謀略Ⅰ:新世界のアグレッシブビート(ChapterⅡ)
名無しの気ぶり🦊そしてそれから数時間後、2021日本ダービーがスタートしもうそろそろ終わりも見えてきていた。
(ダイヤ…勝てるわよね?)
「力んでるぞ」
クラウンはというと、案の定というか自分がまだ成せていないことを任せきりにしてしまう不甲斐なさからかダイヤを応援しつつも不安に震えてしまっていた。
ここ最近、どうしてもそんな感じだった。
「あっミッチー…」
「…ダイヤが主役のはずなのにレースって怖い。見るたびに私の焦りを、不安をむき出しにするの」
なまじ責任感が強いからか、振り切れたと思っても振り切れない。
「とりわけ私が未だに達成できてないから余計に勝ってほしいって、そう感じちゃうのかも…」
「あの子に夢を託すしかない、今はただ頑張るしかない自分の無力さを棚に上げて、ね…」
もちろん、当人が1番そんなことは分かっている。自分が勝てないからこそあの子には勝ってほしい。でもただ励ますだけなのもそれでいいのか
それだけの理屈、されど苦しく偽らざる彼女の本音だった
「そいつは普通だ。託すことだって誰かのために戦うってことに違いねえ」
「そう、かしら…前に改めて頑張るって言っておいてなんだけど、黙って見てるだけはやっぱり歯痒いわ…」
ただ道長ももうブレないというか、クラウンに対しては励ますことに迷いも余念もない。
しかし彼女はまだ不安なようで。
「おい」
「何、ミッチー?」
「ダメな時のことはダメだった時になんとかすりゃいい」
「でも…」
道長はそれでもクラウンを諦めることはしない。してやらない。
「凄い加速だ…」
「ダイヤちゃん行っけえ!!」
「仮に今回でもなんとかならなかったら…そん時はそん時だ」
「──シンプルに、俺が全力でお前をG1勝利へサポートする!」
"お前を勝たせる、俺の全力の支援で"
なんとも分かりやすい、されど道長らしい熱さと着飾らない頼もしさ。
横にいるキタサンやシュヴァルはなぜか気づいていないが。
「っ…(分かりやすいけれど凄い気迫、本気ね…)
(…なら……この先の解答も、私の答えも決まってる!)
無論これを聞いて奮い立たないサトノクラウンという少女ではない。
『さあ坂を上がってくる、8番サトノダイヤモンド! その間を狙って3番のツウカア! 内からデュアルスピネル、外からディビニティ!』
『外からディビニティ!日本ダービー、残り200mを切ったぁ!!』
「────だからお前はいつも通りに当たり前に信じてやれ、あいつの勝ちを。それが一番あいつの力になる」
「そうねミッチー…分かったわ。今はただ、あの子に賭ける!」
ダイヤが主役のレースにも関わらず、会場そっちのけに熱意に満ちた新たな決意を溢していた。
そして改めて、勝ってダイヤと願いを彼女に籠める。
(…だから掴んで、ダイヤ! サトノで初めてのG1勝利を…貴方が!!)
────しかし、女神の匙は絶望を強く選んだようで
「────えっ?」
『しかし間を回ってツウカアが突っ込んできた!』
『先頭争いは8番サトノダイヤモンド、内3番ツウカアのデッドヒート!』
『ややツウカアが先頭か、追い縋るサトノダイヤモンド! ひりひりと差を付けていく!』
(嘘、そんなこと…)
ダイヤの勝利はまだ遠いのか、追われる川から追う側に此度もダイヤは引き摺り下ろされる。
『サトノダイヤモンド! ツウカア!』
『サトノダイヤモンド! ツウカア!』
『今並んでゴールインッ!!』
『勝ったのは3番ツウカアか、8番サトノダイヤモンドか⁉︎』
『2人全く並びました!』
(まだよ、まだ────
そしてゴールに全員が辿り着き、されど結果はまだ分からず。
『僅かに及ばず、1番ディビニティ3着!』
『これは…ツウカアだあッ!!』
『最後に残した3番ツウカア、ゴール判定までもつれ込んだ激戦!』
『8番サトノダイヤモンドもあと少しというところまで追い詰めましたが僅かに及ばず!』
──しかし、そんなのは束の間の幻想と言わんばかりに。
『世代の頂点! ダービーウマ娘をつかみ取ったのは、ツウカアでしたッ!!』
ツウカアというウマ娘の勝利が告げられたのだった。
「っ……!」
(…ダメ、だったのね)
それはダイヤの敗北を当然意味していて。
(…いや落ち着きなさいクラウン、なら答えは……決まってるじゃない!)
なら今クラウンはどうすべきか、どうしたいか。その答えは先程に既に出ている。
「…腹を括れ、クラウン」
「そん時が来やがった、それだけだ」
「ミッチー…ええ、気合い入れて行くわよ!」
ゆえに促す。
急かしてしまったのではと道長自身思いつつ、彼女にずっと落ち込んでいてほしくはないので
迷う間なんてなく、といったところ。
そして2人が自身のダイヤのためにもG1をと昂る裏でバ道で足の違和感に気付くダイヤがいた。どうやら落鉄していた。
これもサトノのジンクスなのか。
時間はそれから少し後。
「よっ!
「お前は…浮世英寿!」
「…ごめんなさい、浮世トレーナー。今は2人きりにしてほしいの」
東京レース場を出た2人の前に、英寿が顔を見せる。いかにも待ち構えていた程だった。
「…サインやろうか?」
「意味わからんこと抜かしてんじゃねえ!」
(こんな時じゃなきゃ欲しいが…)
クラウンが至って真面目に受け答えする横で
本音ではサインを欲しがるあたり、前の世界の記憶は無いとはいえ、”確かCMに出てるスター”くらいの認識の相手でも、有名人となればサイン貰えるのが嬉しい
くらいの欲は道長にもあるのかもしれない。
「こらっ、そんなことをしに来たんじゃありません!」
「? 誰ですか、貴方?」
そんな英寿を嗜めるように現れるどこかクラウンに似た声質のモノクロガール。
そう、ツムリである。
「おめでとうございます。厳正なる審査の結果、あなたは選ばれました。今日からあなたは仮面ライダーです」
「そしてサトノクラウン様、貴方はその特別オーディエンスです!」
「「は?」」
道長が仮面ライダーに選ばれたこと、そしてクラウンがその特別オーディエンスなる役職に選ばれたことを伝える。
そしてその横で道長はデザイアドライバーとIDコアを静々と取り出す。
「なんだよ、これ?」
「見たことがないような、あるような気がするわね…」
そうしてクラウンと共にコアに触れて、訪れるは失ったはずの記憶の流入
道長にとっては苦々しい、クラウンにとってはいろいろと初体験ながら駆け抜けてみればなんだかんだで記憶が蘇ったのだった。
「そうだ…。俺は…」
「私たち、あの時…」
「ギーツ!記憶が戻ろうがお前のサインなんか要るか!」
「欲しそうにしてたのはお前だろ?」
なら道長の取る反応もお約束だった。
というか記憶を取り戻す前よりなんなら暴言が増えている。
「…ふふっ」
「なんだクラウン?…まさか。やる気が萎えちまったのか⁉︎」
対してクラウンはなぜか微笑んでいた。
先程までダイヤのために、ミッチーのために勝つぞと気負っていたのがどこか嘘のようである。
「違う違う」
「…なんだろう、私が今度こそ頑張らなきゃって正に張り切ってたはずなのに謎にリラックスできちゃった」
と思えばそうではなく、気持ちは途切れていないようで。
「リラックスぅ?」
「…なるほどな」
「うーん、実家に帰った時のそれに近いのかな。あのレースとも違う緊迫感、それが返って安心感になったのかも」
「…もちろん、私が貴方やダイヤ、サトノのためにもG1に勝つって気持ちは変わらないわよ?」
デザイアグランプリに関する記憶が一気に流入してきたことがきっかけになったのだろうか。
謎の安心感や懐かしさを覚えているようだった。
「ただ、落ち着けた。それだけね♪」
(浮世トレーナーに一瞬で化かされたのかもね、あるいは記憶が大量に戻るなんて奇天烈現象のおかげかな)
当人も似たことを感じているらしい。なまじ同年代の子よりも聡いぶん、すぐに思いついてはいたのだろう。
「…そうか、ならいい」
「ああ焚き付けといてなんだが、急すぎたんじゃって思ってたからな…」
「何それ♪ でも…ミッチーと私、気持ちはお互い近かったのね。なら良かった」
道長も道長でクラウンを焚き付けるにしても早すぎたのではという気持ちがあったようで、その意味でクラウンとすぐいつも通りに話し始めたのだった。
「熱いねえ、2人とも。記念にサイン、いるか?」
「いらねえ!」「申し訳ないけど否thank you(ノーセンキュー)よ」
英寿はなおもサインを欲しいか聞いてくる。
謎の執念である。
「そうか…」
「なんでアンタが残念がってんのよ」
「いてっ⁉︎」
当然ツムリに付いてきていたスイープにも突っ込まれていた。
「「…スイープ?」」
キタサンのように2人も戸惑う。まあ当然の反応だ。
「えっどういうこと…?」
「その件は私から説明いたします。実は斯々然々で──」
そしてそれを待ち構えていたかのようにツムリが再び会話に混ざり説明を始めてくる。
「────なるほど、そんなことが」
「まさかスイープがサブナビゲーターだったとはね…」
これもキタサン同様な反応。驚かないほうが不自然なのだから。
「レースの魔法、それを叶えるための足掛かりよ」
「またトレセンの知り合いにデザグラ関係者が増えやがった…」
道長としてはデザグラ関係者が一気に知り合いだらけになったことにも困惑していた。
そりゃそうである。
「のわりにはちょっと笑ってない、ミッチー?」
「うるせえ」
「もう、素直じゃないわね♪」
「でもそっか…うん、よろしくねスイープ!」
クラウンには照れ隠しではと見抜かれていたが。ちなみに彼女としては同学年の友人が増えたことは好ましいようだ。
「ただ、キタサンは最初困惑してたんじゃない?」
「そうよ、最終的には抱きつかれたけど」
「ぷっ、あの子らしいわね!」
「嫌いじゃないけど毎回は控えてほしいわよ、もう!」
「キタサンはなんでも全力投球だものね、ふふ」
そうしてキタサンという共通の友人に関して今回の件での反応を教えあっている。
「そっちの話はまとまったか?」
「浮世トレーナー…そうね、いろいろと!」
そして先程からわざと黙っていた英寿が今回2人の前に姿を現したことの本題に入るかどうかのように確認を取ってくる。
「というかギーツ、要は俺たちに言いに来たことってアレだろ?」
「はい、来る6月26日、即ち宝塚記念当日、デザグラ新シーズンが開始さされます」
「となると時期的に私の応援にはミッチーは来れないのかな…うん、でも頑張るわよ!」
道長も薄々というかわりと勘づいてはいたが、デザイアグランプリの新シーズンが開催、しかも今年の宝塚記念当日からスタートのようだ。
普通に考えれば道長は応援に来れない、無論英寿もキタサンの応援には来れない。
「…悪いなクラウン」
「気にしないで。ただそうね…強いて言えばそのぶん私を入念に扱いてくれればモーマンタイよ♪」
ただクラウンもそこら辺は分かっているようで、ならば来れないぶんも含めてトレーナーにびしびし指導してもらうこと、そんな彼にアスリートとして甘えることを選んだのであった。
「私も終わり次第、どうにか、どうにか気持ちリセットしてこれ使って合流するから…!」
「…無理しなくていいぞ」
「いや、私が勝つだけだから!」
ただ宝塚記念が終わった直後にその気持ちを引きずったままデザグラ観戦に臨めるかだけは流石に気になっているみたいであるが。
「ふっ、気持ちは乗ってきたみたいだな」
「では呼び出しがあるまでお待ちください」
「じゃあデザグラ当日に会いましょ、クラウン」
「ええ、じゃあまた!」
そんなこんなで道長とクラウンの意思を確認できた英寿・ツムリ・スイープは開催日を待つようにというような旨だけ告げると、早々とどこかへ去っていくのだった。
「何で今回もバッファがエントリーしてるんだ?」
「クラウンはまあバッファが決まったからだってのは想像に難くないが
「さあ?ゲームマスターの意向なので」
「アタシたちに聞かれても分からないに決まってるでしょ」
「結局そうなるよなぁ…」
ちなみになぜ道長がエントリーできたかは英寿にも不明である。朝方ギロリにはぐらかされた段階でエントリーの基準に関する情報は止まったままだ。
「あれ…?」
「ま、まだ買うの祢音ちゃん…? 流石に重たいよぅ…」
「まだまだ買うよ〜! せっかくシュヴァルちゃんと"親友"として遊べる日なんだからっ」
「もう、しょうがないなぁ…ふふっ♪」
(親友…うふふ、今さらながら悪くない、いや良すぎる響き…祢音ちゃんは僕が守らなきゃ)
「オジョーサマがシュヴァルサマとタノシクアソバレテイルノヲミルトワタシハウレシイ…」
「ワタシモウレシイ…」
と、そこで英寿さんは、ベンさんとジョンさんを引き連れてシュヴァルとショッピングを楽しむ祢音の姿を目撃した。
「シュヴァルもダイヤモンドの負けを見た後だろうに、幸せそうだ」
「やっぱナーゴはそれだけあいつにとって特別なのかもな…ならそっとしておくのが吉か」
「はい。再びライダーに選ばれない限り、記憶が戻る事はありませんから」
そしてそれを見るにつけ、デザグラを忘れたことが必ずしも誰かの不幸になるわけではないのではと、たまに思い浮かぶ考えを再び軽く脳内に巡らせる英寿だった。
「…ああ」
「アンタ寂しいの?」
「いや…つらい世界なんて忘れるに限る」
(味わわなくていい苦しみなら…尚のことな)
デザイアグランプリは自分で参加か不参加かを選べないぶん、参加にならないならそれだけでも十分儲け物なのだから。
「…タイクーンのやつは、立ち直ってくれるといいんだけどな」
そして彼女たちを見ると、どうしても脳内にある男の現在が思い浮かんできてしまう英寿だった。
「またハズレ?」
「お待たせ~。景和、ちょっと何やってるの?」
「何って、宝くじ」
「…あんたそういうキャラじゃないでしょ?」
そう、デザイアグランプリから脱落した影響で世界平和を願う意思を忘れ、ただの甘えん坊の優男、ヒモ男一歩か二歩手前ぐらいのだらしないやつと化している桜井景和のことである。
ちなみに今はスクラッチくじを削っている。…どうやらハズレたようだが。
沙羅もそこはかとない違和感を漠然と感じているのか、景和さんがスクラッチくじをしている事について、そういうキャラじゃないと驚いている。
「宝くじ買うお金あったら、募金したりダイヤちゃんへの指導に使うのが景和でしょ?」
「…このままでいいの?」
と、保護動物のための募金活動のほうに目を向けてダイヤのことを起点に問いかけてみるも
「ある時期からダイヤちゃんへの指導も上手く実を結ばないし、もう一発宝くじでも当てるしかないのかなって…」
ご覧の回答である。指導が上手く行かないから金を一山当てるなどとおよそ前シーズンまでの景和なら吐かないような悪い意味で自己中心的な発言。これだけで今までの彼と違うというのが分かりやすい。
しかしそんな景和を見た沙羅は、敢えて励ます。というよりそりゃなぜ彼がこうなっているかを分からないのだから、分からないなりに景和を励まし、元気になってもらおうとと考え絞りだした案だった。
「じゃあ回らない寿司!」
「え⁉︎ たぬきそばじゃないの!?」
しかし景和が食べたいと言い出したのはたぬきそばではなく、ダイヤとたまに銀座にお出かけした時に食べている高級な寿司だった。
「え?」
(なんか、上手く言えないけど違和感…いやほんとになんでかは分からんけど)
ダイヤの存在が記憶を失ってなお中途半端にでも大切なものとして身に刻まれているということなのだろうか。
「トレーナーさん…」
(ダイヤは…信じていますから…ッ!)
そしてそんな彼を貴方のせいでというふうに恨むでもなく、早く以前のようになってほしいと、ダイヤ本人は涙を必死に堪えながらそう物陰から祈るのだった…。