぐ。

「まあ、お二人の望みはわかった。呼んでくれれば私が出向こう。然したる手間では無い。親父殿、移動は任せます」

「仕方がないね」

「話が早くて助かる」

「すみません。流石に連戦に耐えうる兵力は……それこそ、それを使わなければ難しくて」

情報を提供してやった代わりに兵力として王を派遣しろ、などというぶっ飛んだ交渉が行なわれていたことに藤丸は唖然としたが、三人の王はそれを当然として話している。伊達にクル国の隣国をやっている国の王ではないのだ。

「しかし……主戦場には私が出るとして、純粋に援軍も必要か。ヴィドラ」

「軍を三隊に分けて、それぞれ一隊ずつ派遣します。明日、明後日には主力が戻ってくるでしょうから、そうしたら王たちの帰還の護衛を兼ねて送り出しましょう」

「感謝する。…………あー……その……ドローナのことなのだが……」

ヴィドラの提案に鷹揚に頷いていたドルパダ王が途端にもにょもにょと言葉を濁し、ヴィラータ王がため息を吐いた。

「いい加減仲直りされては如何か」

「そうは言っても…………彼奴私のことを完全に無視するのだぞ……」

「めちゃめちゃキレてたからなぁ」

「んぐぅ」

「王としての立場を否定はしませんが、貴方は口が下手過ぎる。なんとでも言いようはあったでしょうに」

「せめてこっそり後で呼ぶと伝えるとか」

最も年嵩に見える王が急に子供のように叱られ始めたことに首を傾げていた藤丸だったが、ゴホン、と咳払いしたヴラド三世に視線を動かす。

「王たちよ、方針が決まったのなら我等の身の振りも考えて良いかな? 謎の男の思惑は兎も角として、我等はその聖杯の雫を回収することが目的の一つとなったのだが」

「ああ、すまんな」

藤丸たちを振り返ったドリタラーシュトラがチラリと視線を向ければヴィラータ王は笑って頷く。なんだろう、と思う間もなくドリタラーシュトラは手慰みに弄っていた聖杯の雫が入った箱を投げて寄越してきた。「ぅえ!?」と表情を崩しながらもロビンフッドがなんとか無事に受け取る。

「そんな厄介な物、回収してくれると言うのなら喜んで。ただ、片付くまでは念の為封印したままで頼めるか?」

「いいんですか?」

「ああ」

笑って頷いてから、しかし、とドリタラーシュトラが腕を組む。

「真作をどの国が持っているかわからない以上、君たちは動き回る必要があるな」

「その程度は慣れている」

単独行動もロビンフッドがいるからある程度問題はない。聖杯の雫を使ってこられると戦力的に些か心許ないが、贅沢は言っていられない。

賢王の言葉に何かを考えるように目を閉じたドリタラーシュトラは、すぐに目を開いて笑う。

「ふむ……よし! 私も行こう!」


「「………………は?」」


カルデア一行と王たちの声が重なった。パーンドゥは口元を押さえて笑いを誤魔化し、ヴィドラは死んだ魚のような目をしてビーシュマは深いため息を吐く。ドゥリーヨダナとユユツは顔を見合わせて笑い合い、ユディシュティラとビーマはきょとんとドリタラーシュトラを見つめ、ビーシュマの背にいる百王子の一人はまだ顔を上げない。

そんな場の混乱を他所に、ドリタラーシュトラは横に立つヴィヤーサを見た。

「移動は親父殿に任せればどうとでもなる。連絡も可能ですね?」

「まあ、できるけれどね」

「ならばよし!」

パン!っと元気に手を打ったドリタラーシュトラにヴィヤーサはため息を吐く。

「私、ただの観測者なのに……」

生産責任を取れ、と脳内にヴィシュヌの声が響いた気がしてそっと額に手を当てた。






鼻歌混じりにドレスを選ぶガーンダーリーとアムビカーに、楽しそうに飾りを選ぶドゥフシャラーとアムバービカーが侍女たちと相談しているのを聞きながらマシュはグルグルと目を回していた。

(ど、どうしてこうなってしまったのでしょう!?)

ガーンダーリーが現れてから、あれよあれとよいう間に室内に引っ張り込まれてマシュの着せ替え遊びが始まってしまった。

「これも可愛い〜! やっぱり女の子を飾るのは楽しいですよね」

「うちは男ばかりですものね。ドゥフシャラーはまだ小さいからここまで飾れないし……年頃の子を着飾るのが一番楽しいわぁ」

「ドリタラーシュトラもパーンドゥもヴィドラも、綺麗ではありますけど全員男だと丸わかりの顔をしてましたものね。女装させて遊ぶならドヴァイパーヤナに若い姿になってもらわないといけませんでしたもの」

「お姉ちゃん! 今度はこれ付けてー!」

「あら! なんですか皆様、楽しそうに!」

「交ぜてくださいませ!」

クンティーとマードリーまで加わりきゃっきゃっと姦しくはしゃぐ面々に圧倒されていたマシュは、お茶の準備が整ったタイミングでようやく解放された。

王女もかくや、と着飾られたマシュが果実水を飲んでいると、ガーンダーリーがそっと近づいてきた。

「お隣よろしいかしら?」

「は、はい! 勿論です!」

ピャッと姿勢を正したマシュに笑って、ガーンダーリーが隣に座る。

「ごめんなさいね。つい楽しくなってしまって」

「いえ……勢いには驚きましたが、私も楽しいです」

あの飾りのほうが、あの色が、あの刺繍が、と楽しそうに話している会話を聞いているのは楽しかったとマシュが伝えるとガーンダーリーが嬉しそうに微笑む。

「そう言ってくれると嬉しいわ。さっきも言っていたけれど、クル国は男系の一族なのか女の子が少なくて……せめてユユツが女の子だったら……」

ああ、でもドリタラーシュトラ様に似た顔立ちだから男の子で良かったのかしら……と頬に手を当てて真剣に考えているガーンダーリーにマシュはそろりを目をやる。

「どうかしたかしら?」

「い、いえ……。……その、ユユツさんのことは、えーっと……」

どう言えばいいのかわからず、まごつくマシュにガーンダーリーが笑った。

「怒っているわよ? 次があればドリタラーシュトラ様をパーンドゥの刑にしていただくつもりです」

「えっ」

「でも、ユユツに怒っても仕方ないでしょう? もう生まれてしまっているのだし、何より……あの子はドリタラーシュトラ様に似ているから」

ガーンダーリーが庭園に目を向ける。

一目惚れだったのだ。十万の象に匹敵するという怪力を持ち、神々さえ打ち倒すと謳われる膂力に見合わぬ優しい顔立ちをした男に。自分以外を娶らないでほしいという我儘に二つ返事で返してくれた男に。

「愛する人に似た子が、愛おしくない訳ないでしょう?」

多少の火遊びくらいは目を瞑るつもりでいたのに、いざそれが起こると我慢ならなかったから、怒ったし誓約を立てさせはしたものの、それでも愛おしくて仕方がないのだ。

「ドリタラーシュトラ様に似ているからユユツも私の子にしますと言ったら、流石にあの子の母親が可哀想だから返してあげなさいと怒られましたけど」

むう、と唇を尖らせるガーンダーリーの強欲っぷりにマシュの頬が引き攣る。

「なのであの子の母親を私の侍女にしました! これで事実上ユユツは私の子です!」

「えぇ……」

それでいいのですか、という言葉はなんとか飲み込んだ。

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