謀略K→C お祭りと戴冠(ChapterⅡ)
名無しの気ぶり🦊「よう、キタ」
「あっトレーナーさん!」
生徒会室に着いてみれば、そこには英寿もいた。どうやらトレーナーと担当ウマ娘揃って必要な用というやつらしい。
「生徒会長さんに飛電トレーナー、イズさん!」
「それに不破トレーナーも!」
そこにはこの部屋の主たる生徒会長シンボリルドルフ、副会長ナリタブライアン、2人それぞれのトレーナーである或人と不破、そして或人の専属ヒューマギアであるイズがいた。
「やあ、キタサンブラック」
「やっほーキタちゃん、今日も元気そうで何より」
いつも通りのテンションで極めて2人は親しげに接してくる。これだけ見れば数多存在するトレセンの生徒達の長とその相棒らしさが確かに感じられる。
「うん、燦々としてるねえっ!」
「…キタサンブラックがこの部屋から見て北から来たわけだしね」
「「はいっ或人じゃ〜ないとお!」」
ダジャレを言う癖まで見なければ、だが。
2人のいつもの癖だが、目上の者が言う都合上敬遠されやすかった。
「ブくっ! くくくククッ…!」
これにハマるのは不破やネイチャぐらいなものである。大抵はどう返したものか悩んだ末に言い訳を付けるか付けないかして立ち去るのが常なのだから。
「?」
(トレーナーさん…?)
そしてキタサンも例に漏れない。思わず英寿に目配せでどうしたものかと反応を伺う。
(無視していいぞ)
(で、ですよね…)
結果は無視一択。まあ妥当というか、それ以外にこのまま会話を続ける方法もないのでさもありなん。
「毎度毎度何が面白いんだ?」
「私に聞くな…むしろなぜ私はこれを分からんのだ…」
ちなみに生徒会室でこれをやった場合、高確率でブライアンのどストレートな感想とグルーヴのため息が発生する。
「今の或人様のギャグは、キタサンブラック様の"サン"・太陽を意味するSUN(さん)・明るいを意味する燦々(さんさん)を掛け合わせた言葉遊びです」
「そして今のルドルフ様のギャグは、キタサンブラック様のキタ・方角の北・来るの過去形の来たを掛け合わせた言葉遊びです」
イズによるギャグ解説×2は別に生徒会室でなくても発生する。それはもう長々と細かく語ってくれる。
「な、なるほど…あはは…(お、親父ギャグ?)」
「無理して笑わなくていいぞ」
それを聞いてしまったらキタサンでなくとも無理に笑おうとするが、ぶっちゃけ時間の浪費でしかない。
或人とルドルフなりのこのスキンシップの流れは、こうした無用な混乱を招くことが多い。
「お願いだから毎度ギャグを解説しないでええ〜〜っ⁉︎」
「じ、事上磨錬…相変わらずイズにかかればトレーナー君も私のギャグも形無しだな…」
そして2人は毎回これに打ちのめされている。ギャグに関してはまだまだ未熟なことが多いのだ。
「ブフッ! そ、そんなことより呼んだわけがあるんじゃねえのか、社長?」
「あんた、2人のギャグが絡むといつも変だな…まあいい、ルドルフ、ルドルフのトレーナー」
無理矢理不破が方向転換することで、今回英寿とキタサンが呼ばれたわけが語られ始める。
「そうだね」
「おお、そうだった!」
流石に或人とルドルフもこれには迷いなくyesの反応を送る。
「端的に言おう、即席ですまないが君に今日のイベントの1日限定実行委員長を引き受けてもらいたい」
「浮世トレーナーには実行副委員長をだ」
要は今日の感謝祭の実行委員長と副実行委員長を務めてほしいというものだ。
毎回ランダムで決めており、今回は2人に白羽の矢が立ったのである。
「ぅええ⁉︎ あたしが実行委員長ぅ⁉︎」
「俺はそのサポーターと、なるほどね」
(まあ読めてはいたが)
英寿はともかくキタサンは当たり前に混乱する。元々意外と自己肯定感が低い子だ。大役には荷が重いと最初はどうしても感じてしまう。
「ああ、頼めないだろうか?」
「でも…その、なんであたし達に?」
ただ訳も当然聞く。引き受けるにせよ引き受けないにせよだ。
「今回新たに発足された街の復興を兼ねた地域合同イベント」
「その仕切り役に昨年の年度代表ウマ娘であるキタサン、お前とそのトレーナーである浮世英寿、アンタに白羽の矢が立った」
「うえっ⁉︎」
信頼から来るもののようだ。妥当と言えば妥当、一番信用できる理由だろう。地域の皆からのお墨付きというやつなのだから。
「ブライアンはこう言ってるが、要は有名税ってやつだ」
有名税という表現も、なので間違いではない。
「それに聞くところによると、君はお祭り娘と呼ばれているそうじゃないか」
「英寿は言わずもがな、スター・オブ・ザ・スターズ・オブ・ザ・スターズって呼ばれてるぐらい有名人だしね!」
2人の普段の通り名もどうやら関係しているようだ。
「まあな、伊達に世界スターとお祭り娘をやっちゃいない」
「あっはい、まあ…えへへ♪」
(相変わらずトレーナーさんに褒められると、全身がむずむずするんだよね…)
英寿もこれには鼻高々。褒められたキタサンも満更ではない。やる気も上がっていく。
「今回のイベントはお祭りのようなものだし、地元の方々との関係性もいいキタサンと浮世トレーナーが適任だと思われる」
「! お祭り…」
何よりお祭りという表現を聴いては黙っていられないのがキタサンブラックの人情というもの。俄然やる気になろうというものだった。
「ああ、君達2人の手で大いに盛り上げてほしい」
「お祭りですね…分かりました! 精一杯務めさせていただきますっ!」
「そうだな。それに大役を任されて悪い気はしない、慣れっこというのもあるが」
やる気元気無敵というわけではないが、ここまでやる気を引き上げてもらえたなら、たとえ大役と言えどやりたくない、やれないといった気持ちは消え失せていた。
「よぉーし、実行委員長としてイベントを盛り上げるぞぅ!」
「張り切ってんな♪」
そうして数分後、会場のほうを見回るキタサンと英寿の姿があった。無論張り切っている。
「おはようございま〜す♪」
「おはよう」
そんななか、福永商店街の八百屋を見つけ思わず声をかける英寿とキタサンだった。
「おぉキタちゃんに英寿ちゃん、今日はよろしく頼むぜ」
「ご協力ありがとうございます、こちらこそよろしくです!」
「肩の力を抜いて、お互い楽しみつつ頑張ろうぜ」
交わしたことは僅かだが、お互いそれで今日を頑張ろうという気持ちになれた。
「にしても学園の中で商売するなんて不思議な気分だよなぁ…」
「皆で一緒に作ってるイベントって感じでいいですね!」
その他の面々もどことなく楽しそうな雰囲気を漂わせている。
「ふっ、あんたらも楽しそうで何よりだ」
「はい、皆さんも楽しんでくださいね!」
それを見るからには、2人も悪い気はしない。
この和やかな光景が今日一日続きますようにと女神様に祈りを捧げたのだった。
「「それじゃあまた!」」
「おう、頑張れよ!」
彼らの見送りを背に巡回に戻ることになった英寿とキタサンだった。
「────店主、これ一つ」
「っとすいません、はいただいま!」
「見慣れない格好だが初めてかい?」
「ムグムグ…美味しい♪ うん、そうだね。ちょっとした事前準備で俺は来たんだ」
「事前準備ぃ?」
「正しくは確認かもだけどね♪」
(半年後の出会いに今から感動だよギーツ…そしてその愛バにしてギーツのサブサポーターになってもらう予定のキタサンブラック!)
──直後、見慣れない服装の青年が2人をどこか玩具を愛でるような目線で見ていたことは知らないまま。
「♪〜」
「キタちゃん!」
「あっテイオーさん!」
「! わぁ…カッコいいぃ〜!」
次に来たのは世界スターの主催する出し物。テーマは『男女混合給仕喫茶』、カペラと大まかに打ち合わせて決めたものである。
とはいえ具体的にどうかは向こうも知らない。
「エグゼイドは…女装じゃないのか」
「なんでガッカリそうにしてるのか小一時間問い詰めたい気分だよ…」
ちなみに英寿は敢えて参加せずにいた結果、女装をCRの面々がしていないか勝手に楽しみにしていた。
結果はご愛嬌というかご愁傷様といった具合だが。
「前に会長やそのトレーナーたちがやってたから、僕達もちゃんとやってみたくて!」
「僕らは給仕役、あんまり見た目は変わらないけどね」
テイオー個人で言えば、以前からやってみたいと思っていたものの出来ずじまいだったというのもあって乗り気である。
「キタちゃんと浮世トレーナーは今は見回り?」
「はい! 世界スターのほう、あまり手伝えなくてすいません!」
「すまんな」
キタサンはテイオーのその出立に興味を持つも、2人は今は見回り。
ならば長居はできなかった。
「仕方ありませんわ、2人は実行委員長なんですから」
「こっちは任せて委員長頑張ってねー!」
「時間ができたら、お茶しに来たらいいよ」
マックイーンにチケット、タイシンもそこら辺の事情は当然察しており、すぐさま背中を押してくれた。
「ありがとうございます!」
そう言われれば、後味の悪さも残らない。
「茶淹れて待ってるからよっ♪」
「ゴルシさ…ウェエエッ⁉︎」
「またダジャレか?」
…かと思えば、ゴルシのまたまた奇抜な格好に出鼻を挫かれる始末。今回は給仕でも執事でもなく羊である。
英寿は即座にダジャレだと見抜いていたが。
「羊ぃ⁉︎」
「いい加減着替えてくださいませ」
「コンセプト分かってんの…いや分かってはいるのか」
どうやらチームメイトからも悩みの種らしい。見た目以外はそこまで気にならないようだが。
「うるせー、あたしはこれでいいんだ。執事っつったら羊だろうが」
「「ハァ⁉︎」」
挙句に本人がこのありようなので、衆人観衆の中だろうといつも通りお構いなし。
「あはは…」
「相変わらずだな」
手に負わないのが吉と踏み、苦笑しながら英寿とキタサンはその場を後にしたのだった。
「ええと…」
「いらっしゃ〜いいらっしゃ〜い、サトノ家のメイド&執事喫茶はいかがですか〜♪」
────それから数分後、2人はカペラが回している喫茶の近くに来ていた。
ちょうど待っていましたとばかりにダイヤの軽快で楽しげな呼び声が響いている。
「! ダイヤちゃん!」
「キタちゃん、浮世トレーナー♪」
普段と違う姿でも互いに交わす言葉は変わらない。むしろ一層の興味が湧いていた。
「! わぁあ〜、ダイヤちゃん可愛い!」
「クラちゃんも!」
「ありがと!」
ちなみにダイヤとクラウンはサエの発案で古式ゆかしい王道メイドスタイルを取っていた。
要はトレーナー陣が執事として振る舞っているのである。
「よう、タイクーンにバッファ!」
「英寿(ギーツ)か」
英寿も景和と道長に声をかけるも、その姿は──
「お前ら…かたやヤクザのドン、かたや傭兵って感じの出立だな」
「なんか…執事っぽさは無くもないって感じですね」
──およそ執事と呼ぶには不良じみた格好だった。
景和はマフィア衣装、道長はワークマンの黒のロングコートにZARAのラップスカートワイドパンツのクラウン特注品。
「私達がエスコートしたの」
「ちなみに有信心♪ 私達は正統派なメイド服だから、ミッチーや桜井トレーナーは分かりづらさを演出しようって判断よ」
景和はダイヤが、道長はクラウンがその服装を見繕っていた。かたやダイヤの趣味、かたやクラウンの私服に似たものを意識したデザインである。
独創的とはいえ、両者共になかなか似合っていた。ちなみに2人とも髪型は彼女達が自ら仕上げている。
愛情尽くしというや
「…たまにサトノ家のファッションセンスを疑うことがある」
「あたしもです…」
ただ英寿とキタサンからすると何やってんだこいつという具合である。まあ無理もない。
「あっ、天利トレーナーは…いつも通りですね!」
「お二人とも、委員長と副委員長のお勤め、ご苦労様です♪」
そこに現れたのはサエ、少し当たりを観察しに行っていた。
「もちろん景和くんと道長くんも♪」
「ありがとうです」「うす」
普段通り、周囲への気配りや感謝を振り撒いている。思わず場を和ませるような不思議な力が彼女にはあった。
「…キタサン、ちょっといいかしら?」
「おいギーツ」
「「ん?」」
────そんななか、クラウンと道長は決意を秘めた目つきで英寿とはキタサンに改めて接する。
「キタサンと浮世トレーナーは今度の宝塚に出るのよね!」
「獲得投票数ではキタサンに負けたけど…レースでは負けないから!」
中身は宝塚記念に関するもの。ダイヤの春天での敗北を受け、同じサトノのクラウンとしては道長もろとも俄然英寿とキタサンを知略で打ち負かそうと最近燃えていた。
「秋天惨敗からもヴァーズ1着からも約半年、クラウンは確かに実力を上げてんだ」
「…宝塚の勝利は俺達がもらう!」
次に言い放つ言葉も揺るぎなく鋭い。
勝つと宣言してきた。
「ええ、今の私とミッチーは一心同体ってぐらいに息のあったトレーニングができてるもの」
「だから貴方達の勝ち、私達の勝ちで阻ませてもらうわ!」
昨年菊花賞直後、いろいろあって荒れていたクラウンだが、さらに直後にあった道長の一世一代の励ましにより再起して以降、勝つことにそれまでより貪欲になっていた。
口癖に道長由来のぶっ潰すも加わる始末である。
「…前々から思ってたがバッファはもちろん、クラウン…お前、どうやら菊花賞以降のメンタルダウンから完全に脱したみたいだな?」
そんなクラウンの様子を、実は英寿も薄々気づいていた。伊達に観察力に長けていない。
「! バレてたか。…そうね。なんて言ったって私の頼れる王子様があの日以降、それまでよりずっとずっと私を支えてくれたのだもの」
「この世で誰より信じて頼れる人の献身に応えない私じゃないわよ!」
それを聞いたクラウンも特段照れることもなく、むしろ見せつけてあげると言わんばかりの自信のありようだった。
「お、王子様…クラちゃん///」
「なんでキタサンが照れてるのかなぁ…ふふっ♪それに正しくは雄牛様かしらね?」
なんなら聞いていたキタサンが却って照れてしまう始末だ。対するクラウンの反応も変わらず余裕さを放っている。
(普段なら恥ずかしがる駄洒落も気にせず言えてるあたり、クラちゃん吾妻トレーナーに前よりデレデレだなぁ、これ…)
それに道長とクラウンの仲の急接近っぷりを感じずにはいられないキタサンだった。
「──まあともかく、今の私はダイヤの有馬での悔しさもミッチーの想いも…何より私自身の願いも持ったうえで貴方達に挑む」
「私とミッチーのこれまでの日々の頑張りを、勝利というただ一つの栄光を宝塚記念で勝ち取って証明してみせる!!」
そしてクラウンの胸の内の決意を細かく包み隠さず打ち明ける。迷いはまるでなかった。
「さっきから小っ恥ずかしいこと言いやがって…だがそうだな、もう言いたいことは言いきったんだ」
「ええ♪」
道長も少し呆れつつ、だが意思はクラウンと同じなようで。
「「だから────勝負だ(よ)、キタサンブラック、ギーツ(浮世トレーナー)!」」
────勝負、そう英寿とキタサンに力強く宣言してみせた。
「!…ううん、あたしだって、いやあたし達だって負けるつもりはないよ!」
「──お前達のこれまでの努力は認めるが、だからって俺達は勝ちを譲らない」
無論、英寿とキタサンもこれを断る道理はなく。
「全力でかかってきな!」
「「当たり前だ(よ)!」」
────望むところだと、言わんばかりだった。
「4人とも…応援してるからね!」
「あれ、ダイヤちゃんは出ないんだっけ?」
そんな4人を応援するダイヤにキタサンは急に現在に戻される。
「あっ、キタちゃんには言ってなかったっけ!」
「どういうことですか、桜井トレーナー?」
どうやら宝塚記念に出る気はないようだ。そして訳ありらしい。
「ダイヤモンドさんはしばらくお休みを取ります」
「えっ?」
放たれたのはダイヤが長期休暇を取るという事実。
「いろいろ考えたんだけど、今度の秋に私とトレーナーさんの全てを賭けるつもり!」
「俺達はめちゃくちゃ器用ってわけじゃないから。──だからこそ、かねてからの俺とダイヤちゃんの新しい夢は絶対獲る!」
景和とダイヤ、2人してよく考えた結果、春天に負けたからといって凱旋門賞に向かわないのはあり得ないという判断となったのだった。
「キタサンとギーツ、そして俺達が挑む宝塚記念が試金石とされるレース」
「凱旋門賞に向けて…ね♪」
「吾妻トレーナー、クラちゃん…そうだね♪」
宝塚記念も先へ進めば凱旋門賞に繋がっている。道は離れたようで繋がっているのだ。
「ダイヤちゃん…そっか!」
「じゃああたし達行ってくるね!」
「うん、頑張ってね♪」
それを聞いたキタサンはどこか決意したような目つきと共に英寿より先にその場を後にした。
「凱旋門賞か…」
「? どうかされました、浮世トレーナー?」
そして英寿も。
「いや、なんでもない…いや、そうだな。近々タイクーンとダイヤモンドには分かるかもしれん」
「俺達(私達)が?」
…どうやらキタサンと似たことを思いついていた。明かすのはまだ先としたが。
「ああ、まあそういうことだ。じゃあな♪」
「あっ、行っちゃった!」
そうしてキタサンの後を追うのだった。
「ってあれ、ダイヤちゃん、ここになんか置いてあったカエルの置物知らない?」
「あっ! そういえば、今朝からずっとあったのにありませんね。テントに届けようと思ってたのに」
────直後にちょっとした珍事が発生。
「やべえやべえ…てか何が置物だ!俺には〇〇〇って立派な名前があんだよ!」
「にしてもあれが生の桜井景和、そしてサトノダイヤモンド…。俺の推しとそのサブサポーター予定のやつか…悪くねえな!」
(半年後が楽しみだぜ!)
しかし、それが人為的なものだと知ることは景和やダイヤには無い展開だった。
「ふぅ…休憩ね、ようやく」
「あっ落としましたよ!」
「あらありがと…! なるほど、あんたが…」
────また、クラウンと道長も。
「えっ、私とどこかでお会いしました?」
「そうねえ…あたしが気になってるやつの担当だから知ってただけよ。よろしく♪」
ある不幸が好きな女と邂逅。
「⁉︎…は、はい…「下がってろ、クラウン」!ミッチー…」
「あらあら邪険にしてきちゃって」
当然恐怖は剥き出し。
「いやねえ、ミッチー♪」
「私と同じ呼び方…なのに凄く、怖い…」
「──初対面でなんだが、あんたのことは既に嫌いだ」
嫌悪感さえ湧きつつ。
「あら酷い…でもそうね。今変に仲を深める必要もないか」
(何を言ってるの…?)
それを受けるこの女は特に怯む様子も悪びれる様子もなく。
「決めたわ。吾妻道長、サトノクラウン。半年後、あんたらが2人揃って生きていれば会いましょう?」
「何言ってんだいきなり!」
半年後の未来で会おう
そう告げた。
「他人の不幸に目敏い私から言わせてもらえば────ミッチー、あんたは半年以内にそこのサトノの娘と死に別れに近い別れを遂げることになるわ」
「──────は?」
────さらには道長に関するあり得ない未来予想をぶつけてくる始末。
「…ふざけたこと、抜かさないで!!」
「おお怖い、普段の理知的さはどこへやら、ね。まああたしの敵じゃないけど」
無論クラウンは激昂、黙っていられるわけもなく。
「迷信ぶち撒けたいなら老人ホームにでも行ってろ!」
「あ゛⁉︎ …っといけないいけない、まあそういうことよ。あんたらが会いたくなくても、生きていればどうせ半年後に会うわ!…直感だけどね♪」
道長も当然、黙っているわけもなく。
「金輪際お断りよ!!」
「そう偉そうにいきがっていられるのも今のうちだから、せいぜい幸せを噛み締めてなさいな」
「昔のあたしにどこか似たこ・む・す・め♪」
しかしこの女は余裕さを崩さず、
「二度とその面見せんな!」
「──ベロバ」
──ベロバ、そう自分の名を告げ。
「「は?」」
「この名を覚えておくといいわ、じゃあねえ♪」
その場を立ち去っていく。
「待ちなさいよ!! ⁉︎ いない⁉︎」
「何者だったんだ…」
そしてすぐさま雲散霧消、消え失せてしまったのだった。
「…ミッチー、今日はずっと一緒にいるわよ」
「なんだ薮から棒に」
──残されたクラウンはただただ不安で怖く。
「いいからっ!」
(────劇的な死なんて認めない!何より離さない! 私がいるかぎり、ミッチーの、この人の幸せを!)
道長とせめて今日は一緒に過ごそう、1人にしない。
そう固く心に決め道長を抱きしめながら相談し。
「…分かったよ、たく」
「うん…!」
道長もそれを汲み、クラウンの頭をどこか強く撫でる。彼女もそれに酷く安堵したのだった。
「うう〜…えいっ!」
「あっ……えいっ!」
「⁉︎ あうう〜…あっ⁉︎」
同じころ、別なエリアである少年が景品を取るためにボールを投げていた。
しかし当たらない。
「………フッ!」
「よしっ!」
「おお〜…!」
が、そこに現れた野球帽の似合うウマ娘ことシュヴァルが代投を引き受け難なくクリア。
「敵わねえなぁ…ほらよ」
「どうも」
店主も、彼女なら仕方ないと知ったそぶりで景品をシュヴァルに手渡す。
「はい、どうぞ」
「わあああぁっ! ありがとう〜!」
そしてそれを受け取った少年は喜び勇んで場を後にするのだった。
「ふふっ……!」
「腕上げたんじゃない?」
それに微笑むシュヴァルに聞き覚えのある声が掛かる。
「! 姉さん、ヴィブロス…」
「…祢音ちゃんのためにも、前の僕のままじゃ、いられないから」
ヴィルシーナと、あとヴィブロスである。
だからかシュヴァルも祢音という自身のトレーナーのためにも代わろうとしているのだと、そうあっさり告げた。
「さっすが宝塚記念ファン投票3位だね♪」
「そう…まだ、3位なんだ!」
ヴィブロスもそれに嬉しさを覚えるも、しかしシュヴァルの目はどこか悲壮感に満ちていて。
(シュヴァル…)
(シュヴァち…)
「……」
それに何とも言えない気持ちになる姉と妹をよそに、シュヴァルは部屋を後にした。
「わっ⁉︎」
──直後、ある出会いがあった。
「すまない、大丈夫かい?」
「あっはい、大丈夫、です…」
(…何だろう。出会ったばかりなのに、なんか他人とは思えない…)
ぶつかった形だが、前にいたのはどこか当世離れした美貌の青年。並大抵の女子ならキュンキュンすること間違いなしの美貌だが、シュヴァルはなぜか感じる同族嫌悪の念から特に気になることもなかった。
「注意を欠いていたように見えたから気をつけたまえよ、それじゃ」
「はあ?」
そんな彼女の心情をよそにどこかいきなりな上から目線なアドバイスを青年はぶつけ、そのまま場を去っていく。
(…何だったんだいきなり)
当然シュヴァルに残ったのは困惑と苛立ちだった。
(シュヴァルグラン、あれが祢音の…半年後に備えてサブサポーター申請の準備は始めておくか)
────しかして青年の胸の内には、シュヴァルと、そしてなぜか祢音へのある思案が思い浮かんでいたのだった。