謀略S&K シュヴァルグラン・キタサンブラック(ChapterⅤ)
名無しの気ぶり🦊時は経ち、本日は2022年11月27日。
つまりジャパンカップ当日。
『さあ、秋空の元から高らかに鳴り響いたファンファーレ
『国際GⅠジャパンカップの発走です!!』
準備はすでに進み、あと少しでスタートと言ったところ。
『注文はやはりキタサンブラックでしょうか?』
『ええ、トゥインクル・シリーズ引退を発表した彼女を一目見ようと訪れたファンの人も多いことでしょう』
キタサンの人気は変わらず増すばかりで、しかし当の本人の表情はどこか悲壮さを宿していた。
(足りない身体をそれでも前に進ませるんだ…そして掴むんだ、勝利を!!)
けれど本人はそんなことなんて今さらも今さらに承知で、だからこそ張り切っていた。
「おそらくというか、確実に以前ほどのキレは出せない」
「それでも皆のために抗うこと、年末までとはいえなお走ることを選んだあいつを今日まで無理なく鍛えあげた」
それを見つめる英寿から飛び出すものも、どこかキタサンが不安に思えるもので。
「────だから全霊で挑んでこい、キタ!!」
──けれど、だからこそ強く彼女を鼓舞してみせるのだった。
「自信のほどはどう、祢音?」
「ねおねお見た感じ、シュヴァちをばっちり鍛えあげてくれてる感じはするけど」
────対して祢音は今までで最も迷いがないといった顔つきだった。
見つめるヴィルシーナも強く頼もしいと思えるほどに。
「────うん。勝つよ、シュヴァルちゃんが!!」
「「!」」
それはヴィルシーナとヴィブロスの内心だけではなく。当人が己の、何より担当たるシュヴァルの勝利を今から疑っていなかった。
「なら心配なさそうね♪ あの子、今までにないぐらい仕上がってる印象を受けたから」
だから聞く側もやはり安心できる。可愛い姉妹の勝利を今から強く信じられるのだから。
「やっぱりベストマッチな組み合わせだね、シュヴァちとねおねお!」
2人が契約して良かった。当たり前のことさえ強く噛み締められるほど。
「──私がトレーニングに参加した甲斐もありそうですね♪」
「!」
────そんななかそこに響いた声を、祢音は実は知っていた。
『一番人気キタサンブラックはここ、四番ゲートに収まります』
『役者が揃いました』
「! ブレイズちゃん!」
「はい。数日ぶりですね、祢音さん」
「なんで…?」
そう、シュヴァルのもう1人の幼馴染ことシャインブレイズ。
グラン一家がかつてオーストラリアに住んでいた時代の幼馴染で今はトレセンに在学中の身。
祢音も学生になったシュヴァルと再開し契約を結んでからあまり間をおかず彼女に会いにいったのも今は昔。
「私が呼ばせてもらったわ、彼女も祢音も私達の幼馴染なことに変わりないもの」
今回ブレイズがここにいるのは、単純にヴィルシーナに呼ばれたから。シュヴァルの幼馴染であれば祢音同様、自分達にとっても幼馴染。オーストラリア時代に親交を深めたのは何もシュヴァル当人だけではない。
「何やら祢音とシュヴァルとしめし合わせてこっそり追い切りしてたみたいだしね、ふふっ♪」
いきなり明かされたが、実は今日までの間にブレイズを招いてシュヴァルの追い切りを祢音は行っていた。
その間のことは隠すつもりもなかったが、結果的に3人以外は知り得ることなく今日まで…というのはヴィルシーナには通用していなかったようだ。
「あっバレてたか…うん、なら今日もよろしくブレイズちゃん!」
「こちらこそです。あの子の実力、世界に見せつける時ですよ」
もちろん、彼女もまたシュヴァルの勝利を信じている。だから見届けようと思って、ヴィルシーナに呼ばれる形とはいえ、ここまでやってきた。
『最後に17番ビッグサブジェクトがゲートに入ります』
「お嬢様とシュヴァル様の努力が実る日は今日だと私達も確信しています」
「お二人の絶やさない努力、きっと形になると!!」
先程から黙っていたがついに我慢しきれなくなったのか、ジョンとベンも祢音とシュヴァルへの最後の事前応援メッセージを告げる。
「ジョン、ベン…ありがとう、きっとシュヴァルちゃんにも届いてるよ!」
無論、それを聞く祢音はただただ嬉しく、この想いがシュヴァルに届いていますようにと、そう願った。
(辿り着くまで挑み続ける…時に挫けそうになっても祢音ちゃんと抱き続けたその想いを…今日勝利に変えてみせる!!)
それが届いていたかは分からない。
…が、呼応するように祢音との日々を軽く振り返ったシュヴァルは、だからこそ今日まで絶やすことはなかった勝ちたいという想い。
それをいよいよ強く胸に激らせ。
『────今、スタートしました!!』
────時同じくして開幕を告げたジャパンカップ。その中に身を投じていった。
『4番キタサンブラックが出ていきます』
「いよっしゃあ! 良いスタートだ!」
「集中できてるみたいね!」
最初に飛び出してくるのはやはりキタサン。
衰えてなお、走りそのものにさほど澱みはなかった。
「「「「「行けえーーっ!!」」」」」
ああ言ったからか、今回は珍しく福永商店街の面々もレースを観戦しにきている。
(今日もキタサンの背中が見えてる!!)
「ピークアウトしてんのはお前もキタサンも同じ…足掻きまくれ、クラウン!」
そしてキタサンを後方から差そうと狙うのはやはりクラウン。
彼女も衰えた身だが、キタサンという同じ苦境に立たされた同期の努力に引っ張られるように、また共に秋古馬三冠を盛り上げようという誓いを胸にここまで来た。
────キタサンがどの位置にいても負けてやるつもりは毛頭無かった。
(いつも通りキタさんが皆を引っ張る展開…)
(────だけど今日は…、逃げ切らせはしない!!)
そんなことは知らないシュヴァルは、されどキタサンを逃すつもりはないと言わんばかりに脚の踏み込みを強めた。
「うん、着いていけてる。今までで一番!」
もちろん、今の進行ルートは祢音が大まかにだが予測していた通りである。遅咲きの成長期を迎えているシュヴァルに合わせて何度も案を組み直した。
「ジャパンカップは国際GⅠ」
「海外からもウマ娘が招待されハイレベルな展開になる事も多い……」
「どうしたのよ急に」
ちなみに、有馬記念以来ではあるがたくまとあさこも観戦に来ていた
「更に本コースは芝2,400…」
「王道のクラシック・ディスタンス!! つまり凱旋門賞を始めとして各国にある最高峰の芝レースと同距離。時に衝撃のレコードタイムを叩き出すほどのスピード!! タフな戦いに脱落しない為の脱落しない為のスタミナ!! 激しい競り合いを……、ン?」
「どうした……?」
早口で解説を勝手に行うのも以前と変わらない。
「キタサンブラックの残るレースは後二つだけだ……」
「「ン……」」
「だから、しっかりと目に焼き付けておかないとな……」
「「そうだな(ね)」」
そしてみなみとますお共々黙祷する。
もはや語る時間すら惜しい。
キタサンのレースを目に焼き付けたい
熱い想いこそ平常運転だった。
『さあ、最初の1000mは60秒2のペースで行きました』
そうこうするうちに選手陣は最初の1000mを過ぎ、現在レース開始から約1分を経過。
『先頭でレースを引っ張るのはやはりこの子。お祭り娘、キタサンブラックです!』
「んぬうううううう!」
先頭は変わらずキタサンである。だがいつもより強く唸り声を上げていた。衰えた自身をなんとか奮い立たせるためである。
「頑張れキタちゃん!」
「頑張ってえ!」
チケットやタイシンも思わず、声を荒げてしまう。
(天皇賞では届かなかった…。────今度こそ差し切ってみせる!)
クラウンはというとまだ後方のバ群だが、その意思はしっかりと前を見つめている。
「クラウンさーん!ファイトでーす!!」
「どんな時でもお前らしく行け!」
サエと道長もそんな彼女の背を押すように、短くも力強い声援を飛ばす。
『逃げるキタサンブラック、リードは一バ身半』
『二番手ムシャムシャ、トゥージュールが三番手の位置』
『内からシュヴァルグラン、四番手に上がっています』
そんななか、シュヴァルは早くもキタサンとの差をかなり縮めつつあった。
「行きなさいシュヴァル!!」
「がんばれー! シュヴァちー!!」
「勝って、シュヴァルちゃん!!」
「シュヴァル様、その調子です!!」
「最高に仕上がっていますよ、シュヴァル様!!」
ヴィルシーナもヴィブロスもブレイズもジョンもベンも、皆そんないつも以上に奮戦するシュヴァルを見て思わず声を大に声援を飛ばしている。
「────信じてるよ、シュヴァルグラン!!」
──祢音だけは敢えてトーンを変えず、されど力強く、コースを今も危なげなく力強く…そして必死にひた走る自らの担当に声援を送るのだった。